十四日目 イケメン冒険者
フラオスの街に来てから2週間、俺も随分とギルドに馴染んだと言えるだろう。
人に害を成すオークをしゃぶる……もとい成敗し、供養のために肉を素材として卸す。食べられて人の役に立ったと知れば、彼らも死んだ甲斐があると知って成仏できるというものだ。
俺も人に害する生物を駆除して、随分と世のため、人のためになっているに違いない。俺が異世界に来たことによって、この世界が平和になっていると思えば、鼻が高い。
決してオークに日々乱暴されることによって、精気を得ているという現実から目を背けるためではない。
今日も今日とて、解体した豚野郎を買い取って貰うために、俺は冒険者ギルドにやって来る。ギルドはいつも活気があって、扉の外でも話し声が聞こえてくる。
「こんにちは」
俺がギルドの扉を開けると、一斉にギルドにいる冒険者達の話し声がやむ。そして各々が笑顔を向けたり、手を振ってくれたりした。強面の髭がある冒険者まで笑顔だと、正直怖いんだが……。
それはさておき、俺は今日も素材担当のおっさんのところに行く。
「今日もオークを狩ってきました」
「今日もか……何体だ?」
「30体、新記録ですよ」
「ぶふっ!」
俺の言葉におっさんが噴く。
「そんなに狩ってきたのか!?」
「い、いや、ラッキーだっただけですよ。ビギナーズラックって言うか……」
「幸運だけでかたがつくか!」
素材担当のおっさんは血管を浮かせて怒鳴る。もしかするとよっぽど非常識なのだろうか。そんな素材担当のおっさんの肩を受付担当のおっさんが肩を叩く。それだけで素材担当のおっさんは落ち着いた。うーむ、麗しき中年同士の友情。
「奥の解体場に運んでくれ」
「はい、任せて下さい」
ギルド裏にある解体場へと向かう。広い建物に大量の肉が吊るされて、血が流れているこの場所は、いつ見ても怖いな。早めにすませようと、いつもの場所にオークを並べていく。
「お前、そのバッグに入れてるんだよな」
「ええ、そうです。じゃないと、とてもじゃないですけど、こんな大量に持ち運べないですよ」
「そうだな……」
俺を見る素材担当のおっさんと解体場の兄ちゃん達が、ひっそりと静かに俺を見守る。うーむ、何というか恐れられているというか、なんというか……。やはり英雄は孤独というのは、あながち間違ってないのかもしれない。
俺がギルドで査定を待っていると、見知った男性がしょんぼりしていた。確か名前はディーンさんだったな。どうして知っているかと言うと……。
「どうした、急に頭を抱えて」
「いや、ちょっと頭痛が。お気になさらずに」
苦悩する俺に、受付のおっさんが声をかける。俺は何とも無いとアピールして、ごまかして何とか立ち上がる。
ディーンさんをどうして知っているかと言えば、俺が夜の商売をしているときに何度か相手をしたからだ。何度も肌を交わした相手とか考えると、頭がおかしくなってくる。
俺は同性愛者じゃないんだと必死に思うのだが、彼が悩んでいるのを見ると妙に気になる。それに俺がディーンさんの初めての相手であったわけで……。
「ぬわああああ、ガッデム!」
「ひっ! ど、どうしたんだ!?」
「すみません、ちょっと頭痛が酷くて」
いきなり悶絶した俺に、受付のおっさんどころか周囲の冒険者まで、席を立って距離を取る。いかん、気がおかしくなったと、周りを怖がらせたのかもしれない。
ダメだ、深く考えたら負けだ。今の俺はリョウじゃなくて、リンだと自分に言い聞かせる。
何とか落ち着いた俺は何気ない様子を装いながら、ディーンの席の隣へと腰を下ろす。
「ディーンさん、どうしたんですか? そんなに落ち込んじゃって」
「リンさん……」
テーブルの椅子に座った俺に、ディーンさんは淀んだ目で見てくる。調子が悪そうでもイケメンはイケメンだな。前世ではブサメンだったので、不公平さにため息が出る。
「すみません、個人的なことなので。ご心配をおかけします」
「こいつ、貢いでいる娼婦にフラれたみたいなんです」
話したがらないディーンさんの代わりに、パーティーの仲間が説明してくれる。確か、名前はヤックさんだったかな。
「ああ、そうなんですか。娼婦の人でも、女の人にフラれたら、めげますよね」
「そうそう。最近、全然会えないって落ち込んでいて。だから娼婦に熱を上げるのはやめておけって」
「違う! リョウさんはそんなそこらの娼婦とは違う!」
違うって二回言っちゃったよ。というか、リョウって……俺のことかよ。
「彼女は金目当ての娼婦なんかとは違うんだ」
「じゃあ、何が目当てなんだ?」
「金なんかほとんど取らないし、凄く優しいんだ。きっと俺みたいな寂しい男を慰めたいから、あんなところで立ちんぼをしているんだ。金目当てなら、高級娼館で働くはずだ」
「夢見すぎだろう」
急に大声で主張し始めたディーンさんに対し、ヤックさんはあくまでクールだ。俺はというと、逃げ出したくなっている。
いや、金じゃなくて精気が欲しいから、安くしてるんだよ。三割くらい精気を奪っているから、申し訳ないんで愚痴とか聞いてるし、男はナイーブだからソフトに扱っている。それがこんなべた褒めされるとは……穴があったら入りたい。
「彼女に会いたい……会えないなら、死んだ方がいい」
「ええっ!?」
ボソリと呟くディーンさんに俺は慌てる。
いやオークの精気を吸いまくったから、ここしばらく立ちんぼしなかったのが、こんなことになるなんて。ディーンさんの落ち込みには責任を感じてしまう。初めてをこんな男女のサキュバスに奪われたうえに、傷心までするとは……放置するほど俺は肝が太くない。
「あの……リョウとは知り合いなんで、呼びましょうか」
「ほ、本当か!?」
ガバッと身を起こしたディーンさんが俺の肩を掴む。あまりの食いつきに、正直ビビる。迫るイケメンは凄い圧力だ。
「えっとじゃあ、夕方に冒険者ギルドに来てもらうので、待っていて下さい」
「もちろんだ、待っている。待っている」
また二回言うのか……まあ、本人は必死だしな。