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41:エルフさんの氷見うどんと後悔

 私は台所の戸棚を空けて何があるか確認しながらお昼ご飯ネタを探す。

 ヘルッタと話して決めたのは晩御飯のネタなのでお昼ご飯までは決めていない。

 寧ろそっちを先に決めたかったんだけどね。


 パッと開けるとパスタが目に入ってきたが、今日はそんな気分じゃないのでパス。

 レトルトの丼の具とレトルトカレーを見つけるが、なまくらはもっと忙しい時……と言うか作る気満点の時は無し。

 後は素麺ぐらいよね……でも冬場に素麺はちょっと無いわね。

 ふと片隅に何かの乾麺らしき白い袋を見つける。


「あら、これは何かしら?」


 手に取ってみるいつもはここに仕舞ってない物がそこあった。


「こんな所に氷見うどんがあるじゃない。それも中途半端に一束」


 大体一束だと二人前ぐらいだ。

 私とヘルッタだけだし、温かい物で寒い日にはちょうど良いわね。


「今日は氷見うどんにしましょう」


 私はお昼のメニューを決めてエプロンを着る。


「母上、ひみうどんとは何ですか?」


「氷見うどんは私の実家の方で作られている麺の事よ」


「母上はこの国出身では無いのですか?」


「同じ国でも地方によって文化が違うじゃない?この街は仁君の地元で私は少し離れた氷見と言う所出身なの。向こうで言えば出身の領が違う感じかしら?」


 私は元々氷見の人間なので金沢の文化より富山西部の文化の方が馴染み深い。


 氷見うどんの由来は氷見糸うどんに始まっている。

 元々は能登輪島から素麺作りの技術等を取り入れて氷見で糸うどんの製法を編み出したのが始め伝えられており、この糸うどんは加賀藩主の前田家に献上される程の逸品。

 金沢の料亭でも出るぐらいだ。


 元祖は氷見にある高岡屋が発祥で今でも昔ながらの技術を継承している。


 氷見うどんを作っている所は元祖の高岡屋ともう一軒、海津屋である。

 昔は氷見に行かないと買えなかったが、最近ではスーパーにも卸される様になったので金沢、富山県内であれば入手は容易になった。

 娘の照が愛知県に住んでいるのだが、照の話だとスーパーのvalorなら向こうでも置いてあるらしい。

 お陰でこっちに来なくても買えて嬉しい様だ。


 今日のお昼に使うのは高岡屋の細麺。

 氷見うどんは太麺より細麺の方が馴染み深い。


「なるほど。そうするとひみうどんと言うのは故郷の味と言う事ですか?」


「そうよ。ちょっと待ってて。簡単に作っちゃうから」


 私は大きめの鍋に水を張って湯を沸かす。

 そして中ぐらいの鍋でも湯を沸かす。

 大きい方は面を茹でる為で、小さい方は出汁に使う。


 お湯を沸かしている間に具の準備をする。

 と言ってもそんなにやる事は無い。


 冷蔵庫から取り出した三つ葉とかまぼこを切っていく。

 今日は簡単に三つ葉とかまぼこに葱、最後に柚子の皮を乗せるだけの簡単仕様。


 因みにかまぼこは富山県民お馴染みの赤巻きと昆布巻きである。

 富山県では板の付いた板かまぼこでは無く、ぐるぐると巻き状になったかまぼこが主流。

 引き出物で板のかまぼこを貰った時、どうすれば良いか分からなかったのは私だけじゃ無い筈。

 富山出身なら通る道だと思う。


 赤巻きは赤いすり身を巻いているが、昆布巻きは名前の通り昆布が巻いてある。

 富山と言えば昆布よね。

 私は湯煎した昆布巻きかまぼこをおつまみに飲むお酒が大好き。

 富山の人なら私の言う事が分かるだろう。

 わさび醤油をちょっと付けて食べると格別なのだ。


 切った具を小皿に避難させて小さい方の鍋が沸いてきたので火を止めて鰹節を入れる。

 鰹節が沈むまでの間にボウルとザルと布巾を用意して漉す準備をしておく。

 その間に大きい鍋の湯が沸いたので氷見うどんを入れて茹でる。

 タイマーをセットするのも忘れない。


 鰹節が鍋の底に沈んだら布巾を敷いたザルで漉す。

 ここで注意しなければいけないのは鰹節を絞らない事。

 絞るとえぐみが出てしまうので繊細なお出汁がダメになってしまう。


 漉した出汁を鍋に戻したら火に掛けて薄口醤油、みりん、お酒で味付け。

 味が薄い様なら塩で調整する。

 我が家のかけつゆは関西風なので色が濃くない。


「うん。ちょうど良い感じね」


 味見も問題無し。

 氷見うどんの様子を見るがまだ茹で時間が足りない。

 乾麺の氷見うどんは茹で時間が長い。

 大体六、七分茹でてビックリ水はしない。

 コシが強いうどんなのでビックリ水をすると芯が残る事があるのだ。


 茹で上がったらうどんをザルに開けて冷水で締める。

 これは氷見うどんを調理する時に忘れてはいけない。

 こうする事によってコシが増す。

 氷見うどんはコシが命。


 うどんを丼に持ってその上からつゆを掛けて、先程切った具を載せれば完成。


 簡単ではあるけど、間違いなく美味しい。

 箸と丼をお盆に乗せてテーブルまで運ぶ。


「これが氷見うどんよ」


 ヘルッタの前に丼と箸を置く。

 自分の席にも置いて手を合わせる。


「それじゃ頂きます」


「頂きます」


 一応、ヘルッタに日本での食事の礼を教えてあるので私を真似て手を合わせて頂きますをする。

 慣れない手付きで子供用の端に輪っかの付いて矯正用の箸を使う。

 これは先日、ヘルッタが箸が使える様になりたい、と言う事で態々買って来たのだ。

 まだ使い始めたばかりなので悪戦苦闘しながらうどんと格闘している。

 そんなヘルッタの姿に皆微笑ましく温かい目で見守っている。


 傍から見ると男っぽい口調で余り女性っぽさを感じない言動をしているが、中身は人見知りの真面目で一途な女の子。

 家族もそれを知っているので旦那は娘として、輝は可愛い妹、華奈と透也はちょうど良いお姉さんとして受け入れている。

 ヘルッタもまだ他所々々しさはあるが、距離を少しでも縮めようと努力をしている。


 華奈と透也とはよく一緒にゲームをして遊んだり、マンガを勧められたりしながら日本の文化に馴染もうとしている。

 夜は輝と私を酒の肴にしながら一緒に飲んだりしていたりする。

 そしてヘルッタは日本酒にハマった。

 向こうはワインやウォッカみたいな蒸留酒が主流なので穀物の醸造酒は珍しい。

 あの日本酒の独特の香り高い風味がツボだった様だ。


 因みに我が家に常備してある日本酒は立山の青ラベル。

 所謂、二級酒。

 富山の特に西側の地域では辛口の立山の二級酒が何処の家庭でも飲まれている。

 そして料理酒にも使われる。

 富山西部の人間にとっては馴染み深いお酒なのだ。


 ヘルッタが飲み始めた事によって立山の備蓄も増やさないとダメかしら?


 必死になってうどんと格闘しているヘルッタを横目に私は軽快に氷見うどんを啜る。

 つるっとした喉越しにさぬきうどんより強いコシが堪らない。

 出汁もちゃんと鰹節から取ったから香りが良いし、ほんのり香る柚子も良い。


「かまぼこと言ったらやっぱりこれよね」


 具に使った赤巻きのかまぼこを一口。

 程好い弾力と魚の甘みが口に広がる。

 慣れ親しんだ味よね。


 続いて昆布巻きのかまぼこも。

 こっちは昆布の旨みが合わさりより一層、魚の味が引き立つ。

 でも昆布巻きはお酒のおつまみの方が良いかも。


「このひみうどん、ですか?つるつるとしててパスタとは違う弾力があって独特な感じですね」


「向こうだとおうどんみたいな麺が無いのよね。でも美味しいでしょ?」


「はい。このあっさりしたスープとちょうど相まって美味しいです。少し風邪引いた時に出てくる母上の料理に似ている感じがします」


 うどんは優しい味だからかしら?


「おうどんも風邪の時でも食べやすいからかしら?」


「確かに……これなら調子が悪くてもするするっと入って行きそうです」


 うどんもお粥と並んで風邪の時の定番よね。

 後は何かしら?

 みかんゼリーやバナナは無難ね。

 実はアイスクリームも有りだったりする。


 風邪の時は普段は何気なくしている食事でさえも辛く感じるが、冷たく甘いアイスクリームは喉通りが良く、火照った体を冷ましてくれる。

 栄養面では原料となっている牛乳、卵にはたんぱく質やビタミン、砂糖は糖分なのでエネルギーの補給にも向いている。


 バニラアイスに入っているバニラビーンズの甘い香りの成分であるリナロールはリラックス効果、免疫力アップも期待出来る。

 アロマを焚く人は風邪の時にバニラの香りを焚くのも良い。


 ここまでは良い事を挙げてきたが、万能と言う訳では無い。

 胃腸が弱っている胃腸風邪には逆効果になる。

 アイスクリームは冷たい為、刺激が強いので胃に負担を掛けて症状を悪化させる事もあるので注意が必要。

 当然ではあるが、体を冷やさない注意も必要である。

 寒気がする時に食べるのは完全に逆効果。

 何事も用法を正しくが基本。


「じゃ、ヘルッタがもし、風邪を引いたら美味しいお粥を作ってあげるわ」


「本当ですか!?母上のお粥は美味しいので食べたら兄上に自慢出来ます!」


 思いの外、食い付き良くて驚いた。

 と言うかエルクも好きだったのね。

 今度、帰ったら作ってあげよう。


「それなら向こうに帰ったらエルクにも作ってあげないと拗ねてしまうわね」


「そうしてあげて下さい。兄上も……あっ」


 喋っていたら折角、箸で取ったうどんが滑り落ちる。


「ゆっくり食べたら良いわ。慣れない箸は大変だろうし」


「箸は難しいです……。でも箸が使える様になったら兄上に自慢出来るから頑張ります」


 基準がそこなのね……。


「でも屋敷だと箸が使う機会が無いんじゃない?テーブルマナーもあるんだし」


 屋敷だと子供達の訓練も兼ねてテーブルマナーがしっかりと身に付くように公式と同じ様にしてある。

 そうするとナイフ、フォーク、スプーンを使う事になるので箸の出番が無い。

 大人は子供達のお手本なのでしっかりとした作法が求められる。


「確かに……でも兄上に自慢が出来れば良いです」


 箸がそんなに自慢出来る事かしら?


「それにちゃんと使える様になったら母上が選んだ箸を買って貰えますから」


 確かにヘルッタには箸がちゃんと使える様になったら私が使っている輪島塗の箸を買うと約束をしている。

 どうやらこれもエルクに対しての自慢する様だ。

 それにしてもエルクはそんなに私に懐いていた印象は無いんだけど。


「兄上は母上から父上の弓を貰って自慢気でしたし……」


 あー、あれの事か。


「でもその時はヘルッタにも私が作った刀をあげたでしょ?」


 二人に武器をプレゼントした事があるのだ。


「あれはやはり父上が使っていた物なので……。兄上が持つのが相応しいとは思いますが……」


 納得はしているけど、本当は欲しかったのね。

 ヘルッタは夫の事が大好きだったから仕方が無いか……。


「ヘルッタにはアイザックの愛用していたペンをあげた筈よね?」


「はい。今でも大事に部屋に飾ってます。やはり父上は……」


 ヘルッタが胸の前で拳を握り絞める。

 寧ろヘルッタだから余計なのかもしれないわね。


「大好きだったものね」


 小さい頃はいつも夫の服の裾を掴んで後ろを付いて回るそんな子だった。

 夫が死んで一番泣いたのは私では無く、ヘルッタだ。


「はい……」


 ヘルッタの手が止まる。


「仕方が無い事よ。私達はエルフでアイザックは人間」


 エルフを伴侶にすると言う事は相手より先に旅立つ事を覚悟しなければならない。

 人の寿命はどんなに長生きしても百年ばかし。

 エルフはその十倍の千年は生き、ハーフエルフも半分の寿命がある。

 回避出来ない事だ。


「アイザックは幸せだったと思うわよ。孫の顔も見れたし、エルクとヘルッタもいたから」


 一人目の孫が生まれた時は既に老いでベッドで寝たきりになっていた。

 孫を見た安心感か、孫が生まれて二月後に旅立った。

 夫が寝たきりになってからは侯爵の仕事より夫の介護を優先していた。

 その頃になったらエルクは既に成人しており、執務の半分以上やってくれていたので介護に専念出来た。

 エルク自身も私と夫が少しでも長く一緒にいられる様にと気を遣ってくれたのだ。


 夫の遺書は今でも大切に私が持っている。

 私にとってはとても大事な物だ。


 夫が旅立った後、私はエルクに侯爵の座を譲る事にした。

 私らしく無いと思うかもしれないが、夫が無くなって暫くは塞ぎこんでしまった。

 残された者の気持ちを身を以って実感した時、前世に残した旦那や家族の気持ちが分かってしまい、激しく後悔の念に苛まれたのだ。

 半年程は屋敷で虚ろに過ごす日々が続いた。


 この時は家族皆に心配を掛けてしまった。

 半年が経った頃、私は屋敷を出る事にした。

 夫と過ごした思い出に溢れる場所にいる事が辛かったのだ。

 屋敷を出る事にエルクやビアンカさんは反対した。

 しかし、ヘルッタだけ反対しなかった。

 ヘルッタは夫が亡くなったタイミングで騎士の寮へ移っていた。

 理由は難しく無い。

 私と同じだからだ。


 結局、二人は折れて私は屋敷を出た。

 三十年程は王都に戻らず大陸を放浪していた。

 各地を巡りながら昔の様に冒険者として過ごす日々。


 そんな中、偶々訪れたアングレナと言う街に居つく事になる。

 この頃には心の整理が付いており、国内の街を見ながら落ち着ける場所を探していたのだ。

 王都にいると色々と面倒なので程好く距離が離れた所、且つ、いざとなったら戻りやすい場所はアングレナだった。

 決定打は王都まで馬車鉄道が敷かれている事。

 これに尽きる。


 薬師としては有名だったので、お店を開くと直ぐに客が付いて安定した生活を送る様になった。

 子供達や孫達からは少し寂しがられたけど心穏やかに生活出来る場を見つける事が出来たのだ。


「母上は……父上と仁殿とどちらの方が好きなのでしょうか?」


 ヘルッタは少し不安げな表情で問いを投げかけた。

 きっとずっと気になっていたのだろう。


「難しい質問ね……。都合の良い答えかもしれないけど、どちらも愛しているわ。甲乙なんて付けられないわ……」


「そうですか……そうですよね……」


 本当は夫と言って欲しかったのかもしれない。


「ヘルッタも愛する人が出来れば分かるわ」


 少し無責任な台詞かもしれない。


「……はい」


 何処か歯切れの悪い返事をするヘルッタ。


「もしかして仁君と一緒にいるのが苦手?」


 私の言葉にヘルッタは首を大きく横に振る。


「そんな事はありません!でも……一緒にいると少し父上の事を思い出してしまって……」


 ナイーブになっている所に旦那を見て夫と姿を重ねてしまった様ね。


「少しナイーブになっているのね。それなら後で良い所に連れて行ってあげる」


「良い所ですか?」


「えぇ、そうよ」


 私はその場所を懐かしく思いながら、ヘルッタは不思議そうな顔をした。



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