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とある国の王子(後編)

 サキュバスとの会見は容易かった。遊びに来たというリョウを捕まえて、ジ・ロースが城まで連れてきたのだ。


 サキュバスのリョウは聞きしに勝る美女だった。見る者を虜にする神が作り上げたかのような容姿、漏れ出る妖艶な色気と人を魅了するオーラ、そしてスラリとした身体に女らしい胸と尻の肉置き。まさに男を誘惑するために産まれた魔物だ。


 彼女に負けぬ美しさを誇るジ・ロースと並ぶと、この世ならぬ者達が放つ脅威の力をヒシヒシと感じる。応接間に並ぶ護衛の騎士達も身体を硬くしている。何しろこの二人から私を護衛できるかはとても怪しいと私でさえ思うからだ。


「本日はお城にお招き頂きありがとうございます。ですが、お話と仰りますが……一介のサキュバスに過ぎない私に王太子様がどのような要件でしょうか?」


 男の心を溶かすような美声で告げながら、リョウが首を傾げる。純粋そうなこの雰囲気に、並の男ならば、一発で堕とされるだろう。


「わざわざお越し頂き、感謝する。一介のサキュバスと仰るが、我が国に蔓延るオーク禍に立ち向かい、野蛮な亜人をかなり掃討しているとか。王国の王子として感謝したい」

「わざわざ感謝して頂かなくとも、それなりの報酬は得ておりますので。それにオーク相手ならば、そんなに苦労はしておりません」


 オーク相手に苦労しないとは……我が国では散々に手を焼いているというのに。面会の準備のため、ガイナ砦に駐在している騎士、コッドを召還して話を聞いたが、リョウは多数のオークを思う存分蹂躙したらしい。


 さすがはサキュバス、奈落の怪物というところか。同じく奈落で産まれたジ・ロースもオークの大軍を退けている。人外の力とはかくに大きいものなのか。


「ならば、今後もオークを退治して頂くのを期待してよろしいのかな?」

「多少は期待して頂いて構いませんが……私が主にオーク狩りをしている拠点はガイナ砦と、それ以外にもう一つの街だけです。東側一帯を森に接しているアラーシュは、非常に危険なのではないですか?」


 リョウの言う通りだ。南北を走る街道沿いの街は言うに及ばず、小さな村は数知れずあるのだ。森に面した村では冒険者を雇ったり、ギルドから派遣もしているが、ひとたびオークが数を揃えれば、ひとたまりもないだろう。


「確かに我が国の西は大森林に面しており、危機と言えましょう。しかし我が国は国土も広く、騎士団だけでは広大な土地を守り切れないのですよ」

「アラーシュは冒険者の国と聞きます。冒険者に任せることは出来ないのでしょうか?」

「我が国は仰る通り、冒険者の国と自負しております。腕利きの冒険者も数多いのですが、オークは割に合わないとのことで、退治は忌避される傾向にあります」

「と言いますと?」

「オークは人より強く、おまけに数も多い。厄介な相手ですが、肉がそこそこで出る以外はいい素材を残さない。おまけに討伐報酬も国が出せる報酬には限りがあるため、そこそこでしかない。腕の良い冒険者はもっと楽で報酬のいい相手を選ぶのですよ」


 冒険者も仕事としてモンスター退治を請け負っている。もっと人々のために役立って欲しいと思うのだが、強要は出来ない。街が襲われた際に、防衛を担ってくれるのを望めるのだから、それだけでも満足するべきなのだろう。


「冒険者に依頼できないのはお金だけの問題なのですか?」


 私の説明に、リョウはきょとんというような表情を浮かべる。


「ええ、それが最大の問題ですね」

「だったら、解決できます。お金があればいいんですよね」


 リョウは手元のバッグを開けると、袋を取り出す。不審な動きに前に出ようとした騎士達が、袋から零れ出た金貨に固まった。


「こ、これは……」

「私が集めていたお金です。使い道が無くて困っていたのですが、オーク退治の報酬なら有用かと」

「しかし、いいのかな?」


 数は数えていないが、袋の中まで金貨が詰まっているというのならば、相当な財産だろう。働かずとも、遊んで暮らせるくらいはあるに違いない。


「ええ。また必要になればオークの肉を捌けばいいので」

「……それならば、有難く使わせて頂きましょう」


 護衛の騎士に命じて、別室の秘書官を呼ぶ。やって来た秘書官は多額の金貨に驚いていたが、まあ無理は無いだろう。


「ここまでしてくれたのに、何もせずに帰らせるわけにはいかない。残念ながら金品では報酬にならないが、せめて私に何かできることがあれば聞きたい」

「……申し訳ございません、特に思いつかないのですが」


 こちらから申し出たが、リョウは困ったような表情を作る。サキュバスなので裏で何かを考えているのかもしれないが、並の人間ならばコロリと騙されるに違いない。


『お兄様、それではこうしましょう。オーク退治のギルドへの依頼をリョウ様と連名で行うのです。そうすれば、篤志家としての名誉と、我が王家とも親しいことをアピールできますわ』


 それまで私とリョウとの会見を黙って見ていたのだろう、妹が口を挟んで来る。身体を乗っ取られているとはいえ、このように会話できるのならば、以前より何倍もマシだ。こうやって妹とコミュニケーションがとれるようにしてくれたのが目の前のサキュバスなのだから、それも考慮しなくてはならない。


「しかしだな、魔神に続き、サキュバスの力を王家が借りているというのはだな……」

『外聞を憚るのですか? このように協力して貰っていてもですか?』

「確かにサキュバスというのは伝聞が悪いかもしれません」


 妹と口論になりかけたところ、本人が口を挟んでくれた。


「ならば、こっちの姿はどうでしょうか」


 リョウの身体が次の瞬間には全く違う姿へと変わっていた。


 目の前でリョウは、銀髪の美女へと姿を変えた。皮鎧を着ているのを見ると冒険者のように見える。全く姿かたちは違うというのに、これもまた絶世の美女というのには、再び驚かされる。


「冒険者としてはどうでしょうか? リグランディアという名前で発表して頂ければいいかと」

「リグランディア……ファレンツオをオークが襲った際のレポートに、オークを退けた冒険者として名前が挙がっていたが、もしかして……」

「ええ、あれも私です」


 柔らかく微笑むリグランディアに、私は混乱する。魔神から王女である妹を仮にでも救い出し、我が国を襲うオークに立ち向かい、あまつさえオーク打倒のためには金も惜しまないという。このサキュバスの目的が何処にあるかがわからない。


 邪悪ではないとは思っていたが、これではまるで聖者か英雄だ。もしかすると目の前に居る奈落の怪物は、善意を持ったお人よしなのではないだろうか。彼女の行動を見ていると、ついついそう騙されそうになる。これからも彼女の行動は監視する必要があるかもしれない。


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