6.妄想を具現化する力
「私の体が頑強な理由?」
今、僕らは昨晩盛り上がりを見せた各々の話の続きをしながら、街へ向かっている。広大な森を抜け、今は平原のど真ん中だ。そこで僕はリズがエリーに頑強と言われている理由を聞いていた。
「ユウを守って私が死んで、それでユウを苦しめていたら嫌だって話を昨日したでしょ? だから私は神様に頑強な身体にしてもらったの。この世界でも、同じようなことになっても嫌だしさ」
「勘弁してよ。リズがこの世界でも死んでしまったら、僕は今度こそ発狂しちゃうよ」
「私も。リズいないの耐えられない」
そんな未来を想像したのか、エリーは涙ぐんですらいる。
「ちょ、大丈夫だからっ! 寿命は別にして、2人を残して死なないよ、約束する」
それにしても、リズが頑強というのは神の御業だったのか。確かにそれならある程度のモンスターに攻撃されても耐えられそうだ。
見る限りスタイルのいい普通の女剣士なんだけどな。神の寵愛を受けた淡く白金色に輝く鎧を身につけているから防御力は高そうだけど、均整の取れたスラッとした生身は決して頑強には見えない。
「そんな舐め回すように見ないでよ、スケベ」
「え、いや、ごめん。別にやらしい目で見ていたわけじゃないよ。ただ、見た目は華奢で頑強そうには見えないのになって思っていただけ。あ、華奢って言ってもバカにしているわけじゃないよ。綺麗って言いたかったというか……」
「っ! 平気な顔して何でそういうこと言うかな……」
褒められるのに慣れていないのか、リズはそう呟くと頬を赤く染め、照れを誤魔化すように続ける。
「で! ユウは? 神様に何の能力をもらったの?」
「え?」
なに、能力をもらうって?
「え?」
僕の反応が予想外だったのか、リズもキョトン顔である。
そのキョトン顔を見つめて僕もキョトン顔である。すると呆けた顔で見つめ合っている僕達の間にエリーが割り込んできて、竜族の伝承の一節を披露した。
「神の子、世界に転生せし時、神の寵愛の証たる武具と能力を得る」
「ぶ……武具はもらったよ? 空から降ってきた、というのが正しいけど。でも、能力なんて、何も言われなかったけど」
まさか神め、もとの世界にいたら誰もが憧れるそんな能力をつけ忘れたとかじゃないよな……。
「ユウも想像つくと思うけど、ご存知この世界は剣と魔法の世界でさ、戦闘経験に応じた能力を覚えることができるんだって。戦闘職って言ったらいいのかな、それは大きく分けると3つで、戦士、遊撃士、魔術師。この中で、私達のイメージする魔法が使えるのは遊撃士と魔術師」
「遊撃士も魔法を使えるの?」
「遊撃士は魔法というよりも精霊を使えるんだって。どこまでのレベルの精霊を使えるかどうかは本人の素質も大きいみたいだけど」
なるほど。いわゆる精霊使いか。近中距離戦力で精霊も使えたら便利だろうな。
「それで能力を覚えるためにはそれぞれの職業の能力に見合った素質・経験・魔力が必要なんだけど、神の子っていうのは経験なく能力が使えることからその能力は神の寵愛の証、と伝承で言われているみたい。私は望んだ能力の影響か、私が憧れていたからかわからないけど、見ての通り戦士でさ、魔法は相当大変な修練を積まないと使えないみたい。稀に魔法が使える魔法戦士みたいなのになる人もいるらしいから、夢は広がるけどね」
空に手をかざして広げた指先で空を掴むように閉じるリズのその仕草は、彼女の夢を掴む仕草だったのかもしれない。
「リズのその頑強の能力は、戦士になれば習得可能なの?だとすると、神の寵愛の証なんていうのは、少し大げさな気がするんだけど」
「劣化版であれば習得可能。リズの能力は格が違う。常に発動中で丈夫なだけでなく、剛力も備えている。加えてリズの長剣と鎧には不壊の魔法が付与されている。装備も含めてまさに頑強剣士」
うわ……神の子さまさまですな。
「というかリズは神に愛されすぎてない? 魔法はダメでも装備含めてハイスペックすぎて、何も能力を与えられていない僕が惨めになってくる」
「ユウも絶対ある。リズの回し蹴りを受けて怪我しないのはおかしい」
「そうそれ、私も気になってたの。あの時、私、ユウを殺しちゃったと思うくらい本気で蹴ったのよ。何かしたんじゃないの? ユウも頑強だとか」
あの時というのは、そう、あれだ。僕がリズの美しい芸術的な裸体をこの目に焼き付けた時のことだ。リズは本当にもう何も気にしていないらしいが、健全な男の僕からすればあの光景を忘れられることなど出来るわけがない。
思い出すとまた頭に血が上るかのように顔が熱くなった。
「た……確かに転生した時も、数千m上空から落下してきたんだけど、どこも怪我しなかったんだよね。神の子ってそういう仕様なのかな?」
熱をごまかすように口早に転生の瞬間の出来事を話すと、エリーが無表情の中にも憐みの色を浮かべて見つめてくる。
「ん? どうしたのエリー?」
「リズは私の目の前に光と共に現れた。高さ2mくらいだった。リズが愛されすぎというよりも、ユウが愛されていないのかもしれない」
「んぐっ……!」
握りしめた拳が震える……あの神め、この差は一体なんなんだ。あいつも僕を神に愛されたものとか言っていたのに。リズだけ特別待遇したい想いはわかるからいいんだけれど……いいんだけれど……すっきりしない。
「こら、エリー! まぁまぁユウ。いいじゃない、無事だったんだし。その時、何かおかしなことなかった? そんな高さから落ちたら私でもダメな気がするし」
震える握りこぶしに気が付いたのか、リズが精一杯のフォローの言葉を紡いでくれる。
「おかしなこと? ……あ!」
リズがキラキラとした瞳を僕に向ける。おかしなことが何なのか、知りたくてたまらないという表情だ。
「地面に叩きつけられる直前、一瞬だけ、身体が空中で止まったんだよね」
「それよ! それでそれで?!」
嬉々としてリズが迫ってくる。近い近い、顔が近い。そして期待を裏切って申し訳ないけれど……
「それだけだよ?」
エリーが腰元を引っ張りながら、上目遣いで聞いてくる。
「その時、何か言葉を発した?」
可愛い仕草でそう言うエリーは本当に可憐で無垢な少女にしか見えない。これで強いなんていうのは全くもって想像できない。
「なんだったかな……確かストップだとか止まってくれとかだったと思うけど」
「回し蹴りの時は?」
「えーと……ノーダメージ、とか?」
独り言を思い出して聞かせるというのは、渾身のボケを聞き逃されて『もう1回言って』と言われてウケなかった時並みに恥ずかしくなる。
僕の言葉を聞いて、エリーがその幼い顔立ちに似合わず真剣に考え事をしている。
「……実現」
ポツりと呟いたエリーの言葉。
「「え?」」
リズと僕の声がハモる。
「実現。それが、ユウの能力だと思う。想い描いたイメージを自身の言葉にするだけで実現してしまう能力」
お、おぉ……なんだか、すごそうな能力きた。
「ユウ、それ、竜族の伝承にある神の能力」
か、神の能力?
神が使う能力ってこと?
それはつまり、神に出来ることと同じことが僕に出来るってこと?
それってつまり、妄想を具現化できちゃうってこと?
リズを見ると、リズも僕を見ていた。エリーの言った神の能力という言葉を、お互い理解することに一拍の時間を必要とした。
「「ええええええええ?!」」
あまりの衝撃にリズと僕の驚嘆の叫びが、まだ昼前の平原の青い空へと吸い込まれていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
不定期更新となりますが、なるべく短期間で更新していけるよう頑張ります。