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とある国の王子(前編)

【とある国の王子、ラーグ】


 私の名前はラーグ・シロース・アラース、アラース王国の王子にして、皇太子だ。


 アラースは冒険者が建国し、かつ多くの冒険者によって支えられている。今までは農地に適した豊かな領土を少ない費用で防衛してこれたので、この世界でも有数の豊める国として名を馳せてこれた。だがいま、アラースは危機に瀕している。


 始まりはオークの侵略だった。東の大森林、そしてその東にある世界のせびれから、オークが溢れた。我が国に、オークがひっきりなしに攻めてくるようになったのだ。


 もちろん手をこまねいていたわけではない。数代前の王が東の森を切り開き、オーク防衛の拠点として、ガイナ砦を築いたのは先見の明があった。一番東に突出した砦があったため、オークの目を引きつけることに成功し、オークの大軍が我が国に攻め入るのを牽制することが出来た。ガイナ砦を無視すれば、オークの後背をつけるような絶妙な位置にある。


 だが長期の平和はまた問題をも作り出した。オークの侵略をガイナ砦だけでは押さえきれなくなってきたのだ。


 始まりは数年前、オークの大軍がガイナ砦を襲ったときだ。オークが増えているという報告はあったが、間引きを怠っていた我々は、砦で防ぎきれない数に急襲をされた。ガイナ砦を抜かれると、王都までの間は小さな村しかない。王都決戦に備えて、冒険者を集めることしか我々には出来なかった。その王都も、一度も攻められたことがないので、街を囲む城壁が無い。かなり絶望的な状況と言えた。


 それを打破したのは、我が妹のマトーシュ王女だった。妹は国の存亡と見るや、禁忌である魔神召還に手を染めて、ガイナ砦に押し寄せるオーク達を魔神に打ち払わせた。


 ただ代償は大きかった。妹に取り憑いた魔神ジ・ロースは、身体を乗っ取ったのだ。そして買ったエルフの奴隷を好き勝手するという、退廃的な生活を送った。妹を奪われた両親は嘆き、仲の良かった兄弟姉妹達も無念に思った。


 妹の献身的な犠牲によって国は救われた。国民は彼女を英雄へと祭り上げ、尊敬と崇拝の念を送り、王家の評判も上がった。だが王女を犠牲にした罪悪感を、ジ・ロースがオークを打ち払う度に感じることとなった。特に手を打てなかった、我々家族はそれを強く感じている。


 対オークのために軍隊の強化を行ってはいるのだが、なかなか進んではいない。元々、腕っ節に自信がある国民は、冒険者の道を進むことが多い。冒険者から騎士団に入る者は居るが、それでも数がまだまだ足りなかった。軍事強化にはあと数年はかかる。


 幸いにもと言うべきか、足りない戦力を補うように魔神は国を助けてくれている。オークが砦を攻める度に、すぐさま救援に駆けつけてくれているのだ。妹を奪った憎い魔神……しかし、それにすがりつかねば生きていけないという事実が、俺や家族に酷い無力感を与えている。


 アラースは平穏を維持している。だがその平穏は魔神に王女を捧げて作り出した、偽りのものだと王家はもとより国民までも感じている。たった一人の少女を使って作った平和など、どれだけ維持できるのであろうか。




 そんなある日、王家を揺るがす出来事が起きた。マトーシュが戻って来たのだ。


「マトーシュ!?」


 私が応接室に駆け込むと、ソファに座った妹がこちらを振り向いた。それは数年前のマトーシュのままだった。


「お前、戻ったのか?」

「ええ、随分久しぶりですが」


 マトーシュは、誰もが好いた優しい温かい笑みを浮かべた。その姿に胸へとぐっと熱い思いが込み上げてくる。見れば応接室にいる父や母、姉と妹、それに弟たちも目に涙を浮かべている。特に父母は涙の後がたっぷりとついている。


「予定では四日程はこの姿ですわ」

『忌々しいことにな』


 マトーシュの言葉に続き、ジ・ロースの声が響いた。驚く私に、妹は何度目かの説明をしてくれた。

 謎のサキュバスが現れて精を奪い、ジ・ロースの支配を弱めた。それによってマトーシュは一時的に人間へと戻っているという。


「そんな……完全に元に戻れないのか!?」

『ふふふ、残念だったな。数日経てば元通りよ』

「そうでもありません。またあの方は来てくれるでしょう。そうすれば、また数日は自由を得られますわ」

『二度も同じ手に引っかかると……』

「ええ、思いますわ」

『う、うぐぐ……』


 聞けばサキュバスは絶世の美女ということらしい。なので色狂いの魔神の大敵らしい。


「でも数日たまに戻るくらいで丁度いいですわ。オークの災禍は終わっていませんから」

「……すまん、我が国にもっと力があれば」

「いえ、いいのです。魔神の力をお借りするというのも案外悪くはありませんわ」


 未だ若い姿なのに、随分と老成したことを言う。彼女が数年ぶりに戻ったのは嬉しいが、素直には喜ぶべきではないのかもしれない。



 マトーシュが告げた通り、彼女はジ・ロースの姿へと戻った。だがサキュバスは何度も顔を出して、そのうち何度か精を吸って、妹に僅かな時間だが解放をしてやっているらしい。それ以前に、魔神に身体を渡しているとはいえ、マトーシュが意識を覚醒させているのもサキュバスのおかげだ。


 ありがたい話なのだが、どうも恩人がサキュバスということだと身構えてしまう。悪のモンスターというイメージが先行している。だが公に歓待はできなくとも、密かに感謝するべきではあった。王家の面子や体面が邪魔をして何も出来ないまま、日は過ぎてしまっていた。


 そんなある日、また身体のコントロールを取り戻したマトーシュが登城して、とんでもない提案をしてきた。


「私の恩人であるサキュバスのリョウ様と会談し、我が国は彼女と組むべきです」

「どういうことだ?」


 王の執務を大分代行している私との面会を要求し、妹と執務室で向かいあっている。妹は静かだが真剣な表情をしている。


「どういうわけだか分かりませんが、リョウ様はオーク退治に非常に熱心です。まるで人々を守りたいかのようです。何度もガイナ砦で狩りもされています」

「その報告は確かに聞いているな……」


 マトーシュの恩人は出不精のジ・ロースを誘い、北東の地でオーク狩りをしてくれているらしい。これは妹の住む館のメイド、それとガイナ砦からの報告の両方から確認が取れている。


「リョウ様はオーク肉を卸して資金を得るためのようなことを仰っていましたが、我が国をオーク禍から守りたいとも思っておられるのではないでしょうか」

「ありがたいことだが、会ってどうする?」

「非公式でもいいので、オーク退治の知恵をお借りするのがいいかと。彼女一人でオークを百単位で狩っておられるようですので、我が国の存亡のため、知恵を借りるべきですわ」


 妹の意見に、正直なところ悩む。サキュバスという種族が信用しきれていないのだ。だがそれは、会っていないからそう思い込んでいるのかもしれない。


『やたらとオークを殺すのに熱心なのは確かだ。何か効率がいい方法があれば、我の出番も少なくなるので、聞くのも一興であろう』


 恩人であると同時に憎い魔神も同意見らしい。強大な魔神が推すというのならば、会わない手はないかもしれない。


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