二十二日目 剣術道場
俺がやって来たのは随分とボロい屋敷の前だった。ボロボロというわけではないが、屋敷をグルリと囲む塀はところどころひび割れていて、塀越しに見える二階建ての母屋も同様にひびが入っている。鉄の門も何となく、くたびれている感じだ。
もしかしたら、ここの道場は繁盛してないのかもしれない。でもまあ、あまり弟子が多いと、道場主に直接指導して貰えないから、却って好都合だろう。おし、ここに入門しよう。
入門するに当たって変化で新しい姿になっていた。別にリンでも構わないのだが、彼女はときたまフラオスの街に戻らなくてはいけない。瞬間移動で行ったり来たりすればいいので移動は問題ないのだが、短期間で王都とフラオスを往復すると不審を招く可能性がある。駆け出しの冒険者が瞬間移動なんて使うのは、やはりおかしいだろう。
なので、リンはフラオスの街に帰るという設定にして、新しい姿で王都に滞在することにした。名前はリリィ、剣士に憧れる少女という設定だ。
リンと能力はほぼ同じだが、身長が頭一つ小さい。年齢は一緒なので、かなり小柄な感じだ。
「たのもう!」
「はい」
俺より小さな子供が門を開けて顔を出す。お弟子さんだろう。
「すみません、入門希望なんですが、御取次頂いてよろしいでしょうか」
「入門希望ですね。どうぞ、お入り下さい」
お弟子さんが俺を門内に入れてくれる。母屋の前に大きな庭があり、五人くらいの人間が木剣を振っている。そして奥で木剣を持ちながら修練を見ている老人がいる。あれがヤリックさんだろう。その証拠に小さなお弟子さんが、向かっていって、来客を伝えている。
多分この庭が修練場なんだろうが、屋外にあるっていうのが新鮮だ。俺は日本人だったから、道場っていうと、つい屋内を想像してしまう。だが雨さえ無ければ、外の方が建物を建てずに出来るので面倒がないのだろう。
「入門希望と聞いたが?」
「お初にお目にかかります。リリィと申します」
「ヤリックだ」
やって来たヤリックさん……いや、ヤリック師匠だな。師匠に失礼が無いように一礼する。頭を深く下げる礼をする習慣は、この地方には無いようだが、頭を軽く下げるのは一応、礼儀にはあるようだ。
ヤリック師匠はオールバックの白髪で、長い口髭と顎鬚が印象的だ。非常に落ち着いた雰囲気がするが、素人の俺でもわかるようなオーラを持っている。何と言えばいいか……どっしりとした岩のような感じだ。
「ずいぶん若そうだな。若いのは問題は無いが、うちは修行は厳しいぞ」
「そう聞き及んでおります」
「とりあえず数日指導して、それから判断したい」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
俺は再度頭を下げる。どうやら仮入門はなったらしい。
「まずは素振りからだな。これを持て」
「はい」
ヤリック師匠が持ってきたのは加工して真っすぐになっている木の棒だ。重そうに見えるが、持ってみるとそうでもない。
「手本を見せる。しっかり見るように」
「はい!」
ヤリック師匠は剣を肩から上に構える。八相の構えというやつだろう。師匠は構えるとすぐに、木の棒を振り下ろす。
「ふんっ!」
ごく自然な流れで剣が落とされた。剣を振り下ろす動作だが、非常にスムーズで、全く無駄がない。なるほど、剣法をやっているのは全然違うな。俺みたいに力だけで、ぶんぶん剣を振り回すのとは全然違う。
「やってみなさい」
「わかりました」
俺はヤリック師匠のやった通りにしようと、剣を構えて振り下ろす。だがスムーズな動きには程遠い。するとヤリック師匠が俺の構えを幾つか手直しする。何度か剣を振って、その度に修正して貰い、やがてヤリック師匠は満足したようだ。
「その動きで素振りしなさい」
「はい」
その後は延々と素振りを繰り返す。何度かヤリック師匠はチェックに来たが、問題無いのか何も言わずに去っていった。
「今日はここまでだ。遅くなる前に帰りなさい」
「わかりました」
日が少し傾いたところで、修行を止められる。
「毎日とは言わないが、あまり日を空けずに通うように。数日見てから、入門を考えよう」
「ありがとうございます」
俺はヤリック師匠に頭を下げる。その場にいた他のお弟子さんにも挨拶してから、俺は道場を出た。そこそこ疲れているが、オークから搾り取った大量の精気が俺を癒してくれる。さてと、時間もあるし王都観光にでも行くとしよう。