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七十日目 ガイナ砦

 ガイナ砦は丘に立てられた石造りの砦で、非常にがっしりとした造りだった。首都グラパルスリニアにある王城のような優雅さは全く無い。攻め寄せるものは、どんな者でも打ち破るというような、強い意思を感じる。


 俺達は高度を落として、跳ね橋の前へと降り立った。すると中から兵士が何人か駆けだしてきた。


「ジ・ロース!」

「久しぶりだな」


 兵士の中で偉そうな相手に、先輩が目を向ける。口ひげを生やして、他の兵士よりゴツイ鎧をつけている。


「騎士のコッドだ」

「初めまして、サキュバスのリョウと申します」

「サキュバス!?」


 ジ・ロースの紹介で俺はコッドに頭を下げる。コッドと兵士達は俺がサキュバスと聞いて、警戒したような表情を見せる。


「そのサキュバスと一緒に何故来たのだ? 何かあるのか?」

「まあオークが攻めて来るのを待つまでもあるまい。たまには、オーク狩りをしてやろうと思って、リョウと一緒に来た」

「そういうことならば、歓迎だが」


 偉そうに薄い胸を大きく張っているジ・ロースに対して、コッドは複雑そうだ。相手は勝手に王女の身体を乗っ取っている魔神だが、この魔神が居ないと王国は窮地に陥る。王家と国に忠誠を誓っている騎士に対しては、二律背反というところだろう。


『コッド、安心して下さい。リョウ様はサキュバスですが、信頼できる冒険者ですわ』

「マトーシュ王女!?」


 王女が放った思念に、コッド達兵士は一斉に膝を着く。


『驚かせて申し訳ありません。ですが、身体をジ・ロースに貸していますが、こうやって話くらいは出来るようになりました』

「それはまた……お言葉を頂けて、何よりです」

『それで、リョウ様については私が保証いたします。少なくとも、ジ・ロースよりは信頼ができますわ』

「マトーシュ、それは我に対して失礼ではないか」


 マトーシュ王女の言葉に、ジ・ロースは唇を尖らせる。


『普段の行動を省みて下さい。あんなにメイドに手を出して、信用しろというのに無理がありますわ』

「わかったわかった」


 ジ・ロースの抗議に対しても、マトーシュ王女は軽く受け流してしまう。流石は魔神を呼ぶだけあって、肝が据わってるっていう感じだな。


「それであの森へと入ろうと思うが、問題はあるか?」

「許可は特に要らないが……万が一にも王女の身に何かあるとまずいのだ」

「この我がオーク如きに遅れをとると?」


 コッドの指摘に今度はジ・ロースが目を細める。まあ魔神のプライド的には、嫌なのだろう。


「悪いが兵士で護衛させて貰う」

「邪魔はするなよ」

「わかった……伝令、姫様のための護衛部隊を出すように砦に連絡を」


 ジ・ロースの許可を受けると、兵士達が慌ただしく動き始める。その間にもジ・ロースは、砦の先に広がる森へとノロノロとだが足を進めてしまう。しばらくすると二十人程の兵士達が砦から駆けだしてくる。


『皆様にはご迷惑をおかけしますわ』

「とんでもございません。姫様と一緒にオーク退治とは……身に余る光栄です」


 コッドは俺達に並ぶと、ジ・ロースの中に居るマトーシュ王女へと頭を下げる。戦闘能力についてはわからないが、忠誠心と判断能力の高さに関しては、コッドは騎士としては優秀なんだろうな。短時間で兵を集めてきたし。


 そんな騎士の苦労を気にせず、ジ・ロースは兵が合流するとペースを上げて森へと向かっていく。


「おいおい……先輩、気のせいかオークが見えるんだが」

「言われなくても我にも見えるぞ」


 まだ森の外縁部が遠くに見えるだけだが、既に森の中にオークの姿が見え隠れしている。


「人間の砦前というのに、オークがうろちょろしてるんですか」

「うむ……ここ数年、オークの勢力拡大が激しくてな」


 コッドに顔を向けると、彼は苦々しげな表情を浮かべる。オーク退治に来たとはいえ、こんな早くにオークを見つけるとは思わなかった。


「とにかく森の中でオークが増えていてな。それが溢れ出すように王国へと攻め込もうとしているのだ」

「原因はわかりますか?」

「わからん……森の奥まで調査が入れないのだ」

「冒険者で駆除はできないのですか? ここは冒険者の国なんでしょう」

「リスクが大きいのだ。よっぽどの腕でないと多数のオークにやられることになる。それに、多少報酬が良くてもオークだからな……集団と戦うのは割りに合わないということで、集まりが悪いのだ」

「なるほど」


 幾ら報酬が良くても、多数のオークに囲まれるのは冒険者としては避けたいだろう。安全にオークが狩れるくらいに数が減れば冒険者が戻るだろうが、そうそうオークの数は減らないだろう。今のままではオークは増える一方だ。


「『豪火球(ファイアーボール)』」


 先輩の手から赤い球が放たれ、森の奥へと真っ直ぐに吸い込まれるように飛んで行く。俺が唖然としていると、凄まじい爆発音と共に巨大な火炎が燃え上がった。


「先輩、いきなり何ですか!?」

「何って、オークが見えたので『豪火球』を放っただけだ」

「放っただけって……」


 『豪火球(ファイアーボール)』は中級の魔術師や幻術師が使える有名な攻撃魔法だ。その威力と比較すると、早いレベルで使える魔法なので、魔法使いには重宝されている。ここら辺は若い魔法使いのハウエルに聞いた情報だ。


 しかしやはり実際に見ると、凄まじい威力だ。ある程度の魔術系冒険者になると、ひたすら『豪火球』を連打して、ありとあらゆる相手を倒すというのは、あながち嘘ではないだろう。


「先輩、これだとオークが爆発して、素材が手に入らないですよ!」

「あの豚って素材になるのか?」

「先輩もオークぐらい食べたことありますよね」

「むう、肉か……確かにあれは美味いが」

「それに森が火事になるのは良くないですよ」


 森に火を放って、オークを片っ端から焼き殺すという手もあるが、正直に言えば何が起きるかわからない。以前、フラオスで冒険者ギルド受付であるカイトスのおっさんに冗談で言ったことがあるが、森というのは精霊や森の主、森を愛する神などの守護の下に居たりして、とんでもない厄災が降りかかることもあるそうだ。森に火を放ってトロールを皆殺しにしたが、森の主であるグリーンドラゴンを起こして、都市が壊滅したのは有名らしい。なので、冒険者ギルドはよっぽどのことが無ければ、奥の手は使わない。


「そうなると何を使えばいい? 普段は『豪火球(ファイアーボール)』で焼き尽くしているが……『電光(ライトニング)』でも発火の可能性があるから、そうなると『氷撃吹雪(アイスブリザード)』ぐらいしかないが、あれはやたらと魔力を食う」

「うーむ……」


 先輩が挙げた攻撃魔法は非常にオーソドックスなものばかりだ。実際には数多くの攻撃魔法が開発されているらしいが、そういうのはやたらと魔力を食うらしい。オーソドックスな魔法は古代に神に作られたらしく、最適化されて魔力消費がビックリするくらい低いのだ。変にオリジナル魔法を放つより、オーソドックスな魔法を連打した方が、はるかに効率がいい。なので、有名どころの魔法しか知らない術士も多いし、それで充分事足りることも多い。


「なら『魔法の矢(マジックミサイル)』にして下さいよ。あれなら、魔力もあまり使わないですし」

「あれは威力が低いからな……効率が悪いから、あまり使いたくないな」


 先輩はあからさまに顔を顰めるが、ここは我慢して貰おう。


 爆炎に触発されたのか、オーク達が森の奥から駆けだしてくるのが見える。十三体か……本当にオークが多いんだな、ここは。


「『魔法の矢(マジックミサイル)』」


 先輩が魔法を唱えると、十本の矢が生み出されて、オークへと飛ぶ。オークの一体が複数の矢が刺さり、盛大にぶっ倒れる。


 『魔法の矢(マジックミサイル)』はごく初期の魔法で、秘術系の術士は誰もが覚えている攻撃魔法だ。矢と名前がついているが、実際にはエネルギー弾を叩きつける魔法に近い。威力は最低限とも言えるものだが、他の魔法より優れているところもある。ホーミング性能がついており、抵抗や回避、防御が難しいことだ。


 通常は一から三本くらいの矢を飛ばすのが普通だが、十本も飛ばせる先輩の魔力は凄いとしか言いようがない。


「先輩、身体に当てるとオークの肉が悪くなるんで、頭狙って下さい、頭」

「何というか、注文の多い奴だな……『魔法の矢(マジックミサイル)』」


 更に一体のオークが『魔法の矢(マジックミサイル)』を食らってぶっ倒れる。矢が全部頭に命中しており、頭蓋骨が潰れていた。文句を言いつつも、先輩の魔法操作は相当なもののようだ。


「隊列を組め! ジ・ロースを守るぞ」


 コッドが叫ぶと、兵士たちが緊張したように槍を持って前へ出ようとする。たしかに『魔法の矢(マジックミサイル)』だとオーク達を殺すより、奴らがここに来る方が早いだろう。ぼちぼち俺も働かなくてはな。


「あれ、リョウは何処に行った?」


 コッドが周囲を見回すが、既に俺は集団から離れている。大きく空中へジャンプし、オーク目掛けて落下中だ。


「ぶ、ブヒィ!?」


 オークのうち一体の近くに落下した俺は、斜めに蹴りを入れて亜人の首をへし折る。踏みつぶしてもいいのだが、落下の衝撃でオークの足などが変に折れ曲がるので、食肉の価値を下げる気がするのだ。


「ど、何処から……お前さっき前に居たはずでは……ブヒッ!?」


 足を止めて唖然としたオークに跳躍し、チョップ一撃で頭蓋骨を割る。これで森から出て来たオークの四分の一は始末した計算になる。


 続けて俺はノーモーションで飛び上がると、更にもう一体のオークへと蹴りつる。足先が顎を捉えて蹴り上げ、首が半周する凄まじさで頸骨をへし折る。


「ば、化け物ブヒッ!」

「やってやるブヒッ!」


 俺の暴れぶりに唖然としたのか、残ったオークが俺へと一斉に襲いかかってくる。そのうちの手に持った棍棒を振り上げた一匹に、魔法の矢が炸裂した。先輩が気を利かせてアシストしてくれたのだ。


 思わずオーク達の注意が魔法を食らった一体や、魔法を放った先輩へと逸れる。その一瞬で充分であった。


「でやあっ!」


 宙に飛んだ俺が開脚蹴りを放つ。俺の両足がそれぞれ一体ずつ、オークの顔面を蹴り抜いた。キックを食らったオークの顔面が足形に陥没し、どっと地面へと倒れる。


 リョウの姿なので、指先の爪を強化し、更にもう一体に手刀を放つ。力が強すぎたのか、俺の一撃は相手の頭を貫いて、肘までのめり込んでしまった。


「ば、化け物ブヒぃ!」


 残ったオークは算を乱して逃げて行く。そうなるともう俺の独壇場だ。逃げる相手にジャンプで飛びついて、片っ端からチョップの一撃で頭部を破壊する。それだけで、すぐに片がついた。やはり背を向けてる相手は、攻撃が数倍も当てやすい。


「おしおし、楽勝楽勝」


 俺は倒れたオークの死体を掴むと、片っ端からアイテムボックスに放り込んでいく。幸いにもほとんどのオークは頭しか傷ついておらず、これならいい価格で買い取りしてくれそうだ。


「リョウよ、おぬしなかなかやるな」

「いやいや、相手がオークだからだ。これが人間の達人とかなら、あっさり切り殺されてる」

「そういうものか?」


 魔神に褒められるのは嬉しいものだが、やはり自分はまだまだという思いが強い。この世界で戦ってきた感触で言うと、俺は一定以下の戦闘能力を持つ相手ならば、幾らでも勝つ自信がある。睡眠は要らないし、体内にたっぷりエネルギーがあれば長期間の飲食不要で、今までに動き回って疲労を感じたことがない。なのでオークの大群ならば、何体でも何時間でも相手し続ける自信がある。


 その反面、ある程度のレベルに達した武器の達人に対しては自信が無い。以前に山賊に切られて分かったが、そこまで防御力は高くないのだ。達人が相手の場合には容易に切り伏せられてしまうだろう。そういうこともあって、必死に剣の修行を始めたのだ。


「お代わりが来たようだぞ」

「よし、次行きましょうか。援護頼みます」


 先輩の言うように新たに森の奥から、わらわらとオーク達が沸いて出る。俺たちがオークと争う音を聞きつけたのかもしれない。俺はオークに向けて立つと、駆けてくる奴らとの間合いを測った。

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