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58.闘技大会~再会~

 優勝決定トーナメントにおけるユウの初戦の相手は、レベッカを倒したという正体不明の金髪の戦士だ。その戦士を会場で見た時にユウは懐かしさを抱くとともに、似ている人もいるものだと思ったものだが、名前が違ったので別人なのだと思っていた。しかし、こうして向かい合って近くに立てば似ているというレベルではなく、間違いなく本人だということがわかった。


「まさか、ここで会うなんて思ってもいませんでしたよ」

「ふふっ。私は想定していましたよ。ご無沙汰しております」

「偽名なのはバレたらまずいってことですよね、ウィルさん?」


 ユウの目の前にいる者はウィルだった。イーストエンドにおける魔族討伐時に案内役やら世話役としてユウ達の面倒を見てくれたイケメン紳士のウィル・ハリーズ。

 魔族討伐の際はリズがウィルのサポートを辞退したために戦闘に参加することはなかったが、イーストエンド宰相の密偵であり、その実力の高さはある程度想定していた。

 しかし、ギフティアの一大イベントに勝ち残る程の実力を持つなどとは思わなかった上に他国に籍を置く彼がこの大会に参加していることなど想像もしなかった。何故彼がここにいるのかという理由は今夜にでも聞く必要がありそうだ。


「まぁ大会的にはバレても支障はないと思うのですが、母国に私が遊んでると思われると面倒くさいので、念の為というやつですよ」

「遊んでるんですか?」

「まさか。主からの命ですよ」


 ウィルの主であるイーストエンド宰相が大会への参加を命じる理由が思いつかない。賞金など手に入れたところでイーストエンド宰相にしてみればどうとでもないはずだった。ましてや偽名を使っているのだから名声を得たいわけでもないはずだ。


「ギフティアにいる理由、あとで教えてくださいね」

「えぇ、もちろん」


 ユウもウィルも、互いに懐かしさを覚えながらその手に剣を握る。外套を羽織ったまま構えるウィルの得物はナイフであり、サイズは違えど二刀使いということがユウと同じであった。しかしユウの二刀使い歴はイザベラの短剣を入手してからの約1ヶ月間であるため、その経験値は明らかにウィルの方が高いと思われた。


 狂気を帯びる進行の叫び声が上がる。それとは裏腹に、向かい合う2人の顔には、僅かに穏やかな笑みが浮かんでいた。

 ウィルの口元が微かに動き、やがてその動きはしっかりと音を発した。


「あの超速移動は使わないんですか?」


 電光石火ライトニングスピードのことを言っているのだろう。この大会ではユウは何度も使っていたために、ウィルもそれを警戒しているようだった。しかし、ユウとしても実を言うなら使いたくないのだ。


「あればっかりに頼る戦い方はしたくないんです」

「そうですか、それは残念です――」


 と、全く残念がる様子もなく笑顔のままウィルはナイフの一本を素早く投げる。不意を突かれたユウは思わず脇へと跳ぼうとしたが、足が言うことを聞かない。


「え?!」


 足元を確認しようと試みるも迫るナイフを前に下を向くわけにもいかず、一先ずは短剣で弾く。しかし、ナイフは変わらず目の前に迫る。状況が飲み込めずに更に弾く――その仕組みは手持ちのナイフを投げては外套の中に持つナイフも取り出し、続けて投げているだけなのだが、視点の高さに迫るナイフは後続のナイフを見事に見え難くしていた。ウィルのナイフ投げの精度の高さが窺える。3本目のナイフを弾いたその時――


「っ?!」


 ユウの右腿に激痛が走る。

 4本目のナイフはユウの腿に突き刺さっていた。そして同時に、言うことを聞かない足を捕らえていたものの正体を知る。

 ユウの足は不自然に盛り上がった大地に埋まっていたのだ。ウィルが話しかけてくる前に口元を動かしていたのは、魔法の詠唱か精霊への呼びかけだったということだ。

 そして足もとに目を奪われた瞬間、更にもう一本のナイフが左腿へと突き刺さった。


「ぐぁっ!」


 今まで感じた痛みの中で最も熱い痛みだった。魔神との戦いで受けたダメージは毒による内部からの破壊。しかし今回は外部からの破壊。言ってしまえばこの世界に来てからの初の大怪我だった。

 その痛みに脳内を支配されながら、ウィルの容赦のない攻撃にユウは自分が甘かったことを悟る。顔見知りとは言え、戦いの舞台に上がれば1人の戦士でしかない。そこに甘えや情けを持ち込むことは相手への侮辱でしかなかった。

 初戦のダグラスの憤りの片鱗を見ておきながら、ユウは学習しなかった自らを恥じる。

 ナイフを両の手で玩びながら、変わらぬ笑顔で近づいて来るウィルを見て、即座に頭を切り替えようと試みるが――


(やばいやばいやばいっ!!)


 逃れるためには拘束された足をどうにかせねばならないが、大地の拘束が外れたところで両腿を刺された足が自由に動く気はしなかった。

 次の一手を思いつかなければこのままでは追い詰められてしまう。治癒しようとすれば即座にウィルは動くだろう。ウィルが圧倒的優勢を感じながら歩いてきているこの瞬間に治癒以外の打開策を考える方が優先だった。

 しかし、焦りと両腿の激痛によってユウの頭はパニックに陥りかけていた。




 ◇◇◇




「ユウ兄、やばくない?」


 ユウとナイフ使いの戦いを観客席の最前列から更に身を乗り出して見つめるルカが、心配そうにリズを見上げて話し掛ける。

 開始早々、両足を封じられ流血するユウの姿を見せられたリズからの返答はなく、ただ会場と観客席を隔てる石造りの柵を握り壊さんとばかりに掴んでいた。2人を見つめるリズの瞳は熱を帯び、その表情は今にも飛び出して行きそうな程に苦悶に歪んでいた。そんなリズに掴まれている石造りの柵には、すでにヒビが入り始めている。


「リズ姉、こ、壊れるからっ。落ち着いて。治癒士もいるんだからユウ兄の怪我は大丈夫だって」


 大会では日常、自身が使用する武具が認められているため、参加者達には怪我など当たり前に発生する。酷い場合は死者すら発生する。怪我による死者を発生させないために、会場内には治癒士が複数名待機しており、試合終了後はすぐに治癒が出来る体制が整っていた。

 その状況をルカに改めて説明されてもリズの内心は穏やかではなかった。例え簡単に治る傷だとわかっていても、今この試合の間だけであっても、目の前で大切な人が一方的に苦しめられている姿を見るのは辛かった。しかもその相手が、世話になったウィルによく似ているというのが余計にリズの胸を悶々とさせた。自分達の知っているウィルは、このような残虐な仕打ちはしそうにない人だったからだ。


「大丈夫……大丈夫……」


 ウィルに似ているナイフ使いがユウに向かってゆっくりと歩くのを見つめながら、リズは自分に言い聞かせるように言葉を振り絞る。状況的にはユウが劣勢なのは言うまでもなかった。

 そしてナイフ使いがユウまであと数歩というところで、2人の間に幅15m程、高さは2mを超える透明度の高い氷と思われる壁が出現した。ユウが実現リアライズを使ったのだろう。同時に両腿のナイフを抜いたユウが治癒を使うとともに、足元を拘束していた土塊が粉々になるのが見えた。ユウの傷も治り、壁を作り出すことで改めてナイフ使いと距離を取れた形勢は、振り出しに戻る。


「ここからよ、頑張って」


 安堵の溜め息を吐きながらユウに声援を送るリズの姿を、大分離れた観客席から見つめる者がいることには天翔ける竜スカイドラゴンはまだ誰も気付いていなかった。




 ◇◇◇




「使いたくないという僕の勝手な理由で、この戦いに泥を塗るような真似をして失礼しました」

「いえ。ユウさんにも力を制限しなければいけない理由がおありのようですから気にしていませんよ。私が使わせればいいだけですしね」


 実現リアライズで創り出した目の前に広がる氷の壁越しに、ユウは風の精霊を使役してウィルへの謝罪の声を届かせる。精霊の力を借りる精霊魔法を模して実現リアライズで同じことをすることも出来るが、ユウはなるべく精霊を感じられる場所では精霊魔法を使うようにしていた。大気中に漂う微精霊を使役する程度であれば、その方が魔力消費を抑えられるからだ。


 ウィルからの返事に違和感を覚えながらも、自分の方へ倒れてくる氷の壁に意識を向ける。

 氷の壁を支えるウィル側の大地が盛り上がり、ユウの方へと倒れ始めたのだ。大きな音を立てて倒れると砂塵が巻き上がり、その砂塵を突き抜けて尾をたなびかせながら火の球が迫る。

 二属性の魔法を駆使し、ナイフの扱いに長けているウィルに感心しながらユウは火球の軌道から身体を外すと、ウィルとの距離を縮めるために走ってその火球の脇を通り過ぎようとした。その刹那、火球が突如方向を変えてユウの肩へと直撃し弾けた。


「あっつっ!!」


 無様に叫び声を上げ、地面に転がりながらも即座に立ち上がる。革鎧の肩甲の隙間から見えていた衣服が焼け焦げているんじゃないかと目をやるが、特段そんな様子はなかった。猛火にもちゃんと耐えた神竜の革鎧の性能を改めて実感する。それにしても、火球が方向を変えたのは予想外だった。

 基本的にこの世界における魔法は、一度術者から放たれると途中でその軌道を変えることはできない。魔法を放つ前にその軌道を予測した上で放てば別だが、それ以外は追跡効果を付与しなければできないのだ。


 ユウにはこの世界の魔法の成り立ちがよく理解できていなかったが、ベースとなるのがイメージであることは実現リアライズと変わらない。

 魔導書があることからも理論体系だったものであることは確かであり、それを読み解き知識として落とし込むことで世界の理に関与することを魔法というらしかった。粘り強く魔力探求の道を歩む者が魔術師ソーサラーと呼ばれ、その者達が掴んだこの世界の理に関与する手段が魔法と呼ばれている。言葉で言うのは簡単だがその境地に辿り着くには素養があったとしても、相応の修練が必要になる。特に精緻なコントロールを必要とする追跡効果を付与することは困難を極めるはずだった。


 ネロから教えてもらったこれだけの情報でも、容易に世界の理に関与することができる自身の実現リアライズ超能ギフトと呼ぶに相応しい能力だと感じていた。加えて、今、目の前に立ちはだかるウィルが卓越した魔術師であることが窺い知れる。出し惜しみなどしている余裕はなかった。


 電光石火ライトニングスピードを解放し、ウィルの背後に回り込んで剣を振るうが、剣はゴムのような弾力で宙に押し留められた。そこにウィルの回し蹴りが飛んでくるが辛くも後ろに跳び退いて回避する。ウィルの顔は変わらぬ笑みを湛えていた。


「やっと使ってくれましたね」

「追跡魔法を使える程の魔術師ソーサラーだとわかれば、使わざるを得ません」

「……追跡魔法? あぁ、これのことですか?」


 両手のナイフを2本、宙空へ放り投げると、ナイフは切っ先をユウへと向けて宙空で留まる。すると今度はナイフがウィルの周りをスイスイと飛び始めたのだ。


「器用なんですね。そんなにコントロールできるなんて」

「何か勘違いをされているようですが、試合が終わってからにしましょうかね――」


 ウィルの発言と共にナイフが迫る。しかし今度はユウも電光石火ライトニングスピードで逃げる。ナイフはユウを捉えることは出来ないが、火球と同様に軌道を変えてユウを追っていた。そのナイフが一本、また一本と増えていく。

 沢山のナイフが高速で飛び交い、ユウを捕まえようと地面が所々形を変えては隆起する様子は、ユウの防戦一方としか言いようがなかった。


 しかしユウもただ逃げ回っていたわけではなく、動きながらウィルに何回か剣撃を加えていたものの、先程同様にゴムのような弾力に阻まれたり、剣が狙いとは全く別の方向へと流されたりして攻撃を躱されていた。


(風魔法か? 三属性も扱えるなんて……)


 更なるウィルの能力を垣間見て早く勝負をつけたくなる。しかし、今のままでは追撃の糸口を見つけることができそうにない。であれば、やることは1つだった。

 再びウィルに近寄り不可視の壁に手を突き出す。手を包む弾力を感じ――。


魔力解除キャンセル!」


 ユウの目論見はいとも容易く実現し、不可視の壁が消え去ったのがわかる。加えて同時に、ウィルの戦意も消え去ったのがわかった。ユウの突き出す剣を躱す素振りもなかったため、寸止めにする。


「……どうしたんですか?」

「精霊を封じられてしまっては勝てる見込みはありませんからね。それに実を言うと、そろそろ魔力が限界なんですよ。異なる種類の精霊を一気に沢山操るのって、結構大変なんですから」


 そう言うと、宙空を飛び二人の元へと迫っていたナイフも地面へ次々と落ちていった。


「精霊……? 精霊魔法だったんですか? 地面の隆起も火球も風の壁も?」

「えぇ、まぁ。やっぱり誤解していたんですね。精霊の力を借りずにあれだけのことができれば、私は宮廷魔術師として招聘されているでしょうね」


 進行役がユウの勝利を叫ぶ中、ユウは自身の視野の狭さを反省していた。しかし、それでも複数の精霊を同時に扱えるウィルの能力もまた、かなり高位にあるとしか思えなかったのだった。




 ◇◇◇




「驚いた。似てるとは思ったけど、本当にウィルさんだったのね」

「お久しぶりです、リズさん、エリカ様」


 ユウと共に観客席へと戻ってきたユウの対戦相手は、リズとエリーを認めると2人に笑顔で握手する。

 リズがその手を握ると、ウィルの顔が苦悶に歪んだ。


「ちょっ! リズさん痛いです! すみません! ユウさんを傷つけたのは私も本意ではなく――」

「あら、ごめんなさい、ついうっかり」


 冷たい笑顔で詫びるリズの様子から、確実に故意であることが窺えた。


「リズ姉こわっ」

「いたたた……あ、貴方が新しいお仲間のルルド・オスカー様ですね。ウィル・ハリーズと申します」

「ルカでいいよ」

「はい。ルカ様、よろしくお願いします」

「……じゃ、じゃあ次オイラだからっ! いってくるね!」


 畏まるウィルにルカは頰をぽりぽりと掻くとその場から走って退散する。魔法道具屋ランドの妻メリッサにも様付けで呼ばれていたが、未だに慣れないようだった。

 どうやらギフティアや周辺国家でも人族は竜族に対しては敬意を表すようだ。それは神話の影響もあるのかもしれないが、これまでの長い歴史の中で、個々の竜族であっても悪の道を歩んだものがいないからこそなのかもしれない。そう思うと、確かに敬意を払うべく崇高な種族なのかもしれなかった。


「では、私も主のもとへ戻りますね。ユウさん達、宿はどちらです? 今夜、お食事でもいかがですか?」

「僕もそう言おうと思っていたところです。中央から少し離れていますが、銀月という宿です」

「わかりました、では日没頃にお伺いしますね」


 ウィルが観衆の中に消えていく姿を見送った頃には、ルカの試合の始まりの合図が響いていた。そして立て続けに重低音が何回か会場に轟くと、ルカの名が勝者として響き渡ったのだった。

 観客席に戻ってきたルカが「納得いかない」と呟いた声は、誰の耳にも届くことはなかった。


 その後、続くリズもまた危なげなく勝利を収め、天翔ける竜(スカイドラゴン)は全員、ベスト4に残ることとなった。一方で、楽しみにしていた種を超えし絆(ボーダレス)のドランとの邂逅だったが、残念ながら会場に訪れることなく不戦敗となっていた。


 結果、ベスト4の組み合わせは

 天翔ける竜(スカイドラゴン)ユウvsソロ冒険者ザスパ

 天翔ける竜(スカイドラゴン)リズvs天翔ける竜(スカイドラゴン)ルカ

 という天翔ける竜(スカイドラゴン)勢が上位を占める形となる。


「よっしっ! この組み合わせなら注目の的だねっ!」


 意気揚々と拳を握るルカに、ユウは何も言ってあげることはできなかった。常日頃の依頼クエスト効果だけでなく、美麗女剣士として観客の人気を手にしてきたリズの相手をするということは、ある意味アウェイの戦場に赴くことになるのだ。

 しかしそれを言っては高まるルカのモチベーションを下げかねない。ただそっと、ルカの頭を撫でてやることしかできなかった。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回と次回は一話が多少長いです。

年末年始ということでお時間もあるかと思われますのでご容赦ください(笑


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