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12.気になる言葉

 冒険者ギルドを出たあと、僕らは約束通り領主の屋敷を訪問した。

 昨日の招待に応じられなかった非礼を詫び、今日の招待の感謝を領主へ告げるリズを見て感心する。領主は招待に応じなかった等々を気にした素振りはなかったが、リズのその丁寧さに滅法気をよくしたようで、やっぱりリズは大人だなと感じた場面でもあった。


 昨日の誘拐からの救出の御礼として、盛大な食事会が開催された。屋敷の庭を最大限に活用した立食パーティだ。卵料理・米料理・麺料理・パン・肉・魚・果物・デザート。昨晩と今朝の食事を除き今までこの2日間、基本、ラビ――所謂兎だと昨晩わかった――の肉しか食べていなかった僕は、その見たこともない豪勢な料理に腹が鳴る。それはリズも同じようだ。むしろリズも転生してからここペイニアが初めての街であり、まともな料理というものをずっと食べていない。そんなリズとエリーの目が輝かないわけがない。


 エリーはその子供の見た目から大人達の会話に参加などするわけもなく、ひたすらに料理をテーブルの端から取っては食べ、取っては食べの繰り返しである。

 それにしても……竜族というのはやはり珍しいのか、パーティ会場のあちこちからエリーに好奇の視線が絶えず向けられていた。そのエリーはというと全く意に介すこともなく、黙々と目の前の料理を口に運んでいた。

 リズと僕はこのパーティの主賓ということもあり、領主を筆頭に、領主と縁ある色々な人が酒杯を片手に持ちながら順次話しかけてくる。その中には宿屋の主人もいた。


「お二人は何故冒険をされているのですか?」

「ユウさんは遊撃士(レンジャー)でリズさんは戦士(ファイター)なんですね!」

「お嬢様を救出された時の戦いのお話を聞かせてください」

「お二人は……その……だいぶお若いのに、すでにご夫婦なのですか?」

「次の目的地に発つ際にはうちの店で是非ご準備を」

「出発の日まで、どうぞうちでごゆるりとお過ごしください」


 などなど、途中リズと互いに噴き出しそうになる質問もあったりしたが、そこは恋愛経験など欠片もない僕がドライに『いえいえ、まさか』とそつなく対応することで事なきを得た――と思ったのだが、その時のリズが少し不機嫌になった気がした。言葉の選択を間違えたのかもしれないが、次々と迫る質問と料理を食べたい食欲に追われリズの真意を確認することは結局できなかった。


 人が入れ替わるわずかな合間にここぞとばかりお目当ての料理を取りに行くが、この様子では全種類は食べられそうもない。一通り食べ終えたであろうエリーを呼び寄せ、お目当ての料理を取ってくるようお願いをしたりして料理を楽しんだ。

 そんな怒涛の質問攻めだった食事会も思いの外あっという間に過ぎ、会の最後に領主からペイニアの街の郊外に経つ屋敷の褒美を打診された。


「妻の忘れ形見の大事な娘を救ってくれた恩人に何かできないかと必死に考えたのだ。私の持つ別邸のうちの1つで申し訳ないが、どうだ、この街に住んではみないか?」


 領主ほどのセレブともなると褒美のレベルもこのように半端ないことになるのだろうか。

 さすがに街を転々とする冒険者である僕達が住みもしない屋敷を受け取るわけにもいかず、何とか事情を汲んでもらい、それならばと金貨2,000枚(価値はわからないが)とペイニアで最速と言われる馬2頭を頂戴することとなった。


「生活に困るようなことがあれば、いつでも私のもとに来てくれて構わない。我々はいつでも諸君らを歓迎する」


 金貨と馬では贈り足りない気持ちが残るのか、そんな言葉まで僕達にかけてくれる。領主の娘である少女も領主の傍で控え、笑顔で頷いている。元気な様子で何よりだ。

 確かに大事な一人娘の命ということを考えれば、父親としてはその恩人という位置づけの僕達に望まれることなら何でも、という気持ちになるのかもしれない。

 僕には親がいなかったから、父親の気持ちというのもあくまで推測でしかないのだけれど、この領主は父親として確かにこの少女を愛していることが窺い知れた。


「ありがとうございます。僕達はお金と馬をいただけただけで十分です。本当に、これからの冒険で必要だと思っていたものそのものでしたから」


 ギルドを出た際には、お金と馬の心配をしていたというのに、領主の屋敷に赴いてみればその心配事が2つとも消え去った。自分達は少女を悪漢から救うという当然のことをしただけなのだが、この御礼の品に関して言えば正直助かった、というのが本音である。

 そして僕達は領主と少女、街の人々と再会の言葉を交わし合い、沢山の人に見送られながら屋敷を後にした。


「素敵な親子だったね。私達にもお父さんがいたら、あぁいう感じだったのかな」


 リズが喜びとも哀しみともつかぬ表情で、エリーの手を握りながら空を見上げ呟く。

 その言葉に、リズの想いがここではないどこか遠くに馳せられていることだけはわかった。以前の施設暮らしのことを思い出しているのかもしれない。


「僕も父親になる時は、あぁいう優しい父親になりたいな」

「なれるよ、ユウ、優しいもの」

 そう言って僕を見るリズの瞳は、いつにも増して慈しみと優しさに満ちていた。

「ハハッ……ありがとう。リズもね、間違いなくいいお母さんになるよ」

「それなら、私達の子供は、とても幸せね」


 幸せな気持ちに包まれ、その余韻に浸っていたため、リズの言った言葉を右から左に聞き流すところだった。


「え?」


 首を傷めるんじゃないかってほどの勢いでリズを見ると、リズは急に早足で僕の先を行こうとする。横顔が一瞬だけ見えたが、見間違いかと思えるほどにその顔色は真っ赤だった。そんなリズにエリーが若干引きずられるように歩いていることにもリズは気づいていない。


「ね、ねぇ、リズ、今なんて?」

「な、何も言ってないわよ! ほら、早く行くわよ! 準備をして早々に神都に向かいましょ!」


 これ以上は何も言える空気ではない。

 うん、きっと僕の聞き間違いで、見間違いだ。

 二頭の馬を引きながらリズ達に駆け寄り、引きずられているエリーを後ろから抱き上げて鞍に置く。

「ありがとう。助かった」

 ホッと息を吐くエリーを見て状況を理解したのか、ごめんごめんと謝るリズ。


 僕には両親がいなかったから家族の愛というものがどんなものなのかはわからないけれど、当たり前のように僕の傍にいてくれるこの2人に、とても幸せを感じていた。家族というのは、こういうものなのかもしれない。


 幸せの余韻に浸りながら街を発つ準備を早々に終えると、僕らは最初の街ペイニアを清々しく旅立ち、北に位置する神都へと向かった。






ここまでお読みいただきありがとうございました。

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