一日目 新世界と新しい身体
「う、うぅ……」
気がつけば俺は横になっていた。背中や動かした手の感触から、草地に寝転がっているようだ。
俺は重い頭を無理やり起こして、周囲を見る。どうやら池のほとりのようだ。池は非常に澄んでいて、底が見えるほどだ。池以外は木々が生えており、森の中のようだ。しかし身体を起こしたときに背中に髪がかかったことから、どうやら大分伸びたようだ。もしかしてイケメンに作り替えたときに、それに合うように長髪になったのか?
俺は生まれ変わったイケメンの姿を確認しようと、池の水面に映った顔を見ようとした。
「ぎゃー、なんじゃこりゃ!?」
そこに映っていたのは女の顔だった。
転生した俺の顔は何故か女になっていた。慌てて身体を見れば、
「げーっ!? む、胸がある!」
そこには大きく自己主張をする巨大な胸が、チューブトップのような服に包まれてあった。でかい、かなりでかい。掴んで持ち上げても、ビックリするくらい重い感触がある。
「な、何で女になってるんだ!? い、いや、違う……これは」
俺の意識に、自分の身体の状態が何故か理解出来てくる。俺の身体は魔神……それもサキュバスになっているようだ。
「常人を越えた力っていうリクエストだったから、人でなく魔神になったのか。それで、モテモテになるっていうことで、その中からサキュバスを……って、ちげーよ!」
俺は思いっきり地面を殴る。ズンという凄まじい音を立てたことから、やはり常人離れした筋力になっているようだ。しかし、そんなことは問題じゃない。問題は俺が女の姿ということだ。
「男にモテて、どうするんだよ……マジで」
あまりにも理不尽な事態に、がっくりと来た。まるで受験に失敗したかのような衝撃だ。チラリと池を見て水面に映った顔を確認し直すが、
「おまけにどんだけ美人なんだよ」
そこには苦悩に悩む、妖艶な美女が映っている。切れ長の垂れ目で、紫の髪と唇をしており、我が身ながらゾクリと総毛立つような色気があった。おまけに胸は大きく突き出ていて、尻も豊満なカーブを描いている。思わず股間に血流が集まって……って、股間には何もない。
「か、完全に女になってる……」
男の大事な部分が無くなった実感に更なるショックを受けた。これ以上は凹まないというところまで凹みまくった。
どれくらいガックリしていたかわからない。多分、死んだ目でグッタリしてたんだろう。そんな俺の耳に、周囲の藪を掻き分ける音が聞こえてきた。何だ、何が来る?
「グルルルルルル」
藪の中から姿を現わしたのは犬……いや、オオカミだ。テレビで見たことがあるからわかる、オオカミの姿だ。俺が慌てて身を起こそうとするが、寝転がっているのを見たオオカミは様子見をやめて、先制するために動いた。走り出したオオカミは助走して俺に飛びかかってくる。
「はっ!」
俺は反射的にブレイクダンスのように脚を廻して逆さに身体を起こす。そして手を地面について、思いっきり押す。すると片手の力だけで、俺の身体は逆立ちした体勢から、宙に飛んだ。何と言う膂力、流石はサキュバスか!?
飛びかかった目標を見失ったオオカミはそのまま池に落ちる。俺は着地すると、素早く周囲を見回す。見ればオオカミがあちこちの藪から現れ始めている。まずい、囲まれているか。
「グワッ!」
「ガオン!」
三匹、いや、一匹遅れて四匹が俺に飛びかかる。すかさず軽く跳躍した俺は、回転蹴りを放つ。
「キャイン!」
三匹のオオカミの鼻面に蹴りを叩き込んでやる。まさか旋風脚を使えるとは……自分の身体ながら、驚くばかりだ。だが時差攻撃で最後の一匹が俺にのし掛ってきた。
「うりゃ!」
俺はオオカミの押し倒しに逆らわず、相手の顔を掴むと倒れ込む。そのまま、うっちゃりの要領で池に投げた。派手な水音を立ててオオカミが落ちる。
俺って凄いなと笑いつつ、立ち上がったところで、俺に蹴られたオオカミ達のうち、二匹が立ち上がる。最初の一匹は首が折れたようで動かないが、残りは威力が減衰したんだろう。だが無手でも充分に戦えることがわかった。流石は魔神の身体能力、チートパワー!
「よし、かかって来い」
俺は何となく拳法のような構えをして、オオカミへと向き直る。隙だらけに見えたのか、すかさず再びオオカミのうち一匹が飛びかかってくる。
「ほあー!」
手刀をかざして、タイミングよくオオカミの頭へと叩き込む。骨がグシャリと潰れる感覚がして、オオカミの脳までダメージが入る。次に襲ってきたオオカミ二匹は、渾身の力で顎を蹴り上げる。スパンッという爆ぜた音と共に、オオカミの首から上が無くなる。
「うぉ、俺って相当強いんだな。やっぱりチート能力者なんだな」
辺りの死体を見回し、呟く。ヤバイ、改めて自分の強さを考えると、顔がにやけてきた。
その間に池に落ちたオオカミが岸に上がって逃げてしまうが、まあ問題は無いな。別に野生生物と喧嘩する必要も無いだろう。
俺はオオカミ達の身体をアイテムボックスに収納する。このアイテムボックスという能力は、ちょっと考えただけで異次元に物を入れられるようだ。不思議なことに自分に付随する能力は使ったことがなくても、どうすればいいのか本能でわかってしまう。これもシステムが俺にくれた能力なのだろう。
「さてと……」
せっかく異世界に来たのだ、嘆くのもここまででいいだろう。もしかすると、チート能力を持ったまま、男に戻る方法だってあるかもしれない。それならここでくすぶっていたら、能力を探しに行けないだろう。
「街か村を探さないとな」
俺は異世界冒険の第一歩を踏み出した。
挿絵はタロヲ様に描いて頂きました