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26:エルフさんと金沢港でのお買い物

 ふとテレビに映っているローカルの情報番組で蟹が取り上げられていた。

 金沢では十一月からずわい蟹漁が解禁されていて、蟹が美味しい季節がやってきた。

 本当は蟹が食べたいなー、なんて思っているけど、年明けまで我慢。

 漁が解禁されてから年内一杯は蟹の値段が意外と高い。

 一番、需要がある時期に稼ぎたいと言う事なんだろう。

 我が家では蟹は年が明けてから。


 石川県内で水揚げされるずわい蟹のオスは加能ガニと呼ばれ、他の地域で取れた物と区別する為に青いブランドタグが付けられているのが特徴である。

 味としては松葉ガニ、越前ガニと引けを取らない上質なずわい蟹であるが、ブランド化されたのがここ数年の事なので知名度は足りない。

 それでも上質なずわい蟹とあって評判は上場。


 金沢の蟹として外せないのがずわい蟹のメスである甲箱ガニ、または香箱ガニと呼ばれる物である。

 オスに比べて小ぶりで身は少ないけど味はオスより強く美味しいのだ。

 メスならではなのが内子と外子と呼ばれる卵も絶品。

 人によってはオスよりメスの方が好きと言う人がいるぐらい。

 私は食べ応えのあるオスのずわい蟹の方が好き。

 甲箱ガニの良い所はオスに比べてリーズナブルな所で庶民の味方ね。

 因みに石川県内で取れる甲箱ガニはかないわ香箱とブランド化されていたりする。


 それにしてもこう言うグルメ系の情報番組を見ていると食べたくなるわね。

 焼き蟹とか香ばしくて最高よ。

 蟹鍋も捨て難いわね。

 蟹の身を少し残しておいて雑炊に入れて食べるのがまた堪らない。

 旦那なんかは甲羅酒が好きで蟹の時は欠かせない。


 本当に蟹が食べたくなってきた。

 でも蟹を食べるとなるとそれなりの量がいるわよね。

 少なくても二人で一杯は無いと物足りない。

 親爪は一人一本行き渡る様にしたいから。

 ふとテレビに目を移すと金沢おでんの特集中に梅貝が紹介されていた。


「梅貝のお刺身なんて良いわね」


 紹介されているのはおでんだが刺身にしても美味しい貝だ。

 ついでにお手頃なお魚があればそれもお刺身にすればちょうど良い。

 ふと時計を見るとまだ十時を過ぎたぐらいだ。

 今なら買いに行くにはちょうど良さそうね。


「篭っているリアを連れて行こうかしら」


 思い立った私は二階へ上がり、リアの部屋へ向かう。

 リアの部屋は階段を上って直ぐの部屋だ。

 一応、誰の部屋か分かる様にドアに何かしらの目印がある。

 私の部屋は木のリースが掛かっていて、リアの部屋はアルスメリアと書かれたネームプレートが取り付けられている。

 私はノックして声を掛ける。


「リア、ちょっと良いかしら?」


『どうぞ』


 リアの許可が出てから部屋へ入る。

 まぁ、いきなり入っても何も言われないだろうけど、親しき仲に礼儀有りと言う事である。

 部屋へ入るとリアはベッドに寝転びながらスマホとノートパソコンで何かしていた。

 多分、ゲームをしていたんだと思うけど。


 いつ入ってもリアの部屋は我が家で普通から掛け離れている。

 我が家は大きいが基本は普通の建売住宅に近い。

 本当はもっと拘りたかったんだけど予算が足りなかったのよね。

 幸い、土地持ちだったから建物だけ考えれば良かったんだけど、もたもた一億近くは掛かっている。

 私と旦那の貯金を叩いて現金一括で買った。

 二人とも医者だったのでそこそこお金はあったのだ。

 私のへそくりで家計をやりくりしていた時期があったのは秘密。


 そんな大きい割りに中身が普通の家の我が家から逸脱しているのがリアの部屋だ。

 ここだけ中世の貴族の部屋に入ってきてしまったかの様な錯覚に陥りそうになるぐらいだ。

 八畳の極々普通のフローリングの部屋なのにシャンデリアとか意味が分からない。


 ただ残念なのがクーラー下に置かれているガラステーブルの上には無造作に漫画が積まれ、ベッドの枕の上がノートパソコンとスマホの充電器に占拠されている事だ。

 部屋とのミスマッチ感が凄い。


「何かありましたか?」


 リアはゲームを中断し、こちらを向く。


「ちょっと買い物に外に出るつもりだけど、リアはどうする?」


 声を掛けずに出て行っても問題は無い。

 お昼ご飯ぐらいなら一人で作れるぐらいにリアは成長している。


「買い物と言っても何処へ行くのですか?」


「お魚を買いたいから港にある市場に行くつもりよ」


「アルプラザでは無く市場ですか?行った事が無さそうなので一緒に行きます」


 そう言えば港の市場に連れて行った事は無かったわね。

 普段の買い物はほとんど近くのアルプラザで済ませているから行った事が無くても仕方が無い。


「じゃ、準備が出来たらリビングに下りてきて頂戴」


「分かりました。着替えるので少し待っていて下さい」


「分かったわ」


 私はリアの部屋から出てリビングへ戻る。

 私はいつでも外に出ても良い様にしてあるので直ぐに出る事が出来る。

 リアは普段、家の中にいる時と外へ行く時は服を分けている。

 私からすれば部屋で着ている服でも外に出ても問題は無い。

 そこはリアの拘りなんだろうけど。

 悔しい事に服装に関してはリアはかなりお洒落なのよね。

 普段の残念感と正反対のお洒落感。

 部屋の中だと言って決してジャージやスウェットで過ごしたりはしない。

 ある意味、隙が無い。


 でもリアがねずみ色のスウェット着てたら悲しくなるわね。

 そう考えると今の方がイメージ通りで良いのかもしれない。


 のんびり待っていると支度を終えたリアがリビングへとやってきた。


「それじゃ行きましょうか」


「はい」


 今日の目的地は金沢港にあるいきいき魚市。

 ここはJF石川、簡単に言うと石川の漁協が運営している市場だ。

 ここではお魚が新鮮で安く買えるとあって賑わっている。

 何故なら仲買人が直接売るからだ。


 普通は漁師が取った新鮮な魚介を仲買人を通して卸売業者、仲卸業者を経由して小売店へと流れていくが、ここでは卸売業者や仲卸業者を通さないのでその分安く出来るのだ。

 それに加えてその日の朝に港に揚がったばかりの新鮮な物ばかりなのだ。

 私的には直接値切る事が出来るのも非常に良い。

 毎年、ここで蟹を買っている。

 私の車で一っ走りして金沢港へ。


 大体、家から十五分もあれば到着する。

 そもそもそんなに遠くないからね。


 今日は平日と言う事もあり、車がそんなに多くは無い。

 これが休日となるとごった返すので行くなら平日。

 それに平日の方が値切り幅が大きい。

 休みの日は値切らなくても買ってくれる観光客が多いから値切らせて貰えないのよね。


 昔は港の競りをやっている場所を開放してやっていたけど、今は隣接の土地にある新しい建物に移っている。

 昔はかなりの店が並んでいたけど、今はかなり少なくなった。


 昔は焼き立ての竹輪を売っているお店があって、そこの竹輪を食べるのが地味に楽しみだった、

 でもこっちの新しい方に移ってから無くなっていた。

 そこはかなり残念。


 着いた私はお店に並んでいる魚を覗いていく。

 定番の鰤、ずわい蟹、甘海老なんかは何処のお店でも並んでいる。

 今日は梅貝が目当てなのでスルー。

 と言うかまだ値段が高い。

 時期はちょっと早いけど鱈なんかも並んでいる。

 私は白子より真子派。

 甘辛く煮付けると美味しいのよね。


 リアはと言うと物珍しく色々覗き込んでいる。


「おや、外国のお客さんとは何か見ていくかい?」


 興味津々のリアの様子にお店をおじさんが声を掛ける。


「いえ、こうやって日本のお魚を見るのは初めてだったので」


 まだ魚の卸し方は教えてないからね。

 スーパーも似た様に並んでいるとは思うけど、こう言う所は雰囲気も違うから余計新鮮に感じるのだろう。


「そうかい、そうかい。蟹なんかどうだい?今年はしっかり身が詰ってて美味いよ!」


 とおじさんが手に取ったのは少し小振りのずわい蟹。

 値札を見るとあれで一杯八千円は高いわね。

 私が無言で物色しているとリアは困った視線を私に送ってくる。

 まぁ、こう言う所でどうしたら良いか分からないのだろう。

 かと言って勝手に買う訳に行かないだ。


「ごめんなさい。今日は蟹を買いに来た訳じゃないの」


 リアに声を掛けていたお店のおじさんに私が言った。


「そうなのかい?時期だからおまけもするよ」


 正直、この時期の蟹は高いので買わない。


「ちょっと高いわ。それもタグ無しじゃない」


 おじさんが手に取ったのはタグ無しのノーブランドの蟹である。

 それで半端な大きさの蟹で八千円は高い。


「五千円ぐらいなら買っても良いかなと思うけどね」


 これは漁が終わりに近い時の値段。

 私の言葉にお店のおじさんは笑いながらも少し相手を侮って失敗したと言う感じが漂ってきた。


「手厳しいねぇ。もしかして相場知ってるのかい?」


「当然よ。それじゃなきゃ買えないわよ」


 下手な観光客と一緒にしないで欲しい。

 この姿になる前は毎年とここで蟹を買っていたので相場ぐらいは知っている。


「申し訳無いんだけど、金沢に住んで長いのよ」


「あちゃ~、それは一本取られた。と言うか二人とも日本語がペラペラなんだから気付かなかった俺が間抜けだったか」


 お店のおじさんは笑いながら手前から試食用のお皿を出す。


「ほら、もしあれなら食ってけ。蟹じゃないけど、美味いぞ」


 お店のおじさんが出してきたのは綺麗な青い卵を持った試食用の甘海老だった。


「あら、ありがとう。リアもほら」


「はい」


 爪楊枝に刺して甘海老を卵と一緒にパクリ。

 時期物とあって美味しい。

 甘海老も悪くないわね。


「甘くて美味しいわ。卵も良い色で良いわね」


「それは良かった。甘海老もこの時期だからな。甘海老はよく獲れるから安くするぞ」


 ざっと目的の物の値段合わせて考える。


「そうね。梅貝もって、思ったんだけど少し高いかしら?」


 一皿千五百円は少し高い気がしたのだ。


「今年は調子良くないんだよ。甘海老と一緒に買ってくれるなら千三百円でどうだ?」


「そうねぇ……」


 もう一声欲しいわね。


「そっちの鱈は真子?」


「こっちが真子でこれが白子だな」


「じゃ、鱈も買うから千円で」


 がっつり値切らせて貰おう。


「そう来たか。今日は客入りが渋いからなぁ……それで手を打とう」


平日は客入りで値引き幅が変わるのだ。


「じゃ、それでお願い」


 お店の人は手早く発砲スチロールの箱に梱包していく。

 ここで買うと大きいのは発砲スチロールになる。

 支払いはさっと済ませて箱を受け取る。


「今日は俺の負けだな。また来てくれや」


「えぇ、年明けには蟹が食べたいからまた来るわ」


 おじさんとにこやかに別れを告げてそそくさと市場を後にする。

 リアが空気になっているが気にしない。

 そもそもリアは完全に観光に来た外国人と化しているので放っておいても問題無い。

 まだ覗き足りなさそうなリアを引っ張って車へ戻る。

 私はさっさと家に帰って買った食材を処理したいのだ。

 特に鱈は先に捌いておきたい。


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