二十一日目 山賊退治
オーガは非常にいい食料……もとい獲物だったが、オーガが居た丘にはあれ以上の数は居なかった。なので、俺はオークを求めて森の奥でウロウロするのが日課だ。リオーネの姿で歩いているのを見つかったら、「くっくっく、犯して孕ませてやるブウ!」とフレンドリーな言葉でお持ち帰りしてくれるので、非常に楽チンだ。
よく考えると男の尊厳が危ないので、なるべく意識せずにオートメーションで対応をしている。
俺が複数相手にどうやって精気吸収して、サキュバスだとバレずに全員のエネルギーを吸っているか不思議だろう。サキュバスは精気吸収した相手に、代わりに代替エネルギーを貸すことが出来るのだ。この代替エネルギーの貸与を使うことで精気を吸っていても、相手を元気に見せることが出来る。
その能力を使い、全員の精気を吸ってから、代替エネルギーを一気に全員分奪えばいいのだ。それで一網打尽にできる。八割精気を吸われて動けないオークの首を折り、アイテムボックスに入れるだけという楽な仕事になっている。
街周辺のオークはほぼ駆逐したので森のかなり奥に入らなければいけないのだが、それも瞬間移動能力で解決している。前回一番奥に入ったときのポイントを使い、更に奥へと向かえばいい。一度行った場所にしか行けないとは言え、便利すぎる。この能力をこの世界へと来る際に頼んでめっちゃ良かった。
このように冒険者稼業は順調なのだが困ったことがある。
まず金が貯まってきているが、使い道がないのだ。金貨50枚貯まったが、睡眠不要なので基本的に宿には泊まっていない。風呂に入ってないので不潔と思われがちだが、変化すると汚れなども綺麗になる。食事はオークを食べている(性的……じゃなくて、精気的な意味で)ので、要らない。
冒険者なのでマジックアイテムを買えばいいのだが、どれを買えばいいのかがわからない。変化で出している武器や防具に対して、今のところは不満は無いからだ。剣は投げるとどんな奴でも一撃で刺し殺せるし、防具はダメージを食らったことがない。
もう一点、精気を大分吸収してエネルギーを得たが、こちらも使い道が無い。日々の新陳代謝である程度は使うが、今の時点では半年は食事しなくて済む。かと言ってエネルギーがただ余っても、強くなっているという実感も無い。変化のバリエーションを増やせば消費するが、それも微々たるものだ。
「どうすりゃいいんだろうな……」
チートで「俺、TUEEEEE」をしているのだが、ここで行き詰まってしまった。次の目標が必要なステップなのだが……。
そんなある日、気分転換に山賊退治の仕事を受けた。オーガやオークが退治されまくった影響で、山賊が巣くう余地が出来たというが……そんなに大量に誰が狩っているんだ?
当初はリオーネに変化してお持ち帰りして貰う予定だったが、そうなるとサキュバスということがバレないために口封じしなくてはいけない。流石に山賊とはいえ皆殺しにするのは、俺も躊躇してしまう。なので、今回もリンの出番となった。
街道をウロウロしなくてはいけないのは面倒だと思ったが、一往復する前に目当ての山賊が現れた。
「お嬢ちゃん、一人で不用心じゃねーか、へへっ」
「出たな、山賊!」
八人ほど現れた武装した男達に、俺は構えを取る。北に森が広がり、南は平原という場所で、山賊は森に隠れていた。
八人とも人相の悪い男達で、薄汚れた防具に錆が浮いている武器を持っている。現れた男達の中で一人だけが納刀して腕を組んでせせら笑っているが、ボスなのだろうか?
「悪いけど、退治させて貰うわ」
「はっ、誰が退治するって? ……ぎゃあああああ!」
鼻で笑った山賊に俺は一気に踏み込むと、ローキックを叩き込む。十メートル以上も離れていた距離を一気に詰めた俺に、山賊は一切反応できなかった。キック一撃で、山賊の足が変な方向にひん曲がった。
びっくりしている残りの山賊のうち、手近の一人にチョップをお見舞いする。
「あがあああああ!」
俺の一撃は鎖骨を折って、肩にのめり込む。二人を倒された時点で危機感を覚えたのか、残りの六人が散って俺を取り囲んだ。
「このクソアマ、死ね……ぎえええええっ!」
剣を構えてかけ寄って来た一人に向かって低い蹴りを放ち、膝をへし折る。その間に他の山賊達が一斉に切りつけようとする。
「なっ!?」
キックで体勢が崩れていた俺は、地面についてた片足首の力のみで跳躍し、宙へと飛ぶ。俺の思いがけない動きに山賊達は動きが止まってしまう。そのうちぽかんと口を開けている奴に、身体を捻るとオーバーヘッドキックの要領で逆さまになって足の甲を振り下ろす。
「うぐあああああ!」
肩が足に合わせて陥没し、痛みで山賊が絶叫する。その反動を利用して、再び高く跳躍した俺は更に一体の相手に浴びせ蹴りをかます。こちらの肩も粉々に砕いた。
「ひいいいいっ!」
「ぼ、ボス!」
「やかましい!」
俺の動きに怖じ気づいたのか、残りの山賊はボスらしい男の背後へと逃げる。地面に着地した俺はボスの山賊と対峙した。
「てめえ……化け物か何かか」
「えっと、うーんと……い、言う必要はない」
「ほざけ!」
ボスは両手持ちの剣を高く構える。その動きに隙はないのは、素人の俺でも分った。だがどんな凄腕でも俺のスピードにはついていけないと思い、一気に近づいてローキックを放とうとする。
「なっ!」
俺の動きにボスはきちんと反応した。凄まじい速さで剣が振り下ろされ、俺は身体を捻って避けようとする。しかし攻撃のモーションに入ったのが災いして、完全には避けられなかった。俺の胸元の防具が切り裂かれた。
「……くっ!」
即座にバックステップして十メートルほどの距離を開ける。思いっきり胸を切られて自分で重傷なのがわかる。
あまりの深い傷にパニックになりかけたが、傷がみるみるうちに塞がり、防具も修復されていく。サキュバスに自己回復能力があるなんて知らなかった。だが代償は大きく、頑張って貯めたエネルギーのうち10分の1近くが持って行かれるのが分かる。相当なエネルギーだ。
「なんだ、人間じゃないのか?」
山賊のボスは傷口と破損した防具が修復されたのを見て、目を見開く。だが再び上段に構えたボスに隙はない。
どうするか……このまま突っ込んでも再び切られるだろう。スピードで撹乱するのもいいが、この凄腕に通用するかはわからない。そうなると、別の手を使うしかない……前々から強者が現れたときのために考えていた対応策だ。
「こうなったら仕方ない。悪いが全員死んで貰うぞ」
「ほう……」
気絶で済ませるつもりだったが、正体がバレては困るのだ。人を殺すのは抵抗があるが、正体を知った山賊を放置するわけにはいかないので、やるしかない。俺は初めて人前で変化の能力を使った。
「やはり人間じゃなかったのか!」
「ああ、サキュバスだ」
「……その格好がサキュバスなのか!?」
俺の変化した格好は全身黒ずくめの着物のような衣装で、手足には手甲と足甲をつけている。そして顔には目も口も開いてない異様なマスクを被っている。これは変化した身体の一部で、呼吸も視界も阻害しない。この飾りの一切無いマスクが異様な外見を作り出している。そして左右の手にムチを持っているのが最大の特徴だ。
現状における最強の対人戦想定変化パターン、リリアンヌに俺はなった。
「小賢しい! 刀の範囲外から攻撃するつもりか!?」
「その通りだ」
俺は右のムチで手近の太い木を絡め取り、思いっきり引っ張る。大木が裂けて割れる凄まじい音が響くと、折れた木を反対の手に持つムチで絡め取る。太い木の幹が俺のムチに誘導されて、天高く飛んだ。
「嘘だろ!?」
驚愕する山賊の頭上から、ムチで誘導した大木を叩き付ける。その一撃で山賊のボスは圧死した。
凄腕の剣士に対して、俺は普通の戦法では対抗できないと想像していた。オークやオーガなんかの力は強いが技に欠けるモンスターなら良かったが、技量のある人間には俺のパワーだけでは通用しないと思っていたのだ。そしてその通りだった。
だがパワー押しでは通用しないことを想定し、アウトレンジから俺の怪力を生かした力押しで相手を抹殺するリリアンヌという変化パターンを想定しておいて良かった。ムチで周囲の岩や木などを掴んで、叩き付けるという無茶な戦法で凄腕の戦士などを抹殺する戦法を狙っている。
しかし今回の件で俺も分った。単にパワーなどの身体能力に依存するのでは、俺はこの先、殺されてしまうだろう。俺も剣などを学んで対抗しなければならない。
生き残った山賊を殺すのは後味が悪かったが、せめてもの情けで大木を使って一撃で圧殺した。死体を回収すると、俺はリンに戻り、クエスト達成の報告にフラオスの街へと戻っていった。