40.剣撃の音は鳴り響く
酒の勢いなのか本心なのか、ユウ達の戦闘指南を引き受けたネロ。
神の子であるユウ達の指南役が務まるのか不安なシャル。
2人による、スパルタ指導が、始まった。
剣撃の音が響く。その合間、合間に魔法の爆発や閃光が飛ぶ。
一際甲高い金属音が2回鳴り響くと、ユウとリズの剣が地面へと落ちた。
「はぁ……はぁ……マ、マジっすかネロさん、それで現役じゃないとかどんだけすごい冒険者だったんですか」
「本部の副代表が伊達じゃないって見せられてよかったよ。俺もまだまだやれるもんだな」
「本当……私達2人がかりで全く歯が立たないなんて……」
ネロはその身に漆黒の鎧を纏い、その手には同様に漆黒の長剣を握る。その姿は冒険者時代のそれだ。昨日の食事の時に酔っ払って彼らを鍛える約束をしたネロだが、その約束はきっちりと守られている。ユウとリズは邪婬の魔神の件で自分達がまだまだであると実感したようで、鍛錬の指南役に私達を選んだのだ。ここは冒険者ギルドの戦闘訓練施設。結界魔法もあり、だいぶ広く堅牢に造られているため、ネロも私も存分に力を振るうことができる場所だ。
それにしても、共に冒険者をやっていた私から見ても、ネロの強さは現役時代に劣らない。鍛錬をしてる時間などなかったはずなのに。
「ネロ、あまり見せつけないで。私がガッカリされちゃうから」
「白兵戦の戦闘訓練は俺に任せときゃいいだろ。お前は契約精霊でも見せてやりゃいいさ。それにしても、俺ら魔神に勝てたかもしれないな」
神の子を圧倒できていることが嬉しいのか、息も切らせず嬉々とした表情を浮かべている。
「本当に今までただ僕達は運がよかっただけなんだと思い知らされましたよ。その分、鍛錬のし甲斐もあるってもんです」
地面に寝転がりながら、晴れ晴れとした表情のユウ。自分達の力量を知り落ち込むかと思いきや、中々骨のあることを言うものだ。今までの彼らの功績は運だけではない。それは間違いないのだが、成長に謙虚さは必要だ。彼らは成長に必要な要素を十分に持っていると言える。
「お前ら、少し休んだら次はシャルの番だからな。シャルの契約精霊にぶちのめされて凹むなよ?」
「これだけやられたら、私達ももう何が来ても凹みませんよ」
「よかったわ、それなら安心してリーンに出て来てもらえるわね」
リーンは冒険者時代に命を賭して契約をした私だけの精霊だ。知性もあり、知識も豊富で私達の旅の窮地に幾度となく手を差し伸べてくれた。彼女も私達の大切な仲間のうちの1人である。今の状況を話せばきっと、彼らのために動いてくれるだろう。
「シャル、準備ができたら喚びだして先に説明しとけよ、いつまでもこいつらを休憩させることはない」
「えっ?! 僕らまだ全然休んでないですよ?!」
「何言ってる。一息ついたじゃないか。それに喋れてるうちは余力があるってことだろ。俺の教育方針はスパルタだからな。余力があるのに休んでたら、鍛錬の時間が減るだろ」
その外見からは想像できないほどに段取りと指導にうるさいネロの言葉に、私は契約精霊であるリーンへの喚び掛けを始めた。
◇◇◇
リズと共に、剣を構える。今、シャルは喚び出した契約精霊と何か話をしている。リーンと言う名前から穏やかな精霊をイメージしていたが、実際、目の前に喚び出されたそれは、美しく神々しい姿をしていた。真っ白な身体は馬と呼ぶには一回りも二回りも大きい。しかし、その体型は、馬の形とほぼ変わらない。何が違うと言うなれば、その大きさと、馬にはない一本の角が額に生えていることだ。
「ユニコーン……」
「キレイ……」
僕もリズもその美しさに見惚れ、それ以上の言葉を紡ぐまでに少し時間が必要なほどだった。元の世界でも幻獣の括りに分類されるユニコーンが、こうして目の前に現れている。その光景に、胸が熱くなる。
「あれって、見るからに光属性の精霊だよね?」
「うん、私もそう思った」
シャルがリーンを伴って近づいてくる。シャルも冒険者時代の装束なのだろうか、濃緑の革鎧に身を包んでいる。シャルの美しさも相まってその雰囲気はエルフに似ていると思えた。この世界に来てからまだエルフというものに出会えておらず、エルフが存在するのかも定かではなかったが、いるとするならばそんなような雰囲気なのだろうと感じた。
「2人とも、準備はいいかしら?紹介するわね。彼女はリーン、私の契約精霊よ」
『お主らが神の子か。話はロッテから聞いた。魔神に対抗すべく、力を身に付けたいと』
リーンの穏やかな声が、神や魔神の時のように直接脳内に響く。ロッテというのはシャルのことだろう。リーンはシャルのことを別の愛称で呼んでいるようだ。
「はっ、はい。ご協力、感謝致します」
リーンのその荘厳な雰囲気に僕達は呑まれ、畏まってしまう。大地の精霊に力を借りた時は、ここまでの存在感を感じはしなかった。この圧倒的なまでの存在感の差が、リーンの力の強大さを示しているのだろうと思われる。
『ふっ。堅くならずともよい。ロッテに対して振る舞うように我にも振る舞え』
「そうよ、こう見えて立場は私と対等なんだから、そんな反応するなら、私にもそうやって畏まってよね? もちろん、そんな振る舞いされても嫌だけど」
「あ、ごめんなさい、シャルさん。あまりにも神々しくてつい……」
「まぁ気持ちはわかるわ。私も実物を見た時は感動して動けなかったもの」
その言葉が嬉しかったのか、リーンはシャルに頬ずりをし、シャルも嬉しそうにそれを受け入れていた。この2人の絆の深さが見えた気がした。
「さて、いいかしら?」
「「お願いします」」
「じゃあリーン、始めて」
『承知』
瞬間、リーンから眩い光が発せられ、僕達は視界を奪われた。
「がはっ」
「きゃっ」
巨大なハンマーで殴打されるかのような衝撃を受けたと思えば、僕達は後方に吹き飛ばされていた。何をされたかもわからず、改めて剣を構える。リズは起き上がると即座にリーンに駆け出した。そのリズの背に僕は隠れながら追いかける。情けない姿だが、これが僕とリズで考えた正体不明の敵と戦う時の戦略である。リズと僕で攻める際は頑強を持つリズが前に立つ。僕はその間に敵の分析をする。本当は、リズを前に立たせることなどしたくないのだが、リズの頑強に関しては僕も同じように実現で自身を強化しようとも敵わないのでリズに反論することもできなかった。
ただ、もちろんいつまでもこんな戦い方をするつもりは毛頭ない。強くあればいい。強くあって、リズにこんな危険な目を追わせなければいいだけなのだ。そのために僕は、2人に対して戦闘指南を願い出たのだから。
訓練が始まった時の距離まで僕らがリーンに近づくと、再び、眩い光が放たれた。リズが剣で衝撃を受ける音がする。光に視力を奪われなかった僕の目で、リズの背から衝撃の正体を確かめようとすると、一瞬だけ丸太のような柱が見えた。しかしそれもすぐに光の粒子となって消える。
「ユウ、わかった?」
「うん、光の柱みたいのが飛んで来てる」
本当はサングラスのようなものを纏う実現を使いたかったが、意識喪失を二度起こしてからと言うものの、リズは最小限の実現で戦うことを僕に厳命している。
僕自身も、前回は何とかリズの命を無事に救うことが出来たが、あと一歩間違っていればそれすら出来なかったことを踏まえ、実現は温存してなるべく使わない戦い方を身に付けているところだ。特に初めて使う実現は絶対に激戦の中では使わない。諸刃の剣そのものだからだ。
この能力を、いや、超能を知った時はチートかと思ったが、実際使い始めてみると案外制約が多くなり、使い所が難しい。もう1人、実現を使える人がいれば、攻撃と防御で役割分担をして思う存分にその真価を発揮できたことだろう。
「もう一回、同じ形で。リズが受け止めらたら僕が前に出るよ」
「わかった」
しかし、結局はそれも上手くいかなかった。リズの脇を抜き出て電光石火で一気に距離を詰めた僕は、そう来ることが分かっていたかのように角で弾かれ宙を舞う。そして追撃の光の柱で四方八方打ちのめされた。リーンの意識が僕に向いているうちに、リズもリーンへと駆けたが、リーンの尻尾に叩かれ吹き飛ぶ。全く歯が立たない。
「凹みませんとか、嘘でした。正直、こんなに歯が立たないなんて……」
リズが身体を起こしながら、悔しそうに呟く。
「でも、だからと言って、ここで挫けるお前らじゃないんだろ?」
「もちろんです」
『なるほど、ロッテの言う通り、イイ子達だ』
「だろ、俺の自慢の弟妹分だ。鍛え甲斐がありそうでこれからが楽しみだ。」
「まぁ魔神出現の情報が出るまでしばらくは、高難易度依頼と、鍛錬の日々ね。魔神の情報も、いつ出て来るかわからないし、本当に出てくるかすらもわからないけど、それまでは当分、私達がしごいてあげるわよ」
ネロとシャルはリーンにボコボコにされる僕達を見て、笑いながらそう言う。
僕も正直なところショックだった。神の子と言われ、実現と呼ばれる超能を持っていることで調子に乗っていた。自分の超能に寄り掛かっていただけで、僕達はまだまだ全然弱かった。
自分達への憤りと恥ずかしさと悔しさを糧に、更なる高みの強さを求め、僕らの地獄のような修行の日々が、今日、ここから始まった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ストーリー的にはひと段落、という形です。
ここから先は、魔神との戦いまで鍛錬の日々が待っています。
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