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86.竜の国〜復活の魔神〜

 

「何が起きているの……?」


 宿屋に残されたリズは窓から魔獣の群れの方角を見ていた。

 その目には一筋の光の柱と、その柱の天辺に座す巨大な漆黒の球体が映っている。

 やがてその巨大な球体は魔獣の群れを吸い込むと弾けるように霧散した。


 歯痒かった。

 大切な人の傍で戦えないことが。

 今回は仕方ないことと頭では理解している。

 しかし、心では常に自分の手の届くところにいて欲しい想いが渦巻いていた。


 振り返れば未だに苦しみに息を荒くするファレンがおり、前を向けば光の柱の根元できっと愛するユウが戦っている。

 魔獣の群れを殲滅出来るほどの魔法も超能ギフトもない自分に与えられた役目は、ファレンを守りながら、みんなの戦いを見守ること。見守るだけとは言え、いつどの様な事態が起きても対応できるように装備は身につけてある。何も起きないに越したことはない。だから今は、


「見届けよう」


 これが自分の戦いなのだ――とリズは俯いていた顔を上げた。

 すると耳に号令のような掛け声が届き、視界の端に幾つもの飛翔体が映る。

 騎士団の砦の方向を見遣れば、その上空には灯りに照らされた竜騎士団の姿があった。


「あれが……ハイネストの誇る竜騎士団……」


 騎士団の砦のどこにあれだけの竜がいたのかと思うほどにその数は多く、恐らくは砦の奥には山肌を切り開いた相当に広い場所があったのだろうと思われた。

 竜一体に騎士一人。竜の首根に鞍を置いているのだろう。騎士は首根に跨り、長槍らしき物をその手に握っていた。

 その姿は物語の中に出てくる竜騎士そのままだった。


 リズが竜騎士に目を奪われていると、戦場の方から紫紺の光が浮かび上がる。

 その光には強大な魔力が込められているのがここからでもわかる。あれが放たれれば竜騎士であろうともひとたまりもない。この宿屋も然りだ。

 頑強ストレングス持ちの自分はまだしも、ファレンはただじゃすまないはずだ。


 そうしてファレンに覆い被さろうと、紫紺の光に背を向けたリズの目に映ったのは、身体を起こし、ベッドに座っているファレンだった。

 俯きがちのその顔からは苦悶の表情は見えず、微かに口元が緩んでいるように見えた。


「ファレ――」


 声を掛けようとしたその時、背後で轟音が鳴り響く。

 しかし、轟音のみだ。爆風や衝撃は伴っておらず、自分の体も宿屋も無事だ。

 再び戦場を見遣ると、一筋の光の柱が、長大な光のカーテンのように広がっており、その先に土煙が舞っているのが見える。


「もう……流石としか言えないじゃない」


 呆れたような口振りとは裏腹に、リズの表情は喜びに満ちていた。

 信頼する人物が、想像以上で嬉しくて仕方がないのだ。


「ほぅ。奴の魔法を防ぐか」

「っ?! ファレンッ?!」


 いつの間にかリズの隣にはファレンが立っており、リズ同様に戦場へとその目を向けていた。

 しかし、ファレンが纏う雰囲気が普段とは異なっており、リズは不安をそのまま声にする。


「だ……大丈夫なの?」


 向けられた瞳は普段とは異なり怒りを帯びておらず、リズを品定めするかのように全身に視線を向けてくる。


「なるほど。似ている」

「え?」

「貴様のおかげで奴に隙が出来たのだな」

「え? ちょっと――」


 何を言っているのかわからない。

 ファレンがまた訳の分からないことを言い出してしまった。


「褒美に命だけは免じてやろう。だが貴様が纏う面白い能力スキルはいただこう」


 途端、ファレンが紫紺の魔力を纏う。

 ただならぬ気配に身構えたリズだったが、刹那、ファレンの腕がリズを払い飛ばした。


「きゃっ!」


 宿屋の壁をぶち抜き、街中へとリズはその身を躍らせながら落ちていく。


 攻撃された?

 誰に? ファレンに?

 どうして? わからない。


 突然の衝撃に頭がついていかず、答えも出ないままリズの身体は地面へと打ちつけられる。


「かはっ――!」


 今までに感じた中で最も激しい痛みに身をよじらせながら、何とか身体を起こすと、リズの視界が紅にボヤけた。

 額から生温かいモノが垂れている。それが血だとわかると、痛みが再びリズの全身を走った。


「血なんて……どうして……」


 リズの動揺は当然だ。

 頑強ストレングスを持つリズが流血したことなど、過去に一度しかない。邪淫の魔神ルードネスの大鎌に薙られた時だ。しかしその時の流血でさえ、たかが知れている。

 朦朧とする意識の中、リズの傍にファレンが降り立つのが紅の視界に映る。


「なるほど。過去に類を見ない恐るべき身体強化能力だ。このような能力スキルを持つものが我の目覚めの時におるとは、ツイている――がっ?!」


 笑みを携えリズを見下ろすファレンが突如、苦悶の表情に歪み始める。


「ぐおおおおおおおおおっ!! がああああああああああ!! この忌々しい魔力っ!! 覚えがあるぞおおおおっ!! 忘れるものかっ! 忘れるものかあああああっ!!! 貴様ぁっ!! 超能ギフトの担い手――神の子だったか!!」


 膝をつき、胸を、頭を掻き毟っている。顔を真っ赤にしているのは苦しみからか、怒りからか。それがわからぬ程に、ファレンは取り乱していた。


「いらぬ! いらぬ!! こんなものっ! こんなものおおおおおお!!!」


 ファレンの雄叫びと共に、リズは身体が気持ち軽くなったように感じた。

 朦朧としていた意識で、目の前で肩を上下させて激しく息切れしているファレンに対し、何とか言葉を絞り出す。


「あなた……誰なの……?」


 目の前にいるファレンは、ファレンではない。

 明らかに何かに取り憑かれているか、別物としか思えなかった。


「――我が名はグラブ、全てを奪う者なり」


「――っ!!」


 返ってきた答えは、想像以上に衝撃的だった。

 目の前のファレンの姿をしているものがグラブ――略奪の魔神グラブだと言うのだ。神の子と言う言葉も確かに口走っていたことを踏まえても間違いはなさそうだ。


 天空都市の時ように、憑依型の魔物にファレンが侵されているのかと思ったが、それがまさか魔神の名が出て来るとは思わなかった。


「ファ……ファレンは……」


「貴様の知るファレン・ルーザーはおらぬ。たかが人族にしては、骨のあるやつであったがな。もうこの身体は我のもの」


 略奪の魔神グラブの姿形が記録に残っていない理由。

 それが存在そのものの略奪ゆえにであることをまざまざと見せつけられる。

 しかし、邪神から授けられたというその超能ギフトを許せるわけがなかった。


「ふざけ……ないで……」


「ふざけておるのは貴様よの。我が手を振り下ろせば息絶えるこの状況で我に反発するとは」


頑強ストレングスは負けないわ……」


「フンッ。試してもよいが、我は自らの言葉を簡単に曲げる愚か者でもない。褒美は褒美だ。貴様の命、この場は見逃してやろう。だが、次はないと思え」


 そう言い放つと略奪の魔神グラブは踵を返し、「奴め、逃げおったな」などと呟きながら高く跳び上がると、家屋の屋根から屋根へと渡ってその姿を闇の中へと消すのだった。


 朦朧とする意識の中、リズはそのファレンだったものの消えゆく背中を、ただ見つめ続けることしかできなかった。







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