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1.神の恩寵

『……め……さい』


 遠くの方で、誰かが何かを言っている。


『目覚めなさい』


 その男性とも女性ともつかないような中性的な声に、ハッと目を開く。


「……あれ?」


 意識はあるが、何も見えない真っ暗闇のこの状況に不安を覚えていると、眩い光が目の前に広がった。


「っ、まぶしっ!」


 今度は逆に眩しすぎて何も見えない。


『彷徨える魂よ、汝、何を望む?』


 また先ほどの中性的な声が聞こえてきた。

 同時に目も少し慣れてきたのか、空中にソフトボールくらいの光体が浮かんでいるのが見えた。


『彷徨える魂よ、汝、何を望む?』


「……いや、状況がよくわからないのですが、まずあなたはどちら様ですか?」


『我を知ること、それが汝の望みか?』


「……違います」


 別にこの光の正体が何だろうが、それを信じる信じないは僕自身だし、それはつまるところ、聞いても仕方のないことなのだ。


『汝、何を望む?』


「望むとどうなるのでしょう?」


『汝、何を望む?』


 RPGの無限ループのように一方的で会話が噛み合わないこの中性的な声に苛立ちを覚える。

 この、まるで夢の中のように自分自身の姿形が認識できない異常な感覚。しかし意識は研ぎ澄まされた刃物のようにはっきりしているというこれまた異常な感覚。

 とりあえずここは、所謂あの世なのだろう。そして目の前のあの光体は、神なのか天使なのか悪魔なのかはわからないが、今の自分の道先案内人なのだと思われる。であれば、光体の言葉をそのまま受け止め、返答をしないと先に進めそうにない。


「僕の望みは、僕を救ってくれた命の恩人に会ってその人のための生きることです」


 この光体が神なら僕の言葉の背景も全てわかるだろうし、この望みを叶えることができるだろう。


『……わかりました。』


「え?」


『わかりましたと言ったのです。』


「可能なんですか? 誰かわかるんですか?」


『可能です。私は全知全能な存在。あなたの頭に先ほど浮かんだもので正解です。私は神、わからないわけがありません』


 お、おぉ、勝手に正体明かしてきた。ん?


「いや、でも、全知なら、あえて望みを言わせなくてもよかったのでは?」


 うっかりそのまま口に出してしまったその言葉に後悔する。

 光体の輝きがひと際激しく点滅すると、その中性的な声は急に早口になった。


『何を言うのですかあなたは! もちろん私はあなたが何も言わずともあなたの望みなどわかっていました! 私は全知全能! 神ですよ?! あなたの口からあなたの望みを言わせることで、あなた自身が、自分の望みを改めて自覚することが大切なのであって私があなたの望みをわからないからなどでは決して――』


「わかりました! わかりました! すみませんでした!」


 我とか汝とかカッコつけてたくせに急に普通に話し始めて……なんだこの面倒くさい神は。


『面倒くさいとは何ですか?』


「あ、ほ、本当に全知なんですね。大変失礼致しました」


 自称神なる光体は軽く咳払いをし、続けて言葉を紡ぐ。光体なのに咳払いもするのか、などとは最早ツッコまない。


『理解したのなら構いません。まぁ、あなたは自身が理解しないと話が進まなそうなので、この神が、全知全能な神が、説明してあげますね。』


 全知全能なのに、小物臭がすご……あっ。


『ほぉ、小物ですか、私が。』


「申し訳ありません!」


『……はぁ。もういいです。続けますが、あなたは死の瞬間、他者の命を救いました。なのでその命の輝きに敬意を表し、願いを叶えてあげます、ということです。生き返るのも、ここで私に尽くすのも、あなた次第です』


 何故その二択になるのか意味がわからない。しかしまぁ――


「やっぱりそういうことですか。わかりました。お願いします」


『もういいのですか? 他に聞きたいことは? もっとこう……生き返れるの?! やったー! とか、神の下僕になれるの?! やったー! とかないのですか?』


「ないです。命の恩人に会えるのであれば、それが天国だろうが地獄だろうが関係ありません。どこだろうが、どんな人であろうが、僕があの人のために尽くしたいと想う気持ちに変わりはありませんから」


『つまらない人ですね……ですがまぁ、殊勝な心掛けです』


 この神は僕に何を求めているのか。申し訳ないが荒んだ人生を歩んできた僕にユーモラスな反応を期待されても、期待通りの返しができるとは僕自身到底思っていない。

 生き返ることよりも、目の前の神を楽しませることよりも、あの人に会えるというただそれだけが僕にとっては重要なのだ。


『はぁ……真面目というか何というか。まぁいいでしょう、では始めましょうか。あなたの望む人は、現在、あなたが今まで生きてきた世界とは別の世界に転生しています』


 え?! あの人が生きている?! 転生? 今、あの人が別の世界で生きていると言ったの?


『えぇ、そうです。それが、あなたを救って死んでしまったその人の望みだったからです。なので、あなたを同じ世界、その人のそばに転生させてあげましょう。あなたが最初に出会う人が、あなたの望む人です』


 どんな形で会うことになるのかと思っていたが、どうやら生きて彼女に会うことができる。そして彼女もまた生きている。ただそれがわかっただけでも心震えた。

 なぜ別の世界に転生することを望んだのかは今はいい。それはあの人に出会ってから聞けばいいのだ。

 それにしても『転生』とか、その言葉を聞いただけでも気持ちが昂ってくる。 


『生きる力が湧いてきたようですね。それでは、新しい人生を楽しんでください。それと記憶は引き継がれますから安心してください。最後に、餞別として新しい世界で生きていける身体と名を与えましょう』


 神の言葉の通り、楽しくなってきた自分がいる。しかし、彼女に会えることと同じくらい『転生』にワクワクしてしまっている自分を戒める。『転生』は、あくまで本来の目的の副産物でしかないのだ。


「名前……か」


 戒めたにも関わらず新たな自身の名前に想いを馳せる僕がいる。そういえば自分がここに来た経緯は覚えているのに自分の名前が思い出せない。これも死の影響なのだろうか。いずれにしても、どうせ今から新しい名を名乗るのだからどうでもいいことだ。

 新しい名前、せめて、カッコいい響きか、名乗りやすい名前にしてほしいところだ。


『それでは、おいきなさい。神に愛されたもの、ユウ・グラン・ソウル!』


 神が僕の名を叫ぶと、目覚めた時以上の光に包まれた。


 ユウが名前? グランはミドルネーム、ソウルが苗字?

 外国に転生するということだろうか。


 もしかしたら別の世界というのは、実はただのパラレルワールドだったりするのかもしれない。『転生』という言葉で、剣と魔法の世界という思い込みをしてしまっていた。

 普通のパラレルワールドかもしれないと思った途端にテンションが下降気味になる自分がいることに気づいたが、必死にそんな自分を振り払う。

 僕の目的は彼女に会って彼女のために生きることなのだから。どんな世界だろうと構わない……構わないんだ。


 そして僕はまた意識を失った。

 今度は今までと逆に、真っ白な光の中で。





ここまでお読みいただきありがとうございました。

不定期更新となりますが、なるべく短期間で更新していけるよう頑張ります。

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