3.神の子
「え? 子供?!」
突如現れた得体の知れないものを思い切り蹴飛ばしてしまった。
吹き飛ぶ姿は、確かに人のそれであり、蹴る瞬間に僅かに見えたその顔立ちはまだ幼かった。
「どうしよう、死んじゃったかな……」
自分の服を手に取り、とりあえずあたふたしながら子供のもとへ近づこうとすると、子供の近くの茂みから深々とフードをかぶり、ローブを着た小柄な少女が姿を現す。
「大丈夫、生きてる。特に怪我もない。気を失っているだけ」
抑揚のないその声の持ち主は、私がこの世界に来てから3か月、ずっとお世話になっている人であり、旅のパートナーでもある。
「よかったぁ」
ひとまず子供の無事を確認でき、安堵しながら衣服を身に纏う。
私の蹴りを受けて怪我もない子供、ということに驚きを隠せないが、何はともあれ無事でよかった。子供のもとへ近づいてみると、確かに怪我はなさそうだ。
子供、というのは失礼だったかもしれない。顔立ちは幼さを残しているが身体はそれなりに大きい。私よりか少し若いくらいだろうか。顔立ちから推測するにそこまで年齢は変わらないように見える。まぁこの世界では外見から年齢を判断することが無駄なことであるというのを、私はすぐ傍で屈んでいる少女に出会って学んだのだけど。
その少女はというと、普段の抑揚のない様子からは信じられないほどに目をキラキラさせながら私を見ている。
「どうしたの? 可愛い顔して」
「リズ、見て。これ」
少女は私に、少年の腰に携えられている短剣の柄を指差して見せる。
「これ……太陽と竜の紋章……」
その紋章は私が持っている長剣にある紋章と全く同じものだった。
彼がこの短剣の持ち主であるならば、私の蹴りで怪我がなくとも不思議はない。彼もきっと、私と同じ転生者なのだから。それはつまり、神様から彼だけの何かをもらっているということだから。
「ひとまず、移動しましょう。彼が目を覚ますのが楽しみね」
気を失っている彼を担ぎ、傍らにいる少女に微笑みながら話しかけると、少女もコクコクと、無表情ながらも笑っているであろうことがわかる程度の笑みで頷いた。
◇◇◇
滝の音が聞こえる。喉が渇いた。滝を見つけて、水分補給をしようと水場に飛び込んだはずなのに……どうして僕は横になっているのだろうか。また気を失っていた? 鼻をつく香ばしい肉の焼ける匂いもしてきた。あぁ……お腹が空いた。
「起きた?」
その声を聴いて頭の中に稲妻が駆け巡り、上半身を勢いよく起こした。
ここはさっきの滝の裏手だろうか、滝の音は聞こえるが、水場が特に見えない。
すぐ傍には焚火がされており、火がパチパチと弾けている。そこで木の串にささった肉らしきものが焼かれていた。
そして、目の前には金色に輝く髪を短く整え(ショートボブという髪型だったと思う)、瞳が淡く青い、美しい女性がいた。
「あ……」
言葉が出てこない。この世界の言葉も問題なく理解できるんだな、とか考えている場合じゃない。何か言わないと。本当だったら二度と会えなかった人に、こうして会えているのだから。でも何から話せばいいんだろう。
自己紹介から? あれこれ考えていると、目の前の美しい女性が水浴びしている姿が思い出された。
「あ!」
「え?!」
「ごめんなさい! 決して覗いてたわけでも、襲おうとか思ったわけでも、ありませんから!」
「え? あぁ、さっきの話? いいよ、別に気にしてないし。この世界で旅をする以上、そんなこと気にしててもしょうがないしね」
竹を割ったようにサッパリとした性格。その美しい容姿からは想像できないそのギャップが、彼女の魅力を一層引き立てているように思えた。
「まぁ見られたらそれは嫌だけど、嫌なら嫌で自分も見せないように、自分の身は自分で守らないといけないからさ」
自分の身は自分で守らないといけない。その言葉が僕の胸に突き刺さる。僕が自分の身を自分で守れていれば、この人はここにはいなかったはずなのだ。こんなサバイバルのような生活をすることなく、元いた国で、科学の恩恵を受けて幸せに暮らしていたはずなのだ。
「君、名前は? 私はリズ・ハート、リズでいいよ」
「僕はユ――」
神の忠告が、脳裏をよぎる。
『真なる名は、あなたの命だと思ってください。決して、安易に他人に教えてはいけませんよ』
確かにこの人も、真名は言っていないのだろう。ミドルネームっぽいものがない。
そうは言ってもな……ユウ・グラン・ソウルが真名だから……どうしよう。
「あ、ごめん、真名は言わないでいいからね。私もさっきの真名じゃないから」
やっぱりそっか、先走らずによかった。
そして敢えてこうして言ってくれるこの人の気遣いが嬉しい。
「僕はユウグ・ソウル、です」
「じゃあ、ユウでいいかな?」
おっと、結局はそうなるのか。真名の一部であって真名じゃないから問題ないのかな。まぁこの人に命と言われる真名を知られても個人的には全くもって問題ないのだけれど。
「構いません、よろしくお願いします、リズさん」
「リズでいいって、さんとか面倒くさいから。よろしくね、ユウ」
そう言って笑う彼女は、気持ちいいくらい快活で眩しい。
自分はこんな人を死なせてしまったのだ。目の前でリズが生き生きとしている姿を見れば見るほど、自分が彼女を巻き込んでしまったことが悔しくてならない。
「あ、起きてる。ただいま、リズ」
「おかえり、エリー。彼も起きたし、ちょうどお肉も焼けてるわよ」
エリーと呼ばれた少女は、その身には少し不釣り合いな大きな水袋を持っていた。水を汲みに行っていたようだ。水袋をリズに渡すと、無表情のまま、ずいずいと近寄ってくる。
「え、あ、はじめまして」
無表情だけど可愛い。大きな瞳に少し癖のあるピンクがかった髪。人形みたいだ。装飾品なのか、頭には何かの動物の角のようなものをつけている。
「彼女はエリカ・アイナよ、エリーって呼んであげてね」
リズが肉の串の様子を確認しながら、声をかけてくる。
「よ、よろしく、エリー。ユウグ・ソウル……です。ユウで構いません」
「よろしく、神の子よ」
「神の……子?」
神の子とは何だろうか。あの神と関係しているのだろうか。だとしても、この子は何故、それを知り得たのだろうか。
「あーユウ、ごめんね、急に変なこと言って。エリー、まだその話何もしてないからご飯食べてから話そっか」
その提案には大賛成だった。次から次に話が進んでいって、僕も話を整理したいと思っていたところだ。お腹も空いたし、空を見上げれば夕暮れ時だし、この世界に来てから何時間経っているのかもわからない。精神的にも肉体的にも疲労困憊ではあるが、今はこの空腹と、自分が『神の子』という特異なキーワードで呼ばれた謎を解消したかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
不定期更新となりますが、なるべく短期間で更新していけるよう頑張ります。