71.竜族の里~親子の再会~
ネロの傷を癒した後、ユウ達は事の顛末を教えてもらった。
ユウが完全回復をかけたあの女性が、ネロとシャルの大切な仲間だったこと。
ネロとシャルが抱え続けていた痛み、そして、その大切な仲間の真の死。
2人の胸中を想うと、ユウ達は居たたまれなくなった。
しかし、そんなユウ達に2人は明るく言うのだ。
「レイチェルは俺達と共にいるから大丈夫だよ」
「心配かけてごめんなさいね」
それは決して空元気というわけではなさそうで、晴れやかなその様子にユウ達も聞きたかったことを聞くことにした。
「2人が……蒼白い光に包まれてくっついてた理由も聞いていいです?」
「見てたの?!」
「いや、シャル、そりゃ周りに何もなかったんだから見えるって」
「あぁ……何てこと……」
シャルは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆っている。
大人の女性にしては初な反応にリズもにやけ顔が止まらないようだった。
「シャルさん、それは今度女子だけの時でいいですよっ」
「じゃあネロさん、僕らも男だけの時に教えてください」
「俺は別に今でもいいんだが――」
「ネロ!」
「どうやらダメらしい、また今度な」
シャルに窘められてユウとルカの頭に手を置くネロの顔は、今までになく和やかで、晴れやかだった。
「でも、これだけは言わせてください。おめでとうございます」
ユウの言葉に、リズも、エリーも、ルカまでも続いた。
ネロもシャルも顔を見合わせ、優しく微笑む。
「「ありがとう」」
詳細はともかく、2人からは幸せなオーラがバンバン出ている。
天翔ける竜もそのオーラを感じられない程、鈍感ではなかった。
「さぁ、じゃあ今後のことだが。一旦、報告に戻ろうかと思う。この天空都市には、もう俺達以外の生物がいない。であれば、あとは調査隊に任せようと思う。それで、俺らは竜族の里を目指そうと思うが……」
ネロの提案に、ユウは少し表情を曇らせる。
「ユウ、何か言いたそうだな? いいぞ、気にせず言ってみろ」
「先に……行っててもいいですか?」
目の前に強くなるための環境がある。
そう思うと、ユウは報告に戻る時間さえも惜しかった。
ユウのその想いを知ってか知らずか、ネロは少し思案するとエリーとルカに話しかける。
「里に行くまで、危なかったりするか?」
「危ないことは、神樹から足を踏み外して落ちるくらい」
「神樹には動物はいるけど、魔物はいないよ。神竜の魔力のおかげで近寄ってこないんだ。魔物は、自分より大きな魔力に敏感だからね」
2人の発言を聞き、ネロは頷く。
「わかった。先に行っていいぞ。但し、エリーとルカがいるからって、安心して油断するなよ?」
「はい! ありがとうございます!」
「じゃあ少しの間だけど、気をつけてね? リズ、ユウの面倒ちゃんと見てあげるのよ?」
「そこだけは任せてください。そこは誰にも譲れませんからっ」
シャルに笑顔で胸を張るリズ。
そう言ってくれるのは嬉しくもあるのだが、まるで子供扱いされているようで、少しだけ納得いかないユウ。
そして一時の別れのやり取りも程々に、エリーから転移装置の鍵となる魔杖を預かると、ネロ達は来た道を戻り始めたのだった。
◇◇◇
「よっ……と!」
石柵から大樹へと飛び乗り、リズへと手を伸ばす。
ユウの手を取るリズの手は震えていた。
「リズ? あ、高いところ苦手だったね、ごめん」
「これだけ幅の広い足場だから、大丈夫なのはわかってるんだけどね。わかってるんだけど……柵がないとやっぱり怖くて」
ユウは石柵の中へ戻るとリズを抱きかかえる。
所謂お姫様抱っこだ。
「ユ、ユウ?!」
「僕とくっついてれば万が一落ちたとしても重力操作があるから安心でしょ?」
「う、うん。ありがとう……重く……ない? 辛かったら私、頑張るから下ろしていいよ?」
「重くないと言えば嘘だけど、リズの全てを受け止めてるこの感じを、辛いなんて思うわけないじゃん」
「ユウの面倒は私が見るって言ったばかりなのにごめんね」
「そこはお互い様でいいじゃない?」
「ありがと」
甘い空気が漂い始め、ルカもそれに触発される。
「エリー! 怖かったらオイラの――」
「はいはい、行くよ」
「……」
撃沈だった。
しかしまぁそれも当然だ。エリーもルカもこの大樹から地上へと降りて来たのだから、高いところが怖いわけがないのだ。
「ルカ、落ち込んでないで行こ? エリーは恥ずかしがってるだけで、ルカを嫌いなわけじゃないんだから」
そう声を掛けると、ルカが息を吹き返し始める。
「ユウ、変なこと言わないで」
「いや、でも、嫌いじゃないでしょ?」
「嫌い……じゃないけど」
「ヨォッシャァァァ!!」
「静かにして」
「ハイ」
この2人の距離が縮まるのは、まだまだ先のようだった。
リズを抱えながら、大樹へと飛び乗ると、大樹の枝はしっかりとしたものだった。身体をその場で揺らそうとも、その枝は全く揺れることはない。
街の大通り程の幅があれば、それも当然かもしれなかった。
少し進めば枝がかなり密集していることからも、リズの不安は解消されそうだ。
冷たい空気を感じ、後ろを振り返ると、天空都市の結界の外に出たようで天空都市は見えなくなっていた。大樹の枝で繋がっていても、結界の境界は変わらないらしい。
「里はどのあたりなの?」
先を歩くエリーとルカに尋ねると、2人は枝の端に向かって歩き始める。
「ここから下見れば見えるよ?」
「100メートルくらい降りれば着く」
「リズ、見てみる?」
ダメ元で声を掛けてはみたものの、やはりリズは首をブンブンと横に振る。
重力操作で降りればきっとあっという間なのだろう。しかし、4人で試したことはない。危険を冒すくらいなら、ゆっくりと進む方が確実だった。
その時、密集している枝の方――大樹の幹の方から何かが飛び出してきた。
「貴様ら人族か?! 何故こんなところにいる!!」
飛び出してきたのは、頭に角を持ち、濃いピンク色の、赤に近い髪色をした竜族の女性だった。
ルカやエリーのように少年少女の姿ではなく、しっかりとした大人の風貌だ。
その女性はユウとリズを真っ直ぐに見据えている。
そして女性を追いかけるようにもう一人、赤い髪の竜族、今度は男性が出てきた。
「急に現れたな……邪神の使いか?」
その2人の竜族からは、エリーとルカが魔力解放した時のようなプレッシャーを感じる。しかし、エリーとルカ程ではなかった。
「安心して。神の使いなのは間違いないけど、邪神の方じゃないわ。神の子よ。お父さん、お母さん」
枝の端にいたエリーが、ユウの傍に戻りながらその2人へと声を掛ける。
驚いたことに2人はエリーの両親だった。エリーの淡いピンク色の髪は、両親譲りだったのだ。
エリーの存在にその声で気づいたのか、2人は驚愕の表情だった。
「「エ……エリー?」」
「うん、ただいま」
「「エリー!!」」
2人のプレッシャーは瞬時に消え去り、2人はエリーに駆け寄り抱き締める。2人に揉みくちゃにされながらも、エリーは嬉しそうだった。
「ルカもいるよ」
「おぉ!! ルカ! おかえり!!」
「ただいま。おじさん、おばさん」
「大変! ルクス達にも早く伝えてあげなきゃ!! あなた、私、先に戻るわ!」
そう言うと、エリーの母親は枝から飛び降りて行った。
エリーの父親はエリーに頬ずりをしながら、ユウ達へ声を掛ける。
「里へ案内します、神の子よ。歓迎致します」
「よ、よろしくお願いします」
目まぐるしい展開に、そう返事をするのが精一杯のユウとリズだった。