九十六日目 マルソー村
コーナリア王国は貿易の中継拠点として、幾つもの城壁都市が並んでいる。物資の流通で稼いでいることを自覚しているらしく、それぞれ街への入場や関税などは非常に安くなっている。おかげで人や商人が集まり、他国への中継地点として、各都市が発展している。
しかし城塞都市ではなく、小さな村や集落なども多い。東部の大森林が近く、河川も多いので肥沃な土地が広がっている。農業や放牧には適しているのだ。
問題は大森林には生物が数多く住み着いており、モンスターも多い。村などもオークを始め、多種多様なモンスターに襲われる危険性が高い。もう大分、都市人口は飽和気味だが、貧乏しても安全な城壁内に住みたがる人間は多く、広大な平地は余り気味だ。村も小粒な村が多く、人が足りないのか開墾もあまり進んでいない。
シフィールが住んでいるのは、フラオス近くのそんな村の一つだ。マルソーという名前の村らしい。
「シフィールさん」
「リンさん!」
村の端っこにある畑で働いているシフィールに俺は声をかける。彼女は嬉しそうに手を振ってくれた。
俺は久々にマルソーの村へとやって来ていた。一度助けた縁もあるが、シフィールのことが気になり、たまにこの村へと足を運んでいた。
「どうです、調子は?」
「今年は麦が豊作だから、収穫が大変」
大変と言いつつ、シフィールの声は弾んでいる。豊作が嫌なはずもない。
シフィールは最初の頃は恩人と思っていることもあり、随分と恐縮していたが、最近ではリンに対して友人として接してくれていた。今日も新しい子牛が村で生まれたなどと、村で起きた出来事などを話してくれる。
「リンさんは最近はどうです?」
「うーん、オークの駆除で忙しいかな。ハルシュに隊商の護衛任務で行ったけれど、他のモンスターに会ったのは最初だけで、後はオークだったし」
「やっぱりオークが増えているんですね」
俺の言葉にシフィールは表情を曇らせる。
「村の周りでもオークが見つかっているんですか?」
「ええ。最近はよく村の人が見たって……いちおうは冒険者の方を雇っているんだけど、数が少ないから」
シフィールが言うには、冒険者は四人から六人で、一週間くらいのスパンで村に滞在しているらしい。確かに村の大きさから考えると、物足りないだろう。倍くらいのオークが襲撃してきた場合には、あっさりと蹂躙される可能性もある。
そうは言っても村で雇える冒険者には限りがあるだろう。オークが攻め込んで来る期間が分かれば、多数の冒険者を雇えるが、オークが宣戦布告するはずもない。この辺りを治める領主が資金の補助をしてくれているらしいが、いま雇っている人数だけでも村には負担だろう。
「とりあえず私も周囲の森を、オークがいないか見回ってみますね」
「リンさんお一人で大丈夫でしょうか?」
「まあ、オーク程度なら百匹いようが、二百匹いようが相手じゃないですよ」
「すごい! リンさんも頼もしいですね」
つい少し前ならば大言壮語だったかもしれないが、オーク狩りも相当に慣れた。時間はかかるが百匹程度であれば、ゲリラ戦で殲滅できるだろう。達人のオークが居れば危ういだろうが、幸いなことにそんなオークは俺も見たことがない。
俺はシフィールに手を振りながら、東の森へと足を踏み入れた。
森に入ってすぐにわかったが、オークがうじゃうじゃ居た。やはり巷で言われているように世界の背びれから、西の大森林へとオークが押し出されてきているのだろう。マルソーの村も例外ではないというわけだ。
「な、何だブウ!?」
「死ね!」
「グフッ!」
俺は視界に入って来たオークにダッシュし、そのまま飛び掛かると首を掴む。ファンシーな技を使わず、握力だけでそのまま頸骨をへし折る。とりあえずオークがこんな村の近くでウロウロしているのはまずい。まだ徒党は組んでいないが、すぐにでも集団となって食料と女を求めて村に来るに違いない。
「どりゃあ!」
「ゲフッ!」
俺は森の中を走り回ると、見かけたオークに片っ端からフライングニー、エルボー、クロスチョップ、ドロップキックなど、勢いに任せて仕掛けて殺す。少しでも間引いておいた方がいいだろう。しかし、本当に最近は森ではオークが入れ食いだ。夜中にでも戻ってきて、森の奥を探った方がいいかもしれない。
森を駆けまわって二十匹ほど潰した時点で、俺は村へと帰還した。
「ただいまです」
「おかえりなさい、どうでしたか?」
農作業を中断して、シフィールが心配そうにこちらへと駆けてくる。あまり不安な思いはさせたくないんだが……。
「やっぱりオークが多いな。間引いたから、当分は問題無いと思うけど」
「森にオークが……どうしましょう。村の人たちと相談した方がいいでしょうか」
俺の言葉にやはりシフィールは動揺してしまう。一度誘拐されたのだから無理はない。
「何とかしないといけない……シフィール、村の東側で空いているスペースはない?」
「森の近くまで畑があるから、あまり空いているスペースっていうのは無いかも。どうしたの?」
「とりあえずオーク除けに通用する手段があるかもしれない。スペースが無いなら、空けるしかないか」
俺は腕を回すと、再び森の近くへと歩いていった。一番間近にあった木に近寄ると、俺は思いっきり抱え込む。
「ぬぐぐぐぐぐ」
水滸伝に魯智深っていう坊さんが出て来るんだが、こいつは生木を引っこ抜くというエピソードで知られている。人間に出来るのだから、サキュバスの俺に出来ないことはない。
「うおおおお!」
俺は怪力を使い、木を地面から思いっきり引っこ抜いた。大量の土砂と一緒に木の根が抜けた。思った以上に大変だ。だが全力を振り絞る前に木を抜くことが出来た。シフィールは随分と驚いた顔をしている。そりゃ、木を引っこ抜くなんて珍しい光景だからな。
俺は場所を作るために木を抜いては転がしていく。森が拓けて、ある程度の場所を確保出来た時点で、シフィールに声をかける。
「この木を加工して杭を作りたいんだが」
「杭? えっと……村に運べる?」
俺は木を抱えると、シフィールの案内でマルソーの村中央にある広場へと向かった。俺の姿を見ると、わらわらと村人が集まってきた。俺が持って来た木に驚いているらしい。
シフィールが村人に杭を作って欲しいと説明してくれている。俺はその間に引っこ抜いた木を、どんどん運んでくる。
「杭なんてどうするんだ?」
木を全部運んできたところで、村人のおっさんが声をかけてくる。既に村人たちは木を鉈や手斧で解体し始めている。
「オーク除けを作ろうかなと」
「オーク除け?」
俺はアイテムボックスからオークを何体か取り出す。出てきたオークに村人は驚いているが、その目の前で俺はオークの首を落とす。首だけ残して、オークの身体は早々にボックスへと仕舞った。
「それ貸して下さい」
「ああ」
俺は村人が程よく切り出した太い枝を借りる。軽く剣で枝を加工し、先を鋭くして杭のようにすると、オークの首を三つほど突き刺した。
「まあ、こうやってオークの首を並べようかと」
「ひいっ!」
「な、なるほど……」
俺が作った生首の団子に、村人はドン引きだ。シフィールも顔が真っ青な様子だ。人間でもこんな反応なのだ、オークならば怖くて近寄らないだろう。
「この木を全部杭にするのか?」
「いや、二十本くらいあればいいんですけど……他に使い道とかあります?」
「そりゃ、木は幾らあっても構わない」
「じゃあ、もっと引っこ抜いてきますね」
どうやら木材は幾らあっても構わないらしい。こんな村には専門業者が居ないので、木材の加工は村人にはお手の物だと、後でシフィールに聞いた。木が必要だというのならば、森はすぐそばなのだ。俺はどんどん木を引っこ抜いて、村の広場へと運んだ。その間に、村人達は太い枝で杭を作ってくれる。
アイテムボックス内にある手持ちのオークを出して首をはねて、七本ほどの杭に三つずつ刺していく。うーむ、オークの頭で団子三〇弟が並ぶと不気味だな。一先ず出来上がった首団子を、森に向けて俺は並べていった。
「とりあえず、もっと並べたいので、出来ればもっと杭をお願いします」
「わかりました」
俺の意図したことを汲んでくれたのか、村人達は協力的だ。
「えげつねえな」
「さすがはオーガ殺しのリンか……」
オークの首が森を向き、威嚇するように並ぶ。うむ、正直言って不気味だ。人間が見ても不気味なのだから、オークは更に恐れるだろう。
それからザクセンの肉屋へと俺は瞬間移動した。幸いなことに、マルガー商会は首を落としたオークの肉でも、問題無く買い取ってくれるそうだ。おまけにオークの頭部は食べることが出来る部位が少ないので、大体のパーツを貰ってもいいという。
俺は商会で貰えるだけのオーク首を貰うと、翌日にマルソー村へと飛んだ。首をアイテムボックスから出し、杭にドンドン刺して並べていく。杭はすぐに足らなくなるので、森から大量に木を引っこ抜いて、村人に渡していく。
それにしても村人は俺が抜いた木を使い、村の中央を囲むように高い塀を並べ始めている。……もしかして、オークの首を並べなくても、木を最初から塀を作るために渡した方が良かったのではないだろうか?
俺は自分が出したアイディアの効果に悩みつつも、とりあえず村を大きく囲める程度の木を伐採することとなった。その後、村にオークはしばらく近づかなかったらしいが、それが木を使った砦のおかげなのか、千を超えるオークの首によるものなのかは俺には判別がつかなかった。




