ザクセンの娼館『跳ねる子猫亭』の主、ビンセンの驚愕(後編)
リランダは男達を脅して、今回の黒幕へと案内させた。ザクセンの暗部を支配しているグループは幾つもあるが、男達が案内したのは、その中でもトップの一人であるアナコンダのグラッケンが支配している地域だった。抗争する相手のグループを無理やり丸呑みして、支配を奪ってしまうことから、アナコンダという二つ名がついている男だ。
俺は即座にヤバイと直感したが、男達を小突きながら歩くリランダから離れられなかった。俺はこの謎めいたスゴ腕の娼婦から目を離せなかった。
リランダは広場に面する巨大な建物へと案内される。グラッケンが住む館なのだろう。リランダは正面の扉を蹴りの一撃で吹き飛ばし、中へと入っていく。
「なんだてめえ!」
「ぶっころ……ぎええええええ」
館を警護していたと思われるチンピラが、外へと吹き飛んでくる。恐ろしいことに水平に男は吹っ飛んで、広場を挟んだ建物の壁にぶつかった。
「ぐわあああああ」
「ひいいい、助けてええええ!」
途端に館の中から悲鳴と、凄まじい音が何度も響く。恐る恐る建物を覗くと、何人もの男が天井、壁、床とところ構わずめり込んでいた。
「そこまでだ」
暴力を振るうリランダの前に巨大な剣を構えた男が立ち塞がる。恐らくグラッケンの用意した用心棒だろう。そこらの三下とは違う強者の雰囲気を放つ剣士に、暴威を振るっていたリランダが初めて動きを止めた。
「先生!」
「先生、頼みます!」
「この先は通さない……」
寄らば切るという用心棒の剣に、リランダは眉を寄せる。そして何処に隠し持っていたのか、両腕からムチを取り出した。
「ムチか……」
リランダの出した武器に、男は隙なく彼女を観察する。その構えはムチが何処から飛んできても迎撃できるように見えた。だがリランダは男にムチを振るわず、部屋に置いてあった机へとムチを絡めた。そしてムチで机をぶん回した。
「ぎええええええ!」
よもや巨大な机が飛んでくるとは思わなかったのだろう。用心棒の男は恐ろしく重そうな机の下敷きとなった。
「せ、先生!?」
「だ、ダメだ! に、にげ……ぐええええ!」
リランダは屋内で巨大な机をあちこちに振り回しながら、歩き始める。先程以上の悲鳴と、凄まじい破砕音が響き渡る。十分もしないうちに、リランダはヒキガエルのような中年の男を館から連れ出し、路上に放り出した。こいつが多分、グラッケンだろう。
「婦女誘拐しようだなんて、いい度胸だな……あぁん!?」
「て、てめえ、俺にこんなことをしてただで済むと思って……あひいいいい!」
口答えしたグラッケンの手を、リランダは思いっきり踏みつぶした。メキメキという不快な音が周囲に鳴り響く。
「や、やめ、やめろおおおお!」
「やめて下さいだろう。このまま踏みつぶしてペチャンコにしてやろうか!?」
「や、やめて下さい! お願いします!」
よっぽど痛かったのだろう。リランダが足を外したとたん、グラッケンは手を押さえて路上でゴロゴロと転がる。そんなグラッケンを、リランダは再び踏みつけて、動きを止める。
「な、何をする気だ」
「俺が何かをするわけじゃない。お前がここで謝罪するんだよ!」
「そ、そんな……」
「踏みつぶされたいようだな……」
「わ、わかった! わかりました!」
リランダが軽く力を入れるそぶりを見せただけで、グラッケンは思いっきり頭を下げる。両手をついて、彼は許しを請うた。
「す、すみませんでした」
「よし」
「お前、報復が怖くないのか!?」
「……それは殺して欲しいってことか?」
「ち、ち、違う! だがこんな暴力を振るったら、報復されるだろうが!」
「普通はな」
リランダはそう言うと顎で周囲を示す。見れば多くの街の住人がこの騒ぎを見ている。
「ヤクザもんが一番拘ってるのは面子だ。その面子を徹底的に潰されて、どれだけの人間がお前についていくんだ? この街には幾らでもお前のシマを狙っている奴は居るぞ。俺なんかに報復してる暇はあるのか?」
娼婦ながらリランダの言うことは正しい。俺達、裏のグループが影響力を持っているのは暴力という力を持っているからだ。その唯一の武器をあっさりと潰されれば、従っている味方は不安に思って、離反するものが続出するだろう。
そのうえ、周囲のグループから隙ありと狙われるに違いない。だから俺達、裏の者は自分達をなめた相手に徹底的に報復する。リランダはそれを分かっているから、報復できないくらいにグラッケンを潰そうとしている。
「て、てめえ……」
「死にたいのか?」
「ひっ!」
リランダの瞳が不気味に光ると、グラッケンは怯えて頭を抱える。そんなグラッケンを、リランダは思いっきり蹴った。
「ぎゃあああああ!」
グラッケンは水平に飛んで、館の入り口へと吸い込まれるように消える。直後に凄まじい音が周囲に響き渡った。
「早く怪我を治して、シマを守れよ」
リランダはニッと笑ってみせる。その凄まじい美貌から零れ落ちた笑顔は、あまりにも非人間的だった。その光景に俺の心は心底震え、全身から冷や汗が流れるのを止められなかった。
「さて……ごめんなさい。お仕事をしに戻りましょう」
リランダは俺の腕を取ると、娼館へと戻る道を歩き始めた。




