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72.竜族の里~着想の視点~




 竜族の里についてから約2週間。

 ユウが過ごす場所は大抵決まっていた。


 竜族の里の外観は、エルフの里と言う方がわかりやすかった。

 エルフは森の中の木々を活用して住処を作るイメージだが、竜族の里はまさにそれであり、アドアステラの大樹の枝や幹の側面、樹洞などを活用して里を作っていた。

 ただ、その大樹があまりにも大きいため、樹上の里という気がしない。

 里はアドアステラの大樹の天辺てっぺん付近で球状にその範囲を広げている。端から端に行こうものなら、ぐるりと幹を周りながら上下方向の縦移動も発生する。相当の時間と負荷がかかるのだった。


 その里の中心に位置する開けた場所には、かつてエリーに聞いた通りの存在が座していた。

 時間の許す限りユウが過ごしていた場所、それは神竜の遺骸が祀られている場所だった。

 この辺り一帯の魔力の濃さは、この神竜の遺骸が発生源だったのだ。死してなお、絶えず溢れ出る膨大な魔力に、神竜の神竜たる所以を身を以て知った。

 エリーとルカの魔力が強いのも頷ける。生まれた時からこれだけの魔力に接していれば強くならないわけがなかった。


 里の入り口――境界についた時にはユウもリズも足を踏み入れることすらままならなかった。

 里の魔力が強すぎて、先に進めなかったのだ。

 そのためユウとリズはその境界で丸1日を過ごすこととなった。

 もちろん、歓迎すべき神の子という存在をそんなところに放っておくなど竜族がするわけもなく、彼らはユウとリズのために、必要な食糧や身体を温めるための酒や毛布を揃えてくれた。


 肌身に感じる寒さはイザベラの外套のおかげもあって最初は耐えられていたが、長時間冷気に晒されていれば身体も芯から冷えてくる。酒のように身体を中から温めてくれるものや温かい食べ物を用意してもらえたのはありがたかった。

 木の上でありながら、この里は火も平気で扱う。竜族によれば、この木の上で燃えるものは、その生命を全うした枝葉か燃やすために故意に生命を奪った枝葉だけとのことで幹や新芽が燃えることはないのだという。

 さすがは竜族が神樹と呼ぶ木だった。


 そして漸く里の中に入ったはいいものの、里の中心の神竜の遺骸に辿り着くまでまた3日。進んでは休み、進んでは休みの繰り返し。

 魔力に遮られることがなければ1日で行ける距離を、4日もかかってしまっていた。


 何か困った時に相談できるようにと竜族が毎日交替で護衛についてくれたこともあって、ルカとエリーにはその間に家族との団欒を楽しんでおくように言ってあった。「自分達の使命はどんな時も共にいて導くことだ」と申し出る2人に半ば強制的に命令をして、やっとのことで従ってもらったが、2人とも必ず毎日ユウとリズに会いに来るのだった。

 神の子でありながら無様な姿を見せてしまって律儀な2人には申し訳ない気持ちで一杯だった。


 やっとのことで里の中心に辿り着いた時、「それでも神の子か」と他の竜族に言われることも覚悟したが、誰一人そんなことを言う者はいなかった。それよりも「歓迎」そのものであり、里は大いに盛り上がった。


 中でも親しげに声を掛けてきてくれたのは、エリーとルカの両親だ。

 エリーもルカも、2人とも100歳は超えているものの、親からしたらやはり里の外でちゃんとやっていけているのか気になるのだ。それは親心として当たり前のことなのだろうと思う。


 歓迎の宴が終わり、ユウ達はネロ達が到着するまで、しばし自由時間となった。その自由時間を、ユウは当初の予定通り神竜の傍で瞑想に費やした。自身の魔力を強化するために。

 神竜の傍で過ごす日々が1週間経過し、里に着いてから約2週間した頃だった。


「ユーウー!」


 リズの呼び声に目を開けると、リズとエリーの母親のエメロアがユウの元へと向かってきていた。


「リズ? エメロアさんも?」

「ネロさん達、来たってさ。エリーとルカは出迎え役を買って出てくれたわ」

「修行の成果はいかがですか、ユウ様?」

「んー……あまり実感ないですね。神竜様の傍に一日中居ても疲れを感じなくなったので変化はあるのでしょうが……強くなってる実感は湧きません」

「ここではわからないでしょうね。地上に戻られてたら、間違いなく実感されるはずですよ」

「だといいんですが――」


 大樹に足を踏み入れた際に最初に出会ったエメロアは気の強そうな女性だった。いや、今も気の強そうな女性であることは間違いないのだが、その物腰は柔らかい。

 見た目も流石はエリーの母親と言うこともあって美しく、この方が400歳に迫る年齢と言われてもきっと誰も信じないだろう。


「不安なら、何か実現リアライズ使ってみて威力の確認してみたら?」

 その美しい竜族の隣を歩く美しい人族リズがやはり当然のことを口にする。

「そうだよね、僕もそう思ったんだけどさ、この大樹に傷をつけたり壊したりすることになっても嫌だからさ」

「んー確かに……」

「リズの方はどうなの? 剣の修行は?」


 リズはリズでネロ達を待っている間、剣の修行をしていた。やはりリズも、自らの強さに思うところがあるようだった。


「流石は竜族の里で有名な双剣のラルクスって感じよ……」

「何をおっしゃる。我々もだいぶ必死ですよ。日に日に強くお成りで、我々も焦っているのです」


 そう言って笑うのは、リズ達の後ろから姿を現わすエリーの父親ラクスだった。

 双剣のラルクスとは、エリーの父親ラクスと、ルカの父親ルクスの2人の呼び名だ。

 2人のコンビネーションのよさから、双剣のラルクスと一括りになった呼び名となっているらしい。

 つまり、リズの剣の修行はリズ1人に対し、2人がかりということだ。その2人のうちの1人、ラクスがリズを賞賛するが――


「ぜーったい本気じゃないですよね?」

 リズは納得がいってないようで駄々をこねる子供のように頬を膨らませていた。

「むむっ。何故そう思われるのです?」

「だって、2人とも全然汗かかないんですもん」


 ラクスはリズのその言及に、汗を拭うかのように額を手でさする。

 汗などかいていないのに。


「ラクス、下手なお世辞はリズ様に失礼よ?」

「失礼しました。逆にご不快にさせてしまったとは申し訳ない」

「大丈夫です。私を傷つけないための優しさだってわかってますから。でも、次からはちゃんと修行の合間に助言をお願いしますね」

「承知しました。ルクスにもその旨を伝えておきます」


 この執事や侍従のような振る舞いは、ラクスやエメロアだけではない。この里の竜族みんながこうなのだ。

 違和感を覚えずにはいられなかったが、ユウ達が言っても聞いてくれないために好きにしてもらっている。

 王族貴族にでもなったかのような気分だったが、堅苦しくて少し息がつまるのが本音というところだ。


「ほら、ユウ。早くいきましょ?」


 そんな堅苦しい空気の中でも、いつも笑顔で自分を迎えてくれるリズを見て、ユウは思うのだ。

 王族貴族に興味はないけど、リズとなら家族になりたいな、と。


「あ……そのにやけ顔……何かいやらしいこと考えてる?」

「えっ! 違うって! リズは今日も可愛いなって思ってただけ!」

「何それっ……ふふっ、でもありがと。ユウに言われるのがやっぱり一番嬉しいかも」


 リズがユウの手を引っ張りながら微笑む。

 そして里の境界へと向かおうとする2人を見て、エメロアが不思議そうにユウ達に声を掛ける。


「あの、ユウ様。何故、実現リアライズで転移しないのですか?」

「え?」

「お急ぎなら、それが最も早いかと思うのですが……」


 エメロアが言っているのは恐らく瞬間移動的なテレポートのことだろう。距離を超越するそんな能力が使えるのなら、誰しも使いたい能力だ。ユウも使えることなら使いたいと思う。

 しかし目の前のエメロアは言っているのだ。実現リアライズなら、それが可能だと。


「イメージがよく湧かないんですが、出来るんですか? 実現リアライズで」

実現リアライズは神の能力スキルです。命を生み出そうとしてできなかったとはエリーからは聞きましたが、それ以外は基本的に可能なはずですよ? やってみましょうか」

「やるって――?」

「転移の実現リアライズです。ユウ様はイメージが湧かないとおっしゃったので、お手伝いができればと」


 転移の実現リアライズなど、出来るなら是非ともご教授願いたいところだ。

 リズも目を輝かせて黙って様子を見守っている。


「お、お願いします」

「ではユウ様。ユウ様は空間を隔てているものは何とお考えですか?」

「壁……ですよね?」

「ではユウ様の生活の中で、壁の向こう側に行くためにはどうしますか?」

「扉があれば開ける、なければ壁を乗り越えたり、壁を壊す、ですかね」

「はい、完成です」

「え?」

「目の前に扉をイメージして、その扉の向こう側に、行きたい場所を思い描いてください」

「え? え?」

「実践です。試しに今、お仲間がご到着されているはずの里の境界をイメージしてやってみてください」


 自信満々の笑みをたたえているエメロア。話の展開についていけていなかったユウだが、エメロアに後押しされて、物は試しとエメロアの説明通りに挑んでみる。

 何もない空間に手を翳し、扉を開けた先に里の境界、自分達が足止めを喰らった場所をイメージする。

 そして――


繋がる扉リンクドア


 エメロアのその何気ない一言から始まった実現リアライズ指導は、ユウ達の冒険者生活をがらりと一変させる言葉となった。




 ◇◇◇




「お、エリーにルカじゃないか。迎えに来てくれたのか?」

「うん」

「オッチャン達だけだと迷うかもしれないしね!」


 ネロとシャルが大樹の上に降り立って間もなく、エリーとルカが顔を出した。もしかしたら、ずっとこの辺りで待っていたのかもしれない。


「ユウ達はどう? この魔力の濃さ、倒れなかった?」

「結構大変だった。今はもう平気」

「ユウ兄達、里の中心に行くまで4日かかったんだよ」

「それだけ、こっから先は魔力が濃いってことだな。抵抗魔法レジスト使ったところで一時しのぎにしかならないから使わないが、平気か?」

「問題ないわ。長期滞在するならどの道乗り越えないといけないし」

「長期滞在……していいのか?」


 ギルド副代表のネロは、基本的に本部を長期で外すことは許されていない。今回の遺跡調査もネロの知識が必要だったために許されただけだ。

 その遺跡調査が終わった今、ネロは本来ならギフティアに戻らなければならない。しかし、戻るなら竜族の里を見てから、ということで本部への報告を遅らせていたのだ。

 しかし、シャルは長期滞在の前提で話を進めている。

 ネロはまさかの展開に、胸が躍り出すのだった。


「この間地上に戻った時に、フォイ代表とロダンに使者を出しておいたわ。こんな状況だからもしかしたら数ヶ月、戻らないかもって」

「シャル……お前ってやつぁ――!!」


 シャルの配慮に、ネロが熱い抱擁をする。

 例の一件以来、こうしたスキンシップを心から嬉しく思えるようになったシャルは幸せの真っ只中だ。

 ネロのために世話を焼きたいと思う気持ちは今までと大して変わらないが、それによるネロの感謝や喜びを抵抗なく受け入れられるようになったのは、心の整理がついたが故だった。


 フォイというのは現在の冒険者ギルドの代表だ。基本的にはギルドの仕事はネロにお任せであり、他ギルドと情報交換や渉外しかしていない。ただ飲み歩いているだけという噂もあり、それを渉外と言えるのかは定かではない。

 ロダンというのはギルドでネロに次ぐポジションにいる男の内の1人だ。ネロに憧れており、ネロのためなら粉骨砕身の精神で献身するという何とも健気で可哀想な男だ。


「でも、戻った時に副代表の席がそのままあるかどうかは知らないわよ?」

「副代表の席にただ座ってるだけじゃあ神話の研究は進まないさ。現地調査は必須だよ。それでクビになるようなら本望さ。その時はお前も一緒にいてくれるんだろ?」

「そりゃあ私が身を捧げたのはギルドじゃなくてあなたなんだから言うまでもないでしょ?」


 そんな2人のやり取りをエリーがじっと見つめていた。

 目が合うとシャルはエリーの頭を優しく撫でる。


「あとで話すから」

「わかってるけど、詳しく知りたい」

「はいはい、わかったわ」

「いいなぁ〜! ユウ兄達に続いてオッチャン達もラブラブとか! オイラにもこんな日は来るのかな?! ね! エリー?」

「来ないんじゃないかな」


 いつも通りエリーの即答に撃沈するルカ。

 学習しないのか、諦めが悪いのか、いずれにしろこの積極さはある意味尊敬に値する。

 約2週間ぶりの再会に和んだ空気の中、4人が里の境界に向けて歩き始めると、目の前に淡い光に包まれた扉がゆっくりと現れた。


 突如現れた扉に警戒する4人。

 しかし、扉が開き、そこに見知った顔を見ると警戒に包まれた表情は笑顔に変わる。


「待たせたな。すごい便利な実現リアライズを覚えたもんだな」


 扉の向こうにはユウとリズ、ラクスとエメロアが立っていた。







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