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69.天空都市~黒魔剣士と輝精霊士の戦いⅠ~


「久しぶりだな……レイチェル」


 玉座に座る懐かしの友にネロは話しかける。二度とまみえることなど出来ないかもしれないと諦めかけていたその仲間の姿に、2人の胸は哀愁で満たされる。


 目の前の人物が、以前と変わらぬ彼女であるならば、2人の胸は痛みなどしない。

 しかし、わかっているのだ。あの状況、あの魔法を使って、まともに生き延びられているはずがないと。


 レイチェルと呼び掛けられた者は、案の定、一向に表情を変えることはない。

 その様子に、シャルがリーンを喚び出す詠唱を始めた。

 間も無くして砦内が神々しい輝きに満たされ、光の一角獣がその姿を露わにする。


『我を討ち取るのか?』


 その声はあの時と同じものだった。

 忘れもしない、レイチェルを奪ったあの地竜の声だ。いや、地竜の声というのは適切ではない。憎き敵であることには違いない。しかし、それは地竜ではなかった。


 あの時以降、ネロとシャルは必死にレイチェルを奪ったものの正体を探った。

 それが胸の痛みを少しでも癒やすことに繋がると信じて。


 あの直後、捜索隊を雇いアイビスの大空洞に再び潜ったが得られたものは崩落した空洞の壁に埋め込まれていた魔石のみで赤い魔石も、地竜の姿もレイチェルの姿もなかったのだ。

 少しでも情報を得るため、藁にもすがる思いで魔導書を読み漁った。

 探索済みと言われていた魔法都市の遺跡にも積極的に臨み、隅々まで情報を求めた。


 そして得られた情報は、あの地竜は恐らく魔法都市の魔法生物に寄生されていたということ。

 古代魔法文明では、魔術師ソーサラーが自らの魔法を強化すべく作った魔法生物が存在していた。魔法生物を自らに寄生させ、魔法生物が蓄える魔力を自らの魔力とすることが目的だった。しかし、何がどう間違ったのかは定かではないが、その魔法生物創造は失敗に終わったのであろうことが想像つく。


 意志を持った魔石の形をした魔法生物。

 それが全ての元凶だった。


 あの時、レイチェルが古代竜だと思った地竜は古代竜ではなく、ただの地竜が魔法生物によって古代竜かのように演じられていたというだけだったことが想定される。

 地竜に近付いたレイチェルはそのことに気づき、もはや後戻りが出来ない間合いであることを悟った。古代竜でなく操られる地竜ということならば、不穏な動きをすれば完全に地竜の間合いの中にいたレイチェルは殺されるだけだ。


 その結果、ネロ達を転移させることだけを優先させた。

 そしてレイチェルはあの地竜と共に、アイビスの大空洞で果てることを選んだ。


 そのはずだった。

 しかし、では今、ネロ達の目の前にいるレイチェルの姿をしたものは何だと言うのだろうか。


 あの時に魔法生物を仕留められなかったというのであれば、今目の前のレイチェルは、地竜に寄生していた魔法生物に寄生されているということになる。しかし、レイチェルの魔法が炸裂しておきながら、その身体が無傷というのが腑に落ちなかった。


「お前を討ち取りに来たわけじゃない。……レイチェルを返してもらいに来た」

『お前達……この娘の仲間か?』

「仲間だ……家族だ。お前は覚えてないかもしれんが、俺らはそいつと一緒にいたんだよ。だからそいつは、返してもらおう」


 魔法生物の言葉に、2人の神経が逆撫でされる。この魔法生物は、自分達がレイチェルと共にあの場にいたことすら覚えていないのだ。レイチェルを奪われたあの一瞬は、魔法生物にとって瑣末なものでしかないということだった。


『そうだったか……そうだった気もする。それにしても……人は仲間だ家族だとこだわるが、それが何だという。ただの魂の器でしかなかろう。この器はとうに我のものだ。お前達の仲間だという娘はもういない。故にこの身体を返す必要もない』

「何故、レイチェルの身体が必要なんだ?」

『そもそもは、こやつが転移魔法を使えたからだ。こやつの転移魔法と我の記憶があれば、この場所へと回帰できる。それが、我の悲願だった』

「帰ってきたのなら、もう不要だろう?」

『我は宿主がおらねば生きていけぬ。そう造られておる。忌々しい人族共が、そう造ったのだ。そしてこの都市にはもう宿主となるものはいない。加えてこの魔術師ソーサラーの肉体以上に我によく馴染むものはなさそうだ。さぞ優秀な魔術師ソーサラーだったのだろうな。故に返すつもりはない』

「……それなら、奪い返すまでだ」

『理解できんな。我が死ねばこやつの身体は魔力も枯れ果て粉塵と化すだけよ。お前達の家族というのなら、この姿を維持できているだけ幸せと思え』


 聞きたくなかった言葉が2人の耳に届く。やはり、すでにレイチェルはレイチェルであってレイチェルでないのだ。僅かに抱いた希望が、音を立てて崩れ落ちる。しかし、だからと言って放っておくわけがない。


「そうだとしても、そいつの身体を好き勝手させるわけにはいかないんだよ」


『ふん……ならば、去ね』


 レイチェルの姿を纏う魔法生物が立ち上がる。杖を握るその手の甲には、確かに赤く光る魔石が見えた。


「あの魔石を壊すことに、全力を尽くすってことでいいわよね?」

「あぁ。ただ、無理はするな……絶対に……絶対に死ぬなよ」

「あなたこそ。先に逝ったら殺すわよ」

「先に逝ったら死んでるがな」

「うるさい」


 軽口を叩き合うと、ネロが黒剣を抜き、シャルは携える鞭とナイフのうち、鞭を手に取った。

 同時に、リーンの周囲に光の槍が現れる。


 シャルはリーンと言葉を交わさずに意思を疎通できる。リーンとの意思疎通は、すでに済んでいる。そしてネロの左腕は、闇魔法によって覆われていた。

 レイチェル解放の準備は整った。


 そして魔法生物が、手を2人に向かって翳す。

 刹那、迅雷が駆け抜ける。


(無詠唱かよ!!)


 通常、初級魔法であっても、魔法は詠唱が必要だ。無詠唱で魔法を使うには、相当な修練が必要になる。そしてあの時のレイチェルであっても、無詠唱魔法は使えていなかった。魔法生物の能力の高さが影響していると思われた。


 閃く迅雷をネロが左腕で受け止めると、魔法生物へ向かって駆け出した。闇を纏ったネロの左腕は、魔法を無効化する対魔法の盾だった。

 そして駆けるネロの頭上をリーンの光の槍が飛んでいく。

 魔法生物はふわりと身体を浮遊させるとそれらをひらりひらりと躱していき、お返しと言わんばかりに氷の槍がリーンとシャルへと向かっていく。リーンも再び光の槍を出現させると、全ての氷を撃ち落とす。

 砕け散る氷の雨を掻い潜ってシャルも間合いを詰めていく。

 先に間合いを縮めたネロの一閃は、浮遊した魔法生物にいとも容易く躱された。

 すると、シャルの鞭が魔法生物の足を捕らえる。


『くっ……邪魔だ』

「きゃっ!」


 シャルに向かって豪風が吹く。

 その威力にシャルは壁へと叩きつけられる――かに見えたがすんでのところでリーンの横腹がシャルを受け止めた。そこに氷の槍が追い撃ちをかけてくる。

 しかしそれもまた、リーンによって砕かれた。


「シャル!!」

「大丈夫よ!」

『案ずるな。我の傍にいる限り、愛しき盟友ロッテに傷はつけさせぬ』

「心強い限りだよリーン!」


 ネロが黒剣を宙空の魔法生物に向かって薙ぐと、空を切る剣の軌跡は黒い弧を描いて魔法生物へと滑空した。

 魔法生物は杖でそれを弾くと、今度は火球をネロへと放つ。

 ネロの全身は、その巨大な火球に包まれた。


「ネロ!」


 シャルの叫び、しかしそれは杞憂に終わる。

 火球の炎は即座に消えた。いや、吸い込まれた。

 ネロの左腕の闇の盾は範囲を広げ、ネロの全身を守り、巨大な火球を無効化したのだ。


闇魔剣士ダークナイトめ……煩わしい』

黒魔剣士ブラックナイトだ、覚えとけ」


 全身を守るほどの盾は魔力消費が激しく、かなりの集中を必要とするため、本当のところはそう易々と使えるものではなかったが、それを魔法生物に言ってやる必要もない。むしろ警戒させるためにも『いつでも使えるぞ』と余裕ぶってハッタリをかます方が得策だった。


 その合間にリーンに跨ったシャルが光球を喚び出す。それもまた光の精霊だ。シャルはそれらを砦の天井へ放つ。

 衝撃と共に弾けたそれらは、天井を穿ち、崩れ落ちる瓦礫とリーンの光の槍が魔法生物を襲う。


『無駄だ』


 再び豪風を巻き起こし瓦礫を吹き飛ばすと同時に光の槍は氷の槍で相殺される。

 魔法生物の注意がシャル達に向いた隙に、ネロは宙空に浮くそれを捕らえるべく叫んだ。


漆黒の誘いダークアブソープション!!」


 魔法生物へ翳した左手が、それを引き寄せる。

 突如として自らを包む強大な引力に魔法生物も耐えられず、ネロは魔法生物を地面へと叩きつけた。


(すまない、レイチェル)


 そしてその右手の甲に狙いを定め、黒剣を振るう。しかし――


「がはっ」

「ネロ!!!!」


 シャルの悲痛の叫びが聞こえる。

 ネロは自分に何が起きたのかわからなかった。

 自分の口から、血が溢れてくる。

 腹からは黒い剣のようなものが飛び出していた。

 しかし、これは自らの黒剣ではない。黒剣は、自らの手に確かに握られていた。


 レイチェルが使える魔法は、水(氷)、火、風、雷、無の五属性のはずだ。

 こんな魔法は見たことない。


『宿主の能力しか使えないとは、言ってないぞ』


 ネロの懐疑の思いを見透かしたように、魔法生物は勝ち誇った顔をする。

 ネロの体は背後から闇の刃によって貫かれていた。それはネロも知っている闇魔法だった。


(くそ……思い込みでその可能性を見落とすとは……俺もまだまだだな)


『そのままではお前達に不可欠な血とやらが足らなくなるだろう。我に挑んだ罪を噛み締めながら絶望を迎えよ、愚かな人族よ』

「……もう勝った気かよ!」

『っ!!』


 腹から込み上げる血反吐を吐きながら、苦痛の中でネロは黒剣を振り抜く。

 レイチェルをここで解放したかった。レイチェルを縛る鎖を、ここで断ち切りたかった。

 自分の身体を弄ばれるレイチェルの苦しみに比べれば、今の自分の苦痛を堪えることなど、ネロにとっては造作もないことだった。


 ネロの剣撃は魔法生物の、レイチェルの右手首を確かに斬り飛ばしていた。

 宙空のリーンから飛び降りたシャルがネロの元へと駆け寄る。


「傷は?!」

「まだだ! まだ終わってない!! あの魔石を砕け!」


 片膝をつき(うずくま)るネロの警鐘に、シャルは魔法生物へ向き直る。そこには切り離された手首を拾い上げ、驚嘆の表情を浮かべている魔法生物がいた。


『……詫びよう。お前達を甘く見ていた。人族でありながら死と痛みを恐れず立ち向かってくるお前達のこの娘への想いに敬意を表し、お前達の知るこの娘の声で、終わらせてやろう』


 そして魔法生物は唱えた。

 宣言通り、レイチェルの声で。



終末の天地爆砕メギドノヴァ






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