ザクセンの娼館『跳ねる子猫亭』の主、ビンセンの驚愕(前編)
本日二回目の更新です
【ザクセンの娼館『跳ねる子猫亭』の主、ビンセン】
俺が経営している娼館が盛況なのを他の敵対グループが黙って見ているわけがない。そんな簡単なことを俺は失念していた。リランダの余りにも浮世離れした振る舞いに、夢でも見ているのかと、俺自身が思っていたからだろう。隙があったのだ。
いつも通りに娼館を経営していたある日、いきなり武装した男達が突入してきた。用心棒代わりに三下を何人も雇っているのだが、それを圧倒する数の男達が雪崩れ込んできた。
顔にマスクをしているので、何者かはわからない。だが俺達と敵対する街のグループであることは容易に察せられた。俺が金づるを掴んだのを知ったのだろう、男達は迷い無くリランダを探して娼館の二階にある部屋へと踏み込んで行った。
本来ならば、俺が身を張ってでも、武装してきた奴らを止めなければいけない。だが余りにも多勢に無勢だ。
「動くんじゃねえぞ。女を一人渡してくれさえすればいいだけだ」
男に取り囲まれた俺と従業員は、全く動けなかった。
「てめえ、どこのグループだ。こんなことして、ただで済むと思ってるのか!?」
「知らねえな。せいぜいそこで歯噛みしながら見てろよ」
俺は強がってみたが、男達はせせら笑うだけだ。全面抗争になっても構わないと思っているのかもしれない。そこまで強力なグループとなると、ザクセンでも数が限られてくる。うちは中堅だが、力を持つグループに目を付けられたのかもしれない。
二階にある部屋から女の悲鳴と男達の怒号が聞こえていたが、俺達は全く動けなかった。だがそれが一つの叫びにかき消された。
「ざっけんじゃねーぞ!」
争うような音と共に、二階から男が突き落とされる。唖然とする俺達が一階のホールから見たのは、大の男を両手で二人ほど持ち上げるリランダの姿だった。通路の手すりを越えて、リランダは男を投げ落とす。そう、突き落とすのではなく、物を放るように投げ落とした。
投げ落とされた方はたまったものではない。床に叩き付けられて骨折したのだろう、目を剥いて泡を吐いている。
「て、てめえ……」
「それはこっちの台詞だ。客商売を邪魔しやがって……」
美女が怒ると怖いと言うが、まさにその通りだろう。リランダは美しい美貌を歪めて、地獄の悪魔かのような形相になっている。男達がたじろぐ間に、裸のリランダは手すりをジャンプして飛び越えて、階下に飛び降りた。
「ぎゃっ!」
男の一人をリランダは踏み潰した。両肩を両足で潰しながら着地し、全くバランスを崩さずに床へと飛び降りたのだ。呆然としている男の一人を掴むと、リランダは近くの壁に叩きつける。
「ふんっ!」
男の上半身が壁に埋まった。そう埋まったのだ。長年修羅場をくぐり、出入りを見て来た俺だが、どんな凄腕の用心棒も人を壁に埋めるような怪力は見たことが無い。俺同様に男達は唖然としている。
「や、やろう!」
男達の中でも一人が立ち直る。剣を構えて突っ込もうとするが、リランダの方が動きが速かった。彼女が思いっきり股間を蹴り上げる。すると男は天井に突き刺さった。そう天井に突き刺さったのだ、大の大人が。腰まで刺さり、足が力なく天井から垂れる。いったいリランダにどんだけの力があるのか、想像もつかない。もはや人間技には俺には思えない。
「次はどいつだ?」
裸のまま、ボソリと呟いたリランダに半数近くの男が腰を抜かす。リランダは未だ怯えながらも剣を必死に構えている男へと、ゆらりと近づく。
「く、来るな……ぎゃっ!」
大振りでブンブンと男は剣を振り回すが、大振りなのが災いしてリランダが彼の顔を掴む。リランダは男の顔を軽く持ち上げる。
「ぐおお、ぐおお、うげええええぇ」
頭を持ち上げられた男は剣を落としてしまう。その口から漏れる奇妙な悲鳴を聞く限り、よっぽど強い力でフェイスクローを食らっているのだろう。必死にリランダの腕を掴むが、ピクリとも動かない。
「ボスのところに連れて行け」
「わかった! わかったから、助けてくれえええ!」
リランダが手を離すと、男が地面に尻餅をつく。その隙をついて男が一人、無言で腰だめに剣を構えて突っ込む。全身でぶつかるあの喧嘩剣法は、内蔵を突き刺す必殺の一撃だ。通常ならば非常に有効だっただろう。だがリランダには無意味だった。
「がっ!」
剣先をすっと躱すと、リランダは手刀で男の肩を打つ。リランダのチョップはそれだけで肩に沈み込んだ。鎖骨どころか、今のでは胸骨まで破壊しているだろう。
「ボスのところにつれていけ……連れていかなければ死ぬだけだ」
リランダはゾッとするほど冷たい声で告げると、男達を睥睨する。それだけで男達から微かに残っていた微かな戦意まで奪ってしまった。
「……ビンセンさん、すまないけど部屋に置いてある服を持って来てくれ。それとお客さんに謝っておいてくれ」
リランダに言われて俺が部屋にある服を集めると、彼女は娼館の出口で待っていた。俺が服を渡すと、彼女はさっと着込む。
「お前、どうするんだ?」
「決まってます。売られた喧嘩は買う……ということです」




