駆け出し冒険者ディーンの告白
【駆け出し冒険者ディーン】
リョウさんはある日、忽然と現れなくなった。それまで毎日のように会っていた俺は、戸惑うしかなかった。彼女のような優しい女性が何も言わずに消えるとは思っていなかったからだ。
来る日も来る日も街に出るが、彼女と会うことはない。リョウさんに会えない俺は、気が狂わんばかりに苦しくなった。冒険に出ても何をしても気が紛れない。
いっそ、死んでもいいと思い始めたころ、救いの手は差し伸べられた。うちのギルドで話題になっている凄腕の冒険者、リンさんがリョウさんの知り合いだったのだ。
何と彼女はリョウさんを連れてきてくれるという。リョウさんに会えるということで、俺の胸は高鳴った。
「なあ、本当に来ると思うか?」
「来る。彼女は絶対に来る」
「まあ、リンが連れてくるって言ってたからな。あんなとっぽい顔して、超凄腕の冒険者だから、引き摺ってでも娼婦ぐらいは連れてくるだろう」
「違う! 俺のためにリョウさんは来てくれるはずだ!」
「……どんだけ夢見てるんだ」
俺はいかにリョウさんが素晴らしいかを語り掛けるが、何度語ってもヤックは適当に相槌を打つだけだ。
「おい、そろそろ夕方だぞ」
気がつけば外は暗くなってきている。彼女の良さを話しているうちに、時間があっという間に過ぎてしまったのだろう。今日が休みで良かった。
「来なかったらどうするんだ?」
「来る。絶対に来てくれる」
「何でそんな自信満々なんだよ」
ヤックの疑念を俺は跳ねのける。俺には確信とも言える自信があって、それは間違いがなかった。
「失礼します」
リョウさんは来てくれた。ギルドの扉をそっと開けて、自然にすっと入ってくる。普段のローブ姿ではなく、黒いドレスと薄紫のショールをつけた姿だ。いつものシンプルなローブとは違い、着飾った姿は驚くくらいに美しかった。
「ディーン、どうした?」
「リョウさんが来た」
「どれどれ……って、なにぃ!?」
ヤックが驚くのも無理はない。豊かな胸に美しいカーブを描く細い腰、それだけでも注目を集めるのは十分なのに、美を集約したような美しい顔。ギルドに集まっていた誰もが、優雅に歩く彼女から目を離せないでいた。
「お待たせしてごめんなさい。それでは、出ましょうか」
「あ、ああ!」
俺の手を取って立たせると、彼女は自然な様子で腕を絡めてくる。
「すみません、失礼します」
ヤックに微笑みかけると、リョウさんは俺を外に連れ出した。冒険者ギルドから出ると、彼女は腕を引きながら歓楽街の方へと足を向けた。
「ごめんなさい、しばらく会わなくて。少し用事があって……いつもの宿でいいかしら?」
「ま、待ってくれ」
歩いているリョウさんを俺は引き留める。そして彼女の両肩を掴んで、リョウさんの顔を覗き込む。驚いたように彼女は紫の瞳を大きく見開く。
「俺と結婚してくれ!」
【リョウ】
ギルドを出てしばらく歩いた時点でディーンがいきなり俺の肩を掴んで何か叫んだ。
「俺と結婚してくれ!」
へっ!? 誰と誰が結婚するんだ?
あまりにも予想外のことを言われると、人間は固まるようだ。えっとなんだ、言われたのは俺だから……げえっ!? 俺を口説いてるのか!?
「え、えっ!? えっと……そ、そんな風にお姉さんをからかってはいけませんよ」
俺がちゃかした感じでごまかそうとしたところ、ディーンは顔を近づけてくる。
「俺は本気なんだ! リョウさん、結婚してくれ」
「待って! ここではなんだから……」
俺はディーンの腕を掴むと、歓楽街へと向かう。幸いなことに歓楽街は冒険者ギルドから近い。そのため何か言われる間も無く、何とかいつもの連れ込み宿に彼を引き込めた。
俺は安っぽくて狭いベッドに彼を座らせると、努めて冷静に話そうとする。
「ディーン、落ち着いて。私は単なる娼婦なのよ。他の男もくわえ込んでいる汚れた女よ。なにもそんな女を嫁にしなくても……」
「いや、あなたがいいんだ。俺はこんなに人に恋い焦がれたことはない」
「こんな商売女に騙されちゃだめよ。貴方は冒険者として、大成するのだから。こんなところで躓いちゃダメよ」
「違う、騙されてなんかいない! 俺は……」
「こんなスベタなんかより、貴方に相応しい心優しい女は幾らでも居るわ」
何とか必死にディーンを説得するよう頑張る。
こんなにもイケメンなのだ、女なんてよりどりみどりなんだ。男を牛丼チェーン店代わりに食事に利用している、サキュバスなんかより、付き合うのに相応しい女なんて幾らでもいるだろう。何より男と結婚なんて、俺自身がごめんだ。
俺はディーンの考えを変えようと、いかに自分が良くないかを伝えるが、彼には伝わらなかった。あまりにも話が通じなかったので、面倒になって服を脱いで、誘惑することにした。
それでニャンニャンしたことで何とかごまかすことは出来たのだが、事後にディーンに考えて欲しいと釘を刺されてしまった。ダメだとは伝えたが、彼の熱意は凄まじく、仕方なく定期的に顔を出すということで話がついた。
まあいいか……食事の当てがあるに越したことはない。問題を棚上げにしかしてないことに気付いていないふりをして、俺は考えを放棄した。
【駆け出し冒険者ディーン】
「おい、あんな美人だと聞いてないぞ」
いつもの定宿に帰ると、ヤックが話しかけてきた。
「何度も説明しただろ」
「だけど、あんな女が立ちんぼしているのはおかしいだろ! 普通は高級娼館とかに居るもんだろう」
「そうだよな、彼女が娼婦をしていること自体がおかしいよな」
ヤックに向かって俺はため息をつく。
「だな。お前、騙されてないか」
「ん、どういう意味だ?」
「お前、変な女に引っかかって、貢がされてるんじゃないか?」
ヤックの一言に、俺は頭が真っ白になるくらい怒りに我を忘れた。
「違う! 彼女はそんな人じゃないんだ! 俺からは金をあまり受け取らないし、たまに食事をしても、ワリカンするくらいだ」
「嘘だろ、おい」
「彼女にプロポーズしても、俺と釣り合わないって断ってくるんだ! そんな人が俺を騙して何の得になるんだ!?」
「うーん……」
大声でがなり立ててしまったが、ヤックは納得してくれたようだ。俺も少し冷静になったので、一階にある酒場のテーブル席に腰掛けた。
大声で騒いだので、他の客が俺を見ていたが、俺が座ったことで目を逸らした。ヤックも席に座ると、真剣な表情で考え込み始めた。
「女がそんな態度を取るとなると考えられるのは……」
「考えられるのは?」
「お前に心底惚れてるということだな」
ヤックの言葉に呆然となる。リョウさんが俺に惚れている?
「だが、プロポーズを断られたんだぞ!」
「そりゃ心底惚れているから、お前のためを思ってるのかもしれない。娼婦なんて、あまり威張れた職業じゃない。そんな女がお前に釣り合うわけないと、お前のためを思って身を引いてるのかもしれない」
「ば、馬鹿な。俺は彼女が娼婦だなんて気にしない」
「そういうお前の性格を知っていても、尻込みしているのかもしれない。本当にお前のためを思ったら、娼婦をやっている自分ではダメだと思い込んでいるんだろう」
ヤックの指摘に、俺は呆然としてしまう。確かに俺のことを考えてくれている彼女の言葉を考えれば、いろいろ納得がいく。しかし、リョウさんは俺のことを本当に……。
「全くイヤになるな。あんな美人なのに、惚れた相手のためを思うような出来た相手に惚れられるなんて。娼婦なんて、金をしゃぶろうとするやつばかりだぞ」
「ああ、俺には勿体ないような相手だ。だがどうすれば……」
「そうだな。俺も考えてやるから、じっくり相手を口説き落とせよ」
ヤックは俺の肩をポンポンと叩いて、励ましてくれる。それで俺は覚悟を決めた。何があってもリョウさんと結ばれてみせる。娼婦ということに負い目なんて感じなくていいんだ、彼女は……絶対に幸せにしてみせる。