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九十二日目 緑蒼剣のザハラ

 大量のオーク出現に対して、金で話がつくらしい。いやいや、良かった良かった。


 オークを殺すため、二十四時間ずっと対応していたので、行動を著しく制限されていたので助かった。オークの精気を吸うためにずっと狩るのは構わないのだが、やはり剣の修行や旅の続きもしたい。


 ザクセンの道場に顔を出し、再び修行を再開する旨を伝える。自分が思ったより早く復帰できたので、師匠も喜んでくれている。兄弟子達も差し入れのオーク肉が恋しかったようで、大いに喜ばれた。


 激しい素振りを行ってから、跳ねる子猫亭に顔を出す。こちらも復帰を喜んでくれたのだが、俺が居ない間にひと悶着あったらしい。


「緑蒼剣のザハラ?」

「ええ。姐さんは知りませんか?」


 娼館の従業員のソムルから俺は居ない間の動向を聞いていた。


「北のアラーシュから流れて来た冒険者なんですが、バカでかい緑の大剣を使うっていうことで有名なんです。そんな剣を振り回すくらいですから、腕前もなかなかなんですが」

「その冒険者が何でまたここでトラブルを起こしたのかしら?」

「ザハラがどうも姐さんの話を聞いて、鼻の下を伸ばしてここに来たらしいんですが、姐さんは留守だったもんで」

「なるほど、そういうこと。でも私より美人なんて幾らでも居るじゃない」

「あはは、ご冗談を」

「いや、ミアシタなんかは私よりよっぽどゴージャスで美人だと思うけど」

「……それは姐さんが彼女を好きなのかと」


 俺の一言にソムルは呆れたという表情を見せた。しかし容姿にかなり力を使ったとはいえ、俺はそこまで美人なのだろうか。自分自身のことだから、いまいち客観的に見られない。同僚のミアシタの方がよっぽど綺麗だと思うんだが……金髪でゴージャス美人だが、意外に可愛いというギャップが萌えるのだ。


 丁度通りかかったミアシタに手を振ってみせると、小さく手を振り返してくれる。顔を赤くしてくれて、なんか凄い嬉しい。


「しばらくしつこく通って姐さんを出せって言うんですが、姐さんとの連絡先がわからないって言っても、言うことを聞かないんですよ」

「それは、悪いことをしたわね……」

「いえいえ。しばらくお忙しいと聞いていましたから。しかし、相手は腕利きの冒険者なもんで、俺達のようなチンピラでは相手にならないんですよ」


 むう……ソムルは謙遜しているが、そこらの木っ端冒険者程度では、対人戦に特化している彼にのされるだろう。その彼が敵わないと言うには、ザハラとか言うのは、なかなかの腕かもしれない。


「とりあえず、私が戻ったから問題は無いはず。普通のお客として、お通しして頂戴」

「へい、ご迷惑おかけします」

「それでは私は今から復帰ですから、お客様が来たら案内して頂戴」

「今からですか!? まだ昼にもなってませんぜ」


 ソムルの言う通り、まだ朝早くだ。こんな時間に娼館に来るのはアホか、よっぽど娼婦が好きな相手だけだ。


「お客様が来るまでのんびりしているわ。たまにはいいでしょう」

「わかりました。客が来ましたら、すぐに声をかけます」


 ソムルは礼儀正しく頭を下げる。何と言うか容姿は傷だらけのチンピラなのに、接客態度は素晴らしいんだよな。何処でこんな凄い人材を探して来るんだろう。


 サキュバスは睡眠の必要が無い。なので布団で横になっても、ゴロゴロしているだけだ。久しく眠るという行為をしていないが、どんなものだったのだろうか。


 そんなことをダラダラと考えていたら、ドアがノックされた。


「姐さん、すみません。お客さんです」

「いま行きます」


 早い、早いよ! 娼館に来て四十分しか経っていないのに、もう客かよ。二階のプレイルームから階下を見下ろすと、常連である五十代のおっさんが居た。


「どうもお久しぶりです、ナゴン様。今日はわざわざ来て下さってありがとうございます」

「ふふふ、リランダがいつ戻って来るか、ここを見張らせていたからな」


 そこまでするのか!? 確かこのナゴンのおっさんはそこそこ大きい商店をやっていたはずだ。少し握らせれば、貧しい人を雇うのも容易なのかもしれない。


「それはそれは、今日はサービスしなくてはいけませんね」

「おいおい、勘弁してくれ。天国に行っちまって帰って来られなくなる」


 ナゴンのおっさんの言うことはあながち間違っていない。サキュバスが本気を出せば、人間はいとも容易く死ぬ。極力セーブしなければならない。


 俺はナゴンのおっさんの腕をとって、あらかじめ決まっている部屋に入る。そして大体四半刻で出てくる。このくらいが人に悪影響が出ず、夢見心地で満足してくれる時間だ。


 ナゴンのおっさんを送り出すと、既に四人も常連が待っていた。どんだけがっついているんだ!? 愛想を振りまきながら、俺はソムルの指示した相手を二階へと連れていく。


 それからは淡々と仕事をこなしていく。昼日中なのに、俺のお得意さんがゾロゾロと現れて、階下をのぞき込むたびに待ち人数が増えていく。仕事とかはどうしたんだよ……。


 まあ、この世界は週休二日などが定着していない。商人や職人でも、適当に休んでいると寝物語で聞いている。俺が出勤したから今日は休みということなのだろう。


 その後、七番目の客を見送りに出たときのことだ。階下がやけに騒がしい。


「次は俺の番にしろと言っている」

「ですから、他にもお客様がお待ちでして……」


 やたらと巨大な剣を背負った男が、ソムルに詰め寄っている。多分あれがザハラとかいう冒険者なのだろう。ソムルは筋肉があり、剽悍そうな男だが、ザハラの身体は更に二回りはデカイ。あれでは押し留めるのは難しいだろう。しかし、何処で俺が復帰したのを聞きつけてきたんだ?


「お待ち下さい。私が対応致します」


 ケンカ沙汰になる前に慌てて声をかける。ザハラはこっちを向くが、えらくビックリした顔をしている。


「お前がリランダか?」

「ええ、初めまして。リランダと申します、どうぞお見知りおきを」


 階下に降りて、俺は頭を下げて挨拶をする。


「これは俺の予想以上……丁度いい、俺の相手をしろ」

「お待ち下さい。他にも大事なお客様が居ります、順番をお待ち頂くようお願いします」

「何度も無駄足を踏まされたんだ。少しはサービスしてくれていいんじゃないか?」


 顔は凶悪そうではないのだが、ベテランの冒険者だからだろうか、非常に強い圧力がある。その威圧感を持って、娼婦に凄むことはないと思うんだが……。


「いいえ、順番はお待ち頂きます。それが出来なければお帰り下さい」

「くっ、このザハラの言うことが聞けねえのか!?」

「はい。どのようなお客様にも順番はきっちりと守って頂きます」


 ザハラがいかに凄もうとも、俺は一歩も引く気はない。客商売は信用が重要だ。脅されたからと言って、他の客をないがしろにしたら、信用を失う。


「ですが、何度も足を運んで頂いておりますし、何も無しというのは申し訳ないですわ。望むだけ時間を延長できるというのはどうでしょう?」

「ほほう、それは願っても無い。俺の大剣でヒイヒイ言わせてやるから、覚悟しやがれ」

「それは楽しみにしておきますわ。それでは失礼いたします」


 何とかザハラを丸め込むことが出来たので、受付のサロンで待っていた別の客を二階へと案内する。正直なところベテラン冒険者を怒らせてケンカになったら、無事に済むか自信が無い。無事に済んだので、心底ほっとした。


 しかしザハラは妙に自信満々だったな。やはりベテラン冒険者っていうのは、あっちの方も自信があるのだろうか? 嫌な予感がするが、一先ず俺は目の前の客に集中を戻した。



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