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とある剣術道場主の話

【王都ザクセンの剣術道場主ヤリック】


 我が名はヤリック。元騎士で、昔は剣聖とまで呼ばれた剣士でもある。今はしがない剣術道場の師範でしかないが。


 うちの道場はかなり寂れている。修行が厳しいため、すぐに弟子が辞めてしまうからだ。金が入ってこないため、家の外壁も直せず、女房には苦労をかけている。騎士を継いだ息子から援助を受けているので、何とかやっていけているが、綱渡りと言うような感じだ。


 そんな中、久しぶりに有望な弟子が入門してきた。リリィという少女だ。


 意志が強そうな目をしていたが、当初はすぐ辞めると思っていた。うちの道場は入門した際には、まずはひたすら素振りをやらせる。身体を作るためだが、これが相当にきつい。重い樫の棒をひたすら振らせるから、ヘトヘトになる。


 おまけに最初はこれしかやらせないので、飽きてくる。一年は棒だけしか振らせないからだ。多くの入門者が一週間程度で音をあげて去っていく。


 しかしリリィはひたすら棒を振るために通ってきている。十日経ったが、飽きもせずに修行している。これだけでも優秀な剣士になるための意志力があると言える。


 だが彼女の凄いところは、その姿勢が崩れないところだ。どんなに才能があっても、重い棒を振っていれば疲労で体勢が崩れてくる。だが彼女は朝に振っていた構えで、夕方まで振っている。


 試しに重りをつけた棒を振らせたが、相当な重さにならない限り、体勢は崩れなかった。可憐な外見からは想像がつかないが、彼女には怪力という才能があるようだった。このような逸材は滅多に居ないだろう。


 これだけの才女なので、月謝を銀貨五枚で済まそうとしてやろうとしたところ、女房に怒られた。うちにはただでさえ貧乏騎士の次男、三男が弟子に多く、月謝を減額していることが多い。


 仕方ないので通常の月謝である銀貨十枚を伝えたところ、安すぎないかと逆に言われてしまった。どうやら、剣聖の称号を高く買ってくれたようだ。もう老いぼれなのだが、リリィは安い月謝に納得せずに銀貨二十枚も払ってくれた。外見はそこそこ良い商家の娘にしか見えないのだが、彼女は武人としての魂を持っているのかもしれない。


 入門を許可して、正式に弟子になったリリィだが、どういう素性かはよくわからない。服装を見ると商家の出のようだが、聞いたところ天涯孤独みたいだ。


 何か商売をしているのか尋ねたところ、冒険者らしい仕事をしているとのこと。だが貧しくはないので、心配は無用ということだ。親の遺産か何かで食べているのかもしれない。


 リリィが裕福というのを裏打ちするような出来事があった。とある日、いつもの借金取りが来たのだ。


「ヤリック様、そろそろ借金を返してくれないですかね」

「今月分は払ったはずだが……」

「利子は返して貰ってますが、元本はまだですからね」


 この借金取りは嫌らしい目で私を見上げる。ネズミみたいな顔をしているので、非常に不愉快だ。


 数年前に妻が病気で倒れたときに、私は神殿で彼女を治してもらうために借金をした。当初は信頼できると思った知り合いから借りたのだが、返済が上手くいかなったところ、借用書がこの借金取りにいつの間にか渡っていた。利子は返しているが、元の金貨五十枚という借金がなかなか減らなかった。


「このままだと百年経っても無理というものです。この敷地と差し替えでも構わないんですが」

「何だと! それでは私が路頭に迷うだろう!」

「そう言われましても、お金を返して貰わないと。裁判で訴えてもいいんですよ」


 確かに金貨百枚というのは、途方もない数字だ。しかし、この道場を取り上げられてしまっては、私の生きる術がない。もう少し若ければ冒険者の真似事をして、モンスター退治でもして稼ぐのだが……。


「おい、借金取り。お師匠様に失礼だぞ」


 修練場でやり取りしていたため、弟子たちに見られていたのだが、リリィが会話に割り込んできた。これには私も借金取りも驚いた。


 この借金取りはいやらしいことに、弟子たちにも借金の話を聞かせるように屋内でなく修練場で話をしてきたのだが、その弟子にいきなり声をかけられるとは思っていなかったようだ。


「金のやり取りをする相手なんだから、もっと敬意をもって接するべきだろう。ここは担保に入ってるのか?」

「いや、そういうわけじゃないですがね」

「なら勝手に回収するなんて話にはならないだろうが」

「ガタガタうるさいんだよ。利子しか払えない分際で、ゴタゴタぬかすな」


 借金取りの言葉に、リリィがポケットから金を出して投げる。後で聞いたが、金貨二十枚だったらしい。これには私も借金取りも唖然とする。


「拾え」

「えっ……は、はい」


 借金取りは這いつくばって、金をかき集める。その姿は何というか、あさましかった。


「ほら、今日のところは帰れ。充分だろう」

「ですが……」

「いいから」


 小さな身体で、リリィはぐいぐいと借金取りを門まで引っ張っていく。門外まで連れ出した後に、リリィはしばらく帰って来ず、随分と時間が経ってから戻って来た。


「リリィ、おまえ……」

「お師匠様、別にお気になさらずに」

「しかしだな……」

「それより剣筋を見て下さい」


 唖然とする私に対して、リリィは何でもないという様子で話を流してしまった。金に困っていた私は、恥ずかしいことに、リリィの好意に甘えてしまい、それ以上は言えなかった。借金取りが帰ってくれて、心底ほっとしていたのもある。


 しかし入門して一ヶ月もしない弟子に、金貨二十枚も借金を肩代わりして貰うとは何とも情けない話だった。そう私が思っていたところ、三日後にはリリィは借金の証文を持ってきた。一体どうやって手に入れたのか唖然としてしまう。


「すみませんが、月謝から銀貨十枚引いて頂いて、返済ということでよろしいでしょうか」

「それだといつになったら返せるかわからんぞ」

「まあ、のんびりと返済して頂ければいいので。あ、利子は取りませんので」


 借金を取る権利はリリィにあるのに、何故か彼女は私に対して申し訳なさそうに言う。これでは立場があべこべだ。確かに私は師匠ではあるが、まだそこまで深い絆があるわけではない。思い切って、何故借金を肩代わりしてくれたのか、聞いた。


「いや、お師匠様がこんな借金に煩わされるなんて、勿体ないですよ。剣聖なんですから」


 彼女自身は全く金に執着していないようだった。私自身も金への執着は薄いが、リリィはそれ以上であった。浮世離れしているが、リリィは大物かもしれない。


 結局、リリィに借金を肩代わりして貰うという好意に甘えることにした。彼女自身は金貨五十枚についても気にしている様子はなく、ひたすら毎日棒を振っている。本当に凄い弟子が来たものだ。


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