ベテラン冒険者ジーモス
【ベテラン冒険者ジーモス】
俺みたいなベテランになると、勘ってのが働く。この勘働きっていうのは大事で、無視すると大変なことになる。今回の護衛任務は、指名されたときから嫌な予感がビンビンしていた。だが自分の命に関わるようなことはないという確信もあった。なので俺はオーガをへし折ったあの恐怖の新人からの指名を受けて護衛についた。
そして俺は勘を無視したことを後悔した。
あの女、こともあろうかオウルベアを素手でへし折りやがった! あまりの光景に、俺は冷や汗が止まらなかった。
あいつは間違い無く人間じゃない! 人間の冒険者を装っているが、絶対に人外に違いない。問題は、あいつの正体がわからない……いや、正体はどうでもいい、目的だ。人の世界に紛れ込んで何をしようと言うんだ。
オークやモンスターが多数報告されて森のど真ん中だというのに、俺はリンから目が離せなかった。ミノタウロスの護衛とにこやかに話しているのが逆に俺は恐ろしかった。この女と一緒に居るなら、普通のモンスターと一緒の方が百倍マシだ。
そんなことを思っていると、リンが警告の叫びをあげた。今度は街道を塞ぐようにオークが現れたのだ。二十体ほどのオークがこちらへと駆けてくる。普段ならばとても商人の護衛が蹴散らせる数ではない。しかし、俺には少しも怖いとは思えなかった。
オークとは随分距離があったにも関わらず、リンは跳躍すると一気に距離を詰めた。助走もないのに、あの女は空中を飛ぶかのようにすっ飛んで行って、一体の顔面へと膝蹴りをかました。膝の一撃は、オークの顔をハンマーで殴ったかのように粉々にした。その光景にゾッとする。しかし、それで終わりではなかった。
リンはすぐさま前へと蹴りを放って、もう一体の顔面を潰す。そして身体を側面へと捻ると、更にもう一体へと踵を落とす。槍の中把でオークは踵落としを受けるが、リンのキックはあっさりと槍をへし折り、脳天を思いっきり潰して踵が頭部へと沈みこむ。
踵を支点としてリンは身体を更に捻り、回転蹴りを放つ。駒のように一回転して放たれた一撃はオークの首をもぎ、頭を大きくすっ飛ばした。瞬時に四体のオークを葬って、ようやくリンは地面へと着地する。
俺も度肝を抜かれたが、それ以上に襲いかかってきたはずのオーク達はもっと驚いたに違いない。口をポカンと開いて、武器で殴りかかるのも忘れている。それを見逃すような女ではない。
「ホアチャー!」
リンの口から奇妙なかけ声があがり、裏拳がオークの豚面へと炸裂する。一撃だけでオークの首はぼっきりと折れて、背中へと頭がブランと垂れた。
「アタッ、アター!」
電光石火のニ撃でリンは、更に二体のオークを一撃で屠る。リンの裏拳を食らったオークは首の骨が折れ、支えを失った頭に引っ張られるように地面へと倒れた。その凄まじい怪力にオーク達は唖然としていたが、ようやく己の身も危ないと気付いたのか、武器を構え始める。だがあの分だと、全滅はすぐだと俺はみた。今も投げられた剣を顔面に食らって、オークが数メートルも吹っ飛んだ。
俺達は暴れるリンの凄まじさに、呆然と見物していた。そんな中、俺の感覚が背後から近づく集団に気付いた。
「背後から何か来るぞ、気をつけろ!」
「なにっ!?」
俺の警告と共に護衛達が一斉に振り返る。すると、車列の反対側からもオークの集団が来るのが見えた。二十体……いや、三十体近く居るか。
なるほど、前方からだけでは俺達に逃げられると思って、背後から挟み撃ちにするつもりだったのか。しかし、後方の方が数が多いとは……。
「馬車を守れ!」
ミノタウロスのサントールが凄まじい叫びをあげながら、後方へと走ってくる。先頭に立つオークへと仁王立ちで迎え撃とうとする。冒険者達も油断なく武器を構える。そして両者はすぐに激突する。
「ブモオオオオ!」
真っ先に接敵したのはサントールは、巨大なバトルアックスを叩き付け、棍棒で受けようとしたオークを武器ごと真っ二つにした。やはりミノタウロスの筋力は凄まじい。だがオークも彼を脅威と見たか、六体で囲もうとする。
「ぶ、ブヒィ!?」
俺も駆け寄ってきたオークに、いきなり腰ダメに突っ込んで腹に大型ダガーを突き刺した。武器を振ろうとしていたオークだが、俺が急に突っ込んできたので、間合いを見誤ったのだ。俺は腹に突きこんだ刃物をかき回し、内臓を傷つけてから武器を抜く。
「けっ、どんどん来い」
続けて俺は近くに寄ってきたオークへとダガーを持って切り込む。こんな正面から戦うのは全くもって俺の戦闘スタイルではない。通常であれば、隠れていて乱戦中に隙を狙う。だが今の俺はオーク共が全く怖くなかった。リンへの恐怖に比べれば、こんな豚が百匹になっても、比べ物にならない。
しかし俺とミノタウロスが善戦しても、戦況は悪かった。冒険者一人あたり、二体から三体のオークを相手にしなくてはいけない。おまけに初級者の冒険者も混じっている。盾などで攻撃をいなしているが、多くの冒険者は防戦一方だ。これは大量の死人が出るかもしれないと感じたところ、上空から何かが降ってきた。
「お待たせしました!」
頭上を飛び越えてリンが飛び降りてきた。一体のオークの両肩をニープレスで潰したと思うと、彼女は相手の頭をふとももで挟む。
「どっせい!」
オークを引っこ抜くようにリンは大きく空中へと飛ぶ。弓ぞりに反転すると、彼女は腿で挟んだオークを真上から別の一体に落とした。脳天から仲間の頭を自分の頭に叩き付けられたオークが文字通り潰れた。あまりの非現実的な光景に、思わず味方も敵も動きが止まってしまった。
「どっせい、どっせい、どっせい!」
リンは自分が腿に挟んだオークを武器に、何度も宙を回転して、オークの頭へと頭蓋を落としていく。次々とオークの頭が潰れていった。
「ふん!」
五体ほどオークの頭を破壊すると、腿にはさんだオークを投げ捨ててリンが着地する。彼女は若い少女らしい顔でにっこりとオークへと笑いかける。
「さて、食肉業者に卸させて貰いますか」
リンが見せた笑顔に、オーク達は戦慄した。挟み撃ちにしたつもりが、気がつけば化け物みたいな女に背後を塞がれ、自分達が挟み撃ちになっているのだ。形勢は一気に逆転した。
「ぶ、ぶひっ!」
「逃げるぶひっ!」
「もう遅い!」
俺はリンの方を向いたオークの背にダガーを差し込む。シーフお得意のバックスタブだ、弱点は外さない。心臓を一突きにすると、俺は即座にダガーを抜いた。
俺以外にも何人もの冒険者達がオークを切り倒していた。オークの注意がリンに集中して背後ががら空きになったからだ。しかしオーク達はリンから目を離せなかった。自分達の後ろに居る冒険者達より、リンの方が圧倒的に危険だからだ。
精神力を振り絞って彼女に背後を向けたオークには、リンの腕から鞭が飛び、首に絡まった。
「プギィ!」
リンが鞭を引っ張ると、オークの身体が軽々と宙を飛ぶ。その先にはリンが待っている。彼女が後頭部に放った拳の一撃でオークの脳は頭蓋ごと吹き飛んだ。
「ひいいいい……ぎゃあ!」
「うわぁ!」
恐慌を来たしたオーク達は動けなかった。冒険者達が自分達を切り殺しているのに、リンの姿から目を離せなかった。そしてそれは全員討ち取られるまで続いたのだ。
「よしよし、そこまで損傷してるオークは居ないですね」
オークを殲滅し終わると、リンは嬉々として死体を魔法のバッグへと詰め始めた。成人男性よりはるかに重いオーク達を、小石でも拾うかのように回収していく。
あまりの堂々とした非人間的な行動に、恐れを通り越して護衛達は唖然とするしかなかった。多分、リンと敵対したら、何をどうやっても生き残れないだろう。なのでもう、彼女を恐れるのは無駄だと他の者達は悟っているのかもしれない。
サントールやディーン、ヤックなどはリンと笑顔で話し、しきりに賞賛している。彼らは彼女を……いや、あの化け物が怖くないのだろうか。俺は未だに声をかけるのに躊躇してしまう。
その後も隊商には何度もオークによる襲撃があったが、リンの活躍で犠牲も出さずに突破することが出来た。リンは夜間のキャンプでも寝ることなく、ふらりとキャンプ地を離れると周囲をウロついていたオークを狩ってきていた。明かりも全く持たずにだ。やはり人間ではない何かだ、こいつは。




