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09:エルフさんと金沢の老舗旅館

 受付でチェックインを済ませると仲居さんに案内され今日、泊まる部屋に案内される。

 ここでも普通に日本語を話すと驚かれた。

 道すがら仲居さんと色々と話をしていたけど、完全な日本生まれと分かると饒舌になり、ついつい話に花が咲いてしまった。

 今日泊まる部屋は金城樓の中でも割と狭い部屋だ。

 と言っても二人で泊まる分には充分広い部屋でお風呂は総檜で立派な物だ。

 少し早めにチェックインしたので夕飯前に二人でお風呂に入る事にした。


 総檜風呂なので木の香りがよく非常に心地良い。

 そして金城樓のアメニティは金城樓オリジナルなのでこんな時では無いと味わえないのでたっぷり使って体の手入れをする。

 リアは余り興味が無いのか、さっと頭と体を洗って湯船でのんびりしている。


「リア、少し詰めて」


「はい」


 リアは少し隅に寄って私の入る隙間を空け、私は出来た隙間に入る。


「あ~、気持ち良いわ~」


 温泉では無いけどこう言うお風呂も良いわね。


「癒されるわ~」


 私は湯船に浸かって気を抜いてだらけながらふと横を見ると顔を真っ赤にしながら両足を抱えて俯いているリアがいた。


「リア、どうしたの?もしかしてのぼせたのかしら?」


「……いえ……よく考えたら人前で裸になった事が無くて……」


 どう言う事かしら?

 それで何か問題でも……あ、もしかして!


「裸で恥ずかしいって、事?」


 リアは静かに頷いた。

 そうか、基本ぼっち女神のリアは裸の付き合いなんて言う高度なコミュニケーションなんてした事がある筈が無い。

 まして人前で裸になる事も無い。

 そう考えれば恥ずかしいのは仕方が無いか。


「それなら私は先に上がるわ。お風呂は後でも入れるから」


 私が湯船から出ようとするとリアが私の手を掴んだ。


「え、どうしたの?恥ずかしいなら私が先に上がった方がゆっくり出来るでしょ?」


「一緒にいて下さい。何事も経験だと思いますので……」


 顔を真っ赤にしながら言っているのが不安だが私は湯船に浸かり直す。


「無理しなくて良いのよ?」


「……大丈夫です」


 そう言いながらぶくぶくと顔の半分をお湯に沈めるリア。

 流石に潜りはしない様だ。


「人のを見るのも恥ずかしい?」


 リアは鼻から下を水に沈めながら首を横に振った。

 息苦しくは無いのかしら?

 でもこう見ると子供っぽいのよね。


「でもその体勢でいると本当にのぼせるわよ」


 私はそう言ってリアの目の前に立って腕を掴んで浮上させる。


「キャッ!?」


 リアは体制を崩して私に勢いよく顔を埋めた。

 顔を埋めた場所が悪くリアは顔が真っ赤にの頭から湯気が出てきた。


「きゅ~……」


 このままだとお湯に沈んでしまうのでお湯から上がらせて湯船の縁に腰を掛けるように座らせて額に水で濡らした布を当てる。

 暫くすると落ち着いてきたのか意識がはっきりしてきた様だ。


「大丈夫かしら?」


「はい。ちょっと私には刺激が強かったみたいで……」


 裸でも恥ずかしいのにあんな所に顔を突っ込めばオーバーヒートするのは当然だ。


「上がりましょうか。ちょっと長湯だったわね」


 リアは脱衣場で体の拭き方が結構、適当だったので私がしっかり拭いた。

 髪の毛は私が体を拭き終わるまで脱衣所で待ってもらった。

 髪の毛を乾かさず座敷へ戻ろうとして焦った。

 それに浴衣の着方が分からなかったのでそれも教えたりと地味に大変だった。

 私はドライヤーで優しくリアの髪を乾かす。


「魔法で乾かせば早いので大丈夫ですよ」


「ダメよ。他の人と一緒になった時の習慣を知らないと困るでしょ?そもそも魔法はダメじゃ無かったの?」


「誰もいないから問題無いかと」


 私は容赦なく目の前の駄女神に拳骨を落とした。


「痛いです!?」


 リアは拳骨を落とした所を手で押さえる。

 反省を促す意味を込めて少し痛いぐらいには力を入れた。


「リア、神様なんだからしっかりしないとダメよ。そんな事だと後々大変な事になっても知らないわよ」


「花梨奈に怒られました……まるで母親みたいです……」


 本当に中身が子供に見えてきた。

 神様って、どんな育てられ方をするのかしら?


「これから変な事をしたら私が叱ってあげないといけないわね」


「出来ればもう少し威厳のある扱いをして頂けると嬉しいのですが……」


「それならしっかりしなさい」


 リアは少ししゅんとしながらも大人しくなった。

 リアの髪を乾かし終わるとドライヤーで髪を乾かす前にいつも使っている化粧水を付けて肌に馴染ませてから、乳液を手に馴染ませて優しく押さえる様に肌に馴染ませていく。

 これ、普段使っているのとどっちが良い物なんだろうか?

 金城樓のオリジナル乳液だから気になっていたのよね。

 エルフの肌が綺麗だから今まで以上に手入れをしっかりしないとね。

 ちゃんと髪を乾かして耳を隠す為にニット帽を被る。

 浴衣にニット帽はどうかと思うけど諦めるしかない。

 もたもた三十分ぐらいは脱衣場で格闘してから座敷へ戻るとリアは寝転がりながらテレビを見ていた。

 折角、綺麗に着せた浴衣が着崩れてしまっている。


「リア、もうすぐ晩御飯だから浴衣を治すから立って」


 リアは大人しく私の目の前に立ったので手早く浴衣を直す。

 本当に大きい子供の世話をしている気分になってきた。

 リアも何故か楽しそうなので、その無邪気な顔を見ていると叱る気が失せてくる。


「ほら、直したからご飯が終わるまで寝転がるのは止めなさい。流石にみっともないわよ」


「分かりました。そろそろご飯ですか?」


「そう、仲居さんが来てみっともない格好をしていたら恥ずかしいでしょ?」


「それは困りますね。つい自宅にいる感じ寛いでしまいました。気を付けないとダメですね」


「テレビを見ながら座って待ってましょう」


 流石に私が注意した後なので大人しく少し足を崩した形で座っていた。

 せめてそうして欲しい。

 のんびりテレビを見ながら過ごしていると仲居さんが料理の準備が出来たと言う連絡が来たので、持ってきてもらう様にお願いした。

 ここは基本的に各部屋で食べる形になっている。


「どんなお料理が出て来るのか楽しみです」


「私も久しぶりだから楽しみだわ」


 私がここに来たのは還暦のお祝いの時だ。

 この姿でそんな事を口には出せないけど。

 まず運ばれてきたのはお酒と先付八寸。

 仲居さんが私とリアにお酒をお酌をしてくれた。

 普段はビール派だが今日は料理に合わせて日本酒。

 加賀の酒蔵の大吟醸だ。

 さっぱりとして甘口で普段、日本酒を飲まない私としては非常に助かる。

 個人的には立山の青ラベルが好み。


「飲みやすくて良いですね。綺麗で食べるのが勿体無い感じがしますね」


 リアは先付けをを見ながら言った。

 秋を表現しているのか飾り包丁で象られた紅葉や料理の配置が綺麗なのだ。


「そうね。これが日本の懐石料理よ。美味しく頂きましょう」


 炙った河豚と金時草のおひたしは苦味もなく独特の風味はあるが炙った河豚の香ばしいさと相まって絶妙だ。

 一緒に盛られている帆立と蕪の海老味噌をかけた一品もほのかに香る海老の香りと食材旨みが混ざる事によって思わず舌鼓を打ってしまう。

 それと一緒に飲むお酒がまた美味しい。


「美味しいです。こんな華やかで美味しい料理は初めてです」


 リアも満足気に箸を進める。

 だがこれでも先付けなのだ。

 次に出てきたのは吸い物で非常に秋らしい一品だ。

 秋と言えば松茸だ。

 そう、松茸の土瓶蒸しだ。

 松茸の香りを楽しみながら食べる一緒に蒸されている海老等の食材もまた一味違って心を躍らせる。

 三品目はお造りだ。


「リアはお刺身大丈夫かしら?」


 うっかり確認するのを忘れていた。


「私は大丈夫ですよ。それにしても魚が輝いてますね」


 お造りは少し時期は早いが北陸らしく鰤に平目の昆布〆、甘海老、烏賊、そしてカワハギだ。

 カワハギは白身のあっさりとしてもっちりとした身で肝と一緒に頂く形になっていた。

 醤油と肝が口の中で溶けてまろやかなコクと甘みが広がり、それがカワハギの身を包み美味しさを一層増す。

 鰤を口に入れると少し脂の乗りが足りない気がする。

 個人的には鰤と言うよりはガンドと言った所。

 ガンドだと脂がしつこくないので割と食べやすい。

 烏賊は歯応えより甘みが強いので甲烏賊辺りかしら?


 焼き物はのどぐろの一夜干し。

 脂の乗ったのどぐろを一夜干しにする事で旨みが凝縮して、私は刺身よりこっちの方が好きだ。

 煮物椀に出てきたのは金沢と言えば治部煮。

 治部煮は小麦粉を塗した鴨肉と金沢のすだれ麩、椎茸、青菜を煮て、薬味に山葵を使った煮物の事だ。

 鴨肉に塗した小麦粉がだし汁にとろみを与えるので具材にだし汁がよく絡む。

 治部煮は家庭で作らなくも無いが、我が家ではお祝い事の席でしか出ない料理だ。


 揚げ物は天麩羅の盛り合わせ。

 ししとうに加賀蓮根、舞茸、そして鱈の白子。

 口の中でとろける様な鱈の白子は一度、食べるとやめられない。

 〆には青菜とじゃこのご飯。

 青菜とじゃこがあっさりと食べさせてくれるので〆にはちょうど良い。

 最後のデザートは自家製シロップで漬けた洋梨。

 口に入れると上品な甘さが広がり、鼻から爽やかな洋梨の香りが抜ける。


 奮発して来た甲斐があった。

 私のお金じゃないけどね。

 リアはと言うと口元が終始緩みっ放しでにこやかな笑顔で満足気だったので良かった。


「美味しかった?」


「はい。こんな美味しいご飯は初めて食べました」


「それは良かったわ。明日は夕方に私の子供達と一緒に食事をするんだけど、一緒に来てもらって良いかしら?」


 リアがいた方が説明が早い。

 子供達がどんな反応するか気になるけど、なる様にしかならないとは思うが、それでも不安は拭えない。


「分かりました。最近、私が何かしなければいけない程の事が無いですから」


 まぁ、リアが動かなければいけない様な事態は無いに限る。

 それこそ緊急で動く案件なんて考えただけで恐ろしい。


「これを下げてもらったら布団を敷いてもらうから」


 仲居さんが料理を下げると直ぐに布団を敷いてくれた。

 そうしておけば浴衣が着崩れても寝るだけだから。

 正直、人が来る状態だとリアの浴衣が気になって仕方が無い。

 布団の上でリアは何故か枕を抱えている。


「花梨奈、旅館に泊まったら枕投げはしないのですか?」


 この駄女神に変な情報を教えた輩は誰かした?


「リア、こう言う高級旅館ではやったらダメよ。それに二人でやっても面白くないわ。枕投げなら向こうの私の家に来ればあの子を交えてすれば良いじゃない。その方が楽しいわよ?」


「言われてみれば確かにそうですね。今日は大人しく我慢する事にします」


 こんな高級旅館で枕投げなんてやった日には後が怖過ぎる。

 当面はやる機会が無い事は敢えて言わない。


「もう寝る?」


「少し見たい番組があるのでそれを見てから寝ようかと」


 まぁ、まだ寝るには早いからね。

 でもリアが見たい番組って、何かしら?


「何を見るのかしら?」


「世界不思議○見が見たいんです。あれを見ていると旅行気分になれるので」


 あー、あの長寿歴史クイズ番組ね。


「日本から出ようと思うと他の神々に許可を取らないといけないから面倒で……」


 それ、初めて聞いた。


「もしかして私が海外に行く時も一緒かしら?」


「そうですね。花梨奈は既に【神】なので許可を事前に取らないと拙いと思います」


 やっぱりそうかー。

 面倒だから日本国内だけに留めておこう。


「国内でも神がいる土地に行く時も同様ですね。代表的な場所は伊勢神宮とか……基本的に神社仏閣に行く時は私と一緒の方が良いかと」


 うわ……地味に面倒。

 神様が奉られている場所なんてそこら中にあるんじゃないかしら?


「後は霊場みたいな所も避けた方が良いですね。こっちの世界ではそうそういないぐらいに魔力が強いので余計なトラブルに巻き込まれる可能性が高いです。近場で言えば東尋坊にある雄島は碌な事にならないと思います」


 ヤバイ心霊スポットもアウトって事ね。


「霊に囲まれて大変な事になると思いますので。そう言う意味では精霊がいそうな場所も微妙ですね」


 行ける場所がかなり少なくなる様な気がする。


「そんな訳なので観光する時は私と一緒の方が基本的には良いと思います」


「そんな感じね……」


「あ、でも私の知り合いの神を何柱か紹介した方が良いかもしれないですね。そうすれば私がいなくても相談出来るので」


 確かにそれは必要かも。

 一度はちゃんと挨拶しておいた方が良いだろうし。


「今度、紹介してもらっても良いかしら?」


「分かりました。暇な時を聞いておきます」


 【神】になるって言う実感が無くなってしまったから今後はこの事で苦労しそうな気がする。

 当面はリアと一緒に行動するから色々教えてもらおう。

 話が終わったリアは完全に寛ぎモードで布団の上をごろごろと転がっている。

 浴衣は……もう直す気は無い。


「床で寝るのも良いですね。布団が続くだけ転がれるので」


「そこは私の布団だから自分の布団に行きなさい」


 気が付けばリアは布団の間で大の字になっている。

 傍から見れば子供にしか見えない。


「気持ち良いからもう少し堪能したいです」


「全く……こんなだらしない女神でよく周りから何も言われないわね……」


 私の言葉にリアは動きを止めた。

 図星なのかしら?


「言い忘れてましたけど、あの子と花梨奈は向こうで魔王扱いなので。あ、始まりましたね」


 さらっと、この駄女神はとんでもない事を言ったぞ。

 私が魔王とはどう言う事なのかしら?

 と言うかそんなに強くないわよ。


「勝手に魔王にしないで頂戴」


「一応、『薬聖の魔王』と言う二つ名が決まってます」


 決定事項で私の抗議は華麗にスルーされているわね。


「そんなに強くないと言う理由は使えませんから」


「何でよ?」


「エンシェントエルフになった時にカトリーヌより強くなってますから」


 それは聞いてない。

 私が街一つを普通に氷漬けにするあれより強いとか有り得ない。


「そこら辺は諦めて下さい」


 諦めろと言われても納得が行かない。

 一番、腹が立つのは寝転がってテレビを見ながら言ってくる事だ。

 あんまり苛々すると肌に悪いから寝よう。

 こう言う時は何も聞かなかった事にするしかないわね。


「私は布団でもう寝るわ。電気はちゃんと消しなさいね」


 こんな時は現実逃避に限る。

 嫌な事は忘れて寝よう。



治部煮は家で作る場合には鴨では無く、鶏のもも肉が一般的に使われます。

立山の辛口の青ラベルは古い物で今ではラベルが変わってます。

県外に出ている物はまだ古いラベルデザインの物が見受けられます。

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