43:エルフさんと異世界料理
「そろそろ戻りましょうか」
「そうですね。ちょっと寒くなってきました」
ヘルッタは寒さに体を手で摩る。
暖かいコートを着てきたと言っても山の上は寒い。
暫くは景色を眺めていたけど、徐々に寒くなってきて雲行きも怪しくなってきたので、そろそろ戻る事にした。
この付近は山の上なのでこの時期、雲行きが怪しくなれば雪が降る。
道路脇に雪が残っている事を考えると早めに退散するのが無難。
まだ地面が冷えきってないから路面が凍る事は無いと思うけど、用心する事に越した事は無い。
凍った路面の山下りとかは本当に洒落になっていない。
北陸だと一番怖いのは雪が降った日より雨が降った日の翌日の朝が晴れるのが一番怖い。
雨で濡れた路面が放射冷却で一気に凍結し地面がアイスバーンなる。
路面が妙に輝いていたら要注意ね。
スタッドレスタイヤを履いていても滑らない訳では無いのだから。
「車は暖房があるから暖かいわよ」
「本当に便利ですよね。馬車にこんな機能あれば良いのに……」
ヘルッタはそう良いながら素早く車へ乗り込み、シートベルトを締める。
何回も乗っているからか、流石に慣れた様だ。
エンジンを掛けるとエアコンの風気孔に手をやるヘルッタ。
気持ちは分からないでも無い。
私の車ぐらいになると暖かい風が出るまでは結構、早い。
走らせた方がエアコンの稼動も良くなるのでキゴ山を後にする。
寄り道をせずに真っ直ぐ下る。
銀河の里キゴ山へ行く道は山側へ進むと湯涌温泉へ抜ける様になっている。
道中は一部、1.5車線の狭隘路にはなっているが、それはそれで趣のある道である。
ただこの時期は余り通りたくない道なのよね。
この近辺、雪が降った痕跡があるのと、狭隘区間はほぼほぼ日陰なので雪が残っていて、日中でも水溜りが凍っている可能性が考えられるからだ。
日陰の水溜りは日中でも温まらないので氷のままだったりする事があるのだ。
そして、その区間はガードレールが無くポールしか立ってない。
滑ったら非常に危険な道だ。
温泉へ行っても良いけど、お風呂に入る準備は何もしてこなかったから行っても仕方が無い。
着替えぐらいなら空間収納に入っているけど、化粧品関係やシャンプー、リンスは流石に持ってないので無理。
どうしても行く用事がある訳でも無いので今日はそのままUターン。
でも来た道をそのままと言うのは面白く無いので角間から杜の里へ下りるのではなく、田上の方へ下りる。
とは言っても山側環状へ出る交差点が1km程ずれるだけなので大差は無い。
私の気持ちの問題ね
道中、スーパーへ寄って晩御飯に使う足りない食材を買って行く。
流石に塊肉は常備してないからね。
向こうでは基本的に塊肉で購入するのが一般的だから問題無いんだけど、我が家の人数を賄う塊肉にとなると意外と大変だったりする。
と言っても家の近くのアルプラザで済ませてしまうのだけど。
家に帰るとヘルッタは炬燵へ直行したが、私はガレージへと戻る。
「ちょうど良いドライブだったから確認にはちょうど良いわよね」
私は愛車のホイールキャップを外して、ボルトに緩みが出ていないかトルクレンチで締めながら確認する。
ちゃんと規定トルクに設定してあるから締め過ぎの心配は無い。
空気圧は明日、ガソリンを入れに行くからその時に確認して貰う予定。
今日、行けば良いと思うかもしれないけど、いつも行っているガソリンスタンドが明日だとテッシュペーパーが貰える日だからそっちの方が都合が良いのだ。
そしてガソリン単価も1L当たり3円安くなる日でもある。
軽四程度のタンク容量なら大した差は無いのかもしれないけど、タンク容量80Lもある車のガソリンを満タンにするとなると差額はそこそこ出てくる。
まぁ、大体給油警告ランプが点灯する前に入れるから60L前後なんだけど。
「問題無いわね」
タイヤ四本、どれも緩みは無かった。
ちゃんと規定トルクで締めているので普通は緩んで来ない。
「さ、少し晩御飯の支度でもしましょうか」
私は工具類を片付けて手を洗ってキッチンへ。
まずはノヴォツェ……面倒だからローストポークで問題無いわね。
そっちの下拵えからやっていく。
冷蔵庫から豚の肩ロースの塊肉を取り出す。
私は普通のロースよる旨みの強い肩ロースの方が好きなので肩ロースを使う。
特に何処の部位でないといけないと言う事は無い。
一般的にはモモやロースが多いかしら?
取り敢えず、全体的に塩を揉み込んでラップに包んで30分程、放置。
その間に玉葱やセロリ、人参を切っていく。
少しゴロッとするイメージで。
後はお肉を待つだけなので、別の料理に取り掛かる。
次に作るのは肉団子の煮込み。
基本的に向こうの世界、特に王都の料理は焼くか煮るかのどちらかなので結構、調理法が偏る。
そんな事は気にせずに大きいボウルに挽肉、牛乳、卵を入れる。
更にみじん切りにした玉葱、ピーマン、セロリ、オイルサーディン、潰したじゃがいも、ケッパー等のスパイスを入れてよく練る。
この作業の手を抜くとボソボソとした触感になったり、煮込んでいる途中で崩れてしまうので注意が必要。
団子にじゃがいもを入れるのは完全に嵩増しで王都の主婦の知恵の一つ。
じゃがいもは王都周辺でよく栽培されているから何処の家庭でもよく食べている。
オイルサーディンは内陸なので何かしら日持ちのする加工をしないと持ってこられないのだ。
その為、王都では新鮮な魚は川魚ぐらいで海の魚はカラカラの干物かオイル漬け、塩漬けばかりだ。
次に鍋に一つまみの塩を入れたお湯を沸かして肉団子を茹でる。
大きめのスプーンで容量良く、ポイポイと鍋へ放り込んで、浮いてきたらザルボウルへと引き上げておく。
肉団子の茹で汁は後で使うので取っておく。
別の鍋にバターと薄力粉を焦げない様に炒めていく。
ここはベシャメルソースを作る時と一緒なので手馴れた物である。
そこへ先程の茹で汁、オイルサーディンのみじん切りにホースラディッシュ、レモン汁を入れて味を調える。
「少し塩気が少ないわね」
味見をしてみると少し塩味が足りなかったので少しだけ塩を入れる。
「こんな感じね。国産のオイルサーディンだからかしら?」
今日使ったのは国産のオイルサーディンだったので、海外の物と比べると塩気が少ないのかもしれない。
因みに王都で流通しているオイルサーディンはオイル漬けにも関わらず、塩漬けかと思うぐらいに塩っ辛かったりする。
出来上がったソースの中に先程引き上げた肉団子を入れて少し煮立たせる。
後は食べる前に軽く温めてパセリを散らせば終わり。
これで一品終わりね。
次はソーセージのシチュー。
これははっきり言って誰にでも作れる。
鍋にバターを溶かしてザワークラウトを炒める。
向こうだと、葉物野菜を乳酸発酵させた物を使う。
キャベツ以外にもレタスやほうれん草まで何でも有り。
白菜漬けでも問題無いぐらいね。
でも向こうの味に近くなりそうなのはドイツのキャベツの漬物であるザワークラウトだ。
ザワークラウト自体は酸っぱいが火を通すと酸味はかなり飛んで、気持ち酸味のあるスープになる。
途中から人参、冬瓜を入れる。
後から入れた野菜は油が馴染む程度の良いので水を入れて煮ていく。
向こうでは無いのであれなのだが、より美味しくする為に固形のコンソメを入れる。
煮立ってきたら大胆に大きいソーセージをそのまま切らずに入れて火を通し、塩、胡椒で味を調整する。
味見をするが、問題は無さそう。
少し時間を置いて野菜の甘みが出たらちょうど良い感じになると思う。
「それにしてもこのメニューでお米と言うのはどうなのかしら?」
作っている私が言う台詞では無いのかもしれないけど、かなり変わっている感じがする。
基本的にはパンだ。
「まぁ、味的には問題無いから大丈夫よね」
細かい事は気にしない事にした。
最後にメインディッシュへ移ろうとした時、リアと華奈、透也が帰ってきた。
「三人ともお帰りなさい」
「ただいま帰りました」
「ただいまー」
「ただいまー、何か美味そうな匂いがする!」
透也は既に出来上がった料理の匂いをロックオンしていた。
「今、準備しているから荷物を置いてきなさい」
「「はーい」」
華奈と透也は二階へと消えていく。
「何か手伝う事はありますか?」
「今日は大丈夫よ。後はメインディッシュを作れば終わりだから」
リアはキッチンを見渡して塊肉の存在に気が付く。
「美味しそうなお肉ですね」
「まだ下拵えしただけなんだけどね」
まだ塩を揉み込んだだけの状態である
「花梨奈が作るのですから美味しいに決まってます」
私の料理って、信頼されているわね。
「期待に応えて頑張って作りましょう」
深めのフライパンに油を入れて中火で肉の表面にしっかりと焼き色を付ける。
ここでは表面だけさっと焼く。
長くやるとお肉が固くなってしまう。
塊肉を端に寄せて余分な油をキッチンペーパーで拭き取って、空いた所に野菜を入れて炒めていく。
野菜がしんなりしてきたらビールを入れる。
向こうだとエールを使うけど、問題無し。
アルコールが飛ぶまで煮立たせてから水とスパイスを加えて蓋をして煮る。
お肉の火の入り方を均等にする為に何度かお肉の向きを変える。
程良い所で塊肉を取り出して粗熱を取る。
その間に煮汁に塩、胡椒で味付けをしておく。
お肉を食べやすい厚さに切って皿に盛り付けて、野菜と煮汁を掛ければ完成である。
「こっちでは初めて作ったけど、良さそうな出来ね」
お肉の断面がちゃんと淡いピンク色で良い感じに仕上がっている。
「ただいまー。お、今日は何かいつもと違う感じのだな」
ちょうど良いタイミングで旦那や輝、都さんが帰ってきた。
目聡いのは息子の輝。
「そうですね。これは洋食……では無さそうです」
都さんも見た事がありそうで無さそうな料理に首を傾げた。
「ヘルッタが向こうの料理が食べたいって、言ったから似た食材を使って作ってみたのよ」
「異世界料理って、感じか?見た感じ普通に美味そうだな」
「不味い料理なんて作らないわよ」
向こうの料理でも苦手な料理も当然、存在する。
豚の血のスープなんかは癖が強くて苦手ね。
川にいるなまこみたいなのを発酵させたのとかは匂いもキツイが味も強烈で一口で撃沈した。
好きな人は好きらしい。
「さ、さっと盛ってしまうから座って、座って」
そんなやり取りをしていると炬燵のある和室からヘルッタが出てきた。
「ノヴォツェにシチューにクスツァーリ!凄く懐かしい感じ」
ヘルッタは料理を見ただけで満足そうな顔をしている。
こっちに来てから一番の笑顔では無かろうか。
「ヘルッタも座りなさい。もうすぐだから」
私はささっと盛り付けをしてリアと都さんがテーブルに料理を並べていく。
各自が席に着いて手を合わせて食べ始める。
「この味、この味……母上、最高です!」
ヘルッタは料理を食べて興奮しながら言う。
「それなら良かったわ」
私はシチューから。
少し酸味が利いた味が濃い味のソーセージを食べやすくしている。
ザワークラウトの酸味も野菜の甘みで良い感じに調和していて主張し過ぎたりしないのでちょうど良い塩梅。
「酸味のあるスープも良いですね。洋風辛く無い酸辣湯みたいで」
都さんも気に入ってくれた様だ。
辛くない洋風酸辣湯とはよく言ったものだが、例えとしては一番、分かりやすいかもしれない。
「この肉団子が美味しいな。見た目は濃い様に見えて意外とあっさり行ける」
旦那が食べているのが肉団子の煮込みであるクスツァーリ。
スパイスが効いていて意外と食べやすいのよね。
お肉だけじゃなくてじゃがいもも入っているからお腹も膨れるし、王都で一番よく食べられている料理の一つ。
「これが一番だな。ヘルッタが美味そうに食っているのが納得出来るな」
ローストポークに舌鼓を打っているのは輝だ。
これは普通に想像の付く味だからね。
孫達は夢中で食べている。
何とも分かりやすい孫だろうか。
でも美味しく食べてもらえていりなら何より。
「酸っぱ!?これは何だ?」
輝が驚いているのはローストポークの付け合せに持ったザワークラウトだ。
「それはドイツのザワークラウトよ。シチューに入れるのに買ったのだけど、余ったからそのまま付け合せにしたのよ」
意外と量があってシチューだけでは消費しきれなかったのだ。
「確かドイツのキャベツの漬物でしたよね?」
「そうよ。向こうにも似た物があるから」
ヘルッタは気にせず食べている。
「ヘルッタは平気なのか?」
「これか?これなら肉料理に付いている定番だから普通かな?ですよね、母上?」
ヘルッタは王都住まいだからこの酸っぱい葉物野菜の漬物には馴染み深い。
「向こうは内陸だから保存食を作る文化がそれなりに発達していたのよ」
今は魔道具による温室栽培なんてあったりするが、昔は越冬の為に保存食として作っていたらしい。
「そもそも単独で食べると言うよりかは肉を一緒に食べるのが普通だ。こうやって……ん……よっ……こんな感じだ……もぐもぐもぐもぐ……」
慣れない箸で頑張ってザワークラウトにローストポークを巻いて食べるヘルッタ。
私は酸っぱいお漬物は慣れているからそのまま食べるけどね。
うん、酸っぱい。
「なるほど……確かに一緒に食べると豚肉の油っこさを酸味が打ち消してくれるんだな」
輝は同じ食べ方をして納得した様ね。
「儂はそのままでも普通なんだがな」
旦那は私と一緒で酸っぱい漬物に慣れているから。
孫達は私達と一緒にいる所為か、酸っぱい漬物も平気だったりする。
一緒によくご飯を食べていたからね。
「それにしても向こうもそれなりに豪勢なんだな」
輝が少し感心した様に言った。
「それは違うわよ」
「そうなのか?」
普段からこんなに豪勢な食事が食べられるのは貴族や大きな商人だけだ。
「うん。平民だとシチューとパンにサラダ付けば良い方だ。シチューもこんなに野菜がたくさん入っている事は少ないから」
「ヘルッタの言う通りでこのぐらいの食事になるとお金持ちの料理になるわ。平民だと生の肉は高いから塩漬け肉みたいな加工品が多いのよ」
スープに入れるのもドライソーセージだったりする事が多い。
こんなジューシーなソーセージは高級品だ。
「多分、王都だとレストランでこのノヴォツェを二皿頼むと平民の一月の給金が飛ぶくらい高いのだ」
ローストポークにしようとすると、どうしても新鮮な肉が必要になる。
生肉でも鮮度の高い肉は特に高価なのだ。
「ウチでもこれは偶にしか出ないわね。一番、多いメインディッシュはシンプルにステーキが多いかしら?」
基本的にはシンプルに肉を焼く料理が多い。
「結構……大変なんだな」
異世界の食糧事情を垣間見た輝は何処か複雑な表情を浮かべた。
そんな会話をしている横でリアのザワークラウトが華奈と透也の皿へ引越しをしていた。
「もしかして苦手だった?」
少し涙目になりながら頷くリア。
「それ、かなり酸っぱいから仕方が無いんじゃないか?」
輝が助け舟を出す。
別に怒るつもりは無いわよ。
「お肉を巻いてもダメかしら?」
首を縦に振る。
既に試していたのね。
あんまりご飯を残すのは頂けないんだけど、ザワークラウトなら仕方無いかしら?
リアとは対照的に華奈と透也は美味しそうにザワークラウトをそのまま食べる。
何と言うか……不思議な光景ね。
少しリアには辛かったかもしれないが、異世界料理も美味しく食べてもらえたのだ良かった。
こうしてまた一日が終わる。




