第二話 店舗を探そう
見てくれども誰も立ち止まらず・・・。ネーミングセンスが一番駄目なのかなぁ。
アーマンド商国、人口2000万ほど。
さほど大きくない国土に対して、なかなかの人口を誇る。
東と北を結ぶ大きな交易路を抑え、南は大森林、西は漁業が盛んな海という地形に位置する。
東北から大陸を分かつ世界一の峻険と名高いエイル山脈を迂回するルートが存在し、北には技術大国ロマノフ王国が、東には東の雄ガーランド帝国を結ぶ。
中立を謳う国であるが、大国二つににらみを利かせる軍事的重要国でもある。
その成立から、日本に似ている気候の地域であるが、たくさんの城塞都市が乱立し、人の出入りは激しく行商の国、海運の立国として有名だ。
俺がまず最初の店舗設立で目を付けたのはこの国の西、海運都市アムルである。
海の幸も豊富だが、世界各地の食材が凡そ揃う上に、人の出入りも多いので絶好の立地である。
問題は好立地すぎて、土地代が高いことと、空きがほとんどないことだ。
仲間たちと最後の冒険を終えたのもこの街近くのダンジョンだ。
港湾の拡張工事の為南に森を切り開いた結果発見された、森の奥にあるダンジョンの先見危険調査及び5階層までのマッピングが最後の依頼だった。
ダンジョンはモノによっては、次々と入り口からモンスターの沸いてくる危険なものも存在するため、その周辺の土地が安くなる。
しかし一足先に先見調査を行った俺は知っている。
このダンジョンは遺跡タイプ、しかも古代文明の倉庫のようなもので、警備用の魔物しか存在しない。
つまり周辺には害を及ぼさないタイプであり、今現在土地が安いのはまだそれが知れ渡っていないからだ。
入らなければ危険のない場所と知れれば、すぐにどんどん土地が高騰するだろう。
それに加え、ダンジョンが発見された周辺は開発途上ということもあり、その値段はかなりお手ごろになっている。
飲食店は立地がそのすべてと言われるほど、土地の立地条件に左右される。
隠れ家のような人を選ぶ高級店や、路地裏の飲み屋のように土地の悪条件を逆手に取る手段などもあるにはあるが、条件が特殊なので個人店までしか通用しない場合が多い。
スタンダードに良い場所をとるのは、広く展開していきたいのなら基本中の基本なのだ。
南側は肉体労働の平民から、賃仕事で糊口をしのぐ貧民の街並がある。
これから開発されるに当たって、立ち退いていくものも多いだろうが、狙い目はその低所得層向けの酒場などの居抜きである。
居抜きとは、その店舗をそのまま買い取ることである。
メリットとして、設備が劣化していることを考慮する必要があるが、什器、備品ごと流用し看板を変えただけの状態で使用することができるので初期投資が少なく済む。売り手側も本来なら捨てるか、せっせと備品を売ったりなどしなくてもよいので少しお得になる。
デメリットとしてはその店舗の悪いイメージを引き継ぐ可能性もあるが、そもそも貧民街のものなのできれいにし直せば、逆に目立つくらいちゃんとした店に見えるだろう。
一般的な個人出資の場合はどちらかというとベターな方法である。
俺もあまるほど金があるわけじゃないしな。
もともと金は充分たまっていたが、お金たまったからじゃあ始めましょうと言って、始めて失敗するなんてのはよくあること。
ちゃんと戦略を立て、戦略にあった土地をチョイスし、きちんと初期投資をし、従業員を雇い、食材を買い、理想通りの経営を始めれば一億あったって足りはしないのだ。
ちょっとした小金で始める人間もいるし、それで成功することもあるが、それはあくまで特例である。
日本でも年間500万の損益なんて珍しくないのに、1000万前後で始める人間が多いこと多いこと。
確かに新規開店時の客数にはブーストがかかるが、それもせいぜい1年ちょっとくらいのもので、腕もよく、業態として間違っていなくとも、ついよきあの日よもう一度とコスト削減を渋っているうちに潰れる。
最初の人気は2年目3年目と保てないことはある意味正常である。
案外そのままザルな経営を続けても、人気を保って継続することもないではないが、大抵は客数も落ち着いて、開店時とその後の落差で資金が持たずに潰れることがザラにあるのだ。
街角でなんか新しい店が出来、味も悪くないと聞くので気にしていたら、いつの間にか潰れてなくなっていたということは割とみんな経験があるだろう。
あれは全てではないが、このパターンが多いのである。
そういうわけで、油断なくお手ごろな価格の店舗を求めて、貧民街の方向に向けて歩いているのだが・・・。
なんか見た顔があるんだよな、たぶん他人の空似だろう。気のせい気のせい・・・
「ちょっと待つ」
ザッザッザッ・・・
「・・・天よ地よその分け隔てなく降り注ぐ力よ・・・砕きて汝の肉をその身に捧げ・・・」
「ちょっ!」
「あまねく、死よ降り注がん、破壊の御子よ今・・・モガモガ」
あんまりに唐突な行為に、慌てて駆け寄り少女の口をふさぐ。
「ふっざけんな!何いきなり自爆魔法詠唱してんの!?俺を滅ぼすために自爆してまで無実の労働者の皆さん虐殺する気なの!?」
あまりの思い切りよさに慌てる俺の手を、何事もなかったように振りほどく少女。
「また変態的な悪事を働くと聞いて、元仲間として責任を感じたから・・・」
「うん、相変わらずだなこの女。それにあれは俺悪くねぇ。っていうか昨日の感動の別れはどうしたんだよ!?」
「女に化けた挙句、着替えの場に現れ、初対面を装って手をワキワキさせながら近寄ってくる変態の言うことは信用できない。それに・・・」
「あ、あれは誤解だって言ってんだろ!」
「ユリウスとバルドは賛成してくれたので、監視をするため私もこっちに残ると別れを済ましてきた」
「は?」
「言語を解しない猿に説明したのは無駄だった」
表情をピクリとも動かさずに少女が言う。
「えっと、そのつまり、お前もパーティ抜けてきたのか?」
「そう言ったと思ったのだけど・・・」
ちょっと待って頭痛い。あの一件以来嫌われてると思ったんだがもしかして・・・
「もしかしてお前・・・俺のことが好きだったのかー!!」
「ふっ」
「鼻で笑われた?!」
いやついてくるってなんだ?こいつは最年少でまだまだ伸びしろもある。
俺たちのパーティであと1,2年経験を積んだら、上級パーティに入ってもっと活躍できる器だ。
俺なんかより魔術への造詣も深く、生かせるだけの魔力もあり、さらに魔法を覚えれば出世間違いなしだ。
冒険者と言ってもピンキリだが、トッププレイヤーへ入れば大金持ちも夢ではない。
引退後も宮廷教員に国家研究者に、安全で高給な職場へ引く手数多である。
「まじめな話よ」
これはいかん。将来ある若者が、なんで俺の世話焼きに来てるんだよ。
確かに今の体年齢的にコッチが7つ年上なだけだが、もう完全に心は中年、体はまだまだ発情まっ盛り、危険にもほどがある。
何が悲しくて、将来棒に振って、淫獣の下へ生贄になりに来るんだコイツは?
いや俺は紳士だよ?
ともかく折角だが、心を鬼にしよう。
「?」
「お前将来あるじゃん?」
「それはもちろん」
「将来のこと考えてないだろ?お前こっち来たって生活できるかわかんねーだろ。まだ中堅の魔法使い単体だし、パーティ募集は空いてるだろうよ。でもさ、お前みたいな若い奴初級パーティしか雇わねーよ?」
「知ってる」
「・・・そうなったら食ってけないから兼業しながら簡単な依頼こなして、かつかつの生活して、そしてそのパーティがうまいこと中堅になって、生活できるようになったら、お前もうおばさ・・・ガッ」
全部言う前に、顔面に氷塊が飛んでくる。
「知ってると言った」
「おー痛ってぇ・・・。あのなぁ、それで冒険者とかいつまで続けられるんだよ。老後の世話は?村にでも戻るのか?それとも結婚相手とかいるのか?」
「まず、一つ勘違い」
「・・・なんだよ?」
「冒険者は昨日引退届出してきた」
「え?じゃあ結婚か?お前にそんな奴いたんだ?相手はもしかして・・・分かった。薔薇の剣クランのハイモンだろ?」
「結婚も違う。今のところは相手もいないし、そもそもあそこは男色」
「へ?俺あそこに誘われてたんだけど・・・お前が欲しいとかなんとか、え?マジでそういう意味?」
「変態」
「ちげーよ!・・・え、マジで嘘だよね?」
「・・・」
「・・・うん、その話は置いておこうか。あ、そうか就職先みっけたのか、うん、もうそれしかないよなぁ。なんだよー言えよー水臭い。ともかく、おめでとう!」
「そう」
「なんだよーマジかー、安全な職場勤めか悪くないかもなぁ」
「いいえ、ものすごく、危険?」
「お、おう、そうなのか・・・。成功したいのはわかるが、若いからってあんま無茶すんなよ?職場こっから近いのか?」
「すごく」
「マジか!そうかぁ・・・やっぱりちょっとはさみしいと思ってたんだよ。そんなら今度休日にでも飲みに行こうぜ!ほら最後に混んでて行けなかった、ええと、真っ赤なトマト亭だっけか、あそこのトマトとチーズのポークソテー食ってみたかったんだよなぁ」
「それはいい、私も気になってた」
「おう、約束だぜ!いやーそうかそうか、じゃあ今度誘いに行くから宿教えてくれよ」
「宿は無い。家を買った」
「うお・・・マジかよ。俺は仕事場住み込みになりそうなのに優雅なこった」
「一応部屋は空いてる。食費は折半、別に月3万で」
「は?下宿させてくれるってのか?おい・・・言っとくが・・・いや自分で言うのもなんだが、そんなことしたら3カ月以内に妊娠してるぞ」
「大丈夫、部屋の防護は完璧。中に引き入れれば騎士団すら壊滅」
「・・・お前はいったい何と戦ってるんだ?っていうか清く正しく生きてても俺うっかり死ぬ可能性あるよね?」
「あなたがバカなこと考えなければ平気。・・・多分」
余計な一言が聞こえたけど?さすがに襲ったりしなければ大丈夫か・・・。
どうすっかなぁ・・・。仕事場に寝泊まりするよりは楽だろうしなぁ。
即死系トラップとか、さすがに仕掛けないだろうし・・・。
いや、こいつそういや研究用にとか言って、ダンジョンから魔法陣のタイルごと持ち帰ろうとしたことが・・・いやあれは止めたし大丈夫だよね?うん大丈夫だ。
「んー・・・悪くないかもな、なんだかんだで居住スペース多少は必要になるし、店のスペース無駄に使いたくないしな・・・。ただ、お前ご近所に変な噂されたりとか平気なのか?」
「無責任な他人の言うことにいちいち関心は沸かない」
「っかー、まぁお前はそういう奴だったよな。よし、安く上がりそうだし厄介になろうかな」
「決まり」
「まぁ働いてればお前にもいい相手見つかるだろ。そのときは早めに言ってくれよな。引っ越し大変だからよ。そういや職場に男はいんのか?」
「一人」
「すくなっ・・・全体数何人だよ?」
「私と・・・二人?」
「え?いや、なんだその職場?どこだよ?」
「このあたり?」
「ん?」
「ん?」
なんかさっきから話がおかしいな?
「えっと・・・どこで働くの?」
「あなたのところ。私、副店長?」
・・・おい
「貴殿のますますのご栄達お祈り申し上げております」
「快諾感謝」
「お願い!話聞いて!」
「ちゃんと聞いてる」
あ、うん確かにソウデスネ。
お祈り受けて、ここまで強気な対応する新卒社員居たら面接官ひっくり返るだろうけどね。
「当店を希望された理由は?」
「楽しそうなことの独り占めは許さない」
「当店で働くに当たって、気になる点はございませんか?」
「福利厚生と、セクハラ相談は何処へすればいい?」
「これにて面談は終了です。連絡先は聞いてませんが、後日連絡いたしますので、今日のところはお引き取りを」
「わかった、家は南通り交差路から三件目の白い家」
「元貴族屋敷の並びじゃねーか!どっから金出した!」
「即死トラップの解析・・・ものすごく高く売れた」
「よかったね!本日はありがとうございました!」
コイツの自宅がダンジョンになってる可能性出てきたよこの野郎!
「よきに計らえ」
「帰ってくれないかな!?」
「それじゃあ、先帰ってる。宿からあなたの荷物は運んでおいた」
断られる可能性ゼロなのかよ!勝手にやるな!
「そうなんだ!さっそく気が利くね!」
「うん皆も手伝ってくれた・・・じゃ」
皮肉が効かない!そして皆って、ユリウスとバルドの奴か!
そう言い残して少女は南通りに、歩いていく。
「あいつら・・・次にあったら覚えとけぇぇぇ!」
海を渡ると言っていた元仲間たちに聞こえろと言わんばかりに、俺は海に向かって叫ぶのだった。
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