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七十三日目 仕合

 思わぬことから発覚したのだが、跳ねる子猫亭では娼婦のお姉さんを買うことが出来るのだ。そのため、俺はこちらに来て初めて風俗というのを体験できた。色っぽい風俗嬢をたくさん並べて、もう好きなだけエロいこと出来て大興奮である。


 驚くことに女性からも精気は吸収できた。男から吸うより効率がグッと落ちるのだが、これは意外な発見だったと言える。


 跳ねる子猫亭は高級な娼館だったので、相手は美人揃いだった。それを複数纏めて相手出来た。普通ならば喜びの絶頂に浸るところだが、悲しいことに今の俺は女体なのだ。頭は興奮してムラムラするが、男みたいにスッキリしたり、賢者タイムに移行できないのだ。


 一向に満足できないまま、興奮は続く一方だったので、娼婦のお姉さん達を解放したときには死屍累々だった。 ビンセンに他の客を取るのに影響があるから、ほどほどにしてくれと、釘を刺されてしまった。


 しかしまあ、オークの肉を捌ける場所も見つけて、そこで稼いだ金をそこそこ使える場所も見つけられたので万事順調だ。新しくガイナ砦というオークの狩場も見つけたことだし、しばらくは現状を維持しようと思う。冒険者としてオークを狩り、弟子として剣を修行し、サキュバスとして男を食うというサイクルだ。最後だけはどうにかしたいところだが、これだけが外せないというのが、つくづく運命とは酷いものだと実感する。


 さて、そんなある日、俺は例のごとくリリィの姿となって道場で剣を振っていた。上段からの振り下ろし……ひたすら同じ動作で剣を振るだけの修行だが、これでも十分に役に立つ。うまく決まれば、どんな奴でも真っ二つなのだ。他にも型を覚えたいところだが、焦りは禁物だろう。


「リリィ、少しいいか」

「何でしょうか、師匠」


 剣を振っていた俺は、珍しく師匠に呼ばれた。師匠は稽古中の俺にはあまり声をかけて来ない。最初の頃は剣の握りや振り方などを修正されていたが、最近はそういうことも無くなった。剣を交えている兄弟子の稽古をもっぱら見ている。稽古が終われば雑談はするが、稽古中に呼び止められたのは久しぶりなのだ。


「少し剣の筋を見たい。こちらに来て剣を構えてみよ」

「わかりました」


 剣を振るモーションを確認するために呼ばれたのだろうと思い、稽古場の真ん中に行く。だが師匠は俺が構えると、相対するように木剣を構えた。これに周囲の兄弟子たちはどよめいた。通常、新弟子となると一年近くは棒振りだけで終わってしまうのだ。入門して間もない俺が師匠と試合うのは、異例だった。


 俺は内心の動揺を隠しつつ、剣をいつものように上段へと構える。興奮を抑えるように呼吸し、師匠へとゆっくり間を詰めようとする。ヤリック師匠の構えは隙が全く無いように見える。剣気などはなく自然体なのだが、何処に打ち込んでも反撃が来るように思えた。


「フッ……」


 軽く息を吐き出して、師匠へと一気に間合いを詰める。重りのついた木剣を躊躇なく振り下ろすが、ヤリック師匠は打ち合わせることなく躱して見せた。嘘だろ! サキュバスの常人を超えた身体能力を使ったのに、あっさりと避けやがった。これだから達人は恐い!


「く……」


 避けられた瞬間に、渾身の力で背後へと跳ぼうとする。躱された時点ですぐに反撃があると予想していたからだ。そしてヤリック師匠の剣が閃いて、俺を襲おうとする。即座に動いたことが良かったのだろう、かろうじて相手の剣閃を躱すことができた。


 全力で跳躍したので、師匠と俺の間合いが大きく開く。だがそんな距離を一気に潰すかの如く、師匠は俺の方へと駆けてくる。とても老人とは思えない。しかし、相手に先手を譲るつもりは俺も無い。こちらに駆ける師匠に、俺も一気に駆けていく。


「ていっ!」

「ふん!」


 俺は再び剣を師匠へと振り下ろす。だがそれより圧倒的に素早く、師匠の木剣が胴体にピタリとつけられていた。


「参りました」


 俺は構えを解いて、頭を下げた。思いっきり負けだ。サキュバスの身体能力をもっても、やはり剣の達人には圧倒的に届かない。


 周囲では兄弟子達が騒いでいる。そんなに騒がなくてもいいと思うんだが……結局、俺は剣を振り下ろす動作しか教わってないから、駆け引きも何もなかったしな。


「凄まじいものだな」

「そんな、まだ振り下ろししか教わってないですし、まだまだです」

「そんなことはない。身体の動きが常人ではない」


 師匠は先ほどの試合を随分と評価してくれているようだ。ただその目は俺のことを射すくめるように見ている。


「リリィはもしかして、もっと実力を隠しているのではないか」

「実力を隠してるわけではないんですが……普段は剣は使っていないので」

「なるほど。何で剣を習おうとしたのだ? あれだけのスピードがあれば、剣を敢えて学ばなくても、どんな武器でも良さそうなものだが」

「私は生来の動きには自信がありますが、それでは達人には勝てません。ですので剣でもなんでも、まずは達人に師事したかったのです」

「ふむ……」


 確かに達人に教わるのならば、武器は何でも良かったと言える。ただ、剣が何となく恰好いいと思っているので、剣の道場を探したというのもある。


「剣は使わなくていい。良ければ一度全力を出して見せてくれないか」

「えっ……う、うーん……」


 唐突な師匠の頼みに、俺は驚くと共に頭を抱えたくなる。多分、師匠は何となく俺が人間でないことに気付いているのかもしれない。その上で、俺の実力を見てみたいのだろう。しかしここで俺がサキュバスとしての力を現わしていいのだろうか。


「わかりました。但し、兄弟子を含めて、私の力は内緒にして欲しいのです」

「わかった、約束させよう」


 師匠は兄弟子たちを集めて、早速俺の要望を伝えて、固く秘密にするようにと伝えている。うーむ、自分から了承したとは言え、退路を断たれたな。普段は道場の隅で重りのついた棒をブンブン振り回しているだけだったのだが、思った以上に師匠は俺のことを気にかけてくれていたようだ。そこで俺の動きに何らかのおかしい点を見抜いて、人間じゃないと判断したのだろうか。さすが達人は違うということか。


 俺は覚悟を決めると、手元に出したマスクを被った。


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