7.実践! 実現!
「ほら、はやくはやくっ! こっち来て!」
エリーが神の能力だなんて言うものだからリズのテンションが急上昇である。
遠くに街を見下ろせる平原の小高い丘、一本だけ堂々と生えている大きな木の下の影にリズは座り込み、エリーと僕を手招きしている。
木漏れ陽を受けてリズの金髪はキラキラと輝いており、彼女のもつ淡いブルーの瞳もその好奇心からかその金髪に負けじと輝いている。
「休憩……なんだよね?」
朝、森を出てからずっと歩き通しだったこともあり、早い昼食を兼ねて休憩をとることになった。しかしながら、その決断をしたリズの本音は、実現を見てみたい、ということに尽きると思われた。
「休憩よ、休憩」
元気なリズとは裏腹に、僕はテンションを上げられずにいた。
本当に僕の能力が実現なら、それは喜ぶと思う。でも、僕は期待しない。期待して裏切られることの絶望感は、何とも苦い味なのだから。
「ユウ、どうしたの? さっきはあんなに嬉しそうだったのに」
さっきと今のテンションの差が歴然だったようでリズに指摘されてしまった。
「いや、だってさ、これで実現じゃなかったら凹むじゃない? そう思ったら、今のうちに自分の中に予防線を張っておいた方がいいかなって」
「はいはい、その時は一緒に落ち込んであげるから! 私だってユウの能力が実現じゃなかったら凹むよ? ここまでテンション上がっちゃったんだもん!」
そんな僕の心配をリズはさらっと一蹴する。
確かに、ここまでテンションの上がったリズは、きっと僕と同様に落ち込んでくれるのだろう。しかしそれは僕からすれば失望させてしまった感が大きくて尚更辛い。
「きっと大丈夫」
リズに向かって真っすぐ歩いていくエリーもそう言葉をかけてくれる。無表情だが、鼻息が荒い。エリーも興奮しているようだ。そしてお決まりのようにリズの膝の上に落ち着くのであった。
「もう一度説明する。実現は自分の思い描いたイメージを実現する能力。その想い・イメージが自身に明確に落とし込めれば落とし込める程に、その実現性は高まる」
エリーの説明を聞きながら、リズが荷物から木製の器を3つ取り出した。
「はい! 先生!」
元気よく天に突き上げたその手、教師なら間違いなく指していたことだろう。
「はい、リズさん、なんですか?」
「手始めに、お水が飲みたいです!」
「です」
エリーもリズの真似をして手を上げる。
「そう言われても、そもそも何て言えばいいのかな? 水よ来い! とか念じればいいのかな?」
「自分の中で、納得できれば何でもいい」
「まずはそれでやってみたら?」
「はぁ……わかったよ。でも、せっかくだから、もっとそれっぽくやってみる」
木製の器に手をかざすと、僕はイメージを思い浮かべた。
水。海から水分が空に昇り、雲となって山を覆い、雨を降らせる。その雫を受け止めた大地が、何年もかけてその雫をろ過し、澄んだ水を作り出す。岩間から漏れるその水に手をやると、大地の奥深く、日の光が届かない場所の冷たさを感じることができる。これが僕の水のイメージだ。こんなんでいいのだろうか。
「じゃあ、いくよ」
ゴクリ、と2人が生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
一呼吸置き、僕は高々と詠唱した。
「海よ、空よ、大地よ、幾重にも時を重ねし生み出した水を、その澄みわたる恵みを、今こそ顕現し、この3つの器を満たせ……ナチュラルミネラルウォーター――!」
「ブフッ!!」
僕の詠唱を聞くや否や、リズが噴き出した。必死に口元を手で押さえ、笑いをかみ殺している。そのリズを僕は白い目でじっと見つめる。
「……やらせておいて笑うことないじゃないか」
「いやっ、違うの、ごめんっ! だってっ……ハハッ!! 『実現!』って唱えるのかと思っていたらまさかのナチュラルミネラルウォーターっていうのが予想外でっ……アハハッ!」
リズの笑い声が平原に響く。エリーはナチュラルミネラルウォーターという言葉自体がわからないらしく、不思議そうに、自身を抱えながら抱腹絶倒するリズを見つめていた。
その時、器にかざしていた僕の手元が光り、木製の器3つを包み込む。
「うわっ!」
驚いて手をどけると同時に光も消滅した。そしてそこにあった3つの木製の器は、なみなみと澄んだ液体で満たされていた。
「あ、すごい! 成功じゃない?!」
リズが涙目になって目頭を押さえながらも興奮に笑みをこぼす。
「まだこれが水なのかわからないよ」
「じゃあ毒見は私。竜族は毒への耐性が強いから」
そういってエリーは器の1つを手に取ると、ゆっくりと自身の小さな唇へと運んだ。
コクッコクッと色白なその首元が、器から液体を迎え入れたのがわかった。
「うん、冷たくて美味しい。文句のつけようのない水」
その言葉を聞いたリズが早速別の器を手に取る。
「いただきま~す! ……ん~! 冷たい!! 美味しい! 美味しいよユウ!」
なんとか無事に成功してよかった。簡単には信じられなかったが、僕のこの力は本当に実現だったようだ。無から有を生み出すことができるなんて、本当に神になったようだった。
自分の能力が特別なものであることが実感できると、安心と共に笑みがこぼれてくる。楽しくなってきた。
なみなみと満たされた木製の器の中身は、あっという間にみんなの胃袋の中へと消えていく。
「もう1回して」
エリーが僕に空の器を差し出してくる。無表情だが、そのおねだりが可愛い。
「僕も試したいから、3つ、別々に唱えていいかな?」
「いいわよ、何するの?」
「まぁ見てて」
そして僕はさっきとは全く異なる唱え方をしてみた。前半の詠唱を省きメインとなる言葉だけでやってみたもの、自分の言いやすい言葉に言い回しを変えたもの、イメージ自体を変えたもの。
結果として1つ目は水だけど、ぬるく、2つ目はさっきの水ほどではないが、それなりに冷たく、美味しい水だった。イメージをお湯に変えた3つ目は、ちゃんとお湯になっていた。
想い・イメージが力になるのであれば、やはり自分が言いやすい言葉を選ぶのがいいということなのだろう。これからは響きがカッコいい言葉を使うことにしよう。
「いいな~その能力。超便利。これからは水袋がいらなくなるわね」
いつのまにか荷袋から取り出した干し肉を噛みちぎりながらリズは羨ましそうにこちらを見る。
「便利だけど、能力使用のデメリットや出来ないこともあるんじゃないかな。魔術師なら、それを考えるなり調べておかないと、実戦で使うのは少し怖いね」
「ユウはその見た目からすると魔術師じゃなく遊撃士でしょ? なら、実戦のはじめのうちは実現はあまり使わず、その身体の動きに慣れた方がいいかもね。はじめから魔法に頼っちゃうと、せっかくの遊撃士なのに戦い方が身につかなくなっちゃうし」
「え、遊撃士なの? 魔法使えるのに?」
この見た目は遊撃士? 実現という魔法が使えることと、『遊撃士といえば弓』という固定観念からか、武器がないことでてっきり魔術師だと思い込んでいた。
「実現は魔法じゃなくて、ユウの固有能力よ。まぁでも魔力は消費されているだろうから魔法と同じかもしれないけどね」
「そっか……でも遊撃士っててっきり弓を持っているものかと……」
「あ、そうね。普通は弓と短剣のセットなんじゃない? 賊にも遊撃士っぽいのいたけど、確かに弓を持っていたわ。ユウ、そういえばあなた、弓は?」
「……ございません」
能力をつけ忘れなかった神には感謝だが、これこそ神の忘れ物じゃなろうか。短剣があって弓がないのは何故だ。
「じゃあ街行ったら、買おうか。賊が落としていったお金だけど、結構あるからさ」
「落とした?」
「巻き上げた……でしょ?」
エリーがボソッと呟く。
「エリー?! 巻き上げてないわよ。慰謝料よこれは。誰のお金かはわからないけど、せめてちゃんと街で還元すれば、盗まれた人だって報われるでしょ」
リズは少しバツが悪そうにむくれた。
「ぷっ……ありがと。でも変に気を遣わないでいいからね。街につくまでに実現の練習するよ。弓も作り出せるかもしれないし。できなかったらお願いするかも」
「うん、わかった。色々と実戦でコツを覚えちゃうのが一番なんだけどね。できれば、最初は動物とかモンスターでの実戦かなぁ」
実戦。そう、この世界は剣と魔法の世界なのだ。
なのに未だにモンスターやら敵と言えるものに遭遇していない。ありがたいような、拍子抜けのような。
リズは賊と何度も戦っているが、僕は実戦経験0。
リズを支えるためにはまず、その初めての実戦という壁を越えることから実現しようと思った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
不定期更新となりますが、なるべく短期間で更新していけるよう頑張ります。