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73.竜族の里~大樹と大穴~



 静寂の満ちる森に一本の大樹があった。


 大樹と呼ぶのが相応しいのかすら定かではない程の大きさのその樹齢は、数千年とも数万年とも囁かれ、真実を語る者がいたとしてもそれを真実だと信じるに値するだけの根拠がなかった。


 大樹の周りにはやがて人が集まって村となり、村の民達はその頂が雲海を貫いて見えぬ程の大樹を神樹と崇める。

 神樹には神が住んでおり、神樹の周りは祝福された土地なのだと人々の間に噂が広まった。

 神樹に神がいる噂が広まると村には人がより集まって街となり、森は少しずつ少しずつ、大樹だけを残して切り拓かれていった。

 街は発展を遂げ交易の要となる都となり、この地に森があったことは目に映る景色からは誰も想像できなかった。


 都は国の中心となり、やがて戦争が起きた。都は戦火に巻き込まれ焼き払われたが、大樹は燃えることなくただ悠然と荒野と果てた都の中心に聳え立ち続けた。


 無益な人族の争いを、風化する街並みを見下ろしていたのは神ではなく、神竜の末裔の竜族だけだった。




 ◇◇◇




「この大樹って、いつからあって、どこにあるんですか?」


 エメロア達から大樹の昔話を聴きながら、ふと疑問を口にする。


「いつからあるのかは、我々竜族の民も知らないのです。神竜様が座しておられることから、神話時代にはすでにあったということくらいしか――」

「場所はギフティアから西に真っ直ぐ。馬で2週間くらいだな。ルーデンハイムの南西、サザンクロスの北西にあって、二国の間にあるんだが、サザンクロスが何も言わないからルーデンハイムが所有権を主張している。まぁ所有権を主張したところで今や街もあるわけじゃないからな。周りにはアイビスの大空洞くらいしかないし、観光名所にするにも魔物が多くて難しいところだ」


 アイビスの大空洞と言うのは、ネロとシャルが苦い思いをしたという、街がすっぽり収まるくらいの大きい穴型のダンジョンだ。


「アイビスの大空洞とは何か関係が?」

「アイビスの大空洞は邪神戦争により出来たものと言われていますので神樹とは無関係かと思われます」

「神竜様がここにいるのも?」

「神竜様はアイビスの大空洞をその寿命尽きるまで見守られたということのようです。アイビスの大空洞には邪神や魔神、魔族が封印されていると我々竜族の伝承には残っております。そのため、我々がここにいるのも、ここからアイビスの大空洞に異変が起こらないか見守るためです」

「なんだとっ……!!」


 ネロの目が驚嘆の声をあげる。ユウ達もその伝承に驚きを禁じ得ない。

 神の子の使命はこの世界の闇を打ち払うことだ。その闇の正体を突如明かされた気がした。


「もしかして……僕達がこの世界に来たのって、邪神と戦うため?」

「いや……ないだろ……とは言えないのかもな。だが、そうだとしたら……大変なことだぞ」


 邪神の復活。

 確かにそんなことが起きようものなら、神がいない今、この世界に破滅がもたらされることになる。

 それを止めろ、というのはハードルが高すぎる気がした。


「私達の使命を……軽く考え過ぎていたかも」


 リズが不安そうな顔をする。確かにユウも転生当初にエリーから伝承を聞いた時、ここまで大きな話になるとは思っていなかった。

 まだ邪神が復活すると決まったわけではないが、決して無関係とは思えなかった。


 ユウも伝承を聞いたあの頃はまだ、リズとエリーとしか繋がりがなかった。

 しかし、今や大勢の人と繋がってしまった。向こうの世界では得られなかった絆だ。

 この絆を、失うわけにはいかない。


「いずれにしろ、負けられない戦いってことだね」


 使命の詳細は未だにわからない。

 しかし、ユウがこの世界に転生させてもらった代償がこの世界を救うことなのだとしても、リズと共に生きるためには成し遂げなければならないただの通り道だ。逃げ出すわけにはいかなかった。

 そんなユウ達を見て表情を硬くするネロをシャルは見逃さない。


「ほら、まだその心配はないのだから、今は竜族の里を楽しんだら? 調べたいこと、聞きたいこと、沢山あるんでしょ? 今後に繋がることもあるかもしれないし、今出来ることをやりましょうよ」


 そしてネロ達を迎えた竜族の里に、再び宴の夜が訪れる。




 ◇◇◇




「さっきはどうしたのよ、硬い顔しちゃって」


 酒を持ち、地上を見渡せる枝の端で一人物思いに耽っているネロの元を訪れたのはもちろんシャルだ。

 使命を受け入れ、決意を新たにするユウ達を見て表情を硬くした時のことをネロに言及しているのだ。


「……あの若さで、背負うものが大きすぎなんじゃないかってな」

「そうね。でも、神の子として生まれた以上、避けられない運命なのかもしれないわ」

「あいつらは、神の子として生まれたかったんだろうか」

「そんなこと言ったら、みんな同じよ。みんな、自分達が生まれてくる環境は選べないわ」

「そうだが……自分の未来は選択できる。あいつらは『自分達の使命』ということに縛られて、選択の余地がないんじゃないか?」

「そうかしら? 前にあの子達が言ってたわ。この世界に来たのは自分達の意志だって。特にユウはリズに会うために、リズを幸せにするためにこの世界に来たって。リズもユウとこの世界で幸せに生きることが夢って言ってたわ。あの子達にとって、この世界の闇と言われているものはただの通過点なのよ。あの子達は、あの子達が目指す未来を、ちゃんと選んでいるわ」

「その未来への壁が……高すぎる気がするんだよ」

「じゃあどうしたいの?」

「あいつらが目指す道の障害を、少しでも軽くしてやりたい」


 ネロのその想いはもちろん、シャルも同じだった。


「あの子達と共に行くの?」

「……いや、俺は俺の道を往く。俺にしか出来ないやり方で、あいつらを助けてやりたい」

「うん。それで?」

「俺の道は、お前の道にはならないかもしれないが……」

「が?」

「離れたくないなら、ついて来い」

「あら強気ね。でも、ほら、もう一声っ」


 男らしさと思っているのか、強気にシャルを引っ張ろうとするネロの真意を逆に引き出すように、ネロの言葉の1つ1つをしっかりと受け止めると、シャルはからかうように二の句を促した。


「……離れたくないから、ついて来い」

「よろしい。あなたの道は、私の道よ。あなたはただ、あなたのやりたいように進めばいいわ。何も心配しなくても私はちゃんと、あなたの傍にいるから」


 シャルの手のひらで転がされている感じは、昔から変わらない。

 しかし、それがネロには心地よかった。

 自分の肩に寄りかかりながら甘えてくるシャルが自分の最大の理解者で、最愛の人だ。


「お前と出会えたことが、俺の最高の幸せだよ」

「どうしたの? 酔ってる?」

「あぁ。お前にな」

「ちょっと、本当に大丈夫? 神竜様の魔力にやられちゃった?」

「ひどいな。もう我慢しなくていいんだろ? 思った時に、言っとこうと思っただけだよ」

「私に酔ってるなんて気障な安っぽい台詞は、あなたに似合わないわよ。それに、私の方がずーっと、あなたに酔いっぱなしなんだから、その台詞は私のもの」


 澄み渡る夜空の遠くに、ちらほらと見える地上の灯りを見下ろしながら2人は口付けを交わす。


「あー! いた! またイチャついてる!」


 そんな二人をルカの声が邪魔をする。

 二人が振り返るとユウとリズに口を押さえられ、エリーに叩かれているルカの姿がそこにはあった。


「すみません、邪魔するつもりは――」

「大丈夫だよ、別に減るもんじゃなし、シャルとはいつでもイチャつけるしな」


 そう言って立ち上がると、ネロは堂々とユウ達の前でシャルの腰に手を回して抱き寄せた。


「ちょっと! ネロ! あなたやっぱり酔ってるでしょ!」

「最愛の女を愛したい時に愛す。何も恥ずかしいことじゃないだろ?」

「時と場所は考えなさいっ!」


 拒み口調ではあるもののシャルも身体をネロから離そうとしない。

 その堂々さは、ユウ達にも少し羨ましく見えた。


「オッチャンのその考え、オイラは大賛成だよ! だからオイラもエリーへのアタックをやめない!」

「はぁ……面倒くさい」


 溜息をついてジト目をするエリーにお構い無しにまとわりつくルカ。

 うわべでは拒むシャルを問答無用で抱き寄せるネロ。

 どちらも見ていてある意味清々しい。


「ユウも、もう少し積極的になっていいんだからね?」

「え?! いや――」

「むしろなってほしいな」

「――はい」


 有無を言わさぬリズの雰囲気に、ユウもイエスとしか言えなかった。

 人前で愛を謳うのは恥ずかしい。

 しかし、ネロの言う通り、最愛の人を愛することを表現することは、何も恥ずかしいことはないはずだ。

 慣れない恥ずかしさはあるものの、想いが伝わらなくなる方がよっぽど辛い。

 ユウは二人の姿勢を見習おうと思うのだった。


「シャルさん! 今日こそ聞かせてもらいますからね! ネロさんも、今日はシャルさん借りますからご容赦をっ」


 意気揚々とネロからシャルを引き剥がすと、リズはエリーと共に宴へと戻っていく。

 残された男三人は互いに顔を見合わせると、笑みを浮かべながら彼女達の背を追ってゆっくりと歩き出すのだった。






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