05:エルフさんのありふれた日常と空気が読めない女神
目が覚めると横にはいつもの少女ではなく生前に愛した旦那がいた。
昨日、地球に転移してきてしまい我が家に再び住む事になった。
夢の中で私は【神】になる事になってしまった。
私は身体中に魔力を巡らせる。
今までと比べ物にならない魔力が自らに宿っているのをしっかり感じ取れた。
私の身体がエンシェントエルフに変わったのだろう。
取り敢えず、朝の支度をする事にした。
ベッドから出て立ち上がる。
「あっ」
股間から流れ出た物がふとももを伝う。
私は急いでそれをティッシュで拭う。
昨日の逢瀬を思い出し、思わず顔を赤らめる。
気持ちを切り替えて服を着る。
今日はジーパンにハイネックのシャツのラフな格好にした。
一階に降りるとまだ誰も起きていなかった。
玄関まで新聞を取りに行って、旦那の席に置いておく。
まだ時間は朝六時、みんなが起きてくるのは六時半ぐらいだ。
「華奈と透也のお弁当から作りましょうか」
冷蔵庫の中身を確認し、メニューを決める。
冷凍インゲンをレンジで三十秒加熱する。
後で焼くから完全に解凍する必要は無い。
人参を細切りにしてインゲンと一緒にベーコンで巻き、楊枝を刺してバラけない様にする。
これはさっと焼いていく。
私の大好きな柴漬けをみじん切りにしてご飯に和える。
「お弁当に白米だけなのは味気無くて寂しいのよね」
昨日作ったひじき煮は汁気を切って小分け用のカップに詰める。
キャベツと細切りにしたパプリカと竹輪をレンジで温め、キャベツで巻いてこれも楊枝で刺してマヨネーズを塗る。
野菜を少し足したいのでプチトマトを一個ずつ。
後はウインナーを焼いて終わりだ。
「ふぅー、久しぶりに作ったにしては上々ね」
彩り、品数、バランスを考慮した満足な出来だ。
次は朝食の準備だ。
全員分のマグカップをポットの前に並べていく。
旦那と輝、私はコーヒーのブラック、宮古さんはコーヒーだけど砂糖をスプーン一杯、華奈は甘いカフェオレ、透也は牛乳だ。
降りてきたら直ぐに出せる様にしておく。
我が家の朝ご飯はパン派なので食パンが大量にストックされている。
レタスを切ってミニトマトと一緒に皿に盛っておく。
後は卵とウインナーを焼くだけだ。
「お義母さん、おはようございます」
都さんが起きてきた。
「おはよう、都さん」
「すみません。お弁当まで準備して頂いて」
「良いのよ。私も楽しくてやっているから」
都さんはコーヒーを淹れ、座ってテレビを点ける。
そろそろ起きてくるので卵とウインナーを焼いていると都さんがパンを焼き始める。
それに合わせたかの様に旦那に輝、透也が降りてくる。
「おはよう」
「おはよう。母さん、朝早いな」
「ばあちゃん、おはよう」
卵焼きとウインナーを皿に盛り、食卓に並べて、飲み物も起きてきていない華奈の分も淹れる。
「透也、華奈を起こしてきて」
「分かった」
透也は華奈を起こしに行った。
みんなの分の飲み物を食卓に運び、私も席に着く。
朝はみんな同時ではなく勝手に食べ始める形だ。
旦那はいつも通り新聞を読みながら食べている。
朝ご飯を食べ始めると華奈が眠そうに目を擦りながら降りてきた。
「おはよう……」
華奈は自分の席に座り、もそもそとパンを食べ始める。
華奈は朝が弱いので独り暮らしになったら心配だ。
私はさっと朝食を済ませて洗濯機を回し、孫達のお弁当を包む。
リビングのソファーに座り、二杯目のコーヒーを飲みながら、朝のニュース番組を観る。
「花梨奈、今日はどうする?」
旦那が今日の予定を聞いてきた。
「午前中は掃除と洗車かしら。午後はアルプラザまで買い物に行くつもりよ」
主に本屋で免許センターの試験対策用の本なんだけど。
「足が無いだろう」
「あれぐらいなら歩いて行くわよ」
歩いて二十分なら向こうでは大した事が無い範囲だ。
「母さん、もしあれなら彩菜が使ってたチャリが車庫にあるから使えば良いんじゃないか?鍵は鍵入れに入れっぱなしだから」
一番の下の娘の彩菜が使っていた自転車があるのを失念していた。
因みに我が家は共通で使う鍵はリビングの電話台にある鍵入れに入れる事になっている。
自転車や車のスペアキーはここに入ってる。
「有り難く使うわ」
自転車があれば近場を散策するにはちょうど良い。
でも免許を取ったら使わないんだけど。
華奈の学校は少し距離があるので出るのが少し早い。
透也は歩いて五分なので朝はかなりのんびりしている。
残りは家の隣だから気楽なものである。
病院のお昼は基本的に注文弁当だから、平日は暫く一人だ。
私は先にベランダで洗濯物を干していると旦那が着替えに寝室に戻ってきた。
「仁君、少しいいかしら?」
「構わないが」
旦那は手を止めずに返す。
「昨日ね。夢の中で女神様とお話をしたの。そしたらね、昨日ので妊娠したらしいの」
「な、何だと!?」
旦那は驚きを隠せない。
「ただ問題があって、こっちの世界で産むのは拙いって。向こうもそれがあって急にコンタクトを取ってきたみたいで……」
「女神なんているのか?」
普通は信じられないわよね。
「私は産まれ変わる時にも一度、会ってるし、神託を受ける時に何度か話しをしたわ」
リアは年一回ぐらいはさらっと話をしてくるので私はよく知っている。
「堕ろすのか……?」
旦那は悲痛な顔を浮かべ聞く。
「一応、女神様からいくつか条件付きで向こうで育てる許可を貰ったわ」
「こっちではダメなのか?」
「それは無理だって。こっちにエルフがいれば問題無かったんだけど……。それで条件が向こうで私が【神】になる事なの」
もう旦那は理解が追いつかない感じだ。
「私が向こうで【神】になるまで女神様が子供を預かる事になるの」
「花梨奈はそれで良いのか?」
こう素直に私を心配してくれる旦那は本当に優しい。
「私に仁君との子供を見捨てる選択肢は無いわ。今回の事は私のミスでもあるし……問題になる事が分かっていたから……」
予想出来ていた事なのだ。
分かっていながらした私に責任がある。
「でも苦労を背負っても仁君の子供を授かれた私は幸せよ。だからそんなに悲しい顔をしないで」
「直ぐに帰ってしまうのか?」
「百年ぐらいは猶予をくれるみたいだから仁君が亡くなるまで居るつもりよ。でも仁君が私の子供を見る事は出来ないの……ごめんなさい……」
「今の状況が奇跡なんだ。儂は花梨奈がいて貰えるだけで幸せ者だよ」
朝から泣きそうだ。
「……ありがとう」
一通り話した私は泣きそうな顔を隠す様にベランダに戻って洗濯物を干す。
みんなが仕事に行ったら掃除機を掛ける。
試しに風呂場で洗浄を使ったら水垢もカビも綺麗に無くなった。
主婦にこの魔法を教えたら喜ばれそうだ。
教える気は更々無いけど。
家事が一通り終わった所でニット帽を被り、車庫へ向かう。
今から愛車の洗車だ。
免許が無くても家の敷地内なら良いだろう。
車庫のシャッターを開け、愛車CLS350に乗り込む。
この車はパッと見、4ドアセダンだがその実4ドアのクーペだ。
タイトでは無いが着座位置がかなり低く、運転席に座る感じは大型クーペと何ら遜色無い。
スタートスイッチを押し、エンジンを始動。
V8モデルとは違い、V6なので割と静かだ。
車庫の前まで動かし停車し、愛車から降り、車庫から洗車道具を取ってくる。
バケツに水を張り、カーシャンプーを投入し、全体を濡らした愛車を隅々まで汚れを落とす。
外に出して無かったのか汚れは余り無かった。
一通り洗った後は泡を水で流し、乾拭き専用の吸水クロスで拭いていく。
これで拭くと早いのよね。
鼻唄を歌いながら愛車を洗っているとお隣の佐藤さんがこちらを見ていた。
私もそれに気付き、軽くお辞儀。
「おはようございます」
佐藤さんもそれに合わせて私に軽くお辞儀をする。
「おはようございます。えっと……あなたは?」
そうだった、普通に佐藤さんに挨拶したけど、向こうからしたら見知らぬ外国人だから困るわよね。
佐藤さんは旦那さんが単身赴任で東京に行っていて、小学生の息子さんと一緒に暮らしていた筈だ。
「私はフィーネリアと申します。本巣さんのご縁で昨日からお世話になっております」
「あら、そうだったの。凄く日本語がお上手。どちらからいらしたの?」
「ドイツ出身ですが、産まれてからほとんど日本で過ごしてました。逆にドイツ語の方が苦手で……」
これなら日本語が上手くても良いでしょう。
「そうでしたの。その車は亡くなった奥さんのですよね?」
あ、しまった。
側から見たら見知らぬ外国人が一ヶ月前に亡くなった奥さんの車を洗っているのは変よね。
「仁さんや輝さんからこの車を使う様にと。生前の花梨奈さんとは良くして頂いてましたので……」
「そう言う事だったのですね。お隣なのでこれからよろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
私はペコりとお辞儀をして、佐藤さんは家に戻っていく。
誤魔化すのが思っているより難しい。
かなり焦った。
「ワックスも掛けてしまいましょうか」
ボディだけでなくタイヤ、ホイール、窓もしっかりワックスを塗って拭き取っていく。
一通り終わり磨かれた愛車は新車の輝きを取り戻しており、その輝きに満足し、愛車を車庫に戻した。
早く免許を取ってドライブしたいと思った。
一人で適当にお昼ご飯を食べて出掛ける準備をする。
と言っても上にベージュのトレンチコートを羽織るだけだ。
化粧はほんの薄くする程度に留めておく。
ただでさえ目立つからガッツリ化粧をしたらどうなるか分からない。
「そう言えば昨日、スマホに電話番号を登録したとか言っていたわね」
リアの事だ。
バッグから自分のスマホを取り出し、電話帳を確認する。
その中にしっかりアルスメリアと書かれた項目があり、電話番号が登録されていた。
ふと気になりメッセージ交換アプリも確認すると、そっちにも登録されていて、メッセージまで届いていた。
「異世界の女神が何で携帯持っているのよ……」
半分、呆れながらメッセージの返信をしておく。
『昨日はありがとう』
何を書いたら良いか分からないので無難な言葉を返す。
このメッセージ交換アプリも家族間でしかやり取りしないので若者みたいに使ってないのだ。
やり取りと言っても『牛乳買ってきて』とか『お弁当忘れてる』みたいなのしかない。
「さて出掛けましょうか」
自転車に跨り、家を出発する。
金沢と言っても浅野川線沿いは北鉄金沢駅から国道八号線を越えると田んぼが多く、長閑な風景が広がる。
家からアルプラザまでは自転車だと十五分程だ。
裏道を知っているとアルプラザ前の蕎麦屋の信号しか引っ掛からない。
地元民特権である。
ここの蕎麦屋はかなり昔からあり、美味しい蕎麦が頂ける店だ。
アルプラザに着くとフードコート側の駐輪場に自転車を駐めて二階にある本屋へ向かう。
ここの本屋は石川を中心に営業している本屋で昔はもっと店舗数があったが大分数が減って少し寂しい。
目的の本は運転免許取得関連なので資格本コーナーを探す。
何種類かあったが仮免の学科試験対策も書いてある物にした。
こっちを長い間離れていたので料理の感覚が怪しい所があるのでレシピ本とお弁当用のレシピ本も購入。
来たついでに専門店街を覗く。
昨日も来たが服中心だったので小物類を中心に見る。
財布を買い換えるつもりだ。
今使っている財布も十万もするブランド物の財布でそんなに傷んでいないので勿体無いが仕方がない。
見知らね外国人が亡くなった人の物ばかり使う訳にはいかない。
予算が五万以内で良い感じのがあれば今日、決めてしまうつもりだ。
しかし、そう思っている時に限って見つからない。
予算オーバーの物ばかりが目に着く。
結構、長い時間お店で悩んでいるが店員は声を掛けてくる気配が無い。
地方のお店レベルだと外国人客を持て成せる店員があんまりいないのだ。
英語ならまだしも他の言語となると論外だ。
今の私はどう見てもバリバリの外国人だからね。
ゆっくり考えられるからあんまり問題無いんだけど。
結局、良い物が見つからず諦める事にした。
後は食料品を買って帰るだけだ。
ただこの見た目でカートを押しながら買い物をしていると、かなり周囲の視線が集まった。
気持ちは分かるが勘弁して欲しい。
店員もハズレを引いた様な顔をするのはやめて欲しい。
普通に日本語が話せると分かると安心されるんだけど……。
如何に自分がイレギュラーな存在か痛感した。
買い物も終わって家に帰って来たが暇だ。
リビングのソファーで寛ぎながらワイドショーを観てるが、これだと生活が本当におばあちゃんになってしまう。
ソファーでぐたーっとなっていると都さんが帰ってきた。
「お義母さん、ぐったりしてどうしたんですか?」
「いや、やる事が少なくて……」
「昔からお仕事が趣味でしたからねぇ……」
それは心外なんだけど。
「休みの日の暇な時間に学会の資料をまとめたりしませんよ。今日の晩ご飯は私が作りますから、お義母さんはゆっくりして下さいね」
「私のやる事が無くなるわ……」
「これを機に休む事を覚えて下さい。向こうでも暇さえあれば研究とかしていたんじゃないですか?」
思い返してみると薬草の調合や配合の研究をしていた気がする。
どっちが姑か分からなくなってきた。
「後は華奈と透也にはリベンジしないといけませんから」
都さん、昨日のを根に持っていたのね。
「ごめんなさい。ちょっと昨日は張り切っちゃったのよ」
「そんなに気にしてませんから。あ、他のみんながいないから言いますけど、夜はもう少し声を抑えた方が良いですよ。部屋だと聞こえませんが、廊下だと聞こえましたから」
都さんに喘ぎ声を聞かれてた!?
一気に顔が熱くなる。
「うわー、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしいわ……」
ソファーに置いてあるブランケットを被り顔を隠す。
「行動が若返ってますよね」
「一応、人間だと三十前だからねぇ」
精神年齢は気にしない。
適当に新聞のチラシを見始る。
都さんはエプロンを着け、キッチンで晩ご飯の準備を始めた。
「そう言えばそっちの世界では魔王みたいなのはいるんですか?」
「魔王はいるわよ。ウチに居候していたわよ」
あれは拠点を持たない魔王だから。
「お義母さん、何をやってるんですか?」
「何か誤解をしてそうだからあれなんだけど、魔王は必ず敵では無いのよ」
「人類の敵とかでは?」
実は違う。
「魔王は圧倒的強者の中で認められた者の事を指すの。ある魔王とかは良政を敷いて人々から敬われているし、種族も魔族だったり、人間だったり様々ね」
居候の魔王は姉の面倒を私が見る関係から居候する事になったんだけど。
そう言えば彼女達、心配してないかしら?
後でリアにメッセージで確認しよう。
「実力となるとそんなに強いんですか?」
「強いと言うか理不尽ね、あれは」
一瞬で一万の兵を凍り漬けにして粉砕するのだ。
「何か凄い世界ですね……」
「全く、とんでもない世界ね。日本は平和で良いわ」
ふとリビングのテーブルに置いてある私のスマホにメッセージが来た様でピロン、と着信音が鳴る。
「何かしら?」
スマホを見るとリアからメッセージが来たみたいだ。
『六時に行くから私の分のごはんもあると嬉しいです』
「……」
私は思わずメッセージを見て固まった。
一般家庭に神様が来るとかあり得ない。
この女神、本当に友達いないのではないかしら?
さらっと、晩ご飯も要求しているし……。
それ以前にいきなりご飯を要求してくる姿勢は非常識だ。
時計を見るともう五時半だ。
うん、お断りしよう。
「お義母さん、何かありました?」
「な、何も無いわよ」
乾いた笑みを浮かべながら返す。
『今日は無理なので別の日にして下さい』
断りのメッセージを送信した。
そもそも何をしたいのかが分からない。
すぐに返信が来た。
『ごめんなさい。もう家の前です』
は?
タイミングを計ったかの様にインターホンが鳴る。
「はいはーい」
固まったる私を余所に都さんがインターホンに出る。
「どちら様でしょうか?」
『私、アルスメリアと申します。花梨奈さんにお会いしに来ました』
本当に来た。
ここまで来て帰す訳には行かないわよね。
「お義母さん、アルスメリアさんと言う外国人の方が訪ねて来られたみたいです……」
「私が出るから」
私は急いで玄関へ向かい、玄関のドアを開けると、そこには昨日、夢の中で会った女神アルスメリアがいた。