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初心者冒険者ハウエル

【初心者冒険者ハウエル】


 それは唐突にやって来た。雨の降るファレンツオの街で、突然鐘の音が鳴り響いたのだ。


 襲撃を知らせる警告の音に、僕たちパーティーは慌てて冒険者ギルドへと走った。その日は雨だったので、多くの冒険者達は街に居て、ギルドにはかなりの人数がすぐに集結した。


「オークが攻めてきた。数がかなり多い。すぐに南の城門に向かって、兵隊の手助けしてくれ」


 冒険者ギルドのマスターが大声で指示してくる。この街のマスターは珍しいことに女の人だというのを初めて知った。


「報酬は?」

「とりあえず銀貨五十枚だ」

「少なくねーか」

「バカ! いつも世話になっている街を守るんだ。つべこべ言ってると、攻めてきたオークに街ごと焼き払われるぞ!」


 不平をこぼす冒険者達も多いが、ギルドマスターは凄い迫力で彼らを追い立てる。冒険者の不満はわからなくもない。オークは相当に強いモンスターで、戦うのも命がけだ。数体ならともかくオークの軍勢と対峙するには、銀貨五十枚は安すぎる。


 だがそれと同時に僕たちはオークと対峙せざるを得ない。オークが街になだれ込んで来たら、まともに戦うのも難しいだろう。街の城壁で食い止めながら、オークを相手にせざるを得ないのだ。報酬が安いとか言っている場合ではないのだ。


 僕たち四人が他の冒険者と共に城門へと向かうと、城壁に上るように指示された。階段を上がった先で見た光景は思った以上に悪かった。千体を超える数のオークが城門に殺到していたのだ。木を削っただけの簡易なものだが梯子がかけられており、城壁の上へと既に何体も登ってきている。更には太い木を伐り出してきたのだろう、破城槌が門へと運び込まれてきていた。


「防ぐぞ!」


 梯子を登るオークを見て、クリスが叫ぶ。彼は勇敢にも梯子を登りきったオークに盾ごと体当たりをして、城壁の外へと落とした。僕やチャック、ジーンはスリングを取り出し、梯子を登ってくるオークへと石を投げつける。


 冒険者が兵士に加わったことで、城壁に上がるオークは激減した。狩人や戦士などで弓を使うものがいるため、梯子を登ろうとするものを撃ち落とし始めたからだ。オークはろくな防具を持たず、梯子の上では矢を避けることもできないため、弓で狙うのには恰好のターゲットになっている。


 問題は城門の破城槌だ。こちらも矢を放ったりして破城槌を運んでいる者を攻撃しているが、オークが一体倒れても、すぐに周りが補充してしまう。僕も炎の矢などを撃ち込むが、焼け石に水という感じだ。豪火球の呪文を唱えられる魔術師や妖術師が居ればいいのだが、この街にそこまで高いレベルの術師は居ないようだった。

 破城槌が遂に城門に辿り着くと、思いっきり門を叩き始める。兵士や冒険者、更には街の住人達も加わって、門の前へと物を積み上げ始める。だが城壁に人を割いていたため、後手に回ってしまっている。門はミシミシと音を立て、今にも破られそうだ。冒険者達が必死に弓などで射るが、破城槌の勢いは止められそうにない。ありったけの魔法をぶつけながら、僕は最悪の事態になったと思った。オークが城門を突破したときのことを考えて、死の恐怖に胃が痛む。


 だがそこに救世主が現れた。


 突如として、幾つもの岩が天から降って来たのだ。突然のことに多くのオークが岩に巻き込まれ、圧し潰される。そして最後の岩が破城槌の真ん中に落ちて潰した。何があったのかわからない、オークも人間も思わず動きが止まってしまう。そして岩の上に人が下りてきたのだ。


「義を見てせざるは勇無きなり! 冒険者の一人として、この街の防衛に手を貸させて貰うぞ!」


 僕は自分の目が信じられなかった。岩の上に立ったのは、一度パーティーを組んでくれた冒険者、リグランディアさんだったのだ。


「リグランディアさんだ!」

「ほ、本当だ!」

「一体、何処から!?」


 その美しい姿は忘れるわけがない。僕たち四人は、興奮で叫びまくった。


「しゃらくさい! 貴様ら、全員食肉工場へ送ってくれるわ!」


 リグランディアさんはオークに啖呵を切ると、大群へと飛び込んでいった。


 それからの活躍は誰もが目を疑うようなものだった。リグランディアさんは鞭を岩に絡めると、ブンブン振り回し始めたのだ。岩の直撃を食らったオーク達が、風に吹かれた木の葉のように吹っ飛んでいく。そのあまりの光景に、夢でも見ているのではないかと思った。


 まるで大鎌で狩るように、リグランディアさんはオークの集団を岩で吹き飛ばした。多数の屈強なオークがまるで弱いゴブリンのように薙ぎ倒されて、軍勢はすぐに一斉に逃げ始めた。無理も無い、あんなに強い人と戦うのは無理だろう。必死に走って逃げている。


 一番最後を走っているオークに片っ端から、リグランディアさんが飛び蹴りを食らわせている。少しでも遅れれば命が無いだろう。


「あいつ一人に任せるな」

「俺たちも手伝おう!」

「おおっ!」


 街の冒険者や兵士達が城門に走り、門の前に積み上げた物をどかす。城門を開くと、一斉にオークを追い始めた。オーク達はそれに追われるように、必死に森へと逃げていく。


 僕たちも街の外に出たが、オークを追わずに目的の人物へと走る。


「リグランディアさん!」

「おお、久しぶりだな」


 リグランディアさんは嬉しそうに僕たちのことを笑顔で迎えてくれた。オーク相手に大暴れしたのに、その疲労を全く見せていない。


「この街がオークに囲まれていたのを見たときは、相当焦った。怪我は無いか?」

「大丈夫です」

「怪我一つ無いです」

「それは良かった。助太刀したかいがあった」

「リグランディアさんは何でファレンツオに?」

「オークの動きが活発だからな。心配で森沿いの街を見てきたが、まさかファレンツオが襲われるほどだとは思わなかった。四人が無事で良かった、来た甲斐があった」


 驚くことに、僕たち四人のパーティーが心配で、リグランディアさんはこの街に来たらしい。


「いや、良かった良かった。ほっとしたよ」


 リグランディアさんは僕達の身体を順番に抱き締めて、身体を叩いて喜びを表してくれた。鎧越しではあったがリグランディアさんの身体はびっくりするぐらいに柔らかく、おまけにいい匂いがした。村に居た女友達や母さん達との違いに、つい僕はドキドキしてしまう。


 見ればクリスやチャック、ジーン達も顔を赤らめて、リグランディアさんを見ている。うーん、どうしてもそうなっちゃうよね。


「さてと、どれだけ回収していいのかな……」


 僕達がぼーっとしている間に、リグランディアさんはオークの死体を掴みあげはじめる。彼女は片っ端から魔法のバッグに仕舞っている。前に僕達と冒険に出たときと同じだ。


「私が殺したオーク以外も混ざってるけど、いいのかな? 黙って回収して怒られないかな?」

「いや、却って片付けてくれるだけでもありがたいと思われると言われますよ」

「そうか……ならいいんだが」


 クリスの言葉に、リグランディアさんは首を傾げる。しかし、オークを回収する手は止めないようだ。


 岩に押し潰されたり、矢で滅多刺しになっていたりと、オークの中には酷い死体も多い。だがリグランディアさんは、関係無いとばかりにどんどんバッグに詰めていく。どれだけあのバッグの中には入るのだろうか。


「こんな腸とかはみ出てるの、肉屋は買ってくれるのかな?」

「に、肉屋に売るんですか!?」

「伝手があってな。そこそこ酷い肉でも、買ってくれる」

「あの……手伝いましょうか?」

「いや、オークもクソ重たいだろう。私が歩いて回収した方がいいだろう」


 リグランディアさんは嫌な顔一つせず……というより、嬉々としてオークを回収していく。やがて、目に見えるオーク達の死体がほぼ片付いた頃に、オークを追っていった冒険者と兵士達がちらほらと戻り始めた。


「さて、久々に会えたし、無事なのも確認出来た。そろそろ行こうかと思うんだが」

「行っちゃうんですか!?」

「街で歓迎して貰えると思いますよ!」


 どうやらリグランディアさんは立ち去ろうとしているようだ。


「いや、あまり有名になるのもな……ほら、旅の冒険者だから、常駐するわけにもいかないし」

「そうですか」


 どうやらリグランディアさんは、名声を求めていないようだ。富と名声というのは冒険者が最も求めるものだが、高名な冒険者の中には富をあまり重視しない者もいる。大量のお金を孤児院や神殿に寄付したりして、尊敬されている冒険者のグループも多い。


 だが名声を求めていないグループというのは非常に稀だ。ドラゴンなどを退治して、名も告げずに去っていく者の伝説もあるにはあるが滅多に聞かない。一説には、凶悪なモンスターを倒しておいて名乗らずにその者が去る場合には、神の化身が正体を隠しているというものがある。僕は聞いたときには眉唾物だと思っていたが……。


「あ、あの、リグランディアさんはその……神の化身だったりしませんよね?」

「神の化身? それは何なのだ?」

「あっ、知らない場合は大丈夫です」


 人より大きな岩を振り回したり、高く高く跳躍する能力を見て、リグランディアさんのことを神の化身ではと、僕は微かに思った。だが聞いた反応を見る限り、そういうことは無さそうだ。


「オークも反撃は無さそうだな。それでは、私は行くとするか」

「街に入らないんですか!?」

「他の街が襲われていないかも気になるし、仕留めたオークも売らなくてはいけないからな。またゆっくり来るよ。そのときにはまた一緒に冒険しよう」


 リグランディアさんは軽く手を振ると、北に向かって駆け出した。その速さたるや、馬など比べ物にならない速さだった。


「リグランディアさんは一体何者なんだろうな」

「うん……」

「美人で強い冒険者ってことでいいんじゃないか」

「そうだな」


 僕たち四人はどんどん遠ざかるリグランディアさんを見守るしかなかった。彼女が街に寄らずに、去っていってしまったのが、無性に悲しかった。


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