06:エルフさんと女神の訪問
私の目の前にはいつもの純白の羽衣ではなく、黒のニットワンピースにチェックのレギンス、上から白のカーディガン、首元にストールと言う現代ファッションに身を包んだ女神アルスメリアが立っていた。
「何で我が家にいきなり来てるんですか?」
「寂しいから来てみました」
リアは本当に友達いないのかしら?
「本当の理由は?」
まぁ、私の件なのは間違いないのだろうが。
「あなたの変わった身体の様子見とご挨拶です」
「せめて早めに連絡をくれないかしら?神様が一般家庭に来るとかあり得ないから」
「そんな事は無いですよ。現にここに二柱いる訳なので」
そう言ってリアは自分自身と私を指す。
「え?私、もう【神】なの?」
なるとは言ったが、向こうに戻ってからだと思っていたんだけど……。
「権能は持ってなくてもエンシェントエルフになった時点で【神】ですよ。分かりやすく言えば無職の神様みたいな」
無職の神様とか響きが嫌過ぎるのだけれど……。
「その響きはやめてほしいわ。あなた、友達いないのかしら?」
「そ、そんな事は無いですよ。ちょっと独りの時が多いだけで……」
リアの目が分かりやすいぐらい泳いでいる。
これは本当に友達いないわね。
「せめて前日に連絡頂戴。こっちもいきなり来られても家族がいるから困るのよ」
「済みません……」
私に注意されたリアはしゅん、と小さくなる。
「それに勝手にこっちに来て良いのかしら?」
「こちらの神々に許可を取ってありますので心配いりません」
「それなら良いんだけど……。取り敢えず、入って」
リアを連れてリビングへ入り、都さんに声を掛ける。
「都さん、晩ご飯を一人分増やしても大丈夫かしら?」
「はい。えっと、アルスメリアさんも食べられるんですか?」
「急な来客で申し訳無いんだけど……」
私の後ろにいたリアが都さんに軽くお辞儀をする。
「突然、お邪魔して済みません。花梨奈さんがいた世界を管理する女神アルスメリアと申します」
「えっ?」
都さんは驚きの余り、皮剥き途中のジャガイモを落としてしまった。
普通はそうなるわよね。
「都さん、気を遣わなくて良いから。私の友達が来たと思っておけば大丈夫よ」
「流石にそれは……」
恐縮している都さんに対し、リアは友達扱いに笑顔だ。
「私はお義母さんの長男、輝の妻の本巣都です。アルスメリア様、よろしくお願いします」
「都さん、よろしくお願いします。様を付けずにリアとお呼び下さい」
都さんの立ち直りが早いわね。
「リア、こっちよ」
リアはリビングを見回しながらそわそわしながら私の後ろをついて来る。
視線が茶の間の炬燵に止まる。
「あれは炬燵ですか?」
「入りたいの?」
「はい」
リアに茶の間の炬燵に促し、茶棚から湯飲みを取り出し、お茶をさっと淹れて出す。
一応、来客用の静岡県産の高級茶葉を使う。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
リアはお茶を飲みながら炬燵を堪能する。
「炬燵はどう?」
「暖かくて良いですね。身体の調子はどうですか?」
「明らかに宿る魔力が増えたのは感じるけど、他は特に何も無いわね」
魔力が増えたから魔法を使う時は気を付けないといけない。
「一応、念の為に言っておきますが、魔法適性の制限が無くなってますので注意して下さい」
魔法は火、水、土、風、光、闇の六属性にそれらに該当しない特殊属性がある。
「他の属性が使えるって事?」
「はい。でもこっちで練習するのはやめて下さい」
「そのぐらい分かってるわよ」
お茶を飲みながら煎餅を齧る。
茶の間の炬燵の中央には菓子盆が鎮座しており、必ず何かしらの煎餅を常備している。
私はおばあちゃんの知恵がパッケージに書いてある甘い煎餅が好みだ。
「それにしても、もう少し私を敬って頂いても良いんですよ?」
「それは無理ね。話す度に薄れていくわ」
「花梨奈、私は悲しいです……」
そんな嘘泣きみたいな仕草で言われてもねぇ……。
「そんな事やってないで本題は?」
「いえ、もう終わりましたよ。様子見と確認だけですから」
「は?」
突然やって来て何を言ってるのかしら?
「それならメッセージか電話で充分でしょう?」
「それだと何だか寂しいので……」
本当に駄女神ね。
「本当に友達いないのね」
思わず溜息が出た。
「うぅ……でも【神】になった花梨奈には夢で干渉出来ないですから……」
「もう分かったわよ。ごはん食べたら大人しく帰るのよ」
「はい……」
リアは肩を落としながら冷めたお茶を飲んだ。
そんな会話をしていると都さんが茶の間にやってきた。
「お義母さん、輝さんとお義父さんが急患で大学病院に行く事になったみたいで華奈達が帰ってきてからご飯になりますが大丈夫ですか?」
旦那と輝は内灘にある大学病院の非常勤もやっており、急患や医師の欠員があると応援に行かなければならないのだ。
私も生前は同じ様にやっていた。
「大丈夫よ。向こうは誰もいなくなるけど良いの?」
「浅田さんにお願いしてますので大丈夫です」
浅田さんは本巣医院で働く古株看護師で、古株と言ってもまだ三十歳だが機転が利く人で患者さんからの評判が良い人だ。
「リア、少し遅くなるけど良い?」
「私は構いませんよ」
そう言いながら煎餅に夢中だ。
「私は一度、病院の方に行きますので」
「えぇ、分かったわ」
都さんはパタパタと病院へ向かっていった。
一応、自宅と病院は繋がっているので行くのは直ぐだ。
「炬燵に入って飲むお茶もお煎餅も美味しいです。あ、旅行に行く時は誘って下さいね」
この女神、そこまで着いてくるか?
「私よりあの娘に構ってあげなくて良いの?」
こっちに遊びに来る以前に仕事をしろと言いたい。
「妹さんとべったりで私が入る隙が無いので……」
妹は姉大好きだからね。
姉を探して八百年彷徨っていた重度のシスコンだ。
「そう言えば【神】になったら何をすれば良いの?」
細かい事を聞いてなかった事に今更気付いた。
「基本は自分の持っている権能を管理し世界のバランスを保つ事です。権能は神の持つ権限みたいな物で例えば、私が人間、花梨奈がエルフの権能を持っていた場合、エルフで何か問題があった時に私は直接は介入は出来ません。エルフから得られる情報も直接出来ませんし、神託や夢に干渉も出来ません。所謂、管理する能力と管理する権限と思って下さい」
何か面倒臭そうね。
「私の予定ではまずは人間とエルフ以外の幾つかの種族と大陸のどれかと水と風の属性をお願いしたいと思ってます。後は森や薬とかも良いですね」
会社の管理職と変わらない気がする……。
エルフが候補から外れているのは有難い。
「薬は薬師だから私向きね。普段は何をやるの?」
「異常が無ければ何もする事は無いですよ」
「気になる事があるんだけど、あなた普段は何処にいて何をやってるの?」
「普段は別空間にある神殿でのんびりこっちで買った漫画を読んだり、ゲームしたり、DVD観たりして暇を潰してますよ」
実は重度の引き篭もりな気がしてきた。
「もしかして結構、こっちの世界に来てるの?」
「はい。と言っても借りてるマンションからほとんど出ませんが。通販の受け取り用なので」
「あなた大丈夫?さっきから聞いてると友達がいない引き篭もりにしか思えないんだけど」
あ、固まった。
本人は自覚があるみたいね。
「……だ、だって……」
リアは目に涙を浮かべ震え始めた。
「権限が大き過ぎて下界に降りれないですし、だからと言ってこっちは人が多過ぎて怖いし、電車はどれに乗ったらいいか分かりませんし、他の神々は仕事が終わると直ぐに帰ってしまいますし、かと言って自分からは上手く話せないので……」
神様って、日本企業の管理職と大差が無い様に思えてきた。
確かそんなサラリーマンやOLなんて珍しくもない。
「……なんかゴメン」
ちょっとストレート過ぎたかもしれない。
「でも私とは普通に話せるじゃない」
「それは花梨奈が神託でずっと普通に話をしてくれたので……」
仕事でコミニュケーションは取れてもプライベートは全然ダメなパターンか……。
今後を考えるとこのままだと支障が出てくるか判断に迷う。
まぁ、暇だから付き合うのも有りかしら?
「はぁ……最近は忙しいの?」
「え、いえ、最近は安定しているので暇ですが……」
「暇なら私に付き合って。やる事はぶらぶら観光するだけなんだけど」
観光と聞いてリアの顔が明るくなる。
色々な所に出掛けて色んな人とコミニュケーションを取る様にすれば多少は慣れるだろう。
「本当ですか!?」
「一人で周るより誰かと周る方が楽しいでしょ?明日、暇なら金沢観光してみる?」
「はい。宜しくお願いしますね」
リアは満面の笑みで応えた。
「孫達が帰ってくるまでのんびりしていましょう」
二人で明日、周る場所について話し合った。
あれからリアと話をした後、都さんの晩ご飯の準備を手伝っていた。
都さんが病院から戻ってくるのが遅いと思っていたら県庁近くの回転寿司屋までお寿司を買いに行っていた様だ。
リアの為にわざわざお寿司を買いに行ってくれいたのだ。
そんなに気を遣わなくても良いのに。
リアはと言うと茶の間で孫達の相手をしている。
昨日の私と同じ様に魔法をお願いされ披露している。
「リア姉ちゃん、すっげー!」
「リアさん、凄い!」
「ふふふ……」
孫達とは仲良くやれてるみたいね。
リアも孫達に懐かれて楽しそうだし。
透矢や、リアがお姉ちゃんなら私もお姉ちゃんと呼んでも良いんだよ。
リアの方が私より年下の様に扱われるのは納得がいかない。
私は出来た料理を盛り付けてテーブルに並べていく。
今日は都さんが買ってきてくれたお寿司に鶏の唐揚げ、ローストビーフ、大根と筍の煮物、カニカマのサラダ、出汁巻卵、スモークサーモンの生春巻、豚汁だ。
豚汁以外は大皿に盛って各自取る形だ。
旦那と輝は遅くなるから外食で済ませると連絡があったので私とリアに都さんと孫達でご飯となった。
孫達を呼び席に着く。
リアは私の隣の旦那の席に着いてもらった。
「すみません、こんなにご馳走を用意して頂いて」
「いえいえ、折角のお義母さんのお客さんなので」
リアは恐縮しながらもテーブルに並んだ料理に釘付けだ。
私の頂きますに合わせてみんな食べ始める。
私はリアにお寿司の食べ方を教えたりしながら、和気藹々と食事が進んでいく。
生魚が食べれるか心配したが問題無かった様だ。
寧ろ寿司ネタがどんな魚なのか細かく聞いてくるぐらいだ。
今日のネタはフクラギ、鯵、秋刀魚、真鯛、平目、サーモン、のど黒、〆鯖、卵、帆立、生蛸、槍烏賊、穴子、甘海老だ。
「この表面がこんがりしたお魚が美味しいですね。後この白い身のムチッとしたのも」
リアは秋刀魚とのど黒に舌鼓を打つ。
秋刀魚とのど黒は私はリクエストだ。
秋刀魚は旬で脂が乗っているので皮目を炙ると香ばしい秋の味覚だ。
のど黒は金沢では有名で最近は全国放送のテレビでも取り上げられる高級魚。
正式にはアカムツと言い、のど黒の由来は言葉のままで喉が黒いからである。
適度な食感に脂が程良く乗った身は甘み、旨みが強い。
「この赤い身のお魚はあっさりしていていくらでも食べれそう」
フクラギは鰤の事を指し、出世魚なので大きさで呼び方が変わる。
私の親の出身の氷見では小さい順にコズクラ、フクラギ、ガンド、ブリと呼ぶ。
この時期はまだ早くあんまり脂は乗ってないがあっさりして食べやすいのが特徴だ。
「この海老、甘〜い」
甘海老の旬はまだ先だが金沢の味覚だ。
何と言っても強い甘みが特徴で綺麗な青色の卵が絶品である。
因みに我が家では鮪は誰も頼まない。
鮪以外の魚の種類が多いからだろう。
「どれも美味しいです」
リアは晩ご飯が美味しくて満足そうだ。
急な来客なのに準備してくれた都さんには感謝しないと。
煮物は私と都さんでは味付けが違う。
違いは醤油だ。
私は大野の甘口醤油を使うが都さんは全国で一般的に使われている濃口醤油だ。
大野の甘口醤油は普通のレシピの分量だと甘くなり過ぎるので分量の調整が難しいのだ。
「ごちそうさまでした。本当に美味しくて感動しました」
「満足した?」
「はい。日本の方はこんなに美味しい物を食べているんですね」
美味しい料理をたくさん食べたリアは茶の間で食後のお茶を飲んでいる。
「今日はちょっと豪勢なだけよ。いつもは何を食べているの?」
そもそも神様って、何を食べてるのだろうか?
「基本的に食事は必要ありません。偶に捧げられた物を食べるぐらいです。なので余り料理を食べる機会が無かったのです」
ぼっち女神が加速する環境ね。
「暫くこっちにいるつもりならこっちでアパートでも借りたら?」
このぼっち女神の生活習慣は改善させるべきだろう。
上司が引き篭もりとか目も当てられない。
「そうですね。それは有りかもしれないです。それに花梨奈もいますし」
よくよく考えるとこの付近は単身向けのアパートが無い事に気が付いた。
元々田んぼの中に集落があって内灘線沿いと言う利便性も相まって住宅地が増えていったのだ。
「お義母さん、この付近は単身向けはほとんど無いですよ」
「そうだったかしら?」
「そうですよ」
考えてみればこの付近は一軒家が多く家族向けの住宅ばかりだ。
近くに中学校があるぐらいでお店もあんまり無い。
「それなら彩菜さんの部屋を使ってもらったら良いんじゃないですか?お義母さんの恩人の様な方であればお義父さんも輝さんもOK頂ける気がします」
ウチかー。
有りと言えば有りだけど世間体は大丈夫かしら?
「ご近所さんは大丈夫かしら?」
「お義母さんの時点で充分、噂になりますから大した事は無いと思います」
さらっと、お義母さんが言う?的な雰囲気が込められている気がした。
間違ってないけど。
変な噂が立たない事を祈りたい。
「そ、そうかしら……」
「そうですよ」
そう言われると何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「お義父さんと輝さんが帰ってきたら相談してみましょう」
さらっと主導権を都さんに握られてしまった。
「本当によろしいのですか?」
「うーん、大丈夫なんじゃない」
リアは申し訳なさそうだが都さんが問題無いなら大丈夫だろう。
我が家である意味、手綱を握っているのが都さんなのだから。
こう人を理解して動かすのが上手いのよね。
都さんがウチに来た時は嫁との接し方が私もよく分からなくて大変だと思ったけど、気付いたら自分の娘みたいに思う様になっていた。
かなり気を遣ってくれていて立ち回りが上手いのよね。
旦那と打ち解けるのも早かったし。
「旦那達が帰ってくるまでのんびり待ちましょう」
話が終わるとリアは孫達と一緒にリビングでゲームをしていた。
どうやら調度いいお姉さん枠に嵌ったみたいだ。
私より年上のリアがお姉さん枠なのが解せぬ。
「お義母さん、諦めて下さい」
横で一緒に後片付けをしている都さんから私の心を読んだかの様な一言。
何で分かったのかしら?
鰤は出世魚なので地域によって呼び方が変わるので面白いです。
ツバス、ワラサ等色々あります。
鮪を食べないのは作者の家なので金沢の人がそうかと言うとまた別の話です。
大野の甘口醤油に慣れると普通の醤油が塩辛くて使えなくなります。
お刺身を食べるなら甘口がお薦めです。