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七十一日目 食肉業者

 ガイナ砦でのオーク狩りは非常に快調だった。オークは湧くように森の奥から現れて、狩り放題で入れ食いとも言えた。ジ・ロース先輩もサポートしてくれたので、安心感もあったので、快調に狩れた。これからは先輩も誘って、ちょくちょく狩りに来ようと思う。


 あまりにオークが入れ食いだったので、先輩を自宅に送った後も、ガイナ砦周辺で一人で狩りをしたほどだ。


 一人になった後は、リリアンヌの姿で木々に隠れながら、片端からオークを鞭で縊り殺した。隠密行動は得意ではないのだが、運がいいことにオークの集団に見つかることなく、次々と単独行動をしているオークを鞭で吊り上げて、縊り殺すことが出来た。


 問題になったのは、オークの遺体についてだ。ガイナ砦には砦内に冒険者の出張所があるのだが、オークの死体は十体までしか引き取ってくれなかった。街みたいに人が大量に住んで居ないので、オークの肉を消費するのも限界があるということだった。


 かと言って、別の街の冒険者ギルドに持ち込むわけにもいかない。冒険者ギルドではオークを持って行けば、素材の費用に加えて討伐費も貰えるが、それは近隣のオークを討伐する場合に発生する報酬だ。別の場所で殺したオークを持って行くのはマナー違反と言える。


 別に言わなければバレないと思われるかもしれないが、やはり大量に死体を持ち込めば、すわオークの大量発生かと調査が及ぶに違いない。


 何とか秘密裡にオークを処分できないか頭を悩ませた俺は、一先ずザクセンへと戻った。蛇の道は蛇ということで、専門家に聞くことにしたのだ。


「何処か口が堅い食肉業者をご存じないかしら?」


 俺こと、リランダの問いに、ビンセンはポカンとした表情だった。ここはもちろん跳ねる子猫亭で、珍しくビンセンの事務室に俺は来ていた。娼館の主なんて、娼婦を並べてサロンで遊んでるものと思ったが、ビンセンはそういうことはない。きちんと自分の事務室を持っていて、普通の商人と変わらなかった。


「食肉業者……どういう要件なんだ?」

「いや、別に消したい人間が居るわけじゃないんですよ」


 もちろん裏稼業の人間に食肉業者について聞けば訝しむだろう。俺は軽く苦笑して、ビンセンの警戒心を取り除く。


「実はオークの肉を大量に手に入れる機会があって、処分に困ってまして……」

「オークの肉か……そういえば、よく差し入れしてくれているな」


 ビンセンの言うように、前からちょくちょく賄いとして、オーク肉を娼館の台所に差し入れしている。味は豚肉と変わらないので、道場といい、差し入れは喜ばれるのだ。


「何処から手に入れてるか、聞いていいか?」

「冒険者と懇意にしていますので」

「ああ、なるほどな」


 多分、仲のいい冒険者にプレゼントとして貰っていると、ビンセンは納得しているのだろう。


「しかし、女にオーク肉ね……」

「はい。私も処分に困ってしまって」

「わかった。いい業者を知ってるから、案内させよう……おい、誰か居ないか!」

「へい」


 ビンセンの大声に、すぐに常駐している従業員がやって来る。確か、名前はソムルだ。


 人相に悪い顔つきに、幾つか刃物の傷がある。要は従業員の怖いお兄さんというやつだ。職業柄、俺も何度か食事……もとい、娼館に来た客とトラブルになったことがある。そういうときは、彼のような常駐である従業員の出番である。


 客からの求婚ぐらいなら、自分で丁重にお断りするが、無理やり連れ出そうとか他店による引き抜きなどの場合はお世話になっている。紳士的に対応して貰い、二度と顔を合わすことが無いからだ。以前あった大量のチンピラによる殴り込みなんかでなければ、極めて有能だ。


「お呼びになりましたか」

「リランダを連れて、マルガー商会に行ってくれ。顔繫ぎして欲しいそうだ」

「マルガー商会……あそこにリランダの姐さんをですか?」

「オーク肉を売りたいそうだ」

「ああ、なるほど。ようござんす」


 ソムルも俺が食肉業者に何の用かわからなかったようだが、オーク肉と聞いて納得したようだ。何度か確か差し入れしたオーク肉について、お礼を言われたことがある。


「よろしいのですか?」

「何がだ?」

「私の方はすぐにでも仕事に入れますので、空いてるときで構わないのですが……」

「お前は出勤したときは働きすぎだ。それにまだ客が来るには早いから、構わねえよ」


 とりあえず、俺の仕事については心配しなくていいらしい。ビンセンの好意に甘えて、ソムルと一緒に外へと出る。


 しかし、娼館の主から働きすぎと言われるとは。俺としては客に対応していくのは、回転寿司を食う感覚なんだが……って、どんどん感覚がおかしくなっていっているらしい。サキュバスの身体というのは恐ろしいと改めて思い、身震いしてしまう。


 ザクセンの街は道が比較的狭く、建物がゴチャゴチャと並んでいる。跳ねる子猫亭は特にスラム近くにある歓楽街にあるので、道があまり広くない。


ザクセンの街並みを興味深く眺めていると、気を使ったのかソムルが声をかけてきた。


「しかし、姐さんに言いつけて貰って助かりました」

「どういう意味かしら?」

「常日頃、姐さんには差し入れして貰っているうえに、前回は殴り込みまでして貰ったので。普段は偉そうにふんぞり返ってる俺達が何もできなくて、なさけねえ話でして。更に俺達なんかは小間使いなのに、特に用事を言いつかったこともありませんので」

「そうかしら? 部屋の掃除はしょっちゅう頼んでるけど」

「あれは部屋係に任せてます」

「そういえばそうだったわね」


 確かに言われてみれば、嫌な客の対応以外を店員に何か頼んだ記憶はない。下っ端はともかく、ちょっとした買い物などはベテラン娼婦などがしょっちゅう頼んでいた。俺は夕方から夜中まで男をクルクルと取り替えて食事しているので、買い物を頼んでいる暇は無かった。


「まあ、また何か必要になったら、頼むわね」

「気軽にお願いしますわ。姐さんには護衛としては役に立ちそうもないんで」

「わたし、そんなに強いわけじゃないわよ」

「ご冗談を」


 俺の言葉をとんでもないジョークと受け取ったのか、苦笑いしている。


 むう、確かに他の組にカチこんだときには、大暴れしちまったからな。娼婦らしからぬ暴れん坊ぶりを見せてしまったらしい。こんな華麗な姿でフェイスクローで人を持ち上げたりしたら、ドン引きかもしれない。暴れん坊キャラを作っておいた方が良いだろうか。


 そんなことを考えているうちに、とある建物の前でソムルが足を止める。ここがマルガー商会なのかもしれない。


「マルガーさん、すみません」

「………」


 ソムルの言葉に、奥からエプロンを着たガタイのいい男が出て来る。身長二メートル近くで、でかい! 強面なのもそうだが、何よりエプロンに血がいっぱいついているのが恐ろしい。


「すみません、こちらはうちの売れっ子のリランダさんです。今日はオークの肉を卸せないか、相談したいとのことです」

「初めまして、リランダです。どうぞ、お見知りおきを」


 さっと営業スマイルで挨拶するが、マルガーと呼ばれていた男は表情をピクリとも変えない。食肉業者なのはわかるが、こんな愛想が無くて、商人として大丈夫なのか?


「……オークの肉を見ないと、取引はわからない」

「それなら、持って来ています」


 俺は魔法の鞄をチラリと見せる。実際にはアイテムボックスに入っていて、魔法の鞄は空だが、何も無いところから出せば不自然だろう。重さが増えるはずのバッグから出しているという点には、目を瞑ることにした。


「待て。オークの肉というのは丸ごとということか?」

「はい、そうですわ」


 俺がバッグからオークの上半身を出した時点で、店主のマルガーからストップがかかった。


「食肉処理用の施設があるから、そっちにしてくれ」

「わかりましたわ。案内して下さい」


 マルガーは返事はしなかったが、店から出て、先頭に立って案内してくれる。裏に回って倉庫のような建物に入ると、大量の肉が吊るしてあった。食肉加工場なのだろう。


 この世界の加工場は虫などが湧いている不衛生なものだと思っていたが、想像よりはるかに清潔だった。後で聞いた話だと、こういう施設では虫除け、病除けという名の殺菌、温度低下などの魔法がかかっているらしい。地方はともかく、都会はこういう魔法をかける魔法使いが必ずいるとのこと。


「オークを台の上に出してくれ」

「はい」


 俺は木で出来た加工台の上にオークを置いていく。


「待て。何体居るんだ」

「二百体は居ますわ」

「ふむ……」


 二十体ほど置いた時点で、マルガーから再び待ったがかかる。確かに幾つもある加工台は、ほぼいっぱいになってしまっている。だが一緒に来たソムルは驚愕しているのに、マルガーの表情は変わらない。


「見たところ状態がいい。残りも同じなら、一体を銀貨二十枚で引き取ろう」

「実は状態の良くないものも幾つかあるのですが」

「それは状態次第だな。鮮度がいいなら、上手く捌けば何とかなるかもしれない」


 アイテムボックスには、頭部以外にダメージがあるオークも少し入っている。内臓にダメージがあると、やはり肉の価値が落ちるので気をつけているが、それでも上手く倒せなかったオークは居る。


「おい、どんどん吊るしていけ」

「へい」

「場所を空けるから、どんどんオークを出してくれ。破損したやつは最後の方で頼む」

「わかりましたわ」


 マルガーの指示で従業員達がどんどんオークを肉フックに吊るして、俺もどんどんオークを並べていく。しかしオークがどんどん並んでいくのは壮観というか、不気味というか……。


「新鮮だな。皮膚が傷ついているぐらいは問題無いが、こっちの腹がやられたのは銀貨十五枚でどうだ」

「お願いします」


 意外にボロボロのオークであったりしても、値段はあまり変わらないらしい。そこらへん、プロが上手く捌くからだろうか。二百体以上に及ぶオーク達を、従業員は腹を割いて内蔵を取り出して、どんどん捌いていく。


「しかし二百体もいっぺんに購入して頂けるとは思いませんでしたわ」

「何でだ?」


 捌かれるオークを見ている俺の言葉に、代金を勘定しているマルガーが首を傾げる。


「お肉みたいな生鮮食品は保管が難しいから、消費量以上は難しいかと」

「地方の都市や町ならそうだろうが、王都は数万人住んでるからな。二百体ぐらいじゃ、一日の消費量で終わる」

「ああ、なるほど」


 確かにきちんとした販路さえあれば、この街の人数を考えれば、容易に捌けるのだろう。更に言うと、マルガー商会はきちんと二百体を、捌ける自信があるということだ。こんなスラムの奥にある店なのに、相当なもんだな。


「他にあるなら、幾らでも買うぞ」

「すみません、さすがに在庫切れです」

「この値段なら大歓迎だ。いつでも持って来い」


 マルガーに代金を渡された俺は、帰ることにした。金貨四十枚以上にもなったのだから、凄い儲けだ。そのうち銀貨十枚をソムルに、俺は渡そうとした。


「いけません! 姐さんにはさっきも言いましたが、恩ばかりですので」

「まあそう言わないで。オークの代金に比べたら大したことないし。他の人と一緒に飲みにでも行って」

「そこまで仰られるなら……ありがたく頂戴いたしやす」


 アイテムボックス内のオークをすっきり整理できたので、俺は気分良く跳ねる子猫亭に戻ることが出来た。見れば待合のラウンジには、俺が出勤するのを聞きつけたのか、常連客が見える。


 脂ぎったあの商人のおっさんはエネルギーがたっぷりなので、言うなれば脂身が多い大トロだ。ベテラン冒険者の戦士っぽいおっさんは、逆にマグロの赤身だろう。商人のドラ息子らしい遊び人は若くてエネルギーがあり、ハマチに思える。逆に同じ商人の息子でナヨナヨした青年は、サヨリのような感じか。


 さてさて今日はどれから食べられるかなとワクワクした時点で気付いた。また客を回転寿司みたいに考えている。どんどん女というか、サキュバスになってきているのが実感されて、正直に言えば凹む。身も心も女になる以前に、魔物になるのを警戒しなくてはいけないかもしれない。


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