七十日目 飛行
「先輩ちわーっす」
「また来たのか!?」
リビングでお嫁さんのメイド達と娘さんとくつろいでいた、ジ・ロース先輩のところに顔を出す。めっちゃ顔を顰められたが、俺は気にしない。
俺は再びグラパルスリニアのジ・ロース先輩が住んでいる館にやって来ていた。こういうとき、瞬間移動はつくづく便利だ。スマホで相手に電話をかけるより早く目的地について、相手に会うことができる。
俺なんかは二カ国間、四都市を行ったり来たりして、剣の修行、冒険者としての活動、娼婦としての食事と、あちこちで忙しくしている。
「お前のせいで、四日間も思念体で過ごさなくてはいけなかったのだぞ」
「別に四日くらい、いいじゃないですか」
「メイドの何人かが危険日が過ぎてしまった」
「先輩、最低ですね」
ジ・ロースの抗議というか、鬼畜ハーレムライフを自慢されているようで、俺なんかは軽くイラっとする。先輩のメイドという名の奥さん達は、エルフがほとんどで美人ばかりだ。ただそういう生活をしたいかというと、残念ながら割り切れたりはしない。
「ところで、本当に何しに来たんだ?」
「お茶しに来ても良かったんですが、今日は先輩とオーク狩りに行ってみたくて」
「オーク狩り?」
俺の言葉に、先輩は寝転がっていたソファから、小さな身体を起こす。
「ガイナ砦に行きたいってことか?」
「そうなりますね」
あらかじめグラパルスリニアの冒険者ギルドで確認しておいたが、ジ・ロース先輩は首都から北東にあるガイナ砦の防衛をするために、マトーシュ王女に呼び出されたらしい。
近年、オークの活動が活発で、大侵攻とも言える大軍で攻めてくることが多いらしい。この砦を抜かれると、王都まではオークを遮るものがない。なので、マトーシュ王女は魔神で防衛せざるをえなかったらしい。
冒険者の国なんだから、冒険者がどうにかしろよと思わなくもない。だが何らかの事情はあるのだろう。それを我が目で見たかった。
「まあ、また慌てて呼び出される前に、オークを間引きに行ってもいいか。いいだろう、付き合ってやろう」
「ありがとうございます。それでどうやって行きます? 馬車で行くくらいなら、俺が抱えて走りますけど」
「飛べば早いだろう」
先輩の背から、コウモリのような羽が広がる。おお、流石は魔神。
「お前は出せないのか?」
「えっ!? 俺も出せるんですか?」
「知らなかったのか……」
驚く俺に、先輩は心底呆れたような表情を見せた。
それから二十分ほどレクチャーを受け、変化の能力によって羽を作ることに成功した。リョウの姿なら自由に出し入れ可能ということだ。
「それじゃ行って来るぞ」
「いってらっしゃいませ」
玄関口にメイド達がたくさん集まって、先輩に頭を下げる。おっぱいがでかいし、お腹もでかいというメイドばかりで、本当に先輩のことがうらやまけしからんように思える。
「リョウ様もお気をつけて」
「すみません、旦那さんと王女様をお借りします」
俺のことをロザリアさんは気遣って、そっと声をかけてくれる。
「王女様だけ、お返しして頂けると、こちらは大変助かるのですが」
「おい! それは無いだろう、ロザリア!」
「私はマトーシュ王女のメイドですから」
『あらあら、ロザリアもジ・ロースが居なくなると困るでしょうに』
「マトーシュ殿下!?」
ジ・ロースを焦らせて表情を変えずにからかっていたロザリアだが、マトーシュが思念で語りかけると、急に慌てる。
「からかわないで下さい。私はマトーシュ王女殿下のメイドであって、ジ・ロースはおまけですし」
『そんなこと言っていいのかしら。私はジ・ロースが起きているときのことは全て見ているのですから』
「ああっ!? で、殿下!」
ロザリアが顔を赤くしているのを、ジ・ロースがにまにまして見ている。思念だけだが、王女も笑っているような気がする。
それはともかく、俺達は北東へと飛び立った。正確に言えば、空を飛べるジ・ロース先輩の足にひっついて、俺は滑空しているだけなのだが。
どうも背中に羽がついているだけで、俺はどうやって飛ぶかというものがわからなかったのだ。それでも巨大な羽はグライダーぐらいには役に立つ。先輩は人を一人くらい持ち上げるのは全然平気なので、足に捕まらせて貰っている。
「出自といい、飛べないことといい、お前は本当に変わっておるな」
「先輩ほどじゃないですよ。魔神っていうのは、親バカだったりするんですか?」
「……そう言われると、確かに我も変わりものだな」
先輩は奈落では同胞と延々と殺し合いをしていたらしいので、こんなにのんびりしてはいなかったらしい。のん気に生きてたら、奈落では生き延びられないのだろう。俺も純粋な意味ではサキュバスとは違うし、互いに変わり者なのだろう。
「しかし、空はいいですね」
「そうだな」
何も無い大空を飛ぶのは非常に気持ちがいい。眼下には草原や森、そして時たま集落が見える。そして、遙か彼方には山脈が見えた。
先輩はかなりの飛翔速度を出すので、景色がどんどん流れていく。かなりの向かい風を感じるので、普通の人間なら寒いと思うのかもしれないが、幸いなことにリョウの身体は寒さに強いようであった。
「ぼちぼち下りるぞ。この距離ならば滑空だけでいけるであろう」
「了解です、先輩」
俺は掴んでいた先輩の足から手を離す。落ちたら大怪我ではすまなそうな高さなのだが、不思議と恐怖は湧いてこなかった。グライダーの要領で俺は風にのり、ゆっくりと高度を下げていく。大きな砦が視界の中で大きくなってきた。




