二十一日目 さらばフラオス
入り口を守る衛兵に聞いて、俺は衛兵の詰め所へと向かう。山賊退治の際は先にこちらに報告し、クエスト達成のサインを羊皮紙に貰わなければいけないのだ。詰め所は城壁を登る塔の近くにあった。
「すみません、山賊を退治しました」
「なに!?」
俺が詰め所で声をかけると、椅子に座っていた五人ほどの若い衛兵がこちらを向く。
「お嬢ちゃんみたいな冒険者がか?」
「私みたいな冒険者がです。危なかったですが」
訝しがる衛兵に俺は大きな胸を突き出して威張る。現に危なかったのだ。ここは誇ってもいいだろう。
「それじゃ証拠はあるのかい?」
「あります」
俺は詰め所前に死んだ山賊をアイテムボックスから取り出し、ズラリと並べていく。大木で押し潰したので、顔とか身体がとかがぐっちゃぐっちゃだが、気にしないことにした。衛兵なら平気だろう。
「うげぇ!」
衛兵の一人がいきなりゲロを吐いた。あれっ、衛兵なら山賊退治とか慣れてると思ったんだが……。
衛兵が山賊の持っている装備とかをチェックして、きちんと山賊に認定してくれた。顔などは潰れているが、一部で襲われた商人の証言と一致が確認できたらしい。
「いったい、どうやったらこんな死体になるんだ……」
「とりあえず、山賊十体を退治したんで、クエスト完了のサインをですね……」
「わかったわかった」
俺はサインを貰うと、冒険者ギルドに歩き出した。いつの間にか出来た人垣が、俺が歩き出すとザッと左右に分れる。何かやたらと目立ってるな……うーむ。
五分ほどで冒険者ギルドへと辿り着く。俺は受付にいるカイトスのおっさんのところへと向かう。
「カイトスさん、山賊倒してきたよ」
「おう……やたらと早かったな」
「街道をうろついたら、すぐに襲われたから」
「まあ、その格好じゃな……」
カイトスのおっさんが言う通りだろう。街に出て来た村娘の冒険者志望という格好だから、山賊も油断したに違いない。
「カイトスさん、相談があるんだけど」
「何だ、お前が相談とか珍しいな。質問ならいっぱい聞いたが」
「この辺に剣術道場みたいに剣術を教える場所はあるかな?」
「一応、うちのギルドでも多少は教えてるが……」
カイトスのおっさんは困ったように俺を座席から見上げる。
「お前みたいな凄腕の冒険者を教えられるような道場は無いな」
「いやいや、凄腕の冒険者じゃないよ」
「オーガと力比べに勝つような冒険者が凄腕じゃなくて、何が凄腕なんだよ!」
「あれはマグレだって」
「どういうマグレだ!」
カイトスのおっさんは大声で怒鳴る。そんな怒鳴らなくてもいいんじゃないか。
「まあいい。お前みたいな奴が習うなら王都に行くしかないな」
「王都か」
このフラオスの街は伯爵領で、コーナリア王国の一部というのは俺も知っている。王都はザクセンという名前の都で、フラオスもかなり大きな街だが、もっとでかいらしい。フラオスのかなり西ということだ。
「カイトスさん、王都に行こうと思う」
俺が告げると、カイトスのおっさんはギョッとしたように俺を見る。
「ま、待て!? それは拠点を変えるってことか!?」
「いや、剣を習いに行くだけだから。たまには戻って来るよ」
「王都まではかなりあるぞ……くそっ、ちょっと待ってろ」
カイトスのおっさんがギルドの奥へと駆け出す。そしてすぐにギルドマスターを連れてきた。
「王都に拠点を移すと聞いたが!?」
「いや、剣を習いに行くだけなんですけど……」
「困る! お前が居ないと、いざというときにモンスターを退治に行く者がおらん」
「そんな大げさな」
「そんなことは無い!」
ギルドマスターのおっさんはかなり焦った様子で俺を引き留めようとするが……俺はただの駆け出しの冒険者なはずなんだが。
「たまに帰って来ますから」
「本当だな! 約束だぞ!」
「ええ。戻ります」
異様に焦っているギルドマスターに対して、俺は何とか宥めようと約束する。ギルドマスターの何がそんなに彼を駆り立てているのかがわからなかったが、一先ず引き留めるのは諦めたように一歩引いてくれた。
「素人剣法では、近いうちに頭打ちになると思います。なのでしっかりと学んできます」
「そこまで言うのなら引き留めん。待っているぞ」
カイトスのおっさんが、「それ以上、強くなってどうするんだ?」みたいなことを言っていたが、聞き流すことにする。
サキュバスの筋力は素晴らしい。だが力では技に圧倒される日が来るのが俺には分かる。少なくとも、相対した相手の強さが分かる程度にはならないと、剣士のオークとか剣豪のオーガに会った際に、いつ切り殺されるかわかったものではない。
俺はフラオスの冒険者ギルドを出て、城門へと向かう。しかし、励ましや激励の言葉が一切無かったのが気になる。駆け出しが王都へと旅立つのだから、せめて頑張れくらいには言って欲しかったんだが……。
【冒険者ギルド受付カイトス】
リンがフラオスの街から去って行った。ギルドマスターはリンが戻るということで多少は納得していたが、それでも頭を抱えている。それはそうだろう、あんな有能な冒険者なんて滅多に居ない。オーガを一人で二十体も殺すなんて、全盛期の俺でも無理だ。
モンスターの数は多くても、そんなに旨味があるモンスターは居ないこの街に、あんな腕の冒険者が定住するというのは無理がある。リンには古代遺跡群がある街や、ワイバーンなど強力ながら素材が高価なモンスターが多数生息する村などが似合うだろう。
口では戻ると言っていたが、何年後になることか。俺はリンが何年か後に、どれほどの高名な冒険者になって彼女が凱旋するか楽しみだった。
「オークを狩ってきたんで、素材引き取りをお願いします」
リンはそれから数日後に戻ってきた。剣の修行はどうしたんだよ……。