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77.竜の国〜混乱の端緒〜

 



 ハイネストに魔獣が出現し始めたのはここ1~2ヶ月だとザックは言う。

 ザックは元々騎士団に所属していたが、戦場で負った片足喪失という大怪我で退役し、国から牧場の管理者という仕事を斡旋されたとのことだ。

 駆竜は賢く、手間もかからないため管理者と言うのも名ばかりらしく、国のために尽力したザックに対する配慮なのかもしれない。


 駆竜の賢さは山を越えた別の牧場へ向かう移動でもよく理解できた。

 縄で繋ぐこともせず、ザックの指示に従って列を成して淡々と山道を歩くその姿は圧巻だった。


 その中の一頭に跨るのはルカだ。

 ルカが身を挺して守った駆竜が、ルカに懐いて離れない。

 移動する時にも首をルカの股ぐらに突っ込んで持ち上げ自分の背に乗せようとするなど、その献身的な様子は見てて和むものがある。


「駆竜は賢いが、ここまで懐くのは騎士団や商隊の竜以外じゃ見ないぞ」

「助けてもらったのがよっぽど嬉しかったのね」

「いやーモテる男は辛いなぁ。オイラにはエリーがいるのになぁ」


 チラチラとエリーを見やって反応を窺っているが、エリーはと言うと全く無関心だ。

 それもそのはず――


「そいつ、オスだからな」


 ザックの一言にルカはガックリと肩を落とすと、自分を乗せてご機嫌な駆竜の頭を撫でながら『そうかぁ……お前オスかぁ』と呟くのだった。


 山を越えたところの別の牧場まであと少しというところで、何やら騒々しい音が響いていた。

 耳を澄ませば、それが金属が弾ける剣撃の音であったり爆発音であることがすぐわかる。


「また魔獣?!」


 ユウ達はザックに待機するよう伝えると、音のする方へ駆ける。


「わっ! ダメだよっ! お前はここで待ってな!」


 ルカを乗せた駆竜がルカを乗せたまま猛スピードで山間の平地を駆ける。

 ルカの静止の声に一瞬立ち止まるも、ルカの顔を見ては瞳に強い意志を宿して訴えかける。


「わかったよ。その代わりに絶対、前線には出ないこと」


 ルカのその声に元気よく嘶くと再び駆け出し、シルバとコルティに続く。平地であれば馬であっても駆竜に追い抜かれるということはなかった。あるいは駆竜が、『前には出るな』というルカの指示を従順に守ったのかもしれない。


 音の出所が見え始める。

 黒煙が立ち上り、その周辺に人影が疎らに見える。

 魔獣のようなものは見えず、どうやら人族がこの騒動の主因であるのは間違いなさそうだった。

 疎らに見えるその人族達は、牧場の駆竜達を追い回して網で捕らえたりしている。

 捕縛から逃れた駆竜は仲間達を助けようと捕縛者達に襲いかかり、捕縛者はその牙を折るために剣を振るっていた。


「何あれ! 密猟者?!」

「わかんないけど、略奪者であることは間違いなさそうだね」


 相手の数はおよそ二十。

 略奪者達は駆竜を捕獲して密輸でもしようと言うのだろうか。

 怪我をして動けなくなっている駆竜も引き摺られ荷馬車へと運ばれている。


「やめろ!」


 ユウが叫ぶと略奪者達は慌て始め、その動きを一層速めた。


「くそっ、見つかった! 逃げるぞ!」

「お頭、でもあいつら四人ですぜ?」

「騎士団じゃねぇのか? なら話は簡単だ。殺っちまえ」

「へいっ!」

「オイラ達もナメられたもんだね」

「仕方ないさ、あいつらにはただの若造にしか見えてないんだから」


 リーダーらしき男の指示が飛ぶとおよそ十人がユウ達へと向かって走り出す。

 その十人が剣を抜き、ユウ達まであと数歩と言うところで、何かが空から降り立った。


「俺の目の前で略奪行為か。見逃すことはできないな」


 ちょうどユウ達と略奪者達の間に落ちるそれは、人だった。年の頃はユウとあまり変わらないように見える男だった。


「なんだテメー! テメーも仲間かっ!」

「仲間?」


 そう言うと男はユウ達を振り返る。瞳にユウ達を捉えると、その瞳は大きく開かれたように見えた。


「前見てっ!!」


 男がユウ達を振り返っているその隙を略奪者達は見逃すことなく、剣を振るう。

 リズの叫びも虚しく、男は数々の剣に斬りつけられた――かに見えたが、男の身体には傷ひとついていなかった。


「っ! 何なんだテメー……」

「俺の命を奪おうとはな。だが仕方ない。お前らは知らなかったのだから」

「な、何をだよ!」

「奪うのは俺の特権なんだよ――」


 男はそう言うと、長槍を手に出現させ、薙いだ。

 略奪者達が紅い噴水の中、次々と倒れていく。


 略奪者のリーダーの指示で放たれた第一陣のおよそ十人のうち、長槍の餌食にならずに済んだのは男に斬りかかっていなかった男一人だけだった。

 その男も、目の前で繰り広げられた凄惨な光景に戦意喪失し、腰を抜かして地べたを這いながらも慌ててリーダーの元へと戻ろうとする。


 その光景にユウもリズも衝撃を隠せないでいた。

 今まで魔獣や魔法生物等の人外を相手に殺生を行ってきたユウとリズにとって、目の前で『人』が惨殺されたのを見たのは、これが初めてのことだったのだ。

 目に飛び込んでくる深紅の雨、そして鼻をつく得もいえぬ臭いに、思わず口元を押さえる二人。


「殺さなくても……」


 やっとのことで絞り出したリズのその言葉に、男は一瞬顔を歪めたように見えたが、リズに向けられたその表情は笑みを浮かべていた。


「自業自得だろ? 俺の命を奪いに来て、逆に奪われた。俺は奪っちゃダメでこいつらには奪う権利があるとでも? そうじゃないだろ?」

「そうだけど――」


 この世界では命のやり取りは日常茶飯事、当たり前のこと。

 殺すのであれば殺される覚悟をする。

 その考え方も当然なのだろう。

 しかし、それでもリズの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「……じゃあ残りの奴らは好きにしろ。俺はここで見てる」


 リズの表情を見て、男はどかっと牧草の上に腰を下ろして胡座をかくと、膝を使って顎肘をついてユウ達を見送る。


 ユウ達が残りの略奪者達のもとへ足を向けると、略奪者達は完全に戦意喪失したのか、駆竜だけでなく、腰を抜かした男も置いて逃げ去っていった。


「追うならオイラ行くよ!」

「いや、あの腰抜かしたヤツに情報吐かせよう」


 突如現れた背後の男のことも気掛かりだった。

 どこからともなく現れた槍の一薙ぎで約十人を屠る槍使いの男。

 リズに向ける視線も気になる。

 いや、むしろそれが一番気になる。


「僕はユウ・ソウル。君は?」


 地べたに座る男に手を差し出して、名乗る。

 男はユウの手を握るのではなく、掌を軽く叩いて言った。


「ファレンだ。ファレン・ルーザー」


 強きを挫き弱きを助けるこの男は、決して悪い男ではない。

 しかし、何か、嫌な予感のするユウだった。







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