82.竜の国〜渦巻く想い〜
案の定、街中を駆竜で駆ける少年少女の目撃情報は多数あり、ルカとエリーは簡単に見つかった。
人集りの中、二人は民衆に囲まれ何やら根掘り葉掘り聞かれながらも拝まれていたようである。
ここハイネストでもやはり竜族は神聖な種族であるらしく、駆竜を使役する竜族は民衆からしたらウルトラレアな光景なのだった。
高貴な扱いを受けることに慣れていないルカはユウを見つけると目を輝かせて助けを求めたが、エリーは普段と変わらぬ様子で慌てるルカを見つめていた。
竜族二人を付き従えるユウもまた民衆達から好奇の目で見られることとなったのだが、そこはシルバとラッキーに頑張ってもらって何とかその視線を振り切ることに成功する。
砦まで辿り着くと、コルティが砦にいた。そのことからリズも付近にいるのだろうとシルバとラッキーを砦で待たせると砦周辺を歩いてリズとファレンを探した。
そして森に入って間も無く、リズとファレンを見つけたのだ。
優しく抱き合う二人を見つけたのだ。
「リ……リズ……何してるの?」
何してるも何も見ればわかる。
見ればわかるのだがリズと目が合った以上は何か言葉を発しなければならないと焦燥に駆られ、口に出た言葉がそれだ。
「あ、あのね、ファレンがちょっと記憶を取り戻したみたいなの」
「……抱きついているのは記憶と関係あるの?」
何と無様な言いようだろうか。自分で言っていて胸糞悪くなる。こんなことを言いたいわけではない。リズを非難するかのような言い回しをしたいわけではないのだ。
しかし、止められなかった。
抱擁を交わす二人を見た瞬間、少なからず裏切られたと思ってしまった。
自分は今、きっと酷く醜い顔をしているに違いない。
「うん……関係あるわ、本当よ」
リズも何か感じたのだろう。返す言葉に自らの潔白を信じてほしい願いと、ユウに疑われているという寂しさからかどこか重たい空気を纏わせている。
ルカとエリーは、敢えて首を突っ込むまいとただ黙して事の成り行きを見守っていた。
「なんだよお前ら、雁首揃えて何しに来たんだよ。っておい! 俺に触れるな!」
刹那の気まずい静寂を破ったのはファレンだった。ファレンはリズを突き飛ばし、勢いよく離れると、首の骨をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がる。
(触れるなって言うかお前が抱きついてたんだろうがっ!)
と怒鳴りたい衝動を何とか抑え込み、ユウは深呼吸をする。リズはファレンが気になるのか、ファレンに合わせて立ち上がると近寄りながら声を掛けた。
「ファレン、もう大丈夫なの?」
「あ? 大丈夫って何が?」
「私のことわかる?」
「あ゛ぁ゛?! 何言ってんだお前――」
「いいから! 私の名前は?」
「……リズだろ? それが? 正解のご褒美でもあるのか?」
「ううん……ないけど、欲しいなら何かしよっか?」
ファレンの様子に安堵の溜息をこぼすと、リズはファレンに微笑みながら提案する。
その姿が気に喰わなかったのか、ファレンは仏頂面のまま舌打ちをすると
「いらねぇ。欲しいものは奪うんだよ俺は」
とそっぽを向き、リズはそんなファレンを優しく見つめるのだった。
そのどこか打ち解けた様子にユウの心はザワつきが止まらない。
この空気は何なのか。
仲が良いのはいいことだ。いいことなのだが、今まで感じることのなかった感情が胸を満たしていく。
しかし、その感情が前向きな感情ではないことは自覚できていた。
「とりあえず戻ろう。宴の準備、出来てるんじゃないかな」
砦へと足を向けるよう促しながら、ユウは自身の想いの在り方に頭を悩ませるのだった。
◇◇◇
魔獣がハイネストに頻繁に出没しており少なからず犠牲者も出ていたことからも、宴は簡素な形で催された。
情報交換も兼ねての宴であったため、ハイネストの現状を知るには最適な場であったことは間違いない。
しかし、ユウの心はここにあらず、その様子に気づいていたルカとエリーはユウの代わりに珍しく真剣に情報を聞いていた。
魔獣の出没の原因はわからず、ただわかっていることはハイネストは神と邪神との戦いの際に魔神の一体が封印された土地であったということだ。
そしてその魔神の封印が解けぬよう代々土地を守り続けてきたのが現在のハイネスト王家である。
ハイネストはギフティアと肩を並べる歴史を持った国家であった。歴史が古く、王家の使命が大陸の平和に繋がる偉大なものであることもあり、ハイネストの国民は誇りを持ち、また、国を愛していた。
そんな国に魔獣が過去に類を見ない程に出現している。
ハイネストの誇る竜騎士団によって出現した魔獣は討伐されてはいるものの、気付いた時にはすでに被害が出ていることもあり、原因の特定が早々に求められていたが、想定されるものは一つしかない。
――魔神復活。
魔獣が魔族である以上、それ以外に考えられる要因はなかった。
ハイネスト王都ループスに封じられていると言われている魔神。その魔神のことは、王家の者しか知ることは出来ない。
国民達が要らぬ心配をしないようにという配慮なのかもしれないが、打倒魔神を志す天翔ける竜にしてみればもう少し詳しい情報は欲しいところだった。
「王家の人に聞けばいいんだよ」
宴が和やかに終わりを迎え、砦を後にして宿に向かいながらルカは簡単なことだと言わんばかりにあっけらかんと言うがすぐにエリーに窘められる。
「代々伝承されている秘密がどうして私達に知らされると思えるのか、ルカの頭が心配」
「えー! 聞いてみないとわかんないと思うけどなー」
「でも、どこに封印されているかくらいは確かに知りたいところよね。魔獣はその場所を
目指しているんだろうから。どの道、王城には顔を出す段取りつけてもらってるわけだし、聞くだけ聞いてみましょう?」
ルカとエリーに声を掛けると、リズは後ろに並んで歩くユウとファレンを見る。
ファレンはいつも通りの仏頂面だ。ただ、ユウも同じく、仏頂面とまではいかないが暗い顔をしていた。その理由は大体見当がついている。
宿に戻ったら二人きりで話をしよう。
リズはチクリと痛む胸を押さえながら、再び前を向いて歩き出した。