03:エルフさんの久しぶりの家族との団欒
「おばあちゃんは魔法使えるの?」
茶の間でドラマを観ながら寛いでいると孫の華奈と透也が魔法について聞いてきた。
「一応、使えるわよ」
「ばあちゃん、すげぇー!」
「おばあちゃん、見たい!」
孫達は魔法に興味津々だった。
「華奈も透也もいい加減にしなさい」
孫達に注意する都さん。
私の息子の嫁とは思えない良い人だ。
息子や、良い人を嫁に貰ったわね
「しょうがないわね」
飲み終わって空になった湯飲みに手を翳す。
「氷球」
湯飲みにガラガラと氷が生まれる。
「すげぇー!」
「手品みたい!」
初めて見る魔法に孫達は大興奮だ。
「夏場に便利そうです」
都さん、大当たり。
夏の暑い日に飲み物に氷を入れて冷やすのによく使う魔法だ。
「他にどんな魔法が使えるの?」
「後は水や霧を作ったり、風を起こしたり、汚れを落としたりかしら」
水を作る水成と汚れを落とす洗浄は非常に重宝する魔法だ。
どちらも旅には欠かせない魔法なのである。
「因みに汚れを落とすのはどんな魔法ですか?」
都さんが食いついてきた。
「まぁ、旅に出た時とかに身体が洗えない時や部屋の掃除をする時に使う魔法なんだけど……」
茶の間を見回す。
都さんがちゃんと掃除をしてくれているお陰で汚れ物が無い。
ふと目を落とすと炬燵布団に茶色の染みがあった。
これならちょうど良いわね。
「都さん、この炬燵布団に染みがあるでしょう?」
私は炬燵布団の染みを指す。
「はい」
「洗浄」
魔法の発動と共に炬燵布団が淡く光り、染みが消える。
「染みが消えた!」
「それは便利そうだな」
都さんと旦那はこっちの方が反応が良い。
主婦目線だとこの魔法は欲しくなるわよね。
「ばあちゃん、練習したら魔法が使える様になる?」
透也は魔法を使ってみたい様ね。
でも……
「使えるかは分からないわ。でも魔法は教える気はないわよ。私も使わないつもりだから」
魔法が使えるかどうかは分からない。
もしかしたら鍛錬を積んだら使えるかもしれない。
でも私はこの世界にとってイレギュラーな存在なのだ。
私がいるだけで家族の平穏の脅威になる恐れがあり、魔法も同様だ。
「本当はおばあちゃんがここにいるのはおかしい事なの。もし魔法とか周りに知られればおばあちゃんはここから出て行かないといけなくなるの。だから秘密なの」
家族に迷惑を掛けてまでいるつもりはない。
「魔法やエルフの事は秘密にするしかないだろう。世間にはフィーネリアと言うドイツ人女性を私の養子になってると言う事にするからな。だから外では呼び方と態度には充分、気を付ける様に」
「そうですね。華奈、透也、学校で話してはいけませんよ」
旦那と都さんが孫達に釘を刺す。
「おばあちゃんがいなくなるのは嫌」
華奈はおばあちゃん子よね。
「ばあちゃんのご飯が食べれなくなるのは困る」
透也はご飯なのね……。
「一応、花梨奈の四十九日に照、美希、彩菜には伝えるつもりだ」
娘達なら許容範囲内よね。
「彩菜ちゃんはお義母さんが亡くなって凄く落ち込んでましたしね」
彩菜は年が離れてるからつい手を掛けたから心配だわ。
「そうだな。彩菜はまだ引きずっていそうだからな」
親が亡くなるのは精神的に来る物がある。
私の両親が亡くなった時はかなり泣いたからよく分かる。
「儂も割り切れてはいなかったからな」
そうよね。
私が死んだ事を簡単には受け入れれないわよね。
「あ、私、お風呂張ってきます」
都さんが重い空気を読んでか逃げる為か、お風呂を張りに行った。
暗い話題が続くよりは良いかな。
「仁君、久しぶりに夫婦水入らずで一緒にどうかしら?」
「儂は構わんよ」
やっぱ夫婦は一緒にお風呂に入らないとね。
重い話が終わると孫達はリビングに戻っていく。
ドラマを観ながら会話もなく時間が過ぎていく。
昔は当たり前だった行為が今はとても愛しい。
自然と旦那の方に肩を寄せる。
向こうも自然と私を支えてくれる。
またこんな時間が過ごせるのは夢ではないかと思ってしまう。
「お義父さん、お義母さん、お風呂が沸きました」
もうお風呂が沸いた様だ。
旦那と一緒にいて時間が経つのも忘れていた。
「あぁ、分かったよ」
「都さん、ありがとう。あなたは先にお風呂に入ってて。着替えは私が持っていくから」
「分かった」
私は寝室に行き、自分と旦那の着替えを準備する。
今やっているのはごくありふれた日常の一つだがそれが楽しい。
我が家は洗面所に洗濯機が置いてあり脱衣所を兼ねている作りになっている。
服を脱ぎ、洗面所の鏡の前で一糸纏わぬ自分と対峙する。
改めて見る自分の身体は腰まで伸びる滑らかな金髪、エルフの特徴である長い耳、日本人ではあり得ない透き通る白い肌、バランスの取れた身体。
生前ではあり得ない身体だ。
まるで作り物の人形の様な。
変わってしまった自分に違和感を覚えた。
向こうにいる時は気にならなかったのにどうしてなのだろうか?
きっと旦那に見られるのが怖いのだ。
「おーい、まだかー?」
旦那からの声に覚悟を決めて風呂場に入る。
旦那は既に体を洗い終えて湯船の中だ。
「……私、変じゃない?」
旦那から全身が見える様に立つ。
「綺麗だ。花梨奈だけ大学時代に戻った様だ……」
あぁ……私の仁君だ。
ぶっきらぼうの物言いは玉に瑕だが、私に思っている素直な言葉をぶつけてくれる。
頭が沸騰しそうなぐらい熱くなっている。
「……あ、ありがとう」
私は椅子に腰を掛け、お湯で体を流す。
急に恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。
誤魔化す様に頭を洗い始める。
まるで生娘みたいだ、と思いながら鏡を見ると顔が真っ赤だ。
「どうしたんだ?顔が真っ赤だぞ」
流石に旦那は気付いたみたいだ。
「ごめんなさい。何かね、裸を見せたら一気に恥ずかしくなっちゃって」
リンスを流し終えた髪を纏めて、上からタオルを巻いて固定する。
「いきなり裸を見せてきて驚いたのはこっちだ。年甲斐も無くな」
「あら、そう言ってくれるなら今の体も悪くないわね」
私はタオルを石鹸でしっかり泡立てて体を洗う。
私はボディシャンプーは使わず石鹸派だ。
最後にお湯で洗い流して旦那を背にして湯船に入る。
「三百年振りの仁君の中は良いものね」
我が家の湯船は一畳分の大きさがあるから二人なら充分入れる大きさなのだ。
風呂場は私の希望がほとんどなのよね。
「儂にとっては半年振りだが花梨奈にとってはそんなに長い年月なのだな……」
私が入院したのが半年前だ。
倒れてからは本当に辛かった。
最後はずっと意識が朦朧としていて、あの生きているのか死んでいるのか分からない状態は二度と嫌だ。
「そうね。でも三百年生きてみるのも思いの外、悪くなかったわ。あなたとまた逢えたのだから」
背中に旦那の温もりを感じながら我が家の風呂を堪能した。
「久しぶりの我が家のお風呂は良いものね」
お風呂から上がった私は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、茶の間の炬燵に入る。
缶ビールの開ける時のプシュっと、炭酸が抜ける音が唆るわ。
「ぷはー、冷たいビールは最高ね」
缶ビールを呷ると喉を通る冷たいビールの刺激に釣られて顔が緩む。
「その飲みっぷりはやっぱ母さんだな」
息子や、私を酒の飲みっぷりで判断するんじゃない。
「まぁ、花梨奈らしいな」
旦那まで同じ事を言うのね。
髪の毛を固定していたタオルを外して髪を解く。
首筋よりちょっと後ろに手を添える。
「風操」
緩い風が起こり濡れた髪を乾かしていく。
髪の毛の細部に行き渡らす様に風を調整する。
「その魔法は便利そうですね」
「あら都さん。向こうはドライヤーが無いからこうやって乾かすしか無かったのよ。でも私は火の適性が無いから温風に出来ないのが難点ね」
火の適性があればドライヤー代わりになって便利なんだけどね。
「それにしても綺麗な髪ですね」
「エルフはみんな髪質が良いのよ。後、太らない」
「女性からしたら夢の様な種族……」
都さんは何処か恨めしそうに呟いた。
髪が乾いてきたからビールを一口。
ビールはやめられないわ。
「煙草は吸わないのか?」
「向こうの煙草が不味くて吸ってないわ。今更吸う気は無いわよ」
「それは良かった」
私が煙草を吸わない、と言うのを聞いて旦那は安心した様だ。
生前は散々やめろ、と言われてもやめなかった煙草を吸わないのだから。
「でもビールぐらいは許して」
流石にビールはお預けにされると辛い。
「程々に飲む分なら良いだろう。儂も酒はやめられんからな」
旦那は棚の一番下から焼酎を取り出す。
ウチの旦那は焼酎が好きで飲むは芋だ。
「都さん、すまんがグラスと氷を頼む」
「ちょっと待って下さい」
都さんはキッチンにグラスと氷を取りに行く。
私は一本目のビールを空にして二本目を開ける。
「やっぱビールよね」
私は完全にビール派だ。
発泡酒もお手頃で悪くは無いけど、しっかりとした苦味と爽やかなホップの香りがするビールが一番だ。
今飲んでいるのは輝が好きな銘柄だ。
私が好きなビールは昔からある苦味の強いラガービールだから若い人は好まない。
田舎の法事だとラガービールが出てくるから私にとっては有難い。
焼酎や泡盛も嫌いではないけど、ビールの喉越しは癖になってやめられないわ。
「お義父さん、氷とグラスです。華奈と透也が上がった様なのでお風呂に入ってきます」
都さんと輝は風呂場へ行ってしまった。
孫達はこっちに来ない事から自分の部屋に戻った様だ。
「今日は感動ばかりね」
「儂もだよ。そう言えば向こうでは子供はいたのか?」
「えぇ、息子と娘がいるわ」
「結婚していたのだな」
「少し妬いた?」
「いや……妬けないかと言えば嘘だな。でも産まれ変わった先まで縛る程、狭量なつもりはない」
「少し向こうの家族と私の生い立ちについて話しておくわ……」
私はキルナラ王国の第一王女として生を受けた。
第一王女と言っても上に二人の兄がおり、自分に王位が回って来ないと言うのはすぐに分かった。
実際、王である父は第一王子である兄を後継にするつもりだった。
私も王位に全く興味は無かった。
ただ一つ問題があった。
産まれる前から私が三十歳になったら隣国の有力貴族の家に嫁ぐ事が決まっていたのだ。
十歳の時に婚約者と初めて顔を合わせたが、如何にも欲に塗れた碌でも無い貴族だった。
エルフの閉鎖的な社会、碌でも無い婚約者から逃げる事を決意した。
だがこの世界は非常に命が軽い。
街を出れば盗賊が当たり前の様にいるし、凶悪な魔物もいるのだ。
私は三十歳までに一人で生きていく力を身に付ける為に世界を学び、戦う力を身に付ける為に魔法と弓を磨いた。
二十九歳の春、国の祭りに乗じて王宮から抜け出し、森を抜けて隣国まで逃げた。
国を出奔した私は冒険者として生活し、自分の国の影響が無い国を求めて西の大陸に渡った。
エルフの国がある東の大陸は種族争いの絶えない所だったが、西の大陸は種族融和が進んでいて、エルフの私には過ごしやすい土地だった。
そこでは薬師として落ち着いて生活をしていた。
病が流行した時に前世で対処方法を知っている病だった為、薬で患者を治していたら国から医療に貢献した者に与えられる医爵を叙爵して貴族となった。
漢方の知識で色んな薬を開発し、陞爵し、侯爵まで登り詰めた。
そんな中、私と一緒に薬を広める活動をしていた人間の青年に恋をし、結婚した。
私は彼が亡くなるまで添い遂げ、息子一人、娘二人を授かった。
侯爵家は息子に継がせた。
娘には無理に婚約者を作らず自由に生きる事を勧めた。
引退した私は街の薬師としてひっそり生活を送っていた。
「……と、そんな感じかしら」
途中から輝と都さんも混ざって聞いていた。
「そうか……」
旦那は何かを飲み込む様に呟いた。
「国を逃げて大丈夫だったのか?」
風呂上がりの輝は私の飲んでいたビールを飲みながら聞いた。
「大騒ぎになったらしいわ。第一王女が突然、行方不明になったんだから当然よね。引退してから一度、エルフの国から戻ってきてくれ、と使者が来たけど断ったわ」
残ったビールを一気に流し込んだ。
さっきよりビールが苦く感じた。
「ちょっと疲れちゃったわ。先に寝室に行くわ」
私は自分の飲んだビールの缶を片付け寝室に入り、自分のベッドに腰を掛ける。
色々あり過ぎてかなり疲れた様だ。
疲れたと言いつつ寝間着の下に勝負下着を着ているのは少なからず期待があるからだ。
疲れたと思いつつもこの積極性。
自分でもどうかしていると思う。
そんな事を思っていると寝室の扉が開いた。
「ねぇ、こっち」
寝室に入ってきた旦那を私の横に促す。
私と密着する様に横に座る。
「んっ……」
旦那は私を抱き寄せ、唇と唇が重なる。
私は三百年振りに愛しい人との逢瀬を重ねた。
「七十前とは思えない元気さね。お腹一杯よ」
私は仰向けになりながら下腹部をさする。
何度果てたか分からない。
「儂も年甲斐なく頑張ってしまったな。花梨奈との腹上死なら良い最期だ」
旦那は珍しく、笑いながら話す。
「それは恥ずかしいから嫌よ。でも子供出来たらどうしようかしら?」
二人共、年甲斐なく頑張り、私のお腹の中から今にも溢れて出てきそうだ。
愛しい物が詰まっているから力を入れて必死に溢れ無い様にしている。
「それは拙いな。エルフと人間の子供はどうなるんだ?」
「エルフが優性だから必ずエルフの特徴を持ってるわ」
拙いのが分かっていても留めておきたい。
これは私の我儘だ。
「もし子供が出来たら山奥にでも引き篭もろうかしら?」
離島でのんびりするのも有りかもしれないわ。
「その時は責任を持って何とかする」
「あら頼もしい。でも名残惜しいけど控えないとね」
この身体に緩やかに残る余韻を大切に想うが周りに迷惑は掛けれないし、産まれてくる子供の事を考えると仕方がない。
今日は幸せな余韻に浸りながら眠りに就いた。