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85.竜の国〜天災の前兆〜



 三人が魔獣の群れとの距離を縮めると、その姿がより異形であることがよくわかる。

 昆虫のような、獣のような、爬虫類のような様々な形の魔獣が群をなして迫っている。


「これは流石に――」

「異常」


 二人の様子からも、多種の魔獣が混在することは異常事態らしい。

 まぁ動物と言えども弱肉強食の世界なのだ。魔獣であってもそれは変わらないのだろう。だからこそ、今の眼前の光景が異常事態ということだ。


「一緒に行きたくなくなった?」

「怒るよ?」


 突撃する前の最後の確認をしたかったということもあって冗談っぽく聞いたわけだが、ルカは珍しくその顔に怒りを浮かべている。エリーの目も蔑みを帯びていた。

 当たり前だ。改めての確認は、命を預ける覚悟をしたと言った二人の先ほどの言葉を信じていないということになる。

 同じことをされたら、同様に嫌な気分になったかもしれない。


「……ごめん」


 ユウのその言葉を聞くと、二人の表情は元通りになる。


「いつでもオッケーだよ、我が主人」

「私はまだ動きながら詠唱できないから、群れの中に着いてからになる。しばらくは二人に守ってもらわないとダメ」

「オイラの命に代えてもエリーは守るから安心して」


 不安そうなエリーに満面の笑みを向けて胸を張るルカ。いつもならそこでエリーがドライに『期待してない』などの返答をするところだが、さすがにそんな心持ちでもなかったようだ。

 返ってきた反応は、


「ダメ。三人全員でリズのところに戻るの」


 と言う真顔のエリーがそこにいた。

 生半可な覚悟では臨めない。

 ユウは深呼吸すると、改めて大群を視界におさめる。


「……そうだね。絶対にリズを悲しませるわけにはいかない」

「そっか。リズ姉のためにも。任せて」

「騎士団が来たら彼らを巻き込みかねない。そろそろ行こうか」


 ユウの言葉に二人は同時に頷くと、ユウの手を取る。

 二人の手をしっかりと握ると、ユウは実現リアライズを使った。


 山肌から稲妻の如く天空へと跳び上がると、魔獣の群れの宙空で速度を落とす。

 あとは自然落下に身を任せれば、魔獣の大群の渦中へと辿り着く算段だ。


「落下地点、スペース開けとくね」

「っ?! ルカ?!」


 そう言うとルカはユウの手から離れ、一足先に大地へと向かって垂直落下していく。


 ルカは落下しながら魔力を解放するタイミングを計り、右手の拳に集中する。

 魔獣達はまだ自分に気づいていない。しかし、さすがに魔力を解放すれば即座に気付かれるだろう。


 迫る大地と魔獣の群れ。

 拳を振りかぶって打ち下ろす距離としては限界に近づく。


 ――ここだ。


 ルカは魔力を一気に解放すると、腰を回して拳を振りかぶる。

 魔獣達が突如現れた巨大な魔力に惹かれ一斉に空を見上げたのとルカが拳を振り下ろしたのはほぼ同時だった。


竜の咆哮ドラゴンロア!!」


 ルカの叫びと共に放たれた拳は、膨大な圧力を伴った衝撃波となり、真下にいた魔獣を文字通り潰した。

 それだけに留まらない。

 大地がその衝撃波を受け止めると潰れた魔獣を中心に爆風が放射状に広がっていく。そのあまりの威力に周囲の魔獣達の巨体も吹き飛ばされる有様だ。


「スペース作るってこういうことか……やるじゃん」


 ユウとエリーが降り立った頃には、半径30メートル程度、魔獣が一匹もいない空間が出来上がっていた。


「ルカ! そばに来て!」

「了解」

「エリー、詠唱を――」


 と言いかけてやめる。すでにエリーはぶつぶつと詠唱を始めていた。

 あとは、この詠唱が終わるまで持ちこたえるだけだ。


 魔獣達も突如現れたユウ達にいきり立っている。雄叫びと共に何体かが地響きをあげながら迫って来ていた。

 ルカはエリーの前に仁王立ちして魔獣達を見据える。

 間合いに入ってくれば即座に撃ち抜くつもりのようだ。

 しかし、少しのリスクすらユウは持ちたくなかった。大地に掌を置くと声高に叫ぶ。


不可侵の境界セイクリッドボーダー!!」


 実現リアライズによる結界――円柱状の光のカーテンがユウ達三人を取り囲む。

 向かって来ていた魔獣もその光のカーテンに弾かれてそれ以上近づいてくることはなかった。

 そして、エリーが天に手を掲げ、詠唱が完成する。


「――神に仇なす全てのものよ、己が大罪を悔い改め、久遠の闇の中で眠り給え。永遠の漆黒ブラックホール――」


 エリーの手の先にある空を見上げる。

 しかし、そこには何もなかった。

 まさか、失敗? エリーが?


「エリーッ!!」


 ルカの叫び声に視線をエリーに再び戻すと、エリーがルカの腕の中で意識を失っていた。

 エリーは意識喪失メンタルダウンしている。

 魔力が奪われているということだ。


 どこに?

 決まっている。

 永遠の漆黒ブラックホールにだ。


 刹那、ガラスがひび割れるかのような音が響く。

 見上げてみれば、不可侵の境界セイクリッドボーダーで照らされている夜空に黒い点が浮かんでおり、その周囲の空間が歪んでいるように見えた。

 そして、その点が徐々に徐々に大きくなって見た目に球と言えるほどの大きさになると、大地から暴風が吹き上げるかのように木々の葉が逆立っていく。

 岩が、木々が、そして魔獣の大群が、重力から解放されていくように黒球へと収束していく。

 刹那の間に、魔獣は既に殆どその姿を消した。

 しかし、まだ残っていた。

 大きな影が、視界の先に残っている。

 その影は大きな翼をはためかせ、宙空に留まっていた。


「あれは……ドラゴン?」


 永遠の漆黒ブラックホールに吸い込まれるのに耐えているのだろうと思われたそれは、力尽きたのか永遠の漆黒ブラックホールへと一直線に向かって吸い込まれていく。

 そして永遠の漆黒ブラックホールに吸い込まれたのと同時、顕現する魔力が尽きたのか永遠の漆黒ブラックホールも弾けて消滅し、黒い粒子が大気中に溶け込むように霧散した。


 驚愕の光景に言葉を継げないでいたが、ユウは更なる驚愕の事態にハッとなる。

 その霧の先には、吸い込まれたはずの竜がいた。

 混沌を巻き起こした永遠の漆黒ブラックホールは今はなく、竜は自由に空を旋回すると、ユウ達の側へと舞い降りてくる。

 さっきは見えなかったが、その頭には人影があるように見えた。


 舞い降りる竜と共に発生した暴風がユウ達を襲う。

 とは言っても不可侵の境界セイクリッドボーダーの中にいるユウ達にその風は届かないのだが。


 それにしても目の前の竜は、竜たる竜だった。ラッキーのような駆竜ではなく、山間を越える際に見た飛竜も比ではなかった。

 神竜の遺骸ほどまでは大きくはなかったが、漆黒の竜から放たれる圧力プレッシャーはユウ達が警戒するには十分過ぎるものだった。


「ユウ兄…やばいかも」

「わかってる」


 魔獣の大群を蹴散らしたと思ったら、竜の登場だ。

 エリーは意識を失っており、そのエリーの護衛でルカは付きっきり。

 リズはこの場にいない状況で、この竜と対峙するのはユウ一人しかいない。


 一難去ってまた一難とはまさにこれである。

 しかし、この竜もまた魔獣の群れの中にいたと考えるのが自然だ。

 竜は竜であり、魔獣ではないはずなのだが……。

 そんなことを考えていると、竜から声が響いてきた。


「はぁ……よくもまぁ酷いことをしてくれたものですね」


 どこからだろうと竜を頭から見やると、ローブを羽織った白髪の青年が竜の頭の上――尖った口先の上と言った方が正しいかもしれない――に立ってユウ達を見下ろしていた。


「彼等が貴方達に何かやりましたか? いや、やってません。にも関わらず貴方達は彼等を一方的に虐殺しました。自分達が何をしたかわかっていますね?」


 その言葉にドキッとする。

 確かに魔獣の群れはまだ人里を襲撃してはいなかった。まだ何も事を起こしてはいなかった。何もしていないものを嬲り殺したと言われればその通りなのかもしれない。

 しかし、何かが起きてからでは遅いのだ。


「このまま魔獣が進めば人里に入って被害は避けられなかった。だから、駆逐した」


 自分は間違ってない。

 間違ってないはずだ。

 しかし、目の前の白髪の青年は鼻で笑う。


「ふむ、そういうこともあるでしょうね。だから貴方達は貴方達の正義を貫いたと? なら、私は私が進もうとする先に群がるカレらを駆逐してもいいわけですね。文句は言いっこなしですよ?」


 カレら?

 青年の視線はユウ達には向いていない。

 ハッとして砦の方を見るとその上空に明かりに照らされて竜達が羽ばたいている――竜騎士団が来たのだ。


 強大な魔力を感じて白髪の青年に向き直ると、青年は笑みを浮かべながら右手を竜騎士団の方へ掲げている。

 その手の先には白髪の青年が乗る竜ほどの大きさの魔法陣が展開されていた。


 ――やばいっ!!


拡張展開イクステンション!!」


 ユウが実現リアライズを再び唱えたのと同時、魔法陣から強大な魔力が解き放たれる。

 響く轟音。巻き起こる暴風。弾け飛ぶ砂塵。

 夜でありながらもその局地的な爆発的大嵐は幻想的な光に包まれており、空を飛んでいた竜騎士団やループスの民の眼にも留まっていた。


 少しして砂煙が晴れると、そこには砂塵に塗れた白髪の青年と竜が変わらずおり、強大な魔力を受けてなお、不可侵の境界セイクリッドボーダーはその形を維持していた。

 拡張展開した不可侵の境界セイクリッドボーダーが、白髪の青年の魔法を防ぎきったのだ。


「あらあら。せっかくの極上の魔力、無駄遣いしてしまいましたね……これでは些か分が悪い。帰りましょうか、ゼロ様」


 青年が誰かに話し掛ける素振りを見せたため、ユウ達は周囲を警戒する。

 強大な魔法を放つ目の前の青年レベルの敵が他にもまだ潜んでいるとなれば、更に状況は悪化する。しかし――


『我のみでも問題はないぞ』


 聞こえてきた重く響く声は、同様に青年の方向だった。青年の方角にいるのは漆黒の竜のみ。しかし、どう見ても声はそこから響いていた。


「ゼロ様の手を煩わせるわけにはいきません。ゼロ様は飽くまで付き添い。そんなことをしていただいては私が叱られてしまいます。この国にいることはわかっているのですから、また出直しましょう。他の者から探してもいいわけですから」

『駒を失い、かつ手ぶらで帰るのだからどの道貴様が主人より逃れられる道はない』

「あっはっはっはっ! そうですね。覚悟を決めねばなりませんかね。いや、でも手ぶらではありません。私の魔法を無傷で防ぐ者がいるという情報だけでも、満足いただけるかもしれませんよ」

『ふんっ。そう簡単にはいかぬと思うがな。まぁよい。行くぞ』


 青年と竜はユウ達のことなど目もくれず、トントン拍子で話を進めると、やがて竜が翼を羽ばたかせ始めた。


 このままでは逃げられてしまう。

 いや、今この場では敢えて無理に捕らえようとする必要はない。

 強大な魔法使いと言葉を交わす竜――恐らくは古代竜であろう存在を前に、引き留めるリスクを払う必要はない。だが、その存在が何なのかだけは知っておきたかった。


「おい! お前達は――」


 何者なんだ。

 そのユウの言葉は最後まで紡がれることなく、青年の言葉にかぶせられ、尻すぼみとなって消えた。


『ではまたお会いしましょう、手強い冒険者さん』


 青年の声が合図だったように、漆黒の竜は羽ばたいて暴風を巻き起こすと、あっという間に夜空の果てへと消えていった。

 ユウを包むのは無事に退けることが出来たという安堵感と、親玉と思われる存在達を含めて全滅させることが出来なかったという挫折感。

 だがしかし、その場に残るユウとルカの交錯する視線が発した言葉は、


「無事でよかった」


 ただそれだけだった。





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