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67.天空都市~レイチェル・マルグリッドⅠ~

 


 彼女はいつだって、優しく見守ってくれていた。


「だーかーらっ! 違うって言ってるでしょー! りきんだからと言って魔法が使えるわけじゃないの!」

「んなこと言われてもわかんねぇって」

「もう諦めた方がネロのためなんじゃない?」


 まだ若手冒険者と言われていた頃、ふとネロが魔法を使いたいと言ったその言葉に目を輝かせた彼女は、それから毎日、魔法の使い方を教えている。

 しかし、ネロは魔法を使えないと思って幼い頃からひたすら剣の道に生きてきた。師匠が優秀だからと言って、そう簡単に魔法が使えるようにはならない。


 苦戦しているネロをシャルはいつも呆れたように傍で冷やかしていた。

 ネロはそれが悔しくて、シャルを見返したいこともあって、何とか心挫けず頑張っていた。しかし心挫けずに頑張れたのはそれだけが理由ではなかった。


「ネロ! 辛い? やめたい?」

「……辛いが、やめたいとは思わない」

「うん! なら、私も諦めないよ。ネロが頑張るなら、私も頑張るから!」


 少し癖のある栗色の髪を弾ませながら、そう言っていつも眩しく優しい笑顔で励ましてくる彼女も、ネロを支えてくれる大きな存在の1人に間違いなかった。


「よく頑張るわねぇ……」

「シャル! ボーっと見てないで精霊とお喋りでもしてなさいっ!」

「いや、喋るだけでも魔力消費するのよ?」

「知ってるよ! 貴女も鍛錬しなさいって言ってるの! 自信と慢心は別物なんだからね?」

「はーい。わかりましたよー」

「うん、素直でよろしい!」


 シャルも彼女には頭が上がらない。

 2人はネロと出会う前から共に冒険をしていたらしいが、立場は彼女の方が上のようだった。立場が上、というのは語弊があるかもしれない。

 シャルにとって彼女は姉のような存在で、彼女にとってシャルは妹のような存在。その表現が適切かもしれなかった。


 ネロも彼女には頭が上がらなかった。それは人としても、冒険者としてもだ。

 面倒見がよく、人当たりのよい彼女を、ネロは尊敬していた。

 そして何より彼女は魔術師ソーサラーだった。自分が使えないと諦めていた魔法を巧みに操る彼女はそれだけでも憧憬の対象となる。

 知恵と知識に富み、加えて貪欲に新たな知識の追究をするその姿勢にはネロもシャルも感服していた。

 知識を身につけるだけではなく、しっかりとその知識を魔法という形で放出する。そのレベルは若手冒険者としてのレベルを優に超えていた。


 シャルも精霊士としてのレベルは高かった。しかし、シャルはシャルで彼女に置いていかれまいと陰ながらの努力を積み重ねていた。

 それを知っていたからこそ、ネロもシャルのいつものチョッカイを心から不快に思うことはなかった。

 ネロもシャルも、彼女と共に歩き続けるために鍛錬をする同志だったのだ。


 冒険の合間を縫って指導を続ける彼女はネロにとって師匠と呼ぶ存在に違いなく、戦いの中では魔術師ソーサラーでありながらも危険な場面で魔物の注意を自らに向け、仲間を想う冒険者としてのその背中はネロの目指す姿そのものだった。

 それは同時に、本来なら矢面に立たなければならないはずの剣士であるネロに自責の念を抱かせることでもあった。


 そして一刻も早く剣士として、このパーティの前衛として、一人前にならなければならないと焦燥感を抱く。

 魔法の基本が漸く身体に染みつき、初級魔法が使えるようになった頃、ネロは剣士としての独り立ちを優先させることにした。剣と魔法、両方を使うことへの憧れが弱まったわけではないが、自分がそれらを同時並行で極めていくことができる程に器用とは思っていなかったからだ。

 剣も魔法も中途半端なままではパーティを危険に晒すことになる。仲間を大事にすることが冒険者にとって最優先事項と考えていたネロは、自身の中途半端な状況を許すことは出来なかった。


「私は寂しい! ネロが魔法に興味なくなるなんて!」


 ネロが納得するまで剣を鍛えると言った後、彼女はそんな風に嘆くことも多々あったが、彼女もネロの性格を十分に理解していた。故にそれは彼女の『構って精神』の表れだった。


 彼女は人間的にも冒険者的にも秀でていたが、とにかくネロとシャルに絡むことが多かった。冒険のない日であっても単独で行動することはほとんどなく、ネロとシャル、2人のどちらかと常に一緒にいようとしていた。

 言ってしまえば、寂しがりなのだ。


 付き合いの長いシャルはそれを何とも思っていなかったようだが、ネロにとっては何故こんなにも絡まれるのかと不思議に思うこともあった。

 しかし、やはり女性同士ということもあってか、新しい街につけば彼女はシャルと2人で買い物に繰り出すことも多かった。

 その結果、ネロが1人留守番することになるのだが、その時間はネロの鍛錬の時間となる。


 鍛錬で汗を流し、食事時になると2人が笑顔で帰ってくる。

 2人の散歩話を聞いて、声を上げて笑っては酒を飲む。

 幸せな日々だった。


 1つの場所に腰を落ち着けることのない流浪の冒険者に安住の地などないのだが、ネロにとってはこの2人といる場所が安住の地だった。


 ネロの幸せな毎日に、シャルと彼女の笑顔は欠かせなかった。

 それ程までに大きな存在、それが彼女、レイチェル・マルグリッドだった。




 ◇◇◇




 彼女はいつだって、溌剌とした笑顔だった。


「で?! で?! シャルはネロのことどう想うのよ?!」

「どうって……まぁ剣士は冒険に欠かせないわよね?」

「ちーがーうーっ! 男としてよ!」


 2人で出掛けたり、宿屋で一夜を過ごしたりする時、彼女は決まってネロのことを話題にする。

 その時も新しい街を散策しに出掛けた帰り道の出来事だった。ただそれまでと違ったのは、ネロのことを話題に上げるだけではなく、それを恋愛話にまで波及させていたことだ。


 彼女はネロを可愛い弟子と思っているのか、イイ男と思っているのかは定かではないが、そこに好意があるのは明白だった。

 ネロの待つ宿屋が近くなっていたこともあって、シャルは当たり障りのない言葉を選ぶ。


「まぁ……今までのクズ冒険者に比べたら、誠実だし、いいんじゃないかしら?」

「だよねーだよねー!」


 シャルも彼女も見目麗しい部類に入る女性だった。

 そんな2人が冒険者ギルドに顔を出せば、当然のことながらよく声を掛けられパーティに誘われる。

 しかしいざ冒険に行けば、本来の目的を忘れたメンバーが、いや、もしかたらある意味本来の目的だったのかもしれないが、必ずと言っていい程シャルか彼女のどちらかを口説き始める。

 それに気づいた他のメンバーが遅れまじとその口説き大会に参戦する。シャル達に想いを寄せるあまり、やがて参加者同士には憎しみが生じ、不和が生じ、そしてパーティはあっという間に解散に至る。

 正直、面倒くさいことこの上なかった。


 シャル達は――シャルは何もしていないにも関わらず『絆の破壊者達パーティクラッシャーズ』などという不名誉な通り名さえつけられていた。

 その原因はもしかしたら、人懐っこく『構ってちゃん』で恋愛話が大好きな彼女だったのかもしれないと思うと、シャルは今までのパーティに多少の罪悪感を覚えないわけでもなかったが、自分達は冒険者の本分を履き違えてはいない自負があった。

 そのため、やはり悪いのは今までの男共の方なのだと自身を納得させていた。

 そんな自分達だったが、ソロでいたネロが加わってから結構長い間パーティとして続いている。それはとても新鮮なことだった。


「何? ネロのこと好きなの?」

「私じゃないよー? シャルが気に入るタイプだなーって思って言っただけだよ?」

「私がっ? 何をバカな――」


 そう言って鼻で笑おうとしたその時、宿屋の庭で鍛錬しているネロの姿が目に入る。一心に、剣を振るうその姿に妙に惹きつけられ、それを自覚した瞬間、身体が急激に熱くなるのを感じた。


「ほら、ね?」

「ちっ! ちがっ――!!」

「いいのよー私には素直になって。家族みたいなもんじゃない?」

「それはそうだけど……貴女もネロのこと、好きなんじゃないの?」

「ふふふーっ! 『も』だってー!」

「っ! もうっ!」

「ごめんごめん。うん、私も好きだよ? でも、シャルの好きとは違うかなー」

「本当に? 嘘はダメよ?」

「うーん……たぶん?」

「ほら、やっぱりそうじゃない」

「えへへ、そうなのかな?」

「ネロも、貴女に惹かれてると思うわ。私のことは気にしないでいいからね」

「あー! シャルそれダメなやつ!」

「ダメなやつって言われても……」

「あのね、私の見立てではネロはシャルなの」

「嘘よ、あり得ないわ」


 そう言うと、彼女は不満そうに頬を膨らました。


「自信なさげなシャル嫌いー! じゃあシャル、こうしよう! 全てはネロ任せ! 私達はお互い大事。でも、ネロのことも好き。だから別に自分から迫ったりせず、今まで通り! で、ネロがもし私達のどちらかに迫ってきたら、お互い恨みっこなし! どう?」

「ネロが私達2人共欲しいって言ったら?」

「あー! それ素敵だねー! それが一番嬉しい結末かも!」

「貴女はそれでいいの?」

「シャルならいいよ?」


 屈託ない笑顔をシャルに向ける彼女の瞳には、偽りの想いなど全く見えない。彼女は、そういう人なのだ。


「もう……貴女って人は……そうね……そうなれたら、私もそれが一番嬉しいわ。まぁあの堅物がそんなこと言うとは思えないけど」

「それね! 本当それ! まぁそれがいいんだけどさ! でもそこだけは曲げてほしいかな!」

「矛盾してるわよ」

「だって私はシャルもネロも好きなんだもんー!」


 3人でいる時も、今のままの彼女でいればネロは彼女のこの底抜けの明るさと真っ直ぐさにコロリといってしまうのではないかと思う。なのに彼女は、3人の時は少し落ち着きを装っていた。それはネロの魔法の師ということに対する彼女なりの見栄なのかもしれなかった。


 そんな話をしてからも、いや、そんな話をしたからこそかもしれない。

 彼女とネロと過ごす毎日が、本当の家族となったかのように、とても幸せだった。

 幸せな日々だった。


 このまま本当に3人でずっと一緒にいたい。

 シャルはネロだけではなく、彼女のことも愛していると胸を張って言える。


 それ程までに大きな存在、それが彼女、レイチェル・マルグリッドだった。








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