とある砦の騎士
【とある砦の騎士、コッド】
私の名はコッド。このアラースで王に忠誠を誓う騎士の一人だ。ガイナ砦の守りを任せて貰っており、過去何度かオークの侵攻を退けている。
オークと小競り合いの絶えない日々で、私も戦いのベテランとなったと思っていた。その私が、いま眼前に広がる光景が信じられなかった。
「ブヒィ!」
「ひぎぃっ!」
オークの集団の頭上をサキュバスのリョウという者がピョンピョンと跳ねる。その度にオークが頭部を破壊されて、バタバタと倒れていく。それだけでも凄いのに、ジ・ロースが援護の魔法を唱えて、一発ごとにオークが一体昇天する。既にオーク達は四十体近く倒れたが、魔族達は一切疲れた様子を見せない。
特にサキュバスの動きは凄まじい。手足で繰り出す一撃で、確実に頭を潰している。以前会ったことのある凄腕のモンクとも、全く遜色のない動きだ。更に特筆すべきは、オーク達を相手取って激しく動いているのに、一向にスタミナが切れる様子を見せないことだ。複数のオークと戦える猛者は少なくない。だがサキュバスのリョウが凄いところは、一向に動きが鈍ることが無いところだ。息が切れている様子は無く、次々とオーク共を笑顔で殺戮していっている。
「くそっ、魔法使いを狙うブゥ……ふぐお!」
時たまリョウを無視して、ジ・ロースを狙おうとするオーク達も居る。だがそれはリョウにはいいカモのようだ。跳躍して一瞬で間合いを詰めると、後頭部に一撃を入れるのだ。数が多いので逃げるオークは目溢ししているようだが、ジ・ロースと護衛の我々に向かってくる者は無防備な背後に一撃を入れている。
「援軍だ!」
兵士からの警告で遠くに目をこらすと、新たに森からオークが出てくるのが見えた。今度は集団でやって来たようだ。
「ちっ、ダラダラやって来ればいいのに、集団か」
「コッド様、この数では」
その数はざっと見ただけで百体以上だ。さすがにその数は相手にできないと思い、撤退しようと進言する。だがオークの増援が来ているのに、リョウは何ら気にしていないようだ。手近にいるオーク達を殴り、次々と一撃で沈黙させている。
「慌てるな。あの程度の雑兵、造作もない」
「しかし……」
「心配ならば、そなた達は砦へと戻れ。我らは囲まれても突破できるからな」
ジ・ロースは背中の羽をパタパタと振って、暗に空に飛んで逃げることが出来るのを匂わす。しかし、王家の姫を残して、我々だけで脱出していいのだろうか。騎士の責務と部下への責任で、私は思わず板挟みになってしまう。
その間にも死闘……というか、オークの虐殺は続いている。味方を見殺しにしないため、オークの大群は一斉にリョウへと走りだした。
「ブヒイイイイイ!」
「うおりゃー!」
空中に跳躍せず、リョウは駆け出すとオークの集団に正面から突撃する。無謀だと声を上げる間もなく、美しいサキュバスの姿がオークの波に呑まれたように見えた。
「げぶあっ!」
「ブヒッ!」
だが次の瞬間、五、六体のオークが弾き飛ばされ、宙を舞った。信じられないことだが、人間より力が強いオークを、リョウは体当たりで突き飛ばしたのだ。
吹き飛ばされたオークは背後のオーク達を巻き込んで倒れる。動き回れる十分なスペースを確保したリョウは、再びジャンプすると、空中殺法を使う。彼女が蹴りや手刀を放つ度に、バタバタとオークが倒れていった。
「『魔法の矢』」
ジ・ロースも怠けてはいない。淡々と魔法を放っては、一体ずつを葬っていく。それを脅威と感じたのだろう、オークの一部がリョウを無視してこちらに駆けてくる。
「そおぃ!」
とんでもないことにリョウはオークの頭を掴むと、こちらに駆けてくる集団へと投げつけた。まるで倉庫で荷物を投げる人足のような気軽さで、人間の二倍ぐらい重い亜人を投げたのには唖然とする。こちらに駆けてくるオークは、無防備に投石のように投げられた同胞にぶつかって倒れてしまう。当たらなかった者達も、その光景に唖然として立ち止まってしまった。
「『魔法の矢』」
「うぐあっ!」
我々もオークも呆然としていたが、ジ・ロースだけは足が止まったオークへと魔法をぶつけ続ける。慌ててオーク達は再度こちらに駆け出すが、随分と数が減っている。仲間をぶつけられたオーク達は衝撃で倒れたままで、未だ立ち上がれていなかったからだ。
数を減らして突撃するオークに、ジ・ロースは魔法を撃ち続け、二体ほど更に減らした。我々の元へと無事辿り着いたオークは六体へと減っていた。
「でやぁ!」
「ブヒィ!」
「オーク共、覚悟せよ!」
駆けてきたオークの一体の頭を、私は即座に剣の一撃で割る。続けてもう一体に相対して、相手をけん制する。こうなると残ったオーク四体に対して、連れてきた兵士二十体が相手することになる。数の優位で攻めかかろうとしてきたはずなのに、いつの間にか不利になっていたオーク達は戸惑ったように視線を彷徨わせる。
「『魔法の矢』」
「ブヒッ!」
至近距離でジ・ロースが更に一体を屠ると、戦いのバランスは一気に崩れた。囲まれたオークは兵士達に槍で突かれて、穴だらけで地に倒れ伏すこととなった。
「よしっ!」
オーク五体を瞬時に無力化したので昂揚していたのだろう。更なるオークを迎え撃とうと、森の方を見た私達が見たのは、無数の死骸を積み上げながら、未だに大暴れしているリョウの姿だった。数だけは多いオーク達は、前後左右に飛び跳ねながら、空中殺法を駆使する彼女に右往左往しているだけだ。時たまジ・ロースから放たれた魔法の矢が、オークを殺していく。
何となく自分達に無力感が湧いてきたところで、オーク達は算を乱して逃げ始めた。
「待て、逃がさん!」
色っぽい容姿に似合わない荒々しい言葉を吐きながら、リョウは次々と逃げるオークに止めを刺していく。最終的には七十以上の豚亜人の死体が並んでいた。
リョウはある程度の追撃で満足すると、オークの死体を片っ端から持っていた鞄に入れていく。幾らでも物が入る代わりに、重さが十倍になる鞄だ。
その姿に兵士達が微かに震えてしまう。もしかするとオークなんかより、よっぽど危険な化け物かもしれない。
「よし、片が付いたな」
あれ程、大量にあった死体が全部綺麗に消えた。
「それじゃ、森に入ろうか」
「十分だろうが。そろそろ我は帰りたい。嫁が待っている」
オークだらけの森に入りたいと告げたリョウに、ジ・ロースは顔を顰める。森に近づいただけであれだけオークが居たのだ。もし木々の奥へと足を踏み入れたら、どれだけ亜人が出てくるかわからない。しかしこのサキュバスと魔神ならば、物ともしないに違いない。
「そろそろ危ない日の嫁が居るのだ。そういう日は時間をかけて種付けしたい」
「あんた、本当に最低だな……帰りは瞬間移動で送ってやるから」
「瞬間移動? そんな便利なものがあるのか?」
「一度行った場所じゃないといけないけどな」
「むう……しかし、森の中に入るのも面倒よのう」
「俺、なんとなく女性の排卵日がわかるから、伝えようか?」
「よし、森に向かって出発進行だ」
ジ・ロースとリョウは散歩するかのような足取りで森へと入っていく。その姿に、私は汗が噴き出るのを止められなかった。




