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40:エルフさんの冬支度(タイヤ交換)

「今日は冷えるわね。今日も太陽は出なさそう……そろそろ雪が降るかしら?」


 私は曇天を眺めながら寒さに身を震わせながら自宅のサンルームに洗濯物を干す。

 太平洋側の人にはサンルームと言う言葉に馴染みが無いかもしれない。

 サンルームは簡単に言えば室内で洗濯物が干せる部屋の事。


 そもそも北陸は秋から春が来るまで日照時間が少なく、降水量も多いので外に干すのが難しい。

 夏場は気温も高く日差しも強いので短時間で乾くが、この時期は晴れていても乾きにくいのに加えて、北陸特有の気候も相まって余計に乾かない。

 北陸の奥さんは洗濯物が中々乾かずやきもきしてしまう。


 そんな時に家にサンルームがあると非常に便利。

 基本的に家の中で日が入りやすく、風が抜けやすい場所に作るのが好ましい。

 日を入りやすい場所を選ぶのは洗濯物を極力、速く乾かす為。

 そして換気も重要。

 その為、我が家のサンルームは西日が入りやすい様に西側は全面ガラス張りで日が満遍なく入る様にしてある。

 何故、西日かと言うとこの時期は太陽の位置が低いので日が入りやすいのだ。

 これは一つの知恵である。


 こちらの地域では賃貸でもサンルームが付いている物件は少なくない。

 家族向けの3LDKのマンションだと、普通は二部屋に跨ってベランダが付いているが、片方がサンルームになっていたりするのだ。


 これは雪が降る地域特有かもしれないが、賃貸物件に物置が一緒に付いているのも特徴である。

 これはスタッドレスタイヤを置く為である。

 太平洋側に住んでいる人はスタッドレスタイヤに履き替える習慣が無いかもしれないが、雪が降るこの地域では必需品の一つ。

 昔に比べたら雪が降る日は減ったけど、雪道をノーマルタイヤで走る無謀な真似はしたくない。


「流石にそろそろ履き替えないと拙そうね」


 私は洗濯物を干しながら今日はタイヤ交換をする事に決める。

 ヘルッタもいる事だし、二人でやれば早く終わるからちょうど良い。


「さ、さっさと洗濯物を干して午前中にやりきってしまいましょうか」


 私は気合を入れて洗濯物を急いで干してしまう。

 何故、急ぐのかと言うとこの時期の北陸は天気が直ぐに悪くなるなんてのは珍しくも無い。

 タイヤ交換をするのは私と旦那と都さんの車の三台。

 輝は拘りがあるから毎回自分でやるから私はやらない。

 作業は基本的に車庫でやるんだけど、ついでにホイールを洗うんだけど、これは外でのやるから天気が悪いと辛いのよね。


 サンルームから出る前に除湿機のスイッチを入れるのも忘れない。

 いくらサンルームで干していても湿度が高いと中々乾かないので除湿機も欠かせない。


 北陸は降水量も多い事もあって湿度が非常に多い地域。

 除湿機はマストアイテムの一つと言っても良い。

 クローゼットに置く湿気取りも欠かせない。

 これを置いておかないと気が付いたらクローゼットの中に黴が生えて、衣服にまで及ぶ事があるからだ。

 特に革製品は注意したい。


 そんな訳でヘルッタを呼んで車庫へ。

 汚れても良い様にちゃんとジャージに着替え済みである。


「母上、私は何を手伝えば良いのですか?」


 タイヤ交換と言われてもよく分からないだろう。


「取り敢えず、私がこの車輪を外すからこのスポンジで汚れを落として欲しいの」


 私はホイール用の洗剤と水を入れたバケツとスポンジと使い古した歯ブラシをヘルッタに渡す。

 ヘルッタはスポンジをにぎにぎしながらその感触を確かめる。


「このバケツの水にスポンジを付けて擦れば汚れが取れるから。細かい所はこの歯ブラシで。綺麗になったら水で洗い流してそこに立て掛けて並べておいて」


 私は車庫の外の壁を指す。


「分かりました」


 ヘルッタはそう言って外で待機。

 寒いので私は早く終わらせる為、手早く作業を始める。

 まずは自分の車からだ。

 サイドブレーキがしっかり掛かっているのを確認してから作業を行う。

 これをしてないとひょんな拍子で車が動いてジャッキから外れて大惨事なんて事にもなりかねないので忘れずにしないといけない。

 そして輪止めもする。

 これはやらない人も多いかもしれながい、念の為だ。

 安全第一よね。


 取り敢えず、エアーのトルクレンチをエアーのホースに繋いで、バルブを開けて動作を確認する。

 少し音は五月蝿いがエアーのトルクレンチは非常に作業がしやすい。

 我が家は輝の趣味のお陰で車庫にはエアー用のコンプレッサーが置いてあるのだ。

 お陰でタイヤ交換は非常に楽なのよね。

 一応、十字レンチでも出来るわよ。


 私はトルクレンチの回転方向を緩み方向にしてホイールキャップを外してボルトを緩めていく。

 これは余談ではあるが、ベッツはナットを締めるのでは無くボルトを締める。

 国産車はナット締めだけど、輸入車はボルト締めなのよね。


 一通りボルトが緩んだ所でジャッキを車の下にセットする。

 レバーを上下に動かして車体を持ち上げる。

 私が使っているのは油圧のフロアジャッキだ。

 車に載っているスペアタイヤと一緒にあるネジ式のパンタグラフジャッキは基本的に使わない。

 あれは非常用と言うのもあるし、何と言っても疲れる。

 軽四なら良いんだけど、私や旦那の車ともなると少し心許ない。


 旦那のランクルは余裕で2tを越えているし、私のCLSも1.8tもあるので軽い車とは言えない。

 一応、ネジ式のパンタグラフジャッキでも持ち上げる事は出来なくは無いけど、ネジがバカになる可能性が避けたい。


 タイヤがしっかりと持ち上がったらホイール付きの古タイヤを車の下に置いて、ジャッキスタンドを設置していく。

 正直、ジャッキで持ち上げた状態は不安定だからジャッキスタンドを噛まして安定させたい。

 ジャッキを下げてジャッキスタンドに降ろす。


 これで車体が持ち上がったのでボルトを外してタイヤを外す。

 やっぱタイヤはかなり重い。

 私のCLSは見た目がAMGと一緒な仕様なのでホイールは19インチを履いているので中々重い。

 昔は年寄りにはキツイ作業だったけど、今の体だと重いとは言ってもそんなに苦になる作業では無い。


「ヘルッタ、よろしくね」


 私は外したタイヤをヘルッタの方へ転がしていく。


「はい!」


 ヘルッタは元気の良い返事をしてタイヤを受け取り、一生懸命ホイールを洗い始める。

 水が冷たくて地味に辛い作業なんだけど、ヘルッタは何処か楽しそうだった。

 もしかしたら未経験の作業が面白く感じてるのかもしれない。


「さてスタッドレスに履き替えますか」


 因みにスタッドレスは18インチである。

 流石にスタッドレスにそこまでお金を掛けていられない。

 それでも四本で十五万程しているので安いとは言い難いかも。


 回転方向を確認して去年の履いていた場所とは違い位置に付ける。

 一応、ローテーションが分かる様にタイヤを入れてある袋に去年、付けた位置を書いておくのだ。

 そうすれば次に履く時にちゃんとローテーション出来る。


 エアーのトルクレンチでボルトを仮締めしていき、前輪の交換が終わったら車体を降ろして、既定トルクに設定してボルトを本締めしていく。

 十字レンチやL字レンチで締める場合は締め過ぎに注意しないといけない。

 締めすぎるとボルトが折れる可能性があるからだ。

 ナットの場合もバカになる可能性があるので気を付けないといけない。

 最後にホイールキャップを付けて終了。


 同じ要領で後輪も交換していく。

 ヘルッタの様子を見ると鼻歌を歌いながら楽しそうにやっているので問題は無さそうね。

 ふと私はヘルッタの手が僅かに魔力を纏っているのに気が付いた。

 あれは水除の魔法ね。

 初歩的な生活魔法の一つで水仕事をする人には欠かせない魔法である。


 魔力を抑えて発光しない様にしているから見逃しても良いかしら?

 冬の水は冷たいし、手伝ってもらってもいるしね。


 自分の車が終わると旦那の車に取り掛かる。

 旦那の車のタイヤは重いのでちょっとだけ魔法で身体強化を行う。

 この手の大型SUVのタイヤとホイールはサイズが大きいので30kgぐらいあるのでかなり重いのだ。

 以前の自分だと旦那のランクルのタイヤ交換は無理で旦那自身も腰を痛めた事があったので輝が頑張っていたのよね。

 身体強化を使えばこのぐらいの重さは平気である。


 旦那のランクルの次は都さんのWAGON Rのタイヤ交換。

 軽四なので私や旦那の車に比べたら楽な作業である。

 タイヤも小さいから軽いから作業はスムーズに進む。

 車庫には二台しか入らないので私の車と入れ替えて作業をしている。


 やっぱタイヤ交換が屋内で出来るのは快適ね。

 外だと風が冷たいから何気に辛い。


 もたもた一時間でタイヤ交換の作業は終了。

 我が家は工具とかが揃っているから速いけど、工具がここまで揃っていない場合はもう少し時間が掛かると思う。


 自分の車と都さんの車をまた入れ替えてからヘルッタが洗い終えたホイールを乾いた布で拭き取り、コーティング材を塗っていく。

 こうしておけば次に使う時も安心。


 もたもたタイヤの洗浄を含めると二時間ぐらい掛かった。

 今回はヘルッタが手伝ってくれたから思っていたより早く終わった。

 これを一人でやるともっと時間が掛かる。


「ヘルッタ、お疲れ様」


 汚れた手を洗ってリビングで休憩しているヘルッタに温かいコーヒーを淹れて出す。

 ちゃんとミルクを入れて気持ち砂糖多めだ。


「ありがとうございます。ふぅ……体が温まります」


 熱いコーヒーを少し口を付けて飲み、その温かさにほっとするヘルッタ。

 私も淹れたコーヒーを飲んで一息つく。


「今日は手伝ってくれてありがとう」


「いえ……やる事も無いのでちょうど良かったです。テレビを見ているだけと言うのも味気ないので……」


 ヘルッタは少し表情を曇らせた。

 現状、ヘルッタはこっちの常識をテレビや本を読みながら勉強している最中でやれる事は少ない。

 外出もまだ一人で行かせるには心許ない。

 家事を任せようにもこちらの常識が無いので迂闊にやらせる事も出来ない。


 そんな事もあり、割と暇を持て余しているのだ。

 タイヤ交換はそんな暇を持て余しているヘルッタにはちょうど良かったのかもしれない。


「何かやりたい事……って、言っても思い付かないわよね?」


「はい……本音を言えば家の事で何か手伝えれば良いのですが……」


 勝手が分からなくて難しいのよね。


「もしあれなら私と一緒に美希の所で働いてみる?」


 美希に相談は必要だが、やる事を限れば何とかならないだろうか?

 それに家に篭っているのは精神衛生上良くないだろうし。


「でも良いのでしょうか?見た所カフェの様でしたが、接客の仕事はほとんどした事が無いので……」


 そこは不安よね。

 人見知りが強いから少し心配な所もあるけど、このまま家にいるよりはマシだと思う。


「大丈夫よ。私でも出来るんだから」


 と言っても私はまだ一週間程しかやっていないけどね。

 ヘルッタが来てからはお休みさせて貰っている。

 ヘルッタを一人残すのは不安があるからだ。

 リアは私の代わりに頑張っている。


「ちょっと美希と相談してみるわ。それにヘルッタも家にいるだけじゃつまんないでしょ?」


 私の言葉にヘルッタは少し困った顔をした。

 まぁ。家に閉じこもりきりと言うのも辛い物よね。


「やっぱやる事がある方が生活に張り合いが出るじゃない」


「……確かに……でも迷惑になりませんか?」


「大丈夫よ。あのリアだって出来るんだから」


 別にリアが仕事が出来ないと思っている訳では無いが、そう言う仕事をした事が無いけど出来るんだから市井の様子を知っているヘルッタなら大丈夫だと思ったのだ。

 病院の方は専門的な知識が必要だから簡単にお手伝いと言う訳にも行かないしね。


「とは言っても直ぐに年末だから早くても年明けかしら?」


 既に師走、年末も近いのでこの時期からと言うのはキリが悪いだろう。

 新年からの方が区切りも良い。


「年末……ですか?もしかしてこちらの世界はもう直ぐ年の瀬なのですか?」


 そう言えば暦の説明をしていなかったわね。


「そうよ。基本は一年を十二に分けて考えるのは向こうと一緒よ。時間の概念も一緒だし」


 私はそう言ってリビングにある壁掛け時計を指す。

 何気に向こうと一緒な事が多いのよね。


「シンプルに年初めから一月、二月、三月と言った感じね。今が十二月よ。日付はテレビ台の上にある文字盤を見て」


 次にテレビ台の上にあるデジタル式の時計を指す。

 時刻と日付を同時に表示するタイプだ。


「なるほど。そうするとあの棚の横に貼ってあるのも暦ですか?」


「そう。こっちだとカレンダーって、言うの」


 ヘルッタは興味深くカレンダーを見た。


「この景色の絵はこの国の何処かの風景ですか?」


「そうよ。四季折々の絵だったり色んな物が描かれているわね」


 我が家のリビングのカレンダーは日本の歴史遺産の四季シリーズだ。

 今年のカレンダーの十二月は薄く雪が積もる京都御所。

 最近は雪が降らないから中々貴重な一枚ね。


「この国の建物は中々独特な感じで不思議……」


 向こうには日本の様な瓦屋根の建物は無いから珍しいのだろう。


「それにしても寒いわね。お昼は温かい物が良いかしら?」


 もたもたお昼ご飯の時間。

 三台のタイヤ交換をしていればそんなもんである。


「確かに今日は寒い……。こんな日はよくシチューが多かったですね」


 しみじみと思い出す様に言うヘルッタ。

 寒い日に温かいシチューは美味しいのよね。


「折角だから晩御飯は向こうのシチューにする?」


「良いんですか?」


 ヘルッタの顔に喜びが浮かぶ。


「別に良いわよ。そうすると無難にソーセージとじゃがいもかしら?」


「定番ですね。酒場でお酒を飲みながらのシチューは堪りません」


 王都でシチューと言えばソーセージとじゃがいものシチューが定番。


「それならメインは豚肉が良いわよね?」


「王都だとやっぱり豚かと。長時間じっくり火を通したノヴォツェのあの染み出る肉汁はご馳走です」


 ノヴォツェと言うのは簡単に言えばローストポークの事。

 たくさんのハーブを使って外はカリッと中はジューシーで食べ応えのある一品。


「向こうはパンだけどご飯でも良い?」


「はい」


「それじゃ、後はサラダがあれば十分ね。晩御飯はこれで決まりね」


 ヘルッタは懐かしの料理に胸を馳せていた。

 私自身も少し懐かしい気分に浸っていた。



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