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59.闘技大会~優勝~

 金属が激しくぶつかり合うような甲高い音と空気を震わす轟音が響く。

 頑強(ストレングス)の剛力を余すことなく使うリズと、竜族の膨大な魔力をその拳にのせて放つルカ。その光景はまさに力と力のぶつかり合い。リズの薙ぐ剣をルカが手甲で受け止めれば周囲には砂煙が巻き起こり、リズがルカの振り下ろす蹴りを受け止めれば轟音を立てて大地が窪む。


(本気のあの2人とやる時は、身体強化は必須だな……)


 2人の戦いぶりを見つめながら、ユウは2人の攻撃が生身の自分に直撃した場合を想像して身震いする。2人とも理由は異なれど生まれながらにして強靭な身体の持ち主である。そんな2人とまともに戦おうとするならば、身体強化をしなければ同じ土俵の上にすら立てないことは明白だった。


 拳闘士ストライカーであるルカの武器は拳と脚。それに比して剣士のリズは剣一本だ。手数の多さはルカが圧倒的に多かったが、リズも巧みにルカの連撃を凌いでいる。

 しかし、次第に状況が変わる。ルカの攻撃がリズの身体に当たるようになってきたのだ。

 やがて戦況は大きく動く。リズの左肩への蹴り、そしてリズの崩れた体勢を襲う左腕でのボディブロー。そして畳み掛けるように鳩尾を撃ち抜く右ストレート。

 その衝撃に大きさにリズは地面に足を引き摺りながら後ろへと飛ばされ、片膝をついて痛みを堪える。


「かはっ……けほっ……」


 痛みに涙を流しながらえずくリズのその姿を見て、ユウも、エリーも、いや、観客の全てが思った。ルカ許すまじ、と。

 湧き起こるリズへの声援とルカへのブーイングの嵐。尊ばれる存在であるはずの竜族が、どこからどう見ても悪役にしか見えなかった。




 ◇◇◇




 ブーイングの嵐に包まれながら、ルカは拳をだらりとおろす。

「オイラの勝利は望まれてないってこと?」

「けほっ……き、気にすることないわ」

「そんなこと言っても、気にしちゃうよ」


 ようやく落ち着いたリズが、立ち上がりながらルカに諭す。しかしこの状況はルカには辛いものだった。やっと注目を浴びられる試合と思って張り切ってみれば、今や悪役でしかない。少なからずヒーローへの憧れを持っているルカに、今の状況は彼の心を折るには十分だった。


「じゃあ貴方が忠誠を誓った神の子からの命令よ、ルカ。気にせず、このまま全力で私を倒しにきなさい」

「うっ……そう言われると……リズ姉はオイラがみんなに恨まれてもいいの?」

「大丈夫よ、私がそんなことさせないわ」


 笑顔でルカに向かって剣を構え直す。

 その笑顔は『安心してかかってこい』ということを如実に物語っていた。その表情から受け取れる安心感は確かなものであり、ルカは最初にユウと出会った日のことを思い出していた。


「ユウ兄も、リズ姉も、何でそんなに頼もしいんだか……」


 するとルカは深呼吸して更に魔力を解放し、拳脚の威力を増幅させる。

 大きく振り下ろしたリズの剣が放つ風刃に拳を合わせてかき消すと、リズに向かって駆けた。立て続けに今度は横薙ぎの風刃が飛んでくるも、これも難なく拳でかき消す。リズの目の前に辿り着くと大きく足を踏み込み、ルカはリズの望み通り、渾身の一撃を放ったのだった。




 ◇◇◇




「そんなことさせないっていうのは『負けないから』ってことだったんだね」

「私が勝てば、ルカが肩身の狭い想いをしなくて済むでしょ?」

「そうだけど……あの流れだと『私が負けてもそんなことさせない』だと思ったよ」

「あら、負けるなんて私は一言も言ってないわよ」

「はいはい、もういいですよ~。どの道、全力で負けたことに変わりないからさ」


 観客席まで共に戻るリズとルカ。

 この2人の勝負の軍配はリズに上がっていたのだ。

 剣を振るったあとの隙を狙って繰り出したルカの渾身の一撃はリズを撃ち抜くと思われた。しかし、リズの顔へと突き出された拳は空を切り、同時にルカは目の前で閃光が弾けたような衝撃と共に暗闇に落ちていた。

 リズは突き出された拳を紙一重で躱しながら、ルカへと頭突きを放ったのだ。

 まさかリズが向かってくるとは思っておらずその予想外のスピードに反応できなかったルカはさすがに脳振盪を起こし、あえなく決着となったのだった。リズは剣士であるにも関わらず、その戦いぶりは常に力押しであった。


「おかえり。二人ともお疲れ様」

「結局、ユウ兄とリズ姉で決勝戦かぁ~」

 そう、リズとルカの戦いの前にユウはすでに決勝戦へと一人コマを進めていたのだ。

「まぁわかっていたこと。ルカの入り込む隙間はない。でも……ルカも頑張った方だと思う。周りに何て言われようが最後まで戦ったのは……か……かっこよかったんじゃない? お疲れ様」

「エ、エリー……」


 拗ねていたルカの表情が、そのエリーの労いの言葉ひとつで優しく緩んでいく。エリーもだいぶ無理をしてその労いの言葉を発した感が強かったが、それでもルカの健闘ぶりを労いたかったのは真実だろう。ルカにしてみればどれだけの大観衆の賛辞よりも価値ある一言であった。その一言がルカの全身に染み渡ったかと思えば、嬉しさのあまりエリーに抱きつこうと両手を広げる。しかし、ルカが暴挙に出ることが判明した途端にエリーの持つ魔杖がルカの眉間へとめり込んだ。


「調子に乗らない」

「は……はい……」


 竜族の少年少女の距離はこれでも少し近づいているのだろうと、ユウもリズも微笑みが止まらなかった。

 そして頭を切り替えるように互いに見つめ合うと、宣戦布告する。


「ネロさんのルールは守りつつ、全力で勝ちにいくからね」

「あら、頑強(ストレングス)の私にユウの攻撃で勝てるかしら?」


 次の試合を数分後に控えながら、2人は観客席で互いに挑発を試みる。その挑発のし合いも傍から見ればただの仲睦まじい会話にしか見えていないことを2人は気づかない。


「勝ってみせるよ。僕にも男の意地があるから」

「男の意地?」


 その言葉を聞いて、リズは不思議そうな顔をし、また、ルカが顔をしかめる。


「ユウ兄、それ、男だけど意地を貫けなかったオイラへの当てつけ?」

「あ、違う違う、ごめん。男の意地じゃなくて……」

「違うの?」


 ユウの否定の言葉を聞き、更にその言葉の意味を不思議に思い首を傾げるリズ。

 そのリズの様子にユウは顔を背けながら、正しく言葉を紡いだ。


「男の意地というよりも……こ、恋人の意地だよ。大切な人を守れるくらい強いっていうことを、リズに勝ってちゃんと見せてあげる」

「男の意地で間違ってない。リズの、そしてリズを愛する男としての意地、ね」


 ユウの言葉をエリーが補足しながら、エリーもルカもやれやれと首を垂れて溜め息をつく。観客は観客でいいぞいいぞと試合前に大盛り上がり。当人のリズはと言うと、頬を紅潮させながらも啖呵を切るのだった。


「こ、これで私に負けるなんてことがあったら、許さないからねっ!!」


 決勝戦の火蓋が、切って落とされる。




 ◇◇◇




「ふぅー」


 深呼吸をする。身体の中に巡る血液と魔力を感じ、両の手を握る。体調は問題ない。ウィルとの戦いで少なからず消耗していたが、支障はないと感じられた。対するは同じ神の子のリズだ。


 頑強(ストレングス)という超能(ギフト)を有し、鎧を身に纏いながらも凛々しくすらりと立つリズの姿は、優美高妙そのものでありユウの目には只々眩しかった。きっと観衆の目にも眩しく映っていることだろう。

 この美しき女剣士が自分の想い人であり、また、彼女の想い人が自分なのだということは今でもたまに信じられなかった。そんなことを口に出そうものならリズからお叱りを受けるだけなのはわかっていたため心の中に留めていたが、今回の大会でもリズが如何に人気者になれる存在なのかを理解できた。それ故に自身が釣り合った存在なのだろうかと思い始めてしまったのだ。だからこそ余計に――


「負けるわけにはいかない」


 優勝者が手にする騎士団長シルフィードへの挑戦権を渡すわけにもいかなかったが、何より、自分はリズの隣を歩いてもよい者なのだと自分自身を納得させるためにも、この戦いに負けるわけにはいかなかった。


 そして、進行役が今までになく発狂じみた叫び声を上げ、開始の合図がされる。


 ユウは光剣を両の手に顕現させながら電光石火ライトニングスピードでリズへと即座に切りかかる。

 リズも初撃を防いで切り返すも、そこには既にユウはいない。背後に気配を感じ、振り向き様に剣を振るうもそこにも光剣の残像が漂うだけ。すると身体を一回転させ自分を中心に円を描くように豪剣を払って風刃を発生させるが、ユウを捕らえることはできなかった。

 すると斜め上空から眩い光が迫る。間一髪のところで身体をよじってその一撃を避けると、眼下には着地して屈むユウの背中があった。その背を目掛けて剣を振り下ろすが再びユウは消え去る。常に電光石火ライトニングスピードで動き回るつもりのようだった。

 ユウの本気の電光石火ライトニングスピードはリズには見えていなかった。辛うじてついていけているのは、風を切る音と光剣の煌きだけを頼りに体を動かしているからだ。そのため、ユウの斬撃を全て躱せているわけではなかった。頑強ストレングスを持ち合わせていなければきっと今頃は既に地に伏していることだろう。このままではじわりじわりと体力を奪われていくだけなのは目に見えている。しかし、実はリズにはユウに隠れて練習していたことがある。今はただひたすら、その使い場所に狙いを定めているのだった。


 一方、ユウはユウで攻めあぐねていた。頑強ストレングスのリズにはユウの攻撃が当たろうともそこまでダメージは通らない。万が一にでも切り傷をつけてしまうのは、治るとは言えユウ的に論外であったため、光剣の刃は落として丸くしている。そのため、今、ユウが振るっている光剣は実のところただの光の棒なのだ。


 ユウにとってネロの制約は思いのほか高いハードルとなっていた。身体強化、スピード強化をして、そこから更に出来ることを見つけられずにいた。基本的に何でも出来る実現リアライズとは言え、自身を高める実現リアライズだけで相手を打ち倒すのは厳しいものがあった。もしくはユウ自身のただの想像力不足なのかもしれない。


 電光石火ライトニングスピードで動き回りながら考えるのも大変だなと思ったその時、ユウは新たな実現リアライズを思いつく。物は試しと、駆けながら呟いた。


不可視の身体インビジブル……無音世界サイレントワールド


 そして電光石火ライトニングスピードをやめて立ち止まる。リズがキョロキョロと辺りを見渡す反応から自分の姿が見えていないことを悟る。光剣を自らの革鎧にわざとぶつけて音を立てようとするも、音が響くことはない。2つの実現リアライズは無事、その言葉の意味をこの世界へ顕現させていた。


 一歩一歩、リズへと近づく。

 物音を立てず透明人間となり美女へ近づく行為。何とも言えない背徳感に包まれる気がするも、ユウは気のせいだと頭を振って邪念を払った。

 これはどちらかというと暗殺アサシンの技術である。決して歪んだ欲望を満たすための変質者の技術ではないのだ。暗殺アサシンは歪んではいないのかと言われるとそういうわけでもないのだが、そこはまぁわかってほしい。


 すると、為すすべのないはずのリズが、その顔に自信を湛えながら両手で剣を高々と持ち掲げて何かを唱えるように叫んだ。

 光属性と風属性を持つリズだが、まだ大した魔法は使えないはずだった。風属性も漸くこの間、突風を起こすだけの魔法を習得したばかりである。しかし、今回は風属性ではなさそうだ。剣に光の粒子が集まっていく。その様をリズも見ており、そして声高に――


閃光フラッシュ!!」


 リズの剣を中心に閃光が弾けた。その眩しさに目をやられ、リズをすぐ前にしているにも関わらず方向感覚がわからなくなる。合わせて訪れる危機感。もしこの魔力の光で自分の影が出来てしまえば、そこに自分がいることの証明となってしまう。場所がバレれて撃ち込まれては負け戦となる。

 慌てて視覚回復の実現リアライズを使うと、ユウは目の前に広がる思いもよらぬ光景に衝撃を受ける。


 リズもまた、自身の使用した魔法を見つめていたために目が眩んで目を擦っていたのだ。


(自分で使って対処忘れるとか……可愛すぎかっ)


 そんなリズに心くすぐられながら、ユウはリズへの距離を詰めると、手の平をリズの口元へと運び口を塞ぐ。自分以外の身体に触れると同時に『不可視の身体インビジブル』が解けた。


 リズにはこれでわかってほしかった。リズが相手ではない本当の命を懸けた戦いであれば、ここで体内に実現リアライズを放つ。それをしないのは、これはあくまで試合だからだ。

 この意図が届かなければ、この戦いは自分の負けだった。しかし――


「……むぐぁえ(負けね)」


 意図はちゃんとリズへと届き、リズは剣を落とすと両手を掲げて降参の姿勢を表す。

 響く大歓声の中、優勝者と準優勝者は思いの外あっさりと決定した。


 そんな2人を見つめていたVIP席の騎士2人は、翌日に訪れる歓喜の瞬間を思ってか、その顔に不敵の笑みを浮かべているのだった。





ここまでお読みいただきありがとうございました。

本話が2017年最後の更新となります。

お付き合いありがとうございました。

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