七十七日目 隊商護衛
翌日、冒険者ギルドに行くと、俺の雇い主という男が待っていた。
「どうも、グリューベルスと言います」
物腰が柔らかそうな三十代の男が俺に握手を求めてきた。雰囲気はソフトだが、長いこと旅をしていて身体は非常にがっしりとしており、精悍そうな印象が強い。
「リンです。どうぞ、よろしく」
「しかし、リンさんがこの冒険者ギルドでトップクラスとは……いやはや、人は外見では判断できませんね」
グリューベルスはニコニコと笑っているが、その目の光はかなり鋭い。もしかして、俺の力量を計っているのかもしれない。うーむ、こちとら初心者だからな……。
「うちの相棒にも会って貰いましょうか。おい、サントール」
「おう」
グリューベルスに呼ばれたのは牛頭人身の亜人だった。すげー、ミノタウロスだよ、ミノタウロス! 大都市に行って、色々とデミヒューマンは見たが、ミノタウロスは初めてだ。いかにもファンタジーって感じで、感動するな!
「……この小娘が冒険者? 冗談だろう?」
「あはは、すみません。頼りなさそうで」
「こら、失礼なことを言うな。謝れ」
「しかしだな、旦那……強そうなオーラが全く見えないんだが」
牛の顔だがミノタウロスの顔は人間でも表情はわかりやすいみたいだ。バカにしているというより、困惑している。まあ、リンは極力強そうに見えないように作った外見だしな。
「まあいい……護衛のサントールだ。足を引っ張らないでくれよ」
「はい」
サントールと握手をする。するとかなり力を入れてきたみたいだ。ここは舐められないように俺も力を入れる。さすがはミノタウロス、結構力をかけてきているようだ。俺もどんどん握力を上げていく。
「……む」
「………」
「むむむ……」
「………」
「むおおおおおお!」
サントールの顔がどんどん赤くなり、手にかかる力も上がっていく。俺も負けじと握る力を増していく。
「う、ぬ、ぬぐおおおおぉ!」
「おい、何やってるんだ!?」
鼻息を荒くし、もはや猛牛のように鼻息を荒くしている護衛の姿に、グリューベルスが慌てる。
「ま、参った!」
「あ、はい」
サントールがいきなり叫んだので、俺はパッと手を放した。
「グリューベルス、どうなってやがる!? この女、ただものじゃないぞ」
「なるほど……少なくとも握力はミノタウロス以上だと。紹介通り、並の冒険者じゃないようですね」
鼻から大きく息を吐いて憤るサントールに対して、グリューベルスはこちらをじっと見て観察してくる。う、うーん、駆け出し冒険者という設定だから、ミノタウロスとなんか張り合わない方が良かったかな。
「そいつはオーガと力比べして、そのままへし折るような女だ。力比べじゃ、ミノタウロスに引けはとらないだろう」
いつの間にかジーモスさんが傍に立っていた。全然気配を感じなかった……さすがはシーフだな。
「護衛に指名されたジーモスだ。シーフなので、あまり戦闘は自信は無いが、よろしく」
「グリューベルスです、こちらは専属護衛のサントールです」
ジーモスが声をかけてきたのをきっかけに、次々と冒険者達が挨拶にくる。その中にはディーンとヤックの姿もあった。ディーンと目が合うと、にっこり笑いかけると軽く頭を下げてくる。見慣れた笑顔に俺も笑顔を返す。……おっと、リョウと違ってリンと仲がいいわけじゃないんだ。混同しないように、気をつけないと。
冒険者が揃ったところで、早速出発となった。荷馬車は三つで、それを囲むように冒険者が並ぶ。何度も言うが、護衛任務っていうのは初めてなんだ。俺は何処に居ればいいのかわからないので、適当に先頭へと立った。他の冒険者達は馬車を囲むように散開していた。
冒険者ギルド前から街の門へと向かい、外へと荷馬車は出て行く。向かうは西南西の街だそうだ。前は北東に旅したから、そっち方面に行くのは初めてだ。
「お前、本当に力持ちだな」
「ん?」
気がつけば横にサントールが寄って来ていた。巨大な斧を持って、俺に並ぶように彼は歩調を合わせてきている。
「力しか自慢が無いんです。剣の腕とかも、最近習い始めたばかりなので、さっぱりです」
「そうなのか……まあ、それだけの怪力があれば、自慢してもいいと思うが」
「今は雑魚相手に通じてますけど、本当の強者には効かないと思いますよ」
「なるほど、まだまだ腕は未熟ということか」
サントールは牛頭の顎を撫でる。うむ、仕草は人間っぽい。
「しかしあれほどの力なら、強そうなもんだが……メインの武器はその細いロングソードか」
「一応、これも使いますね」
「他にも武器は持ってるのか?」
確かに一見すると俺は腰に剣を挿しているだけだ。他に武器を持っているように見えない。俺は魔法のバッグから取り出すように見せかけて、アイテムボックスから岩を取り出した。
「これとか、相手に投げつけるのが、今は有効ですかね」
サントールは岩を見て絶句している。まあ、普通は岩は武器とは言えない。道場の兄弟子から聞いた話では、岩を武器にするのは巨人と言われる種類の亜人らしい。そりゃ、普通は加工した武器を使うしな。
「確かに岩なんか投げつけられたら、一たまりもないな。武器で受け流すとか、盾で受け止めるとか、そんなレベルの話じゃないしな」
「そうなんですよ。我ながらいいアイディアだと思います」
俺が岩を持って歩いていると、サントールの顔が引きつっている。おお、牛の顔でも人間よりよっぽど分かりやすいな、ミノタウロスっていうのは。
それから歩きながらサントールに護衛のいろはというのを俺は聞き出していた。何でも彼は五年以上もグリューベルスの護衛をしているらしい。
「何で専属護衛なんですか? サントールさんとか、いい冒険者としてやっていけそうですけど」
「俺はどっちかっていうと、傭兵に近いからな。モンスターを退治しに山奥に入るより、やってくる奴を待ち受ける方が性に合っている」
「なるほど」
確かに隊商の護衛なんかは、冒険者っていうより、傭兵っていう感じがするな。何でもここら辺は国家同士の戦争が少ないんで、傭兵より冒険者が主流だが、西の方は戦争も多いので冒険者より傭兵の方が盛んな国も多いらしい。
「だがまあ、人間同士の戦争で亜人を使うのも嫌がる国も多くてな。なので、護衛としてダンナに雇って貰ってるんだ」
「なるほど。亜人って差別されているんですか?」
「国によるな。差別も顔を見て驚かれるぐらいのところから、捕まえて火炙りにしようってところまで様々だ」
「そうなんだ」
「住んで居るのはほぼ人間なのに、トップはエルフっていう国もあれば、亜人を奴隷にして使っている国もあって、国によって身分が違うしな」
地球もそうだが、こちらの世界でも文化は様々のようだ。日本でさえ、地方毎に特色があるのだから、国によっては違いが明白だろう。俺はまだ二国しか訪れたことが無いが、それでも城塞国家のコーナリアと冒険者国家のアーラスは違っていた。旅であちこちの国に行って、色々な文化に触れるのが今から楽しみだ。
フラオスの外を出て、街道沿いに森へと入ると、途端に日当たりが悪くなる。森が鬱蒼としげっていて、木の枝葉に遮られるためだ。街道沿いなのだから木を切り倒して、木材として街に運びやすいと思うのだが、この森は物騒であまり人が寄り付かないらしい。
確かにこの森は入ってすぐにオオカミやゴブリン、オークが襲ってくる。木こりなんかもできないのだろう。今もチラチラとオオカミなどの姿を木々の合間に見たりするが、こちらの人数の多さに躊躇しているらしい。
「おいおい、この森は相当に物騒だな。生きて帰れるのか?」
経験豊かなミノタウロスの戦士であるはずのサントールが周囲をしきりに見回す。
「分かるんですか?」
「ああ、肌にビンビンと来てるな。なんて言うか、モンスターの密度が濃い感じだ」
「確かにこの森はオークだらけだから」
「オークか……数が少なければ、対処は出来るが……」
サントールはそこで口を噤む。たしかに多数のオークにいっぺんに襲われたら、護衛としてはまずいだろう。そこらへんは、俺も護衛の経験がほぼ皆無だから不安だ。
「いざとなったら引き返すようにダンナに頼むかもしれないな」
ベテランらしい意見を述べるサントールに、俺は感心する。確かにわざわざ危険に突っ込むより、敢えて引き返すという方法も必要だな。こういうことが護衛にも求められるのだろう。
街を出てあまり時間が経っていないというのに、もう既に冒険者達は厳戒態勢へと移行している。隊商など護衛の任務は長い旅路が多いので、警戒を緩めるところと締めるところのオンオフが大事だとサントールから聞いたが、もう最初からビンビンに警戒する羽目になった。しかし警戒と言われても、俺にはよくわからない。師匠なんかはある程度距離があっても気配を探れるみたいだが、未熟な俺には無理だ。ただ人間離れした視力はあるので、キョロキョロと周りを見渡すぐらいしかできない。
「あれ、何だろう」
街を離れて一時間ほどしたときに、森の奥で何かが動くのが見えた。すぐさまサントールが俺の傍へと寄って来る。
「何だ、何か見えるのか?」
「毛皮じゃないかな、あれ。よく見えないんですけど」
「何処だ?」
「あそこです」
「む……」
しばらく俺が指を指していた方向をサントールは目を細めてみていたが、やがて驚いたように目を見開いた。
「確かに何か動いてるな」
「何でしょう……熊に見えますが」
「熊か……その割には木を薙ぎ倒して暴れてるな」
「こっちに来ますね」
「隊商、止まれ! あれは熊じゃない、オウルベアだ!」
オウルベア!? あれか、熊の身体にフクロウの頭っていうモンスターか。おお、ファンタジーって感じがする。
やがてモンスターがはっきりと見える距離となった。本当に熊の身体にフクロウの頭をしてやがる。すげーな、どういう組み合わせだよ。強力そうなモンスターなのに、ワクワクしてきた。
俺のときめきをよそに、護衛の冒険者達は険しい顔で動き始める。各自の武器を構えて、オウルベアの方へと向かうが、緊張は隠せない。よっぽど強いのかもしれないな。確かに熊の巨体にバカみたいに長い爪で、木を薙ぎ倒しているからな。あれは熊よりもっと危ないに違いない。
「奴の爪と嘴に気をつけろ! 当たったら、人間なんて一撃だぞ」
「おう!」
サントールが叱咤して、護衛達が応える。確かにあのオウルベアの爪は厄介そうだな。凄い腕をぶん回しているから、正面からぶつかるのはまずそうだ。
「サントール、オウルベアの腕は背後にも回りますか?」
「いや、知らないな……多分背後は死角だと思うが」
「わかりました」
それだけ聞けば十分だ。俺は暴れるオウルベアの視線が外れたタイミングを見計らい、大きく跳躍した。
「あれ、リンは何処に行った!?」
「サントールさん、来ます!」
「おお!」
森の中からオウルベアが出て来るのを、馬車の前に出た冒険者達が迎撃しようとする。不気味な叫び声をあげるオウルベアに、ディーンはともかく、ヤックはビビりまくりだ。だがオウルベアの注意が冒険者達に向いている今こそ好機だ。
密かにオウルベアの裏側に回っていた俺は、猛ダッシュで距離を一気に詰める。ラッキーなことに背後に組み付くまで、オウルベアは俺のことに気がついてなかったみたいだ。ゴワゴワした熊の毛と、その下の硬い筋肉の感触が胴を掴んだ俺の腕に伝わる。
「ゴオオオオオ」
「ふんっ!」
驚いたオウルベアが暴れるが、それを押さえつけながら胴を抱えて持ち上げる。そしてそのまま大きく俺が身体を反る形で投げた。
「ガアアァ!?」
決まった、ジャーマンスープレックスだ! 身長と体格の差が凄まじいんで、綺麗に決めたとは言い難いが、オウルベアを地面に叩き付けることは出来た。
目の前は毛皮しか見えないが、オウルベアが必死に暴れているのがわかる。だがここで腕を放しては元も子もない。今のように逆さにして、背後から動きを封じている限り、オウルベアに攻撃手段はない。出来ればこのまま一気に葬るべきだ。
「行くぞ! うおりゃあああああ」
「ゴアアアアアアッ!」
俺はオウルベアに組み付いている腕に力を入れ、相手の胴を締め上げる。厚い脂肪の下にガチガチの筋肉が詰まった肉体は相当に頑丈だ。だがそれを潰す勢いで全力をかける。オウルベアが恐ろしい叫びをあげるが、手を緩めるわけにはいかない。
「ぬおおおおおお、死ねぇぇぇぇ!」
「ゴッ、グボアアアア」
俺は叫びと共に腕で肉を押し潰す。すると腕の中で背骨がへし折れ、内臓が潰れる感触が伝わってくる。しばらくじたばたとオウルベアが腕の中で暴れる感覚が続くが、やがて糸の切れた人形のように動きが止まった。
「やりましたか?」
俺はホールドを解いて、さっと立ち上がる。見れば口から血を大量に吐いてオウルベアが死んでいた。
「うわ、近くで見ると迫力ありますね。怖いです」
「はぁ!?」
俺がオウルベアの頭部を見て引くと、サントールが呆れたような声を出す。
「俺はオウルベアを絞め殺したお前の方がはるかに怖いぞ」
「いや、力しか取り柄が無いので」
「それだけあれば充分だよ……味方なら頼もしいが、俺は絶対にお前と争いたくないな」
サントールは頭を横に振りながら、オウルベアへと近づく。どうやら解体するらしく、ナイフで身体を裂き始めた。いい素材が取れるのだろうか。
「いや、ギルドでフラオス一番の冒険者と聞いたときは半信半疑でしたが……話は誇張でも何でも無かったですね」
荷馬車の影に隠れていたグリューベルスが俺の近くにやってくる。よく見ると額は汗びっしょりだ。よっぽどオウルベアが怖かったに違いない。
「オーガをへし折ったなど言い過ぎだと思っていましたが、よもやオウルベアを半分にへし折るとは。リンさんは可憐な少女の外見からは想像もつかない実力をお持ちなんですね」
「そんな大したことはないですよ。今回はそんなに強い個体じゃなかったかもしれませんし」
「ご謙遜を……サントールが言った通り、頼もしい限りです」
サントールと護衛の冒険者達が手際よくオウルベアの皮や爪を剥ぎ取り、肉を解体していく。肉はかなりの量なので、悪くなる前に俺のアイテムボックスへと放り込むことになった。しかし頭を残したオウルベアの毛皮っていうのはごついな。荷馬車の目立つところに置いて、モンスター除けにするらしい。
「リンさんは凄いですね」
「オウルベアが出ただけでも腰が抜けそうだったのに、それを素手で倒すのを見て漏らしそうになりました」
ディーンとヤックが俺の近くに来て、褒めてくれる。しかしヤック……お前、護衛なんだから腰を抜かしたらダメだろ。
「まあ、まだまだ駆け出しですよ。ベテランって言われるまで私達も頑張りましょう、先輩」
「ええ、精進します」
「リンがベテランじゃないなら、俺達は何だって話しだけど……まあ、いいか」
俺が笑うと、ディーンは普通の笑顔で、ヤックは苦笑を返してくる。いかん、どうもディーン相手だと、表情が緩むな。これだからイケメンは怖い、つい対応がソフトになる。
オウルベアの内臓を脇の藪に放り捨てると隊商は再び前進を始める。いきなり思いがけないファンタジーなモンスターに出会ったが、旅は始まったばかりだ。おし、気合いが入った……護衛、頑張るぞ!




