56.闘技大会~中断~
「シルフィ、何してくれてんだお前」
木製の豪奢な大きなテーブルがロの字に並ぶ主催者室で銀髪のサイドテール美少女を問い詰めるのはネロだ。騎士団長であるシルフィード――神剣のシルフィが大会にお忍び参加をするという前代未聞の出来事に、テーブルを囲む主催者の各ギルド代表・副代表は困り顔である。
「我もたまにはハシャぎたいのじゃ。よいではないか、大会に出るくらい」
「皆で決めたことだろう? 騎士団長と副団長が出たら参加者の優勝・準優勝の芽がなくなるからナシにしようって」
「でも出たかったのじゃ!」
「子供かっ!」
見た目は確かに少女のシルフィであったが、その立場は我儘が許されるものではない。立場ある者の行動には責任がついて回る。神都の秩序を維持する騎士団においてルールを守らない騎士団長がいては、民衆に示しがつかない。ネロはそこを気にしているのだ。
「よいではございませんか、観衆もお姉様の登場に拍手喝采でしたわ。あぁ……大人気のお姉様素敵」
シルフィの腕を組みながら恍惚の表情で擁護するのは金髪ツインテール少女の副団長イリーナだ。シルフィに心酔する彼女の言葉は普段からシルフィの全てを肯定するために何の説得力も持たないのだが、観衆がシルフィの登場に湧いていたのは確かであり、イリーナの言葉を他の代表達も認めざるを得なかった。
「まぁネロよ、落ち着け。この大会、確かに参加者達が優勝を目指している以上、シルフィの参加を許すわけにはいかぬ。それは参加者募集でも謳われているルールじゃしな。ただ、観衆もまた、シルフィを待ち望んでおるのは先ほどの歓声を聞いても明白じゃ」
「――」
「じゃからここは、儂の顔に免じて優勝者とシルフィの特別試合を組んでみるというのはどうじゃろう? もちろん、優勝者がそれを望むのならな。優勝しておいてシルフィに負けるのも気まずかろうし」
主催者室の豪奢な椅子に腰掛けながらネロを諭すように穏やかに語りかけるのは立派な髭を品良く整えた白髪の初老の男だ。その男の言葉に、ネロは「またか」と言わんばかりの溜め息を吐く。
「そうやって代表がいつも甘やかすからシルフィの我儘が直らないんですよ……」
「儂は本当はシルフィの好きにさせてやりたいからの。決めたルールは組織のルールじゃから儂一人が反対したところでしょうもなかった。じゃが観衆が盛り上がってしまった今、シルフィをただ下げたらそれもまた不満の声があがるぞい。それを解決するためには、良案だとは思わぬか?」
その男こそが冒険者ギルドの元締めであり、ネロの上司である冒険者ギルド代表、かつ、シルフィ擁護派だった。シルフィを擁護するその言葉に、取り巻く代表・副代表も「確かに」と頷く者ばかりで今や反対する素振りを見せる者はいなかった。
「……おっしゃる通りで。わかりましたよ。おい、シルフィ」
ネロもこうなってしまっては落とし所としてはそれが無難なところだと判断したのか全てを諦めたように活力のない顔を一瞬だけ見せると、眉間にしわを寄せてシルフィを睨む。当の騒ぎの張本人はあくびをかみ殺そうともせず、目元に浮かぶ涙を指で押さえていた。
「なんじゃ?」
「勝ち進んでる参加者を集めて説明するからその間、お前はマルスに説明しとけ。準優勝者はマルスとやらせる。シルフィだけ参加させたらマルスが暴れるだろうからな。それくらいはお騒がせの償いとしてやってもらうぞ」
「ほぉ、まさか我も堂々と参加できるとは思わなんだ。それくらいなら言うことを聞いてやろうではないか」
シルフィに副団長の一人であるマルスへの特別試合設定の説明を指示すると共に、ネロは壁際に控える大会スタッフ達に参加者を集めるように指示を出した。シルフィが早速部屋を出ようとしたところで、ネロがそれを引き止める。
「待て。その前に上に立つ者として、ルール違反をこの場の皆に詫びろ。けじめだ」
思いのほか堅物な面を見せるネロだったが、これが副代表としてのネロである。シルフィもそのネロの立場を重々理解していた。そして自分のしたことが組織を乱すことに繋がってしまったという自覚もあったのか、ネロの言葉に素直に従った。
「うむ、そうじゃな。皆の者、勝手をしてすまなかった。我が意を汲んでくれたこと、感謝する」
シルフィのこういう素直なところが、彼女の支持者が多い理由の1つでもあるのだろう。周りの面々も「いいよいいよ気にするな」とか「シルフィのすることだからな」とか「盛り上がっていいじゃないか」などと次々に慈愛に満ちた笑顔でシルフィを受け入れていく。
皆に愛されるシルフィのその存在は、ギフティアが平和を維持していく上でとても大きな存在であることが誰の目から見ても明らかだった。
「あなたも大変ね」
深い溜め息を吐くネロを労ってくれるのは、いつも苦楽を共にしている昔馴染みの秘書、シャルだけだった。
◇◇◇
参加者を集める放送が流れ、参加者は観客の目の届かぬところで事情を説明された。特別試合が設定されることに反対するものなど誰もいなかった。ここに集まるのは強さを自負し、強さを求める猛者達だ。ギフティアの公式最高戦力と名高い神剣シルフィと、鬼人と呼ばれる程の戦闘狂である副団長マルスに相手をしてもらえるならと参加者達の意気込みは一層強くなるのだった。
そして観客に特別試合が設定されることがアナウンスされると共に、リズの初戦敗退は取り消され、リズは無条件で2回戦進出が決定した。
しかし、運営側の不手際のお詫びとして得た2回戦進出の権利に、リズは少し不満そうだった。
「何だかバツが悪いわ」
「よかったじゃない、団長にリベンジ出来る可能性があるってことなんだから」
「そうだけど……相当強いわよ。だいぶ手加減されていた気がするし、次やり合えたところで勝てるかどうか……」
そう思うのは最後のシルフィの動きが全くリズの目には見えなかったからだろう。確かに、あのシルフィの動きはユウの電光石火と同等以上の速さであった。
「まぁどのみち僕とリズが勝ち残ったら僕が勝つし、リズは副団長と戦えばいいんじゃないかな」
冗談混じりに、しかし、頑として譲らない想いを持ってユウはリズに宣戦布告をする。リズに砂をつけた団長シルフィード――神剣のシルフィは自分の相手だと心に決めていた。
「聞き捨てならないわね。そうなったらユウでも本気でいくからね?」
「うん、僕もそうするから、その時は全力でね」
「オイラの存在、忘れられてないよね?」
脇で笑顔で挑発し合う2人を見上げ、自分の存在感の薄さを心配するルカ。
この竜族の少年も強敵であることは間違いなく、忘れることなどあるはずがなかった。
しかし、そこでエリーがルカにちょっかいを出す。
「安心しなさい。ユウとリズの目にはルカは映っていないから」
「ふんっ! いいさいいさっ! 絶対後悔させてやるんだからねっ!」
ルカを応援しているのか何なのか。しかしエリーのその一言は、蒼髪の少年の燃料となったのは間違いなかったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ネロの役回りとシルフィの存在感が伝わるといいな、というところです。
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