07:エルフさんと懐かしの金沢カレー
旦那と輝が帰ってきて事情を話すとあっさりOKが出た。
リアが私がいる世界の神でこっちにいれる様に便宜を図ってくれた事に凄く感謝していた。
特に旦那が。
私としてもすんなり受け入れてくれて良かった。
リアは彩菜が使っていた部屋では無く、物置になっている部屋を空けて使う事になった。
彩菜が帰ってきた時に使うみたいで彩菜の部屋はそのままにしておく事にした。
部屋にある物は私の空間収納付きのカバンに入れてから一つずつ処分する予定。
部屋の掃除は頑張って私がやる事にした。
流石に私の友人のお願いで都さんに掃除をさせるのは悪い気がするから。
お願いをしたらやってくれると思うけど。
物が無くなった部屋はさっき掃除をしてしまった。
リアの引越しは明後日の私の四十九日の法要が終わってからと言う事で、来週の月曜の午後からになった。
引越しと言っても業者に頼む必要が無い。
リアは距離に関係無く物質を転移する事が出来るから本当に楽だ。
本人は東京のマンションはそのままにするから荷物は少ないと言っていたけど。
私は空間収納が付与されたカバンしか無いのと、容量が十畳程の部屋程度なのであんまりたくさん入らないのだ。
容量の大きい空間収納が付与されたカバンはかなり高額なので簡単に購入出来ない。
今は和室の炬燵で熱いお茶を飲みながらリアを待っている。
今日はリアとのんびり金沢観光の予定だ。
久しぶりに地元をゆっくり見て回りたいし。
プランはざっくりとだが決めているし、今日は帰らない事にしてある。
理由は明日が私の四十九日法要なので今日、娘の彩奈や照が泊まりに来るので余計な混乱を起こさない為に法要が終わるまでは家を離れる事にしたのだ。
法要が終わる明日の夕方、家族を集めて私の事を話す予定になっている。
炬燵でのんびりしているとインターホンが鳴った。
多分、リアだ。
「私が出るわ」
インターホンのモニターを覗くと日本に合わせた私服姿のリアがいた。
「今、出るからちょっと待ってて」
私はニット帽を被ってカバンを手にして玄関を開けた。
「おはようございます。今日は凄く楽しみにしてやって参りました」
この笑顔は人に向けたら一撃で陥落出来る破壊力があった。
中身の残念さを充分知っている私には意味は無いが。
「それじゃ行きましょうか」
家を出て割出駅へ向った。
まずは北鉄浅野川線で金沢駅へ向う。
ちょうど我が家から浅野川線の割出駅までは徒歩五分の距離、それにバス停は少し離れていて本数も余り多くないので金沢駅へ向う時は専ら電車だ。
それに今日は車だと都合が悪い所が多いので電車の方が好都合なのだ。
踏み切り横から駅の構内へと入ってホームへ向うとリアが不思議そうに聞いてきた。
「窓口で切符を買わないのですか?」
リアは閉まっている窓口を指した。
「ここの窓口は平日の朝と夕方しか開いてないのよ。基本、ここの電車は始点の金沢駅と終点の内灘駅以外の駅から乗る時はバスと一緒で現金払いなの。都会の電車しか乗った事が無いと戸惑うかしら」
補足するなら駅員のいない駅は運転士のいる一番前から降りないといけない。
電車の乗り方も地方と都会では違うのだ。
JRでも冬場になると乗降者が少ない駅、この近くだと西金沢駅だが、ドアの開閉ボタンを押さないと電車のドアが開かなかったりする。
これは暖房が効いた電車内の温度を保つ為の措置だ。
知らないといつまで経ってもドアが開かず降りそびれるなんて事も珍しくは無い。
「こっちは東京と仕組みが違うのですね」
「田舎では珍しくないわよ。それじゃ電車が来るまでのんびり待ちましょうか」
五分程待つと二両編成の銀の少し無骨な車体にオレンジのカラーで彩られた電車がホームへ入ってくる。
浅野川線で使用している車両は元々京王井の頭線で使われていた車両だ。
昔の車両に比べたらかなり快適になったと思う。
電車に乗り込む時にリアにちゃんと注意するのも忘れない。
「リア、その整理券は取らないとダメよ。それで何処から乗ったか分かる様になっているから」
リアは不思議そうに取った整理券を眺めている。
私達は空いている座席に適当に座る。
日本人のつもりだけどこのエルフの外観とリアの容姿は何処へ行っても注目を集めてしまう。
出来れば早々に免許を取ってしまって車で移動出来る様になりたい。
浅野川線でここ一番の変化は七ツ屋駅~北鉄金沢駅間が地下化された事だろう。
昔はもっとオンボロだったんだけどすっかり綺麗になっている。
個人的には浅野川線と野町駅から鶴来駅を繋ぐ石川線の間を地下鉄にしてくれると便利だから助かったりするんだけどね。
少し思い出に浸っている間に北鉄金沢駅に着いてしまった。
周りの人から遅れて席を立つ。
「リア、駅員さんに運賃と整理券を渡せば良いから」
私とリアが運賃と整理券を手渡すとまだ若い駅員は少し顔を赤らめた。
まだ若いわね。
北鉄金沢駅を出るとすぐ目の前にはバス乗り場が広がっていた。
今日は兼六園の方へ行きたいので乗り場はロータリーの向かい側だ。
「あれ大きいですね。東京の駅でもあんな立派なのは見た事がありません」
リアが驚いて見上げていたのは金沢駅の東口に大きく構える鼓門ともてなしドームだ。
これは北陸新幹線開業に合わせて作られた物だ。
何の為と言われれば見た目としか言い様が無い。
こう言う見た目にこだわるのが金沢なのだ。
そのお陰か『世界で最も美しい駅十四選』に選ばれた。
個人的には余りそう感じないが……。
「あの大きい門が鼓門で鉄骨のドームがもてなしドームよ。北陸新幹線が開通に合わせて作られたのよ」
出来たのは開業よりもっと前だけど。
こんな仰々しい駅は金沢駅ぐらいでは無いかと思う。
私としては路面電車の停留所があった金沢駅が凄く懐かしい。
市内線最後のお別れの花電車に旦那と一緒に乗ったのは良い思い出かしら。
と言っても今の若い人には分からないわね。
「金沢にも新幹線が通っていたのですね」
引き篭もりのリアは知らないのかしら?
基本的に部屋から出ずにゲームばかりやっていると言っていたし。
「去年、開通したのよ。まぁ、私は入院していたから乗った事が無いんだけどね」
ちょうど肺ガンの治療で入院していた時だ。
治ったら乗ってみたいと思っていたけど、結局無理だったのよね。
「それなら今度は一緒に新幹線に乗って東京に行きましょう。折角、戻ってきたので楽しめないと損です」
「そうね」
ちょっと嬉しかった。
本人は無意識なんだろと思うけど。
「バスが来たから乗るわよ」
リアの手を引いてバスへと乗り込んだ。
金沢のバスは距離によって運賃が変わるので整理券を忘れずに取らないといけない。
白峰まで言ったら千三百円もする。
ちゃんとリアに整理券を取る様に注意した。
最初の目的地は香林坊なので二百円だ。
地味に回数券が残っていたのでリアにも渡しておいた。
古い人間は六枚町経由が基本だったんだけど、リファーレが出来てからはリファーレ前を通るのが主流になったと思う。
私はパスポートの更新ぐらいでしか行った事が無い。
武蔵ヶ辻の交差点にあったダイエーが無くなって新しい商業施設かなざわはこまちとなった。
ダイエーが無くなって十年以上空き地になっていて少し寂しい風景だったのが、華やかになったは良かったと思う。
香林坊大和が見えてくると香林坊だ。
大和ではよくブランド品を買いに行っていたからつい寄りたくなるけど、今日は我慢。
今日は買い物じゃなくて観光だから。
バスを降りるとちょうど香林坊大和のアーケードの下だ。
「これから何処に行くのですか?」
「まずは腹拵えよ。少し早いけど、列に並ぶのは嫌だから早めに食べておこうと思って。それに歩き回った後にカフェで甘い物を摘みながら一服も良いかしら」
「何を食べに行くのですか?」
そんなの決まっている。
「カレーよ」
久しぶりに食べたくなったのだ。
「カレーなら何処でも食べられると思うのですが……」
「甘いわよ、リア。金沢に来たら食べなければいけないカレーがあるのよ」
個人的にはキッチン・ユキかカレーのチャンピオンに行きたい所なんだけど、車が使えないので断念。
と言う事で今日行くのはカレーハウス・ターバン。
香林坊の交差点を兼六園方向へ向って右手側にある金沢カレーの代表的な老舗の一つだ。
平日で十二時前と言う事もあり、並ばず入る事が出来た。
店内はカレーの香りが鼻をくすぐり、空腹を刺激する。
私とリアが入ると外国人観光客っぽく見えるので店主の人が不安そうな顔で見てくる。
「二人よ」
店主に人数を伝えると日本語で安心したのかすぐ席に案内された。
店内は狭いがカウンター席以外にも二人掛けのテーブル席もあり、私達はそっちに案内された。
「花梨奈はどれにするのですか?」
「私はロースカツカレーの中よ」
チャンカレでLカツカレーを頼む癖でターバンでもこの選択肢しか無い。
「私も一緒にします」
リアの頼む物が決まったので手を上げて店員を呼んだ。
「ロースカツカレーの中を二つお願いね」
実はターバンカレーについては広坂に移転してからしか行った事が無かったりする。
私がよく行っていたのは金沢工業大学近くのカレーのチャンピオン、通称チャンカレの方だ。
元々は旦那が行っていた店で私はあんまり行った事がなかった。
女性だけではちょっと入り辛いのよね。
暫くすると見慣れたカレーがやってきた。
ステンレスの皿に色の濃さから分かる濃厚なカレー、隅にはたっぷりの千切りキャベツ、ルーの上に鎮座するソースがかかったロースカツ、これが金沢カレーだ。
「この変わったスプーンは何ですか?」
リアは不思議そうにスプーンを手に取った。
「スプーンとフォークを持ち替えるのは面倒でしょ?」
私はそう言って先割れスプーンでロースカツを刺してパクリ。
このジューシーなトンカツとソースとカレーの合わさった味が最高ね。
「なるほど……」
リアも私と同じ様に先割れスプーンでトンカツを刺して食べる。
「これは便利ですね」
先割れスプーンを使っている理由は洗い物が減るからの様だけど食べる側もお店側にも都合が良い。
リアはカレーの方も食べながら顔は終始笑顔だ。
「ドロッとしてもの凄く味が濃いと思っていたのですが、濃厚なのに食べやすいですね。口休めにキャベツと一緒に食べるとあっさりします」
金沢カレーはドロッとした濃厚なルーに引いてしまいそうだが、決してしつこい濃さではないので見た目より食べやすい。
程よいスパイシーさが食欲を掻き立てる。
久しぶりに食べてこの味だ、と思い満足する。
「これは普通のカレーとは違いますね」
「そうでしょ?最近は東京でも食べられるみたいだけど」
東京にも金沢カレーのチェーン店がある。
この濃厚なカレーは若者に好まれるのだろう。
カレーを堪能した私達は広坂の大通りを兼六園方面へと歩みを進める。
「花梨奈、あれは何ですか?」
私はリアが指を指した方向を見ると緑色の看板のバターの香ばしい匂いが漂ってくるお店があった。
最近、テレビでも話題になっているメロンパンアイスのお店だ。
「気になるの?」
「……はい」
リアは少し恥ずかしそうに頷いた。
さっきカツカレーを食べたばかりなのでちょっと遠慮したい。
女性にとってカツカレーを一杯食べればお腹一杯なのだ。
でも食べれなかったらリアは気を落としそうだ。
「お昼食べたばかりだから色々見て回った後に食べましょう?そうすればちょうどお腹にも空きが出来るから」
「そうですね。さぁ、行きましょう!」
リアは私の手を取って元気に歩き始める。
リアが手の掛かる大きい娘に見えてくるのは気のせいかしら?
そんな事を思っているとリアから訝しげな視線を感じた。
「……何か物凄く失礼な事を考えていませんでしたか?」
妙に鋭い。
「気のせいよ。それより行きましょう」
広坂の交差点を渡ると今日の観光の目的地へ到着した。
「兼六園と言うのですか?これは何でしょうか?」
リアは兼六園の入口の看板を不思議そうに眺めながら聞いてきた。
金沢に来たら絶対に来るべき観光地第一位と言っても過言では無い場所、それが兼六園。
「取り敢えず中へ行きましょう」
私は砂利敷きの道を進んでいき受付へ行く。
「大人二名でお願いします」
受付の人は私の流暢な日本語に驚きながらお金を受け取るとパンフと入場券を渡してくれた。
石川県民なら運転免許証か保険証等を見せれば土日は無料で入れるのだが、リアは都民で私は単なる不法入国者なので入園料を払わないといけない。
別にケチる程の金額では無いのだけど……。
受け取ったパンフレットをリアへ渡す。
リアは真剣にパンフレットを読み始めた。
兼六園について簡単に説明をすると加賀歴代藩主によって長い年月を掛けて造られた庭園の事だ。
水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つ。
三名園は全て回ったが贔屓目無しに見ても兼六園が一番良い。
広さは他の二つには負ける物の見所は兼六園の方が多く、いつ見に来ても飽きが来ない。
春は梅に桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色と四季色取り取りの様相を見せる。
まず小立野入口方面へと向う。
この時期は少し殺風景なのは否めないが春になれば満開の紅白の梅の花が咲き誇る梅林がある。
昭和四十三年に明治百年記念事業で北野天満宮、大宰府、偕楽園等の協力を得て集められた全国の名梅、約二十種、二百本の梅の木が植えられ造成された。
春は本当に綺麗で絶景なので、春になったらまたリアを連れて来よう。
因みにここで取れた梅の実は少しお高いが近江町市場等で買う事が出来る。
「ここは少し寂しいですね」
「仕方が無いわよ。ここは梅林だから時期が違うのよ、春になったら満開の梅の花が綺麗よ」
「春になったらまた来ないと行けませんね」
リアは梅林を見ながら私と同じ事を思ったようだ。
歩みを進めているとふと横を歩いていた筈のリアがいない事に気が付いた。
リアの姿を探して辺りを見回すと一本の梅木の麓でしゃがみ込んでいた。
私はリアの元へ行くと赤い和服姿の小さな女の子に話しかけていた。
「リア、その子はどうしたの?迷子?」
「えっと……迷子ではないのですが……」
まだ小学生に上がる前かしら?
こんな時期に飾り気の無い和服を着ている子は珍しい。
「……何と言えば良いのでしょうか……?」
リアにしては歯切れが悪い。
「こちらの世界で何と言われているのか分かりませんが、私の世界では精霊と呼んでいる存在に近い者と言ったら分かりますか?」
作者は金沢カレーよりココイチの方が好きだったりします。
兼六園に関しては見所がたくさんあるので何回かに分けようと思ってます。
広さの割に内容が詰まり過ぎてて一度には無理です。




