六十六日目 魔神ジ・ロース(前編)
しかし、実際のところ、面接だけで済むのだろうか。オークだろうが、オーガだろうが、慰み者にされても、これっぽっちもダメージを受けなかった俺だが、相手は魔神とやらだ。
正直に言って、そんなのに襲われたときにどうなるか、想像もつかない。
魔族というカテゴリーで言えば、サキュバスも魔神も同じくくりらしいが、トラックと軽自動車を同じ車というくくりにするような行為に思える。しかし、もしかしたら同族意識をもって、フレンドリーに接してくれるかもしれない。俺はリグランディアではなく、リョウの姿に変異して、相手に会うことにした。
ジ・ロースが住んでいるのは王都でも城から大分離れたところだった。後で聞いた話だが、貴族などが怖がるので、王女に憑依しているとはいえ、遠くに追いやられたらしい。だが建物だけはかなり大きく、閉じ込める目的もあるのか、塀も非常に高かった。
「失礼します、護衛とメイド募集を見て来たのですが」
門のところで二人いる衛兵に話しかける。むちゃくちゃゴツいフルプレートアーマーを着ているのをみると、門番は騎士様なのか? フルプレートというのは、全身板金鎧のことだ。一般的に我々が思う騎士が、装着している全身鎧なのだが、この騎士が装備しているのは更にゴツイ。そして驚くことにヘルメットまできっちり被っている。
「待っていてくれ。いま、担当者を呼ぶ」
門を開けると、衛兵は中へと走っていく。フルプレートをあまりガチャガチャ鳴らさずに行くのは凄いな。しばらくすると衛兵は戻ってきて、中に招き入れてくれた。
「護衛とメイド募集に来たと窺いましたが」
館の玄関に着くと、中からメイドさんが迎えてくれた。二十代半ばのメイドさんで、髪をポニーテールにしている。非常に理知的な美人で、出来るメイドさんという感じだ。だが一点、目を惹くのは大きく張ったお腹だった。
「護衛を希望しにきました。リョウと申します」
「リョウさんですか。中へどうぞ」
俺のことをじっと見つめてから、メイドさんは中に入れてくれた。館はかなりでかいらしく、玄関のホールも大きかった。俺は長く続く廊下を少し歩いて、玄関ホール近くの応接室に通された。
「当館でメイド長をしております、ロザリアと申します。改めてよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ソファに座って、お互いに礼をする。
「見たところ護衛と言われてますが、武器はお持ちではないのですか?」
「ああ、仕舞ってますので」
俺は魔法のバッグを開いて中から物を出すように見せかけながら、アイテムボックスから武器を取り出す。盗賊などから奪った武器だが、予備として持ち歩いている。
「なるほど。実際の腕は後で見せて貰いますが……リョウさんは間違い無く採用になるかと」
「何故です?」
「当館の主が好色なのはご存じかと思いますが」
「ああ、なるほど」
ロザリアさんの淡々とした説明に、俺は納得する。魔神としては、俺の腕なんかより、この容姿を買うのは目に見えている。
「しかし、よろしいのですか? 貴女のような容姿であれば、わざわざこんな館になんて来なくても、職は引く手数多でしょう」
「護衛は実入りが悪いんですか?」
「いいえ、いいと思いますが……末路はこうですよ」
ロザリアさんが自分の腹を撫でてみせる。なるほど、メイドなんかに手を出すっていうのは、やっぱり女好きなんだろうな。まあ、ロザリアさんのような美人なら、俺も手を出したくなるが。
「多少は覚悟してるので。一先ず、主と面接させて頂ければ」
「わかりました。こちらにどうぞ」
応接間から廊下に出ると、ロザリアに先導されて歩く。とある部屋の前でロザリアさんがノックすると、中から驚くほどの美人が出て来る。銀髪のメイドさんだが、耳が長いのを見るとエルフなのだろう。そして……お腹が大きい。どんだけ手を出してるんだ?
エルフのメイドさんが引っ込んでしばらくすると、扉が開いて中に通された。
「護衛志望ということだが……」
豪華なソファとテーブルが並ぶ部屋には多数のメイドがソファに座っている。その中で一人だけ偉そうにソファでふんぞり返っているロリが居た。一発で分かった、こいつがジ・ロースだ。
ジ・ロースはびっくりするほど幼い容姿をしており、ぺたんこの胸と股間を申し訳程度に隠すビキニを着ている。それだけなら痴女なロリで済むのだが、何となく人を超越した雰囲気がある。
しかし外見はロリなんだが、どうやってメイドを孕ませているのだろうか。股間を見ても、別に何か生えている様子はない。魔神ともなれば、出し入れできるのだろうか。
長い紫の髪を軽くかき上げて、俺を値踏みするように魔神は俺を見ている。容姿は幼いのに、何だかプレッシャーを感じる。やはり魔神だからだろうか……。だが偉ぶって俺を見ていたジ・ロースは何かに気付いたように、きょとんとした表情に変わった。
「お主、魔族か?」
「えっ!? あ、そうです。サキュバスです」
「ああ、そうか。なるほど、道理で美しいわけだ」
何故かあっさりと看破されてしまって、俺もつい本当のことを言ってしまう。でも別に構いやしないだろう。「座って楽にしてくれ」という彼女の誘いに乗って、ソファに座る。
「いや、同じ魔族、それもサキュバスとは珍しい。何処から来たのだ?」
「えっとですね、最近産まれたんですが……普通は魔族って何処から来るんですか?」
「何と……奈落から来たのではないのか?」
奈落という言葉は俺も聞いたことがある。魔族達が蠢く異世界らしく、そこから悪の権化はやって来るらしい。地獄みたいな場所を想像したのだが、七つの門がありし地獄は別にあって、そちらは悪魔がウロウロしているとのことだ。
「ええ。奈落産じゃなくて、この世界産まれです」
「珍しいものだな。我は奈落から召還されて、この国の王女の身体を乗っ取らせて貰っている」
「……何か、それって色々問題ありませんか?」
「ふっ、それが何か問題とでも? 王女を解放しようと何人も挑んできたが、普通の人間に魔神をどうにかできると思うか? この国最高の騎士とやらもボコボコにしてやったわ」
俺のツッコミにジ・ロースは薄い胸を突き出して偉ぶってみせる。
しかし何とフレンドリーな魔神なんだ。俺が魔族だというのもあるだろうが、友達感覚だ。ロリの外見といい、想像とは全然違うことばかりだ。ついつい俺も素の口調が出て来てしまう。
だが騎士をボコることが出来るのだから、相当に強そうだ。まあ、魔神だしな。
「ところでジ・ロース先輩は女好きだそうで」
「せ、先輩!? お、おう……女は大好きだぞ。見ろ我の愛した女達を」
ジ・ロースが両手を広げるので見ると、美女や美少女のメイドさんがこの部屋だけでも十人以上居る。そのどれもがお腹がぽっこりしてるのだ。
「先輩……もしかして」
「全部、我の子供だ。凄いだろう」
むふーとロリ魔神は鼻息を荒げて、胸を張る。
「そこのシャンドラとシャーラは何とハイエルフの親子だ」
「えっ!?」
「そして、そこのウッドエルフのミーラとハーフエルフのミカとカーラは親子だ。親子姉妹丼とか、最高すぎであろう」
可愛らしい顔をニタニタとした笑顔で崩して、ジ・ロースが自慢する。指定された親子のメイド達は顔を赤くして、俺から顔を背けてしまう。そりゃそうだろう。普通、親子で愛人にはされないだろう。
「先輩、最低っすね」
「ふふふ、何とでも言え。こんな凄いハーレムなんて、並の王では持てないぞ」
「いや、並の王は世間体っていうのもありますから」
この人……じゃなくて、この魔神、やってることは最低だが、何だか憎めない。何故だろうか。多分、ジ・ロースがやってることは一般的には悪いことだが、法律を破ってないからだろう。あんまり他に迷惑をかけていない。
愛人のメイドさん達も絶望的な顔をしてたら怒りも湧くが、何と言うか温かくジ・ロースを見てる。いや、この場合は生暖かく見てるのか。困ったご主人というか、困った家族というように見てる。
王女の身体を乗っ取ってるそうだが、そもそも魔神を呼んだのは王女だから、自己責任とも言える。
「先輩、話は変わりますけど、オークを倒してるって本当ですか?」
「ああ、倒してるぞ。砦の陥落を防いでいるのは我の魔法のおかげだな」
先輩の話だと、数百ものオークを魔法で吹き飛ばしてるらしい。人のためになることをやってるというわけだ。メイドを雇ってるのも合法だし、そんなに悪い奴じゃないのかもしれない。大事な王女の身体を乗っ取られている王家は堪ったもんじゃないが。
「ぱぱ、ぱぱ!」
「お、パパはここだぞー」
俺が全く想像だにしていなかった魔神の実体に悩んでいると、リビングの部屋が開いてちびっこがやって来る。まだほんのちっちゃい幼児だが、その子をみるとジ・ロースの顔が退廃的な感じから、ふにゃっと崩れる。
「ぱぱ、おえかき」
「ごめんねー、パパはお客さんの相手しなくちゃいけないんでしゅよー」
うわー、魔神が普通のパパになってる。少女が幼女のパパというのが、頭が爆発しそうなシチュエーションだ。
「ジ・ロース様、幼児言葉で話しかけると、娘の教育に良くありません」
「ええっ!? いいではないか、少しは。どうせ、お前がきちんと教育しておるんだから」
「それを台無しにされては困ります」
面接官だったロザリアさんが、ジ・ロースに抗議する。幼女が「ままー、ままー」と言っているので、ロザリアさんとジ・ロースの娘なのだろう。ロザリアさんのお腹の中には幼女の弟か妹が居るということか。
「ほら、お客様が居るから、パパにバイバイして」
「バイバイ」
「またなー」
帰っていく自分の子供に、ジ・ロースは大きく手を振る。両手で振ってるよ、この魔神。
「先輩、子煩悩っすね」
「産まれるまでは全然知らなかったが、自分の子供がめっちゃ可愛くてな。子供って最高だぞ」
うーん、本当に魔神なのか、この魔族は。しかし親バカでも、こんなあちこち孕ませているとなると、教育には悪そうだな。




